タイのキャッサバの需給動向とエネルギー政策
最終更新日:2015年3月10日
タイのキャッサバの需給動向とエネルギー政策
2015年3月
【要約】
日本の輸入でん粉において大きなシェアを占めるタイのキャッサバの生産は、2012年以降、生産量、価格とも安定して推移。新政権下でのキャッサバ生産農家への支援策は、融資制度のみであるが、現在、農家販売価格が高水準で推移しているため、生産現場から大きな不満は聞かれない。
2012年から始まった代替エネルギー開発計画の進捗は、現状では目標の半分以下にとどまっている。今後も目標達成に向け、キャッサバを含むエタノール原料作物の単収向上、エタノールの混合割合が高いガソリンに対応した車の増加など、エタノールの利用拡大が図られる予定。
キャッサバの仕向け割合をみると、現状ではエタノール原料仕向けがでん粉仕向けに影響を与えているようには見えないが、エタノールの利用拡大や今後のエネルギー政策の動向などによっては、影響が生じることも想定される。
はじめに
タイでは昨年5月に軍事クーデターが起こり、タイ初の女性首相であったインラック政権が倒れ、8月に陸軍総司令官のプラユットが首相に就任した。これまで政権が変わるたびにキャッサバ農家への生産支援策も変更されてきたが、プラユット政権下においても、それまでの政策の見直しが行われている。本稿では、タイのキャッサバ生産者を取り巻く環境の変化とともに、キャッサバを原料とするバイオエタノールの消費拡大をその政策の一部として含む「代替エネルギー開発計画(Alternative Energy Development Plan;AEDP)2012〜2021」の進捗状況について、昨年12月に行った現地調査を基に報告する。
なお、本稿中の為替レートは1バーツ=3.69円(2015年1月末日TTS相場)を使用した。
1. 日本のでん粉需給とタイの関係
日本が輸入するでん粉は、「天然でん粉」と「化工でん粉」の二つに大きく分けられる。2014年の日本の「天然でん粉」の総輸入量は17万4700トンであり、その8割強がタイからのタピオカでん粉となっている(図1)。
日本の天然でん粉の輸入は、関税割当制度(注1)の下で行われており、タイで病害虫が大発生して生産量が著しく落ち込んだ2010年を除いて、輸入量は年間17万トン前後で推移している(図2)。
化工でん粉についても、2014年の日本の総輸入量48万500トンのうち6割強がタイからの輸入であり、そのほとんどがタピオカでん粉誘導体となっている(図3)。
タイからの化工でん粉輸入が大きなシェアを占めている理由としては、他国産の化工でん粉に比べて安価であることの他、2007年に締結された日タイ経済連携協定(EPA)により、20万トンの無税枠が設定されたことも挙げられる。
最近の日本の化工でん粉の輸入量は、2012年をピークに減少しているが、タイからの輸入量は2012年以降はほぼ横ばいで推移しており、そのシェアを増やしている(図4)。
このように、日本の輸入でん粉においてタイ産の占めるシェアは他を圧倒しており、2010年の天然でん粉輸入量の大幅減からも分かるように、タイからの輸入量の減少は輸入量全体の動向に直結し、日本のでん粉需給は、タイのキャッサバの生産動向に大きく影響を受ける構造となっている。
(注1) 2014年度においては、 1)糖化用8万トン 2)化工でん粉用6万8600トン 3)グルタミン酸ソーダー等用4000トン 4)沖縄特別割当用400トン 5)その他用1万4000トン、の合計16万7000トンが割当数量として定められており、 1) 2)については無税、 3)〜 5)については25%の税率となっている。
2. キャッサバの生産動向
(1)キャッサバ生産の概要
タイにおけるキャッサバの生産は、病害虫のコナカイガラムシが発生した影響により2010〜2011年は生産量が大幅に減少したが、2012年には回復し、その後、収穫面積、生産量、単収とも安定的に推移している(図5)。2014年は収穫面積が135万ヘクタール、生産量が3002万トン、1ヘクタール当たりの単収は22.25トンとなっている。また、キャッサバ農家戸数は約53万戸であり、タイの全農家戸数の約1割を占めている。
タイにおけるキャッサバ生産の中心地は東北部であり、総生産量(2014年)の52%が東北部で生産されている(図6)。このほか、北部で23%、中央部で25%が生産されており、天然ゴムやアブラヤシの生産が中心の南部を除く国内の広い地域でキャッサバの生産が行われている。
なお、キャッサバの収穫年度は10月〜翌9月を単位としており、12月〜3月が収穫の最盛期で、この間に年間生産量の約7割が収穫されている。
(2)キャッサバの仕向先
タイ農業協同組合省によると、2013年のキャッサバの仕向先のうち、最も大きいのが「タピオカでん粉・化工でん粉」向けで、全体の55%を占め、そのうち約8割、すなわち全体の40%が輸出に仕向けられている(図7)。次に多いのが「チップ・ペレット」向けで、全体の40%となっている。チップ・ペレットの約9割が輸出されており、ほとんどが中国向けとなっている。残りの約1割は、国内で家畜(牛、豚、鶏など)の飼料として利用されている。
また、全体の5%がエタノールに仕向けられているが、タイにおいてキャッサバがエタノールに仕向けられるようになったのはここ数年のことであり、2008年の時点ではエタノール向けという数値は表れていない(図8)。2008年と2013年の数値を比較すると、チップ・ペレットに仕向けられていたものがエタノール向けに置き替わった形になっており、でん粉用途向けの割合に変化は見られない。
(3)キャッサバ生産に係る政策
プラユット政権下でのキャッサバ生産に係る政策の変化として、これまでに明らかになったのは、生産農家への支援策として過去の政権が採っていた「担保融資制度(注2)」や「農家所得保証制度(注3)」のいずれも採らず、融資制度のみとしたことである(図9)。
この融資制度には、短期融資(4〜6カ月)と中期融資(24カ月)があり、いずれも融資期間中の利息分3%が補給される。
短期融資は、キャッサバの収穫遅延計画に参加する農家を対象とするものであり、1世帯当たり上限5万バーツ(約18万4500円)の融資を農業・農業協同組合銀行(BAAC)(注4)などから受けることができる。これにより、収穫最盛期に一気にキャッサバが市場へ供給され価格が下落するのを防ぐことができると期待されている。
中期融資は、かんがいによる生産効率向上計画に参加する農家を対象とするものであり、1世帯当たり上限23万バーツ(84万8700円)の融資を農業銀行などから受けることができる。これにより、単収が向上し、生産コストが低下すると期待されている。
他にもキャッサバ加工工場向けの支援策として、商業銀行から融資を受け、加工や保管の効率向上のための投資(キャッサバ芋と土砂を分ける網の設置など)を行う業者を対象に、利息分の3%が24カ月間補給される。現在タイでは、AEC(注5)での競争力強化も視野に入れた、キャッサバの加工基準の向上を目指す「クリーンキャッサバプロジェクト」が展開されており、この加工工場向け支援策もこのプロジェクトを推進するものである。
(注2) 農家が政府へキャッサバを預け、引き換えに政府が定めた「融資価格」で融資を受ける制度。「融資価格」は「最低保証価格」として機能し、決まった価格でキャッサバの対価を得ることが保証されるため、農家は安心感が得られる。しかし、実際には市場価格よりも融資価格が著しく高く設定されていたため、農家による買い戻しは行われず、政府が担保として預かったキャッサバをそのまま買い上げていた。買い上げたキャッサバは市場に放出されるが、融資価格よりも安価で放出されるため、財政赤字を招いた他、近隣諸国から安価なキャッサバを輸入して不正にこの制度を悪用するなど、問題が指摘されていた。
(注3) 市場価格が定められた最低保証価格を下回った場合、政府が差額を補填することで農家手取りの最低価格が保証される制度。市場介入度合が小さいが、財政負担が拡大するおそれがある。
(注4) 政府系の農業者向け銀行。
(注5) ASEAN Economic Community 。2015年末に発足予定のASEAN経済共同体。域内の関税撤廃や貿易の円滑化などを枠組みにして、ASEAN加盟国10カ国がひとつにまとまった経済圏が形成される予定。
(4)キャッサバ価格の推移
2010年にコナカイガラムシの被害でキャッサバの生産量が著しく落ち込み、需給がひっ迫したのは前述のとおりであるが、この影響で農家販売価格が上昇し、タピオカでん粉および加工でん粉などの価格も上昇した(図10)。コナカイガラムシの被害が収まった後、2012年以降も価格は高水準で推移しており、2013年農家販売価格は1キログラム当たり2.1バーツ(7.75円)、タピオカでん粉は同14バーツ(51.66円)、化工でん粉は同22バーツ(81.18円)であった。2014年についても、ほぼ同様の水準で推移している(2014年12月中旬現在)。
前述のとおり、現政権下ではキャッサバ生産者への支援策は融資のみとなったが、このように農家販売価格が高水準なことから、今回の現地調査では、生産現場から特段の不満は聞かれなかった。現状の政策で十分と判断されるのか、追加の支援策が必要になるのか、引き続き価格の動向を注視する必要がある。
3. エネルギー政策によるエタノール需給への影響
(1)代替エネルギー開発計画の概要
2011年にタイ政府が策定した「代替エネルギー開発計画(Alternative Energy Development Plan(AEDP))」は、2012〜2021年の10カ年計画であり、2021年末までにエネルギー使用総量のうち25%を代替エネルギーに置き換えることを目標としている(詳細については、本誌2013年9月号
「タイのエタノール政策と砂糖およびでん粉業界への影響」を参照)。
この計画において、バイオエタノールは、6つの代替エネルギー「バイオエネルギー」「バイオ燃料」「太陽光」「風力」「水力」「新エネルギー」のうちのバイオ燃料の一つとして位置付けられている(図11)。バイオエタノールの1日当たりの消費目標は、900万リットルと定められ、「キャッサバ」とサトウキビから砂糖を製造する際の副産物である「糖みつ」を原料として製造することが定められている。
(2)代替エネルギー消費の現状
タイのエネルギー省によれば、2014年第1四半期における代替エネルギー消費の現状は、2021年末の代替エネルギー25%という目標に対して、11.3%と半分以下にとどまっている(図12)。
そもそもタイでは、1980年代半ばからエネルギーの輸入依存度を下げることを目標に、いくつかのバイオエネルギー関係の政策がとられていたが、芳しい成果は上げられなかった。AEDPを策定する4年前にも、2008〜2022年を期間とする「再生可能エネルギー開発計画(Renewable Energy Development Plan; REDP)」が策定され、この中でもバイオエタノールの利用促進が位置付けられていたが、2008年から2011年の4年で、消費は1日当たり125万リットルから同139万リットルへの増加にとどまった(図13)。
そこで、タイ政府は2013年にレギュラーガソリンの販売中止という思い切った施策を実施し、その結果、2014年にはバイオエタノールの消費は一挙に同343万リットルまで伸びている。しかし、それでも2021年末の目標の同900万リットルに対して4割以下にとどまっている。
既述のとおり、タイのエタノール生産の原料は、「キャッサバ」とサトウキビから砂糖を製造した際に生じる「糖みつ」とされており、現状(2013年)では、糖みつ由来のエタノールが6億2900万リットル、キャッサバ由来のエタノールが2億6300万リットルと糖みつ由来のエタノールが全体の約3分の2を占めている(図14)。タイにおけるエタノール生産の主たる原料がサトウキビであることは今後も変わらないと考えられ、代替エネルギー開発計画の目標達成を図る上ではキャッサバよりもむしろ重要度が高いと考えられるサトウキビについて簡単に触れておきたい。
従来、サトウキビ由来のエタノールは糖みつを原料とするものに基本的に限定されていたが、昨年12月1日に粗糖を原料とすることも認められた。これは砂糖価格の低迷を受け、サトウキビを砂糖用途以外に仕向けられるようにするための措置ではあるが、砂糖およびエタノール業界からは、さらに一歩進めて、現在一部でしか認められていない
(注6)サトウキビ搾汁液からのエタノール生産を望む声もある。
今のところ、エタノール生産を増やすためにサトウキビ搾汁液をそのままエタノール原料として利用する意向は政府にはないようであるが、目標達成に向けた今後の進捗度合いによっては、2013年のレギュラーガソリンの販売停止のように大胆な施策をとる可能性もある。また、サトウキビ由来のエタノールの生産動向は、同様にエタノール原料としてのキャッサバの需給にも影響を与えることも考えられることから、これらの動向に注視していく必要がある。
(注6) カドミウム汚染土壌地域で栽培されたサトウキビの搾汁液については、非食用としてエタノールに仕向けられている。
(3)目標達成に向けた施策
バイオエタノール消費量の目標達成のためのハードルは相当高いと言えるが、2021年末に向けて、タイでは供給サイドおよび需要サイドにおいて、それぞれ以下のような施策を実施することとしている。
【供給サイド】
1) エタノール原料となるキャッサバとサトウキビの単収向上
2) ソルガムなどの他の代替作物の生産振興
【需要サイド】
1) レギュラーガソリンの販売停止(2013年に措置済み)
2) E20(注7)に価格優位性を持たせ、E20供給可能なガソリンスタンドの増設
3) エタノール需要に資する研究や試験、インセンティブを高めるための予算の措置
4) E10(注8)、E20、E85(注9)の理解を深めるためのキャンペーンの継続
5) E85対応車への物品税の優遇
6) 公用車でのE85対応車の使用
このうち、供給サイドでは、タイの農地面積はこれ以上増やせないと言われていることから、キャッサバやサトウキビの単収向上が重要な課題とされている。しかし、2014年のキャッサバの単収は平均で1ヘクタール当たり約22トンであり、目標達成のためには同約31トンと現状の4割増を図る必要がある。単収の4割増というと達成不可能とも思われるが、タイ農業協同組合省によれば、キャッサバは乾いた土地で放っておいても育つ作物であることから、現在は、天水に依存するなど粗放的に生産されていることが多く、それゆえ、かんがいや適切な施肥による大幅な単収増の可能性は残されているとのことである。
(注7) エタノールが20%混合されたガソリン
(注8) エタノールが10%混合されたガソリン
(注9) エタノールが85%混合されたガソリン
(4)今後のタイにおけるエタノール需要予測
タイでは、2011年9月〜2012年12月の間、内需拡大策として、エコカーや1500cc以下の乗用車などの物品税が最大10万バーツ(36万9000円)まで払い戻される「ファーストカーインセンティブ」が実施され、幅広い層に自動車保有が進んだ。また、エネルギー省によれば、1995年以降に製造されたほぼ全ての車はE10に、2008年以降に製造された車はE20に対応しており、E20対応車数は保有台数全体の約半数の200万台に上る(図15)。E85対応車についても、現在では6メーカーが対応するモデルを発売し、2013年で20万台が確認されている。今後は、E85対応車の割合を増やすことを目指しており、2016年にはE85対応車の物品税を全排気量車において5%優遇することが予定されている
(注10)。
レギュラーガソリンの使用は中止になっていることから、国民の自動車保有台数に加え、エタノール混合率の高いガソリンに対応できる自動車の増加は、バイオエタノールへの需要を強めるものになると考えられる(図16)。
(注10) 現在は、排気量1800cc以上を対象に、E20対応車が5%、E85対応車が8%の物品税の優遇が受けられる。
おわりに
昨年12月にわれわれがタイエネルギー省を訪問した際、担当官から新しいエネルギー政策を検討中との談話があった。詳細は明らかにされなかったが、新しいエネルギー政策は、2036年を目標年として、「省エネ」「代替エネルギー」「電力」「ガス」「石油」の5つの計画を包括的にまとめた内容となる予定であり、新しい項目も加わることとなるため公表までは時間がかかるだろう、とのことであった。
タイ国内の固有の課題だけでなく、昨今の原油価格の下落、食料需要との競合など、バイオエタノールの利用促進を図る際に考慮すべき事項は多いが、化石燃料への過度の依存からの脱却と再生可能エネルギーの利用拡大という大きな流れは今後とも変わらないだろう。
タイのキャッサバの仕向け先について、現時点でエタノール需要の増加がでん粉仕向けに影響を及ぼしているとは見えないが、今後のエネルギー政策の動向によってはでん粉仕向にも少なからず影響が生じることも想定されることから、引き続き注視していきたい。
単収向上に向けた取り組み
粗放的に生産されることが多いキャッサバは、農家の生産知識や技術によっては単収を大きく向上させることが可能であるため、各地の土地開発局を中心に農家に対するさまざまな指導が行われている。
例えば、キャッサバの主要生産地である東北部のナコンラーチャーシーマー県では、適切な施肥を行えるように、キャッサバほ場のpH値、リン酸やカリウムなど土壌内の有機成分を測定する土壌診断を実施し(写真1)、その診断結果を土地開発局のサイトで公開し(写真2)、生産者の単収向上に役立てているほか、緑肥作物(畑に鋤き込んで肥料とするマメ科植物など)の利用や管理作業の適期実施、病害虫であるコナカイガラムシの防除方法(寄生バチや白きょう病菌(Beauveria bassoana)の散布)などが指導されている。
しかし、農家側からは、収穫時の機械化が進んでおらず収穫期の労働力確保が追い付かないため、現状維持のままで良いとする意見も聞かれるなど、生産性向上に無関心な農家も多く、上述の土壌診断についても、無料で提供されるにも関わらず、申請する農家は4割程度とのことであった。
また、同県によると、約7割の農家が天水に依存していることから、単収向上のためには地下水を利用したスプリンクラーの整備やかん水チューブの普及などが必要とのことであり、単収向上に向けて解決すべき課題は多く残されている。
|
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-8713