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ブラジルのバイオ燃料政策

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最終更新日:2010年5月14日

ブラジルのバイオ燃料政策

2010年4月

國學院大學経済学部 教授 茅野 信行

はじめに

 ブラジルのエタノール消費が拡大している。大量に生産されるさとうきびからエタノールを精製し、自動車用燃料としてさかんに利用しているからである。ブラジルは南米きっての工業国であり、米欧日(GM、フォード、フォルクスワーゲン、ダイムラー、フィアット、トヨタ、ホンダなど)の多数の自動車会社が進出して、一大市場を形成している。

 フォルクスワーゲンを始めとする自動車メーカーは2003年4月からフレキシブル燃料車(Flexible Fuel Vehicles=FFV、以下、「フレックス車」と略記)を市場に投入した。フレックス車は大人気となり、03年に8万4558台、04年に37万9329台、05年に89万7308台が販売された。05年はフレックス車の新車登録台数が、初めてガソリン車を上回った。08年は235万6942台のフレックス車が販売され、新車販売台数の90%を占めるまでになった。09年の新車販売台数は前年より11.4%増加し、314万1226台と、初めて300万台を突破した。これは政府が08年12月に導入した減税策の効果が上がり、小型車需要が好調に推移したことが理由である1。

1 USDA,“Brazil Bio―Fuels Annual―Ethanol2008”,FAS Gain Report,Jul2008、日本経済新聞2010年1月9日

 ブラジルの3万2000カ所の給油所では、エタノールとガソリンを給油できる。そのためフレックス車のドライバーはガソリンスタンドで給油するたびに、「簡単だが重要な」意思決定を迫られる。燃料代を節約するためである。「エタノール20%混合ガソリン」か「100%エタノール」の、どちらかを選ぶのである。ドライバーはエタノールが安くなればエタノールを入れ、混合ガソリンが安くなれば混合ガソリンを入れる。エタノールを選ぶ基準は、エタノール価格がガソリン価格の70%かそれ以下のコストにあるかどうかであるという(エタノールの持つ熱量はガソリンの70%である)。

 10年1月の自動車燃料用エタノールの販売価格は1リットル=0.90レアル、ガソリンが1リットル=1.55レアルである。ガソリンとエタノールの価格を比較すると、エタノールはガソリンの58%の割合となっている。06年2月以降は、ガソリンよりエタノールのほうが割安で推移している。エタノールに課される税率は価格の約25%だが、ガソリンの税率は約60%である。エタノールの税率(CIDA tax)は、インフレを抑制するため10年2月5日から、1リットル当たり0.23レアルから、0.15レアルへ引き下げられた。


1.ブラジルのさとうきびと砂糖の生産

 よく知られているように、さとうきびは高温の熱帯、亜熱帯地方で栽培される。とくに成長期に多雨になり成熟期には乾燥する、水はけのよい緩傾斜地が栽培適地である。世界のさとうきびの栽培面積は年々拡大しているが、とくにブラジルとインドの栽培面積が大きい。ブラジル、インド、タイ、中国の4カ国は、世界の砂糖生産の50%、砂糖輸出の59%を占めている。

 ブラジルの09/10年度のさとうきび作付面積は870万ヘクタール、収穫面積は805万ヘクタールと予測されている(1ヘクタール当たりのさとうきび生産量は79.75トン)。さとうきび生産量は5億9200万トンである。しかし、収穫面積が拡大するにつれさとうきびの刈り取りがボトルネックとして浮上してきた。刈り取り作業は機械化が遅れており、さとうきびの80%近くはいまだに、人手を使って刈り取っている。農家は刈り取り作業の前にさとうきびの葉に火を着けて焼き払うが、収穫面積の拡大に伴い「葉焼き」が環境に悪影響を及ぼすことが懸念されるようになった。このためブラジル政府は議会に対し、さとうきびの葉焼きの段階的禁止を提案している。この提案によると、葉焼きは2017年までに禁止される予定である2。

2 USDA,“World Production Supply and Distribution”,FAS Gain Report,Nov 2009

 これに加えて、政府は新たに開拓される農地をさとうきび畑として利用することを規制する法案を議会へ提出した。この法案が可決されれば、アマゾン、大湿地帯、パラグアイ川上流域、保全農地区域、原住民居住地(国土の開発可能地の92%を占める)にさとうきび畑を拓くことは不可能になる。

 ブラジルではさとうきびは4月から10月にかけて収穫される。刈り取られたさとうきびは、24時間以内に工場へ運ばれ、そこで砂糖とエタノールに加工される。この場合、砂糖を生産するか、エタノールを製造するかは、両者の価格と採算によって決まる。

 さとうきびの収穫量は1エーカー当たり32.3トンである。これから約610ガロンのエタノールが生産される。一方、とうもろこしの収穫量は1エーカー当たり150ブッシェル。この150ブッシェルから400ガロンのエタノールが製造される。1エーカー当たりのエタノール生産高を比べると、さとうきびはとうもろこしの1.5倍である。


2.さとうきびの不作と砂糖の値上がり

 ここで話題を砂糖価格に移そうと思う。国際砂糖市場ではプライス・メカニズムが働いて、価格の高騰が追加の供給を生み出すからである。

 2009年6月下旬から砂糖相場が値上がりし始め、8月初めには1ポンド当たり20セントを突破した。8月末から11月末まで、21〜24セント台で揉み合っていたが、12月に入って再び値上がりしたのである。こうした中、2009年12月10日付の『日本経済新聞(夕刊)』に、次のような記事が掲載された。見出しは「農産物の国際価格高騰」であり、小見出しは「ココア24年ぶり、砂糖28年ぶり高値」、それに「投機マネー流入」であった。

 その内容を摘記すると、「ココアや砂糖、オレンジ果汁といった農産物の国際価格が高騰している。ココアは約24年ぶり、砂糖は28年ぶりの高水準に達し、オレンジ果汁は年初から8割上昇し、1年ぶりの高値を付けた。天候不順による産地の不作で需給が締まっているのを見越して海外の商品先物市場に投機マネーの流入が加速している。国際価格の高騰は砂糖など国内の商品価格にも波及しはじめた」という。

 さらに続けて、「砂糖はニューヨーク市場の粗糖(精製前の砂糖)先物価格が9月上旬に1ポンド当たり24セント台となり、1981年2月以来の高値となった。現在も21〜22セント台で推移、28年ぶりの高値水準を維持している。今夏に世界2位の生産国インドで干ばつを理由にさとうきびが不作となり、輸入量を増やしているのが高騰の主因」であると見ている。

 この記事を読むと「砂糖が28年ぶりの高値圏」にあり、あたかも史上最高価格に並ぶ勢いであるという印象を受ける。しかし、事実は印象とは異なる。なぜなら、砂糖先物の史上最高価格は1975年11月20日の65セント(1月限)であり、その次のピークは1980年11月5日の44.80セント(1月限)であったからである。1980年の高値は、筆者が香港に駐在していた時のことでもあり、穀物価格も5月下旬から11月末まで干ばつを背景に一本調子で値上がりしていたから、よく覚えている。

 とはいえ、この記事のいう通り、その後も砂糖価格は値上がりし、2010年1月29日には29.90セントを付けた。それでも史上最高価格の半値には達しなかった。

 どうしてか。それは米国の経営学者マイケル・ポーターの指摘する5つの競争要因(five forces)の1つ、「代替品の脅威」に他ならないと思う。ポーターは業界の収益力は、主にその業界における競争の程度によって決定されるとし、それは「5つの要因、新規参入者の脅威、買い手の交渉力、供給業者の交渉力、代替品の脅威、ライバル企業との競争で説明できる」という。

 その代替品とは何だったのか。異性化糖であった。砂糖には異性化糖(high fructose corn syrup)という強力な代替品があったのである。異性化糖はとうもろこしでん粉(コーンスターチ)を原料にして作られる。異性化糖の研究、開発は1970年代後半になって加速した。砂糖価格の高騰が刺激になったのである。異性化糖は液体の甘味料で清涼飲料水に広く使われているが、その利点は、(1)液体である(2)冷やすとスッキリした甘みになり、口当たりがよい(3)コストが安いこと−である。この異性化糖を本格的に使用したのは、ほかならぬコカ・コーラであった。1982年のことである。それ以来、甘味料の需要は砂糖から異性化糖へ移り、砂糖の値上がりが止まったのである。

 09年のように、インドが不作に終わって需給が一時的にひっ迫しても、砂糖が史上最高価格を更新できないのは、それが理由である。

3.ブラジル政府によるエタノール混合比率の操作

 さとうきびを搾る工場には、エタノールと砂糖を生産するため、2本の生産ラインが通っている。したがって、生産者はさとうきびをエタノールと砂糖のいずれにも、自由に切り替えて使うことができる。生産者は国内でエタノール価格が上昇すれば、砂糖生産の一部を収入の多いエタノール生産へ切り替える。エタノール需要がひっ迫すれば、その需要を満たすために生産を増やさなければならないからである。

 エタノール製造に仕向けられるさとうきびの量が増えることは、他方で砂糖の生産に使えるさとうきびの量が減ることを意味する。ブラジルの砂糖生産が減り、その結果、輸出が減少すれば、おそらく砂糖は値上がりする。そうなるとブラジル以外の主要生産国の砂糖輸出が増える。つまり砂糖価格の上昇は主要輸出国の利益となる。

 ブラジル政府は1990年代に、国内の砂糖とエタノール価格に対する規制の大部分を撤廃した。このためエタノールのガソリンへの混合率の変更を除くと、市場に対する政府規制は存在しない。とはいえ実際には「国家エタノール計画」に基づく政策手段、すなわち混合率の変更を利用すれば、砂糖の生産と輸出の双方を規制することができる。これはブラジル政府が、間接的に、世界の砂糖価格に対し影響力を及ぼし得るという意味である。

 エタノール需要が急増するブラジルでは現在、330余りの製糖工場が増産体制を整えている。さとうきびを原料とするブラジルのエタノール生産コストは、とうもろこしを原料とする米国の約半分で、世界で最も安い。製造されるエタノールの80%は国内で消費され、残りは輸出に回される。ブラジルの現在のさとうきび栽培面積は805万ヘクタールで、大豆作付面積の2200万ヘクタールの3分の1に過ぎない。ブラジルではさとうきびの栽培を短期間で開始できる耕地が、あと3000万ヘクタールはあるといわれている。差し当たり、さとうきびを増産することに問題はない。

 ブラジルの09/10年度(販売年度)のさとうきび生産量は5億9200万トンで、前年度の5億7000万トンから2200万トン増加の見込みである。製糖工場はさとうきびの44%を砂糖生産に、56%をエタノール生産に使用する計画である(前年度は40%が砂糖の生産に、60%がエタノールの生産に利用された)。砂糖の生産高は3550万トンで、前年度より365万トン増える。輸出は2385万トンと予測されている。

 他方、エタノールの生産量は255億リットルで、前年度より2億リットル減少すると見込まれている。砂糖の生産を増やしたからである。09/10年度のエタノールの国内需要は計画では235億リットルと設定されているが、これは前年度より14億リットル多い。エタノール輸出は前年度を16億9000万リットル下回る30億リットルと見込まれている。

 それだけではない。さとうきびからエタノールを精製することにはとうもろこしにはない大きな利点がある。その利点とは何か。それはさとうきびが穀物ではないことである。とうもろこしとは違いさとうきびは食糧とクリーン・エネルギーとの間で深刻な争奪戦は起こり得ないからである。

4.ブラジルのバイオディーゼルへの取り組み

 ブラジルではエタノールはもっぱら乗用車の燃料として使われている。一方、トラック、バス、それに貨物自動車の大部分は軽油(ディーゼル油)を燃料に使っている。

 ブラジル政府はバイオディーゼルの普及を目的として、2004年12月、「国家バイオディーゼル生産利用計画」を正式にスタートさせた。政府は1975年にも「国家エタノール計画」という同様の計画を実施している。この計画は石油危機という突発的事態が勃発した後、エタノールの普及を目的に立案された国家プロジェクトであった。このバイオディーゼル生産利用計画は、1975年と同じような原油高という状況下で導入された。この計画は更新可能エネルギーの利用拡大と、北部・北東部の貧しい小規模農家の支援という一石二鳥の効果を上げることを狙っている。

 ブラジル政府は2005年1月、植物油を原料とするバイオディーゼルをディーゼル油に2%混合することを承認した。2008年には最低2%の混合を義務付けている。さらに2013年には最低混合比率を5%へ引き上げる計画であった。しかし、ブラジル政府は計画を前倒しで実施し、2009年現在、4%に設定していた混合義務量を、2010年1月から5%へ引き上げることを決定した。これによって、バイオディーゼルの需要量は年間24億リットル(2006〜08年の平均は年間5億2000万リットル)へ急増することが予想されている。

 2006年5月現在、ブラジルでは7つのバイオディーゼル工場が操業しており、年間生産能力は9億1000万リットルと、国内需要を十分に賄える規模になっている。米国の穀物メジャーADM(Archer Daniels Midland)社は、2006年7月、マトグロッソ州ロンドノポリスの自社の大豆集荷拠点に、大豆油を利用するバイオディーゼル工場を建設することを発表した。この工場は年間90万トンの原料大豆を処理し、18万トンの大豆油を生産する計画である。ADM社にとってブラジル最初のバイオディーゼル工場だが、2007年から操業を開始している。大豆油をバイオディーゼルに加工するのは、エステル交換反応を起こさせ、グリセリンを分離するだけのことだから、ローテク技術で事足りるのである。

 一般にバイオディーゼルの価格はディーゼル油より高い。そこで政府は油脂原料の調達に当たり、生産地域や生産農家の規模などの条件によってディーゼル油に課せられる連邦税(1リットル当たり0.218レアル)を31%〜100%減免し、バイオディーゼルの普及促進と地域振興を実現しようとしている。この計画では北部・東北部の半乾燥地帯で小規模農家から油脂原料を一定量購入すれば、最大の税優遇措置を受けられる仕組みになっている。

 バイオディーゼルは市場で自由に流通している。ブラジル政府は2005年、バイオディーゼルの普及を加速させるため、国家石油天然ガスバイオ燃料監督庁(ANP)によるバイオディーゼル入札制度を発足させた。入札制度は2008年まで続けられたが、この年の混合義務化後に廃止された。それからバイオディーゼルは、エタノールと同様に、生産者と精製流通業者による直接取引へ移行した。

むすび

 冒頭にも述べたように、ブラジルは南半球最大の工業国である。そのGDP(国内総生産)は1兆3000億ドル、国民一人当たり所得は6940ドル(2007年実績)に達している。インフレ率は4.0%で落ち着いており、経済成長率は5.4%、農業部門の成長率は5.3%である。ブラジルの貿易収支は輸出額が1979億ドル、輸入額が1732億ドル、差し引き247億ドルの黒字(2008年)になっている。

 ブラジルは、他方で、世界屈指の大豆生産国である。その生産高はアメリカの年間9147万トンに次ぐ6600万トンに達し、アルゼンチンの5300万トンを上回っている。ブラジルの大豆作付けは10月から開始され、12月まで続く。1月に入ると花が咲き、鞘が着き始める。早いところでは2月には収穫されるが、ピークは3月、4月になる。ブラジルの大豆油生産高は606万トン。このうち476万トンが国内で消費され、143万トンが輸出される。

 ちなみに、日本では395万トンが輸入され(日本の大豆輸入量はいまや中国の大豆輸入量の10分の1以下へ落ち込んでいる)、275万トンが搾油に回されている。ここから生産される大豆油は約50万トンである。

 元来、バイオ燃料には化石燃料にはない長所がある。その長所とは、採掘して消費すれば枯渇してしまう化石燃料とは違い、畑で何回でも繰り返し生産できる「更新可能性(renewable)」を持っていることである。その上、バイオディーゼルは石油ディーゼルより排気ガス中の不純物が少ないから、環境に負担がかかりにくい。ただし、熱量は石油ディーゼルの90%である。

 バイオディーゼルの普及にとって重要なことは、エタノールと同様に、安い供給原料(feedstock)を国内で大量に調達することができ、優遇税制なしでも石油ディーゼルに対する価格競争力があることである。すなわち、原料の大量調達と製品の販売に当たっては、あくまでも経済合理性が貫かれることが肝要である。

 欧州連合の菜種、米国のとうもろこし、ブラジルのさとうきびは、バイオディーゼルやエタノールの格好の供給原料だが、それでも優遇税制の後押しがなければ価格競争力を維持することは難しい。バイオディーゼルに価格競争力がなければ、その普及は進まない。普及が進まなければ、原油価格の高騰を抑える力にはなり得ない。

 しかし、ブラジルはバイオディーゼルの原料である大豆の生産については地の利に恵まれ、消費拡大に向けては価格面で競争優位性を発揮できる有利なポジションにある。この利点がブラジルの「国家バイオディーゼル計画」推進の背景にあると考えることは、必ずしも無理なこじつけとはいえない。ブラジルがこの強みを生かさない手はないからである。

 ブラジルは2006年4月、長年の悲願であった原油自給を達成した。したがって、バイオディーゼル計画が実施に移され、成果が上がるようになれば、近い将来、地下資源大国のブラジルが、バイオ燃料の普及をテコにした環境大国になる可能性がある。さらに、ブラジルが地政学的に見て、北米における米国のように、重要な地位を占めるようになることもあり得ない話ではない。これがブラジルにおけるバイオ燃料政策の含意であると考えるのは、はたして筆者の考え過ぎだろうか。

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