タイのでん粉事情
最終更新日:2013年3月11日
タイのでん粉事情
〜害虫抑制によるキャッサバ収益性の回復と最近のでん粉需給・政策動向〜
2013年3月
調査情報部 植田 彩
【要約】
・タイにおける最近のキャッサバ生産は、2009年の害虫コナカイガラムシによる減産から回復してきており、2011/12年度以降は増加している。
・キャッサバ主産地におけるキャッサバ栽培による2010/11年度の1ヘクタール当たりの純利益は、害虫被害以降初めてさとうきびを上回った。国際砂糖価格の下落とともに、今後のさとうきび収益性はさらに縮小し、さとうきびからキャッサバへの作目転換が進む可能性がある。
・タイタピオカでん粉国内価格とFOB価格は害虫被害による高騰から一服した。2011年タイ中央部洪水の影響によるキャッサバ供給不足により価格は上昇したものの、洪水の影響は一時的なものであったため再び下落した。
・タイのタピオカでん粉製品(でん粉、チップ)の2012年輸出動向は、国内需要の高まりによりインドネシア向けが急増した。
・タイのキャッサバおよびキャッサバチップの2012年輸入動向は、タイ国産品に対して価格優位性を持つ近隣国からの輸入が増加した。
・2012/13年度キャッサバ担保融資制度は10月から開始されているものの、農家買取価格と融資単価の差が小さかったため、1カ月毎にキログラム当たり0.05バーツ引き上げられる融資単価が同2.6バーツとなった12月以降に本格的に利用されている。また、タイでは2013年1月から最低賃金が全国一律となり、キャッサバ主産地においても1日当たり300バーツとなった。
1.はじめに
タイ産タピオカでん粉は、我が国が輸入した天然でん粉の8割以上を占めることから我が国のでん粉需給の中で重要な位置を占めている。また、昨今の穀物市場価格の高騰を背景にコーンスターチよりも安価なタイ産タピオカでん粉が注目されている。本稿では、このようなタイ産タピオカでん粉をめぐる最近の需給事情と政策の動向を紹介する。
なお、本稿中のでん粉年度とは日本、タイともに10月〜翌年9月である。単位換算には、1ライ=0.16ヘクタール、1バーツ=3.18円、1ドル=93.51円(2013年2月末日TTS相場)を使用した。
2.我が国のでん粉需給におけるタイ産でん粉の位置づけ
表1のとおり、平成24でん粉年度における我が国のでん粉供給量(見込み)は約270万トンで、そのうち80%以上は輸入したとうもろこしにより国内で生産されるコーンスターチであるが、輸入でん粉(小麦でん粉、化工でん粉は含まれない)も約17万トンが見込まれている(図1)。
財務省貿易統計によると、2012年(暦年)に我が国が輸入した天然でん粉は19万トンで、そのうちタイ産タピオカでん粉は80%以上を占める16万トンとなっており、前年から16.4%増加した(図2)。これは、タイ産タピオカでん粉がその他のでん粉に比べ低価格で推移し、また以前に比べ品質も向上していることにより、国内の需要が増加したためである。
なお、輸入化工でん粉(でん粉誘導体とデキストリン)は一般にでん粉の国内需給には含まれないが、2012年の輸入量は約53万トンで、そのうちタイ産は60%近くを占める約30万トンで前年から13.5%増加した(図3)。
3.タイのキャッサバ生産動向
タイは図4のとおり、北部、東北部、中部、南部の4地域に区分される。キャッサバは北部、東北部、中部の3地域で広く生産される。北部はカムペーンペット県およびナコーンサワン県、東北部はナコンラーチャーシーマー県およびチャイヤープーム県、中部はサケーオ県、チャチューンサオ県およびチョンブリ県が主産地となっている。最も生産量が多いのは東北部のナコンラーチャーシーマー県で全体の2割以上を占める。
近年のキャッサバ農家戸数は年度によって増減があるものの、およそ45万戸から50万戸で推移している。この戸数はタイ全体の農家戸数590万戸の7〜8%ほどで、最も多いコメ農家戸数380万の8分の1ほどである。1戸当たりの平均栽培面積は約2.4ヘクタールと小規模農家がほとんどである。
2012年7〜8月に行われた作況調査によると、2012/13年度のキャッサバ収穫面積は127万ヘクタールとほぼ前年度並みで、単収は前年度比3.7%増のライ当たり3,485キログラム(ヘクタール当たり約21.8トン)と増加するため、生産量は同3.6%増の2755万トンの見通しとなっている。2009/10年度にはタイで初めて発生した害虫コナカイガラムシがキャッサバ生産に大きな被害をもたらした(コナカイガラムシの被害による減産については、でん粉情報
2010年4月号記事を参照)が、その後タイ政府やキャッサバ農家が害虫対策を講じていることが功を奏したことや、キャッサバ植付け時(4〜5月)の降水量が月間平均降水量よりも多くコナカイガラムシが大発生しにくい環境であったことなどにより、図5に示したように、2011/12年度以降生産量は増加している。2013年1月の現地報道によると、東北部地域のナコンラーチャーシーマー県で、約1,000ライ(約160ヘクタール)のキャッサバ畑でコナカイガラムシの発生が確認されているものの、生産農家が苗の消毒や天敵を利用した防除を行い、この害虫発生は深刻な被害を与えるまでに至っていない。
キャッサバ主産地である北部、東北部、中部地域におけるキャッサバとキャッサバ競合作物であるさとうきびの収穫面積(図6)の推移をみると、キャッサバ収穫面積の減少、さとうきび作付面積の増加がみられる。
タイではキャッサバの収穫は年間を通じて行われるが、降雨量が少なく収穫作業が行いやすい12月〜翌年3月の合計収穫量は年間の60%以上を占める。最近のキャッサバの植付けは、害虫対策の一環として雨量が多くなる5月以降に行われることが多くなっていることから、栽培期間8〜10カ月とされるキャッサバの収穫適期は1〜3月となっている。12/13年度の3月収穫量割合は2011/12年度比で2.13ポイント減少すると予測されている(表3)。
4.タイのキャッサバ価格と収益性
2009年以降のキャッサバ農家販売価格(図7)は、害虫被害による大減産の影響から上昇傾向で推移していたが、生産の回復とともに2012年はキロ当たり2.18バーツと下落へ転じた。キャッサバ農家販売価格は高値から一服はしているものの、依然さとうきび農家販売価格を大きく上回っている。
図8のとおり、キャッサバ栽培による1ヘクタール当たり純利益は、2008/09年度以降、コナカイガラムシの被害の鎮静化とともに上昇し、2010/11年度においては前年度の3.5倍以上となる1万8538バーツ(約5万9000円)となった。一方、国際砂糖価格高騰を背景に国内のさとうきび農家販売価格も上昇したため、さとうきび栽培による1ヘクタール当たり純利益も上昇している。2010/11年度において、同純利益は1万6698バーツ(約5万3000円)となっており、害虫被害以降初めてキャッサバを僅かに下回った。今後は国際砂糖価格の下落にともない、キャッサバとさとうきびの栽培による1ヘクタール当たり純利益の差が広がることで、さとうきびからキャッサバへの作目転換が進む可能性がある。
5.タイのキャッサバ消費動向
タイタピオカ取引協会(Thai Tapioca Trade Association、以下「TTTA」)によると、2012年のキャッサバの用途別割合は図9に示したように推定されている。キャッサバイモベースの生産量の36%がチップおよびペレットに加工され、そのうちの82%が海外へ輸出されている。チップ輸出のほぼ全量が中国向けとなっており、工業用や飲料用のアルコール原料として利用されている。国内向けは飼料用、工業用、飲料用に利用されている。一方、でん粉(化工でん粉含む)に仕向けられる割合は60%とされ、うち国内消費向けは33%、輸出向けは67%となっている。残り4%がエタノール用で、ほぼ全量が国内向けとなっている。
6.タイのタピオカでん粉価格
2009/10年度に引き続き2010/11年度はキャッサバ生産量が少なかったことから、でん粉国内価格並びにFOB価格は高水準で推移したものの、2011/12年度、生産量は減産前に近い水準まで回復したため(図5)、図10のとおり両価格とも下落した。2011年にタイ中央部を襲った洪水の影響によるキャッサバ供給不足のため、同年10月に価格は上昇したものの、洪水の影響は一時的なものであったことから、価格は再び下落した。また、同年3月のでん粉国内価格は、降雨日が多くなる4月前に収穫を終了したい生産者が多くなったことでキャッサバの供給が過多となり、トン当たり1万2200バーツ(約3万9000円)まで下落した。その後、でん粉価格は3月下落前の水準に回復し、2012年4月以降はほぼ横ばいで推移している。
7.タイにおけるタピオカでん粉製品の輸出動向
タイ産タピオカでん粉の仕向先国別輸出量および輸出価格の推移は表4のとおりである。2012年(暦年)の輸出量は前年比18.4%増の220万トンで、FOB価格は同9.6%安のトン当たり443ドル(約4万1000円)であった。輸出量上位5カ国のうち台湾以外の国は、前年から輸入量が増加した。特にインドネシアからの引き合いが強く、前年の年間輸入量第1位であった中国を上回った。インドネシアへの輸出量は、同国のタピオカでん粉生産量がタイに次ぐアジア第2位であるにもかかわらず、国内需要の高まりから、前年比43.5%増の66万トンとなった。一方、タピオカチップの仕向先国別輸出量および輸出価格の推移は表5のとおりである。2011年輸出量(369万トン)の全量が中国向けであったが、2012年輸出量(460万トン)の一部(1.1万トン)はインドネシア向けとなった。
8.近隣国からのキャッサバ調達
表6、7のとおり、タイでは近年、キャッサバ、タピオカチップの輸入量が増加している。タイの2012年キャッサバ輸入量は前年比51.3%増の18万トン、同年タピオカチップ輸入量は同34.6%増の17万トンであった。どちらも輸入相手国はカンボジア、ラオスであり、特にカンボジアからの輸入量は著しく増加している。両品目について、2011、12年における月別のタイ国内価格と輸入相手国であるカンボジア、ラオスのCIF価格を比較したものが図11、12である。両品目ともほとんどの月で両国のCIF価格がタイ国内価格を下回った。両国から輸入されるキャッサバ、タピオカチップはともにタイの国産品に対して価格優位性がある。キャッサバは品質劣化などの輸送上の制約があることから国境近郊で生産されるものに限定されるが、タピオカチップはそのような制約はない。今後は、キャッサバよりもタピオカチップ輸入量の伸びが大きくなると思われる。
9.タイのでん粉生産に関わる政策の動向
(1)キャッサバ担保融資制度
タイでは、2011年7月に行われた総選挙で政権が交代した。新政権では、キャッサバ生産者に対する保護制度として、市場価格が定められた最低価格を下回った場合に差額が補填される最低価格保証制度から前々政権時に実施されていた担保融資制度に再び戻されることとなった。当初2011年10月から開始される予定であったキャッサバ担保融資制度は、洪水の影響で2012年2月1日からの開始となり、6月30日で終了した。2011/12年度のキャッサバ担保融資制度の実績は表8のとおりである。2011/12年度のキャッサバ生産量の35%程度がこの担保融資制度を利用した。この制度は、農家が政府へキャッサバを預け、引き換えに政府が定めた融資価格で融資を受ける制度となっている。しかしながら、過去に行われたこの制度下では、農家による買い戻しは行われておらず、実質的には政府が担保にしたキャッサバを買い上げ、市場放出は融資価格よりも安価で行うため、財政赤字を増加させている。また、近隣諸国から不正に輸入した安価なキャッサバを用いてこの制度を利用するケースが問題となっている。
12/13年度のキャッサバ担保融資制度は、10月から開始され翌年3月で終了予定とされている。開始時期である10月上旬のキャッサバ農家買取時の市場価格は、東北部でキログラム当たり2.1〜2.6バーツ(でん粉含量22〜26%)であったことから、予定している担保融資価格同2.5バーツ(でん粉含量25%、1カ月ごとに0.05バーツ引き上げ)と価格差が小さく、キャッサバ生産者は融資価格の引き上げを政府に要請していた。価格差が小さかったことから、制度の利用が本格化したのは融資価格同2.5バーツに0.05バーツ×2カ月分が上乗せされ、同2.6バーツとなった12月1日からであった。買取り上限は昨年と比べ500万トン減のキャッサバイモベース1000万トンで、そのうち840万トンがタピオカでん粉製品向け、160万トンがバイオエタノール向けに利用される予定である。
(2)最低賃金、全国一律1日当たり300バーツへ
新政権与党のタイ貢献党は、選挙時に法定最低賃金を全国一律で1日当たり300バーツ(約950円)まで引き上げることを公約としていた。2011年の洪水の影響により延期されていた賃金引き上げは、表9のとおり、2012年4月にバンコクなど6都県とプーケットで300バーツに、その他70県で222〜273バーツに引き上げられた。そして、2013年1月1日から全国一律で最低賃金は1日当たり300バーツとなった。キャッサバ主産地のナコンラーチャーシーマー県の最低賃金は、引き上げ前の2011年1月時点183バーツ(約580円)から300バーツと大幅な賃上げとなっている。タイではキャッサバ生産は企業経営ではなく家族経営がほとんどであるため、今回の労賃引き上げによる生産コストの上昇は、でん粉製品価格に転嫁されることとなる。
10.おわりに
世界第1位のタピオカでん粉輸出量を誇るタイの政府は、キャッサバ作付面積については現状水準の維持、単収については現在のライ当たり3.0〜3.5トン(ヘクタール当たり約19〜22トン)から同5トン(同31トン)に向上させることで生産量の増加を図り、今後もタピオカでん粉輸出国としての地位を守ることを目標としている。2009年のコナカイガラムシ発生以降、砂糖国際価格の高騰も相まって、さとうきびへの作目転換が増加し、キャッサバの収穫面積は大幅に減少した。しかし、2010/11年度ではコナカイガラムシ被害の鎮静化にともない、1ヘクタール当たりの純利益において、害虫被害以降初めてキャッサバがさとうきびを上回っている。今後は、国際砂糖価格の下落によるさとうきびの収益性低下により、キャッサバへの生産回帰が進むことが予測され、生産量は増加するとの見方もある。今後も、キャッサバとさとうきびの収益性について注視する必要がある。
また、タイ政府は2013年からレギュラーガソリン(エタノールを混合しないオクタン価91の燃料)の販売停止を決めており、既に1月分のガソホール(ガソリンとエタノールの混合燃料)の国内販売量が前月比30%増となっている。タイではエタノールの原料は主に糖みつであるが、エタノールの国内需要増を見通し、キャッサバを原料とするエタノール製造工場の建設が既に行われている(2012年3月現在7工場合計生産能力日当たり222万リットル)。タピオカでん粉生産へ影響するキャッサバのエタノール仕向け量についても、今後注視する必要がある。
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