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タイの砂糖産業をめぐる情勢

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最終更新日:2011年2月2日

タイの砂糖産業をめぐる情勢 〜砂糖生産の現状と今後の見通し〜

2011年2月

調査情報部調査課 係長 前田   昌宏  

日高 千絵子

【要約】
 
 タイはアジア最大の砂糖供給国であり、我が国にとっても輸入量の6割を占める最大の輸入先である。
 
 しかしながら、さとうきび生産については、小規模多数の農家で構成されており、ほかの主要生産国と比較して粗放的であるため、天候への依存度が高い。また、とうもろこし、キャッサバといった競合作物も存在する。
 
 単収の低さが課題となっており、今後の増産に当たって改善が求められる。このためには、かんがい設備などのインフラ整備が必要であり、関係者の取り組みも行われているが、その進捗は芳しくない。また、一方では新たな競合作物として天然ゴムの存在が関係者の懸念材料となっている。
 
 このようにタイの短期的な砂糖増産は容易でなく、砂糖需給を見通せば、今後さらにアジアの需要が高まったとしても、タイがそれをカバーすることに過度な期待はかけ難いとみられる。
 

1.はじめに

 砂糖の国際価格(NY相場No.11)は、世界的な需給ひっ迫感などを背景に2010年11月以降、期近でポンド当たり30セント前後の高値水準で推移している。「アジアの足元の需給の目安」と言われる現物価格に目を向ければ、期近価格との差は記録的な水準となっており、アジアにおける需要の高まりが見て取れる。
 
 このような中、アジア最大の砂糖供給国であり、我が国の輸入量の約6割を供給するタイの生産動向は、同国の輸出余力を左右するため、我が国のみならずアジアの砂糖需給を見通す上で重要である。
 
そこで本稿では、現地関係者へのヒアリングなどを基にタイの砂糖産業の現状を整理し、高まるアジア需要に対するタイの増産の可能性について検討する。
 
*注:本稿中の年度はタイ砂糖年度(10〜翌9月)、砂糖の数量については粗糖換算の値であり、単位換算は1ライ=0.16ヘクタール、1バーツ=2.78円(12月末日TTS相場)を使用。
 
 
 

2.タイ糖への需要

〜アジアの需要は増加の見込み〜
 
 タイはブラジルに次ぐ砂糖輸出国であり、年間輸出量は450〜500万トンと、世界の砂糖輸出の約9%を占める。輸出の大部分はアジア向けとなっており、最大輸出先はインドネシア(27%、2009/10年度)で、日本(13%)がこれに次ぐ。また、近年、ASEAN自由貿易協定(AFTA)による関税削減でカンボジアやフィリピンへの輸出も増加している。
 
 中国やインドネシアをはじめとするアジア諸国では、人口増加や所得向上を背景に砂糖消費量が年々増加すると見込まれる。リヒト社(*注)によれば、2020年の砂糖需要量は、世界全体では2009年比24.6%増の2億70万トンと予測される。
 
 このうちアジア、オセアニア地域の需要量は、世界の伸びを上回る同36.8%増加の8890万トンに達すると予測され、国内消費を自国生産で賄いきれない国々の輸入需要も今後増加するとみられる。アジアにおける主要な砂糖供給国として豪州も挙げられるが、同国は近年、さとうきび作付面積の減少や天候不順の影響で減産傾向にあり、輸出量も減少していることから、タイ糖への注目はますます高まっている。
 
*注:F.O.Licht's 「International Sugar & Sweetener Report」December 6, 2010
 
 

3.砂糖生産の現状

(1)生産構造

(1)−1 さとうきび
 
 さとうきびは北部、東北部、中部と南部を除く地域で広く生産され、北部ではナコンサワン県、東北部ではナコンラーチャシーマー県、中部ではカンチャナブリー県が主要産地となっている(タイの農業生産統計に関する地域区分については図1の通り)。近年、さとうきび生産量は6500〜7000万トン程度で推移し、生産農家は約19万戸となっている。さとうきびの輸送業や製糖業など関連産業を含めると、砂糖産業は約100万人の雇用を生み出しているとされ、タイ経済にとって重要な地位を占める。
 
 
 
 
小規模、天水依存の生産体系
 
 タイのさとうきび生産は小規模農家が中心となっており、1戸当たりの平均経営面積は約5ヘクタール(32ライ)である。また、農地の基盤整備などは行われておらず、各農家の耕地も散在しているため、作業の機械化はあまり進んでいない。この点において、製糖工場によるさとうきびの自社生産が7割を占め、残りを担う個人生産者の経営面積も平均90ヘクタールと大規模生産が一般的なブラジルとは大きく異なる。
 
 大半の地域ではかんがい設備が整備されておらず、かん水を降雨に頼った栽培を行なっている。このため、過去5年間の単収は1ヘクタール当たり50〜70トン(1ライ当たり8〜10トン)で推移し、その年の気象条件によって大きく変動する上、ブラジル(1ヘクタール当たり80トン)や豪州(同90トン)などほかの主要生産国に比べ低い水準となっている。
 
 
価格次第で作付転換
 
 さとうきびは、とうもろこしやキャッサバなどと競合関係にあり、農家は生産コストと販売価格に基づき最も収益性の高い作物を栽培する傾向にある。タイでは農地面積の拡大はほぼ限界に達しているとされ、作付面積の増加はほかの作物からの転作を意味する。過去10年間のさとうきび作付面積をみると、さとうきび価格に連動しながら96〜114万ヘクタールの範囲で増減を繰り返している。
 
 
 
 
(1)−2 砂糖
 
 砂糖生産量は近年700万トン前後で推移し、このうち約7割が輸出に仕向けられてきた。製糖業者は25社(46製糖工場)あり、このうち8社は複数の製糖工場(計29工場)を所有し、残る17社は1社1工場の単独経営となっている。また、36工場には精製糖の生産ラインが併設されている。最大手のMitr Pholグループは5工場を有し、年間産糖量は130万トンとタイ全体の約5分の1を占める。また、これに次ぐThai Roong Ruangグループは7工場で年間110万トンの砂糖生産を行っている。
 

(2)政策

(2)−1 概要
 
 タイでは砂糖産業への政府の関与が強く、今後の生産を見通す上では、政策の動向に注目が必要となる。国内向け砂糖供給の確保や産業保護のため、さとうきびおよび国内向け砂糖価格並びに流通量は政府の管理下にあり、執行機関は、工業省内に設置されたさとうきび・砂糖委員会事務局(Office of Cane and Sugar Board、以下「OCSB」という。)となっている。まず、政策の基本的枠組みについて概述する。
 
 
(a)収益分配方式 
 砂糖産業が砂糖およびその副産物の糖みつから得た収益は、農家7、製糖業者3の割合で分配することとされている。この計算に基づき、さとうきび価格が算出される。
 
(b)割当(クオータ)による販売管理
  製糖業者に対して販売量を規制する割当制度が存在し、国内向けのAクオータ、輸出向けのBクオータおよびCクオータの3つに分類される。Aクオータの数量及び価格は毎年政府によって決定される。なお、BおよびCクオータの詳細については、後述の囲み記事を参照されたい。
 
(c)さとうきび価格 
 製糖開始に当たっては、政府が当該年度に推定される砂糖産業全体の収益を算出し、その7割がさとうきび代金として農家に分配される(収益の算出には、Aクオータ割当量、価格のほか、推定される砂糖生産量・輸出量・国際砂糖価格・糖みつ生産量・価格・輸送費・為替相場が使用される)。これがさとうきびの「期首価格」として収穫前に公表される。この期首価格はさとうきびの暫定価格という性格を持つ。
 
 
 年度終了時に、全ての実績に基づき砂糖産業の得た収益を再計算し、さとうきびの「期末価格」が決定される。期末価格が期首価格を上回った場合には、製糖業者は価格上昇分を生産者に精算払いする。逆に下回った場合には、製糖業者や農家の拠出金からなる「さとうきび・砂糖基金」(Cane and Sugar Fund、以下「基金」という。)から製糖業者へ価格差分の融資が行われる。
 
 しかしながら融資という形が取られているものの返済は行われず、実質的には補助金としての色合いが強い。基金に赤字が発生した場合には政府系の農業銀行からの借入れで対応されている。
 
 
 
(2)−2 最近の運用状況
 
(a)Aクオータ割当量と国内販売価格 〜国内供給確保のため割当量を増加〜
 
 2010/11年度のAクオータは、200万トンから250万トンに引き上げられた。これは、2010年に国内向け砂糖が不正に輸出され、輸入が必要な事態となったことに起因している、と政府関係者も認めている。国際価格が上昇している中で国内向け割当量が引上げられたことについては、国内製糖業者からの反発もあったものの、「第一に優先されるべきは国内供給の確保であり、輸出余力減はやむを得ない(政府関係者)」という姿勢で決定となった。しかしながら、年度途中であってもこのAクオータ数量は変更できることから、年度内に変更されるのではないか、との見方が強い。一方、国内飲料メーカーなどの加工業者にとっては、国内の砂糖価格が国際価格を下回った場合、Aクオータの砂糖を使用した製品を輸出できる、というメリットが生まれる可能性も考えられるが、これまで加工業者は輸出向け製品にはCクオータの枠を利用しているため、それをAクオータに切り替えることは取引上容易でないと思われる。
 
 一方、国内販売価格については前年度から据え置きのキログラム当たり20.33バーツ(工場卸売価格、付加価値税7%含む)とされた。これには2008/09年度に基金の赤字(最大で224億バーツ、約623億円)解消の目的で措置されたキログラム当たり5バーツの拠出金が含まれる。この措置は2年間の時限措置と言われ、現在は基金の赤字額も大幅に改善できていることから(現在は約40億バーツ)、需要者からは廃止を望む声があったものの継続されることとなった。なお、拠出金や付加価値税を除くと、製糖業者が実際に得る額は白糖でキログラム当たり14バーツ、精製糖同14.65バーツとなる。
 
 
 
(b)さとうきび価格 〜過去最高の水準に〜
 
 2010/11年度のさとうきび1トン当たりの期首価格は、1トン当たり945バーツ(2,627円)となった。これはCCS(Commercial Cane Sugar、可製糖率)10%の価格となっており、1%上昇するごとに56.7バーツが上乗せされる。前年度の期末価格1000バーツ(CCS10%)と比較すると、5.5%安となっているが、この要因としては、(ア)バーツ高ドル安傾向を踏まえ、為替を1ドル=30バーツと想定したこと(イ)Bクオータ価格、すなわち粗糖の輸出価格自体もポンド当たり20セントと現在の水準から見れば低めに見積もっていること―が挙げられる。
 
 これに加え、政府は2010年12月、農家へさとうきび1トン当たり105バーツを支払うことを決定した。この措置は、(ア)干ばつや洪水被害によって単収が低下したこと(イ)肥料価格など生産コストの上昇(ウ)バーツ高ドル安による輸出収入の減少―による農家の収入減を緩和するためとしているが、一部には総選挙に向けた農家対策と見る向きもある。この財源は、基金の資金が充てられることとなっているが、実際は農業銀行からの融資によって賄われ、その予算額は約68億バーツ(105バーツ×6800万トン、約189億円)に上り、再び基金の赤字として計上される。
 
 この措置を含めた実質的なさとうきび1トン当たりの価格は、945+56.7×(11.98―10)+105=1,162バーツ(3,230円、CCSは過去3年間の平均値11.98%を使用)になり、過去最高値となる。
 
 
 
 
(c)製糖工場の能力拡大を承認 〜さとうきび集荷の効率化を図る〜
 
 タイの砂糖産業は製糖工場の設立やその生産能力の変更について政府の認可が必要となっている。ただし、国内向けのブラウンシュガーのみを生産する工場はこの政策の対象とはならない。ブラウンシュガー専門の工場は、タイ国内に3工場存在するとのことである。
 
 政府は2010年5月、製糖業者が以前から申請していたものの承認待ちとなっていた工場の新設や既存工場の生産能力拡大を許可した。認可は7年ぶりのことであり、この背景には、国際価格上昇などがあると推察される。
 
 認可された計画は全部で12あり(表3)、これらは以下3つに大別される。
 
a.既存工場の移転設置およびさとうきび圧搾能力の拡大(2工場)
b.既存工場を移転せず、さとうきび圧搾能力を拡大(4工場)
c.既存工場のさとうきび圧搾能力の一部移転および拡大(6工場)
 
 この計画は5年以内に実行されることとなっており、すべて実現されれば、タイ全体のさとうきび圧搾能力は1日当たり20万5000トン(2008/09年度の平均稼働日数に基づくと、年間約2400万トン)増加することになる。タイ製糖協会などによれば、これらの計画は単なる圧搾能力の拡大を意図したものではなく、既存工場を移転させることによって製糖工場が特定地域に集中している状況を解消し、各工場のさとうきび集荷の効率化を図ることが主な目的とされている。
 
 
 
 
(2)−3 今後の見通し
 
〜基本的枠組みは維持される見込み〜
 
 これまでタイの砂糖政策は、―国内価格を国際市場より高く設定することによって、国内砂糖産業を保護するとともに、そのマージンをもって国際市場での競争力を得る―という構図になっていた。しかしながら、今年度の実際の工場の国内向け販売価格は、現行の国際価格を下回る水準となっている(ポンド当たりセントに換算すると、白糖は約21セント、精製糖は22セント)。これが昨年にAクオータの砂糖が不正に輸出され、供給不足に陥った要因ともなっている。
 
 このようにタイを取り巻く世界の情勢が大きく変化している中で、政策を抜本的に見直すという動きについては、製糖業者からの要望を受け、一部で市場の自由化も検討されているようであるが、短期的にはまず考えられないというのが、関係者の一致した見解である。最大のネックとなるのは、新しいシステムが19万戸の農家の理解を得られるかどうか、という点である。これまでの政策によってタイの砂糖産業が発展してきたことは間違いのない事実であり、政情も不安定であることから、多大な労力をかけてまで現行の枠組みが変更されるとは考えにくい。そのため、次項からの今後の見通しについては、現在の政策が維持されるとの前提で考察する。
 

4.砂糖生産の今後の見通し

 政府は、前述したように製糖工場の生産拡大について認可したものの、原料となるさとうきび生産については、増産の手法や生産目標について具体的なものは策定していない。そうなると疑問として浮かび上がるのが、原料調達の問題である。そこで、今後のさとうきび生産について、政府や製糖業者がどのように取り組んでいるのか、またどういった課題があるのか把握するため、関係者へヒアリングを行った。その結果については以下のとおりとなった。

(1)さとうきび増産に向けて

 〜単収の増加を図る〜
 
 タイでは農地面積がほぼ限界にあり、また他作物との競合もあることから、さとうきび作付面積の飛躍的な増加は期待できない。このため、多くの関係者は今後のさとうきび増産には単収の向上がカギになるとし、その方法として、かんがい整備をはじめとする栽培管理水準の向上や品種改良が挙げられた。
 
 
(1)−1 かんがい設備の整備
 
 単収の増加に当たっては、かんがい設備の整備が最も効果的であり、優先されるという点で関係者の意見が一致した。タイではかんがい設備の整備が遅れており、多くの農家はかん水を降雨に依存した栽培を行っている。
 
 タイ農業協同組合省農業経済局(Office of Agricultural Economics、 以下「OAE」という。)によれば、タイ全国のかんがい面積は390万ヘクタール(2008年)と、農地面積全体(1930万ヘクタール)の20%にとどまる。政府は2010年、製糖工場を通して農家にかんがい設備の整備に必要な資金を低利で融資する計画を立て、年間20億バーツの予算を確保した。しかしながら、製糖工場は農家に貸し付けた資金を自ら回収する必要があるためリスクが高く、また融資金利が市中金利と比べてもそれほど低くなく、農家にとって魅力が少ないことから、実際の利用は1憶バーツにとどまる程度になっているとのことである。
 
 政府主導のかんがい設備の整備が期待できないなか、製糖業者は生産者にかんがい設備整備のための融資を行い、その返済の担保として一定期間工場にさとうきびを納めさせたり、工場自身で用水路やスプリンクラーを設置し、生産者に使用させたりする取り組みを行っている。
 
 しかしながら、農家の耕地が散在している上、経営規模も小さいため、かんがい設備を整備しにくい事情から、進捗は芳しくない。また、これを解消する手段の一つである基盤整備などは実施されておらず、今後も行われる予定はないとのことであった。
 
 
 
 
(1)−2 品種改良
 
 タイにおける品種改良は、これまで農業大学、OCSB、畑作研究所で行われてきたが、最近では、製糖業者が自社の研究所を設け開発を行う動きも出てきている。研究所を開設した製糖業者は、これまで行われてきた品種改良は各機関がそれぞれに取り組んでいたため効率性に欠け、水源確保の問題やコストを考慮しない非現実的なものが多かったとし、自社ではより実践的な研究開発を行っているため、単収の増加が期待できるとしている。
 
 
(1)−3 栽培管理水準の向上
 
 農家へのさとうきび栽培技術指導は、OCSB職員や各工場の指導員によって行われている。最近ではOCSBが農業大学に栽培指導員育成の資金提供を行い、農業大学の学生が農家に栽培指導し、卒業後は製糖工場の指導員として働くシステムもできつつある。
 
 その一方で、さとうきびはキャッサバやとうもろこしなど他作物と競合関係にあり、価格次第で作物の転換が行われる。このため、農家にさとうきび栽培の技術や知識が蓄積されず、また、小規模経営が中心のため、さとうきびの単収増加への投資に積極的になれないという問題もある。
 
 このように、タイ政府はさとうきび増産に対して積極的な対策を打ち出しているとは言い難く、生産拡大については製糖業者の主導になるとみられる。しかし、増産に向けてはかんがい設備などのインフラ整備や、経営規模が小さく、頻繁に転作を行う農家の囲い込みなど構造的な問題の解決が必要であり、容易ではない。これらが解決できたとしても、関係者の多くが単収の1割程度増(現行ライ当たり8〜10トンを同11〜12トンに改善)を目指すことが現実的としており、これが差し当たっての中期的な目標となろう。
 
 また、前述したさとうきび工場の移転の意図は、農地面積拡大が困難な中、他作物からのシフトを目指したさとうきび生産地の新規開拓という面もある。しかし、これについては、製糖業者は中長期的な取り組みとして考えており、時間を要するとみられる。
 
 一方で、懸念材料としては、新たな競合作物としての天然ゴムの存在がある。
 

(2)天然ゴムとの競合

 〜政府としても増産に意欲的〜
 
 近年、天然ゴムがさとうきびの生産に影響を及ぼし始めており、関係者の注目が集まっている。天然ゴムは従来、南部での生産が大半となっており、さとうきびとは競合しなかった。しかしながら、最近ではこれまでほとんど生産されていなかった東北部でも生産が拡大している。タイの農産物作付面積の推移をみると、さとうきびやキャッサバの作付面積が増減を繰り返すなか、天然ゴムの作付面積は堅調に推移しており、特に東北部では2002/03年度から2008/09年度にかけ、作付面積が4倍近くにまで拡大した。
 
 
 
 
 
 
 天然ゴムの作付け増加は、政府が2004年から5カ年の計画で天然ゴム生産を奨励し、東北部を中心に農家へ苗の無料配布などを行ったことなどによる。この背景には、世界需要の増加による天然ゴム価格の上昇があり、事実、2011年1月現在でゴム価格は史上最高値を更新している状況である。また、タイは世界最大の天然ゴム生産・輸出国であり、タイ、インドネシア、マレーシアの主要3カ国で世界生産の約7割を占めることから、価格について主導権があることも生産を奨励する理由とされる。
 
 天然ゴムは植え付けから収穫までに7年かかるため供給の弾力性に乏しく価格が長期トレンドになり易い。さらには、中国をはじめ新興国の自動車需要の拡大が天然ゴム需要をけん引すると見込まれるため、政府にとってはほかの主要国の動向に左右される砂糖よりも魅力的と考えているようである。このことを反映して、タイの天然ゴム生産量、輸出量は右肩上がりで推移している。
 
 天然ゴムは最初の収穫を開始してから約20年間収穫が可能なため、一度植えられると他の作物への転作は行われにくい。このため、中期的には天然ゴムに転換された農地で再びさとうきび生産が行われる可能性は低い。OCSBのカンチャナブリー県事務所は、同県が属する中部では、現時点では天然ゴムの影響はほとんど出ていないが、今後、東北部のように天然ゴムが進出してくる可能性は高く、さとうきびとの競合が強まるとみている。
 
 
 
 
 
 

5.まとめ

 今回の調査を通じて、タイ政府のさとうきび増産への意欲はそれほど高くないという印象を受けた。これは、(ア)現行の生産水準であれば、国内供給はまず確保でき、(イ)輸出収入を左右する国際価格の主導権は、圧倒的なシェアを誇るブラジルにあるーためである。特に(イ)については、ブラジルと国際市場で競争することは考えていない、という関係者から得られたコメントが政府の方針を物語っていよう。
 
 一方で、製糖業者は国際価格上昇の恩恵を受けようと増産に意欲的であり、また、天然ゴムなどとの競合もあって原料調達についての危機感も高い。しかしながら、タイのさとうきび生産は小規模農家が多数を占め、また、価格次第で作付けする作物を転換することなどから、構造的にコントロールが非常に難しい。
 
 こうしたことから、短期的にはタイの砂糖増産は容易でなく、砂糖需給を見通せば、今後さらにアジアの需要が高まったとしても、タイがそれをカバーすることに過度な期待をかけることは難しいとみられる。輸入に砂糖供給の6割を頼る我が国としては、輸入糖の安定的な確保は中長期的な重要課題であるため、引き続き同国の砂糖需給の動向について注視していきたい。
 
 

【参考】

 輸出向けとなるBおよびCクオータの詳細については以下のとおりである。
 
Bクオータ(輸出向け)
 
 Bクオータは粗糖の輸出枠であり、数量は80万トンに設定されている。その半分の40万トンはThai Cane and Sugar Corporationが入札により販売している。入札するのは国際価格(NY相場No.11)に上乗せするタイプレミアムの額である。残り40万トンは各製糖工場が輸出し、その価格をOCSBに報告することとなっている。
 
 Bクオータは、「輸出向け砂糖価格の指標」という性格が強く、Bクオータ価格の平均値は、前述のさとうきび・砂糖産業全体の収益を算出する際の輸出価格データとして、Cクオータの粗糖価格だけでなく、白糖および精製糖価格の基礎データとしても用いられる。
 
 
Cクオータ(輸出向け)
 
 Cクオータは、A、Bクオータの余剰分の輸出向け砂糖であり、精製糖、白糖、粗糖すべてが対象となる。実際の輸出価格は各製糖工場により異なるが、収益計算上のCクオータの輸出価格は、Bクオータの平均価格とみなされる。なお、白糖および精製糖の価格はBクオータ(粗糖)の価格に一定の割合を上乗せして算出される。(上乗せ割合は年度によって異なり、2010/11年度は粗糖価格の13.48%)。
 
 
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:情報課)
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