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タイのキャッサバをめぐる情勢

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最終更新日:2012年1月10日

タイのキャッサバをめぐる情勢
〜生産量は回復も、新制度の運用が課題か〜

2012年1月

調査情報部 前田 昌宏
植田   彩

 

【要約】

 タイにおける2011/12年度のキャッサバの生産量は、前年度比14.6%増の2511万トンと見込まれる。キャッサバ価格が高水準であったため、収穫面積は前年度より増加。その上、降雨に恵まれて害虫の発生が抑制され、単収が前年度より増加した。

 ここ2年間続いた減産やそれに伴うキャッサバ価格の上昇で、カンボジアおよびラオスといった近隣諸国からの輸入が増加傾向にある。現時点での輸入量は国内生産量と比べてわずかではあるが、ここ数年の伸びは顕著である。タイ国内よりも安価に調達できることが輸入量を押し上げる要因となっている。

 2011年7月に新政権が発足したタイでは、農家保護政策としてキャッサバの担保融資制度が再び導入される予定である。2011年12月9日現在で詳細は不明だが、2011/12年度キャッサバの基準価格は、前年度のキログラム当たり1.9バーツから2.7バーツと、大幅に上昇することが見込まれている。また、前々政権時に担保融資制度が実施されていた際にみられた課題(多大な財政負担、在庫放出による市場の歪曲、不正など)について今後どういった対策をとるのか、注目される。

はじめに

 2010年に我が国が輸入した天然でん粉14万4000トンのうち、タピオカでん粉は10万5000トンと7割以上を占め、そのほとんどがタイ産であった。タイ産タピオカでん粉は我が国のでん粉需給と深い関係があるが、近年、その原料となるキャッサバの生産は、害虫被害などで不安定なものとなっており、そのことがタピオカでん粉価格にも影響している。また、政権交代によってキャッサバの農家保護政策が、最低価格保証制度から2008/09年度まで実施されていた担保融資制度に戻されることが濃厚である。この政策の切り替えが、今後の価格動向に与える影響について注目されている。

 そこで本稿では、このようなタイのキャッサバをめぐる最近の情勢(生産動向、輸入動向、農家保護政策)についてとりまとめたので報告する。

 なお、本稿中の年度はタイでん粉年度(10月〜翌9月)であり、単位換算には、1ライ=0.16ヘクタール、1バーツ=2.58円(11月末日TTS相場)を使用した。

1.生産動向

(1)生産量の推移

〜2011/12年度は回復の見込み〜

 キャッサバの生産量は、2003/04年度に2000万トンを超えて以降、2008/09年度まで概ね上昇傾向で推移し、同年度には過去最高となる3009万トンを記録した。しかしながら2009/10年度、タイで初めて発生したコナカイガラムシが、キャッサバ生産に大きな被害をもたらし、生産量を前年度比26.9%減の2201万トンにまで押し下げた。翌2010/11年度、苗の不足と害虫被害を懸念した農家の転作などにより、作付面積が減少し、生産量は前年度並みの2191万トンにとどまった。2年度連続した減産は、需給のひっ迫を招き、後述するキャッサバおよびタピオカでん粉価格の上昇要因となった。

 2011/12年度の生産量については、タイタピオカでん粉協会(Thai Tapioca Starch Association)によると、収穫面積は前年度比3.8%増の737万ライ(約118万ヘクタール)、単収は同10.4%増のライ当たり3.4トン(ヘクタール当たり21.3トン)、生産量は同14.6%増の2511万トンと、いずれの数値も前年度から一転して増加する見通しとなっている。


〜降雨により害虫発生が抑制〜

 2011/12年度の生産量の回復は、単収増によるところが大きい。ここ2年間は、ライ当たり3.0トン程度にとどまったが、2011/12年度は同約3.4トンと、害虫発生以前の水準に回復するものと見込まれている。これは、2011年は近年まれに見る多雨となり、乾燥を好むコナカイガラムシの発生が抑制されたためである。

 2009年4月には、東北地方のキャッサバ作付面積390万ライのうち、約1/3の120万ライ(19万2000ヘクタール)でコナカイガラムシの発生が確認されるなどその被害は甚大であった。しかし2011年10月21日現在、コナカイガラムシの発生は、わずか8県、その被害面積も5400ライ(860ヘクタール)とわずかである。なお、本年度については降雨による発生抑制の効果が大きいとみられ、官民挙げて取り組まれている生物農薬などの対策については、次の乾季にその真価が問われることとなる。

 また、収穫面積が増加したのは、害虫発生が抑制されたことのほかに、キャッサバ価格が高水準で推移したためとみられる。タイのキャッサバの主産地においては、競合作物としてとうもろこしやさとうきびなどがあり、農家はその作付時点で価格の良い作物を植え付けする傾向がある。2011/12年度については、植え付け期の4〜6月における農家販売価格の平均は、キログラム当たり2.51バーツ(前年比15.1%増)と過去最高値を記録している。
 
 
 
 
〜収穫期が若干遅れがちの傾向〜

 タイのキャッサバは、年間を通して収穫されるが、12月〜翌3月の4カ月間の収穫量が年間収穫量の約2/3を占めている。植え付けから8〜10カ月後が収穫適期で、これまでは収穫後の4〜5月に植え付けすることが一般的であった。

 最近では、害虫対策の一環として、雨季(5月後半〜)に植え付けが行われる場合も多くなっている。キャッサバ収穫量の月別のシェアを見ると、12月の収穫量が減少する一方で、3月の収穫量が増加する傾向にある。タイ農業協同組合省農業経済局(OAE:Office of Agriculture Economics)によると、2011/12年度においては、12月のシェアが10.7%と09/10年度比で5.3ポイント減少する一方、3月は16.9%と同4.0ポイント増加する見込みとなっている。

 なお、2011年10〜11月にかけて、タイでは洪水による被害が生じているが、キャッサバ生産地では洪水の影響が比較的軽微で、生産量への影響は限定的とみられている。ただし、一部の地域では、収穫の遅延も報告されいる。
 
 

(2)農家販売価格の推移

〜記録的高値から現在は一服〜

 キャッサバの農家販売価格は、害虫被害による減産のあった2009年末から上昇傾向で推移し、2011年2月にはキログラム当たり2.96バーツ(約7.6円)と過去最高値を記録することとなった。

 こうしたキャッサバ価格の上昇は、2011年上半期のタピオカでん粉輸出価格にも影響し、トン当たり530〜580米ドル(FOB)という高値で推移していた。しかしながら7月以降、高値が続いたことで買い控えられ、引き合いが薄くなったため、高値を見込んで在庫を積み増したでん粉製造業者は、資金繰り悪化を避けるために在庫を放出せざるを得なくなった。この結果、タピオカでん粉価格は大きく値を下げた。6月末のトン当たり535米ドルが、7月5日には470米ドルまで大きく下落した。その後も弱含みで推移し、12月13日現在で460米ドルとなっている。

 こうしたタピオカでん粉価格の下落を受け、キャッサバ農家販売価格も2011年9月にはキログラム当たり1.92バーツ(約5円)となった。キログラム当たり2バーツを割ったのは、2010年3月以来、1年半ぶりのこととなる。
 
 

(3)品種改良など増産の取り組み

〜新品種フイボン80に期待が集まる〜

 今後のキャッサバの収穫面積についてタイ政府は、現状と同程度の740万ライ(約118万ヘクタール)のまま推移すると見込んでいる。さとうきびやとうもろこし、天然ゴムなどとの競合から、大きな面積増は考えにくい。そこで増産対策として、政府は単収の向上を奨励してきた。具体的な数値目標として、2014/15年度までにライ当たり4.7トンの単収を掲げている。この目標は、試験研究の結果から導かれたもので、生産者が施肥や土壌深耕などを的確かつ適正に実施すれば、十分達成可能であるとしている。 しかしながら現状の単収は、害虫被害などにより、2010/11年度が同3.1トン、2011/12年度も同3.4トンにとどまっている。また、農家戸数が40万戸以上と多く、さらに小規模農家が多いことなど、栽培技術の普及が難しいことを考えると、目標の達成は容易でないと言わざるを得ない。

 作付されている品種の特徴を見ても、同様の結論が導かれる。2010年における作付されているキャッサバ品種は、割合の多い順にカセサート50(53%)、ラヨーン5(23%)、ラヨーン90(9%)であった。カセサート50は、主要品種の中でも単収は高くない(ライ当たり3.67トン)が、栽培環境への順応性の高さが特徴で多くの農家が利用している。

 今後新品種として期待されているのが、フイボン80である。フイボン80をカセサート50、ラヨーン5、フイボン60と比較すると、単収は最も高いフイボン60並みであることに加え、でん粉含有量もほかの3品種よりも高い試験結果が得られている。今後当該品種の普及が期待されている。
 
 
 
 

2.近隣国からのキャッサバ調達

 このように、現在のタイ国内のキャッサバ生産は、従前の水準に回復することが当面の目標である。また、価格も一段高の展開となっている。生産減・価格高を背景に、一部の業者は、新たな供給先の開拓として、ここ数年カンボジアおよびラオスといった近隣諸国からキャッサバ、タピオカチップを輸入している。

 その輸入量はタイの国内生産量と比較すればわずかであるが、特にここ数年、カンボジアからの輸入量の伸びは著しい。

 そこで最近のキャッサバおよびチップの輸入動向について紹介したい。

(1)キャッサバ輸入

〜2011年は前年比大幅増〜

 カンボジアからのキャッサバ輸入量は、2007年には2万6000トンであったが、2009年に15万7000トンと急増した。2010年は6万1000トンと前年の半分以下の水準となったものの、2011年は9月までで既に前年を上回る8万3000トンが輸入となっている。

 カンボジアからの輸入増の要因としては、タイ国内よりも安価なことである。輸入価格(CIF)を見ると、2009年はキログラム当たり1.37バーツ、2010年は同1.66バーツと、タイの国内価格を下回る。輸入価格は上昇傾向にあり、2011年は前年比25.5%高の2.01バーツまで値を上げている。

 今後は、カンボジアからのキャッサバ生芋の輸入は限定的になるものとみられる。これは、輸送コストと品質劣化の問題から、輸入する工場が、カンボジア国境近郊の工場に限られると考えられるためである。
 
 

(2)キャッサバチップ 

 〜国内の生産動向次第ではさらに増加の可能性も〜

 キャッサバ生芋には品質劣化など輸送上の制約が存在するが、そのような考慮を必要としないのがキャッサバチップである。チップについてもキャッサバ同様、2009年にカンボジアからの輸入が急増し、その輸入量は前年の約9倍となる7万5000トンとなったが、2010年は一転して半減となる4万トンとなった。しかしながら、2011年は9月までですでに過去最高となる10万7000トンとなっている。これはカンボジアの増産と、でん粉やエタノール需要増を受けた原料確保への動きが強まったものと考えられる。

 価格動向もチップ需要の高まりを反映したものとなっている。2011年(1〜9月)の輸入価格(CIF)は、キログラム当たり4.16バーツと、2009年の2倍、2010年比でも3割高である。輸入価格は上昇しているものの、2011年(1〜9月)のタイのチップ輸出単価(FOB)が7.89バーツとなっていることから考えて、国内価格よりも割安感はある。

 なお、タイのチップ輸出量はここ数年400万トン台で推移しており、2011年は1〜10月で284万5000トン(前年同期比22.9%減)となっている。輸出先は全量中国であり、主にエタノールの原料などに利用されている。
 
 

3.キャッサバ農家保護制度

〜最低価格保証制度から再び担保融資制度へ〜

 タイでは、2011年7月に行われた総選挙で政権が交代した。その結果、2011/12年度のキャッサバの農家保護制度の仕組みは、最低価格保証制度(市場価格が定められた最低価格を下回った場合、差額を補てん)から、前々政権時に実施されていた担保融資制度に再び戻されることとなった。キャッサバの担保融資制度の運用方法など詳細については、12月9日現在でその詳細は判明していないが、ここでは、すでに実施されているコメの同制度を参考にし、この制度について報告したい。

 なお、前制度である最低価格保証制度の仕組みについては、でん粉情報2011年3月号「タイのキャッサバ生産事情」の(参考)記事を参照されたい。

(1)担保融資制度の概要と問題点

〜過去には市場の歪曲、不正の横行という問題点〜

 政権与党となったタイ貢献党は、選挙時に掲げたコメの農家保護政策を担保融資制度とし、さらに農家当たりの制度利用上限を定めない―という公約をすでに実行に移している。そのため、キャッサバについても、同様の制度が適用される予定である。そもそも担保融資制度は、前々政権時の2008/09年度まで農家保護政策として実施されていたものである。仕組みを概述すると、農家が政府へ農作物を預ける形をとって、その引き換えに政府が設定した「担保融資価格」で農家に対して融資を行うというものである。これにより、出荷が集中する収穫期に、農作物の市場への出回りが調整され、農家販売価格の低下が回避されることを目的とする。

 しかしながら、過去に行われた担保融資制度下では、農作物を買い戻す農家はごくわずかであり、実質的には政府による買い上げ制度として機能していた。その結果、政府は膨大な在庫(キャッサバについては、でん粉またはチップに加工した後に保管)を抱えることとなり、財政の悪化を招くこととなった。また、政府による在庫の市場放出(入札によって行われる)が、担保融資価格よりも安価で行われることが多いため、市場を歪曲し、自由市場の機能を奪うといった弊害を生んだ。さらに、担保融資価格と農家販売価格にかい離が生じた場合、農家以外の者(集荷業者など)が農家から購買または近隣諸国から安価に輸入し、それらで担保融資制度を利用することで利ざやを得るといった不正が横行することもあった。

 このような過去に発生していた問題点について、どのような対策を講じるのか、タイ政府は現在、コメの場合について次のように述べている。まず、政府の在庫については、「従前は保管期間が長くなったことにより、品質が劣化してしまい、在庫放出時に担保融資価格を割り込むこととなっていた。今回は在庫放出までの期間を短縮し、価格低下を避ける」としている。また、不正防止については、「警察、商務省、内務省など関係機関の代表など20名からなる籾米担保融資検査委員会を設置し、この委員会を中心に不正を予防および監視する」―としている。

(2)担保融資価格の設定

〜これまでよりも大幅に引き上げの見込み〜

 また、タピオカでん粉価格の動向をみる上で最も注目されるのが、キャッサバの担保融資価格の設定である。2010/11年度の最低価格保証制度における保証価格は、キログラム当たり1.9バーツであったが、2011/12年度の担保融資価格は、これを大幅に上回る水準に設定されるとみられている。その根拠は、先に公表されたコメにおける担保融資価格である。2011/12年度のコメ(白米5%籾米)の担保融資価格は、トン当たり1万4800バーツ(約3万8200円)と前年度の最低保証価格(同1万1000バーツ)の約1.5倍の水準となっている。さらにこれは、2011年9月における農家販売価格の同9950バーツをはるかに上回る水準である。

 本稿執筆時点では、まだ閣議決定までは至っていないものの、キャッサバについては、融資価格はキログラム当たり2.7バーツ(でん粉含量25%)で1カ月毎にキログラム当たり0.05バーツ引き上げ、政府の買い取り上限数量は1500万トン、実施期間は2011年11月15日から2012年6月15日までという内容で検討されている。

 なお、キャッサバ価格がキログラム当たり2.7バーツの場合、タピオカでん粉の生産コストは、約13.8バーツと推計される。これを米ドル換算すると、トン当たり約450米ドルとなる。
 
 

おわりに

 2011/12年度の大きな変化は、政策の見直しである。キャッサバ農家保護政策は、今年度から担保融資制度に切り替えられる。担保融資制度下では、政府が在庫(キャッサバチップやタピオカでん粉)の放出なども行うため、過去において指摘された問題点も踏まえ、政府がどのように政策を運用していくのかについて、動向を注視していく必要がある。

 新政権は、最低賃金を全国一律で1日当たり300バーツ(約774円)まで引き上げることも公約としている。2011年1月時点での最低賃金は、バンコク近郊で1日当たり215バーツ(約555円)、キャッサバ主産地のナコンラーチャーシーマー県では183バーツ(約472円)となっており、もしこの引き上げが実施されれば大幅な賃上げとなる。このことについて関係者は、キャッサバやタピオカでん粉の生産コスト増、ひいてはタイ産の競争力低下につながることを懸念しており、こちらについても今後の動向が注目される。

 また、キャッサバは価格の上昇によって、東南アジア諸国にとって魅力的な農作物の一つとなっており、増産が進められている。タイのタピオカでん粉需給においても、輸入量が増加傾向にあることなど、周辺諸国の生産動向への注目度は高まっている。今後、東南アジア諸国の生産動向についても報告していきたい。
 
 
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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