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砂糖の俗説を排す

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最終更新日:2012年12月10日

砂糖の俗説を排す

2012年12月

浜松医科大学 名誉教授 高田 明和
 


【はじめに】

 私たちの周りでは、テレビや情報誌を通じ、毎日のように健康に関する情報が発信されているが、科学的根拠に乏しいものも数多く含まれている。砂糖についても、「砂糖の摂取は健康上の害をもたらす」との俗説が流布され、健康に関わる砂糖への誤解を助長している。本稿では、いくつかの誤解を取り上げ、それらに関する砂糖の真実を述べ、さらに我々の健康にとって最も重要な脳の働きと砂糖との関係について紹介する。

1.砂糖は寿命を縮めない

 最近砂糖摂取と寿命とを関係づける説をよく耳にする。ここでは「砂糖は寿命を縮めるか」という問題を取り上げよう。

 砂糖の消費量は減少している。後に使うデータのために特別な年次のデータのみで説明するが、1996年には一人当たりの砂糖の年間消費量は19.21kg、2001年には17.94kg、2006年には16.88kg、2009年には16.74kgである。

 一方このところ平均寿命は低下気味である。2010年には男性の平均寿命は79.64歳で、世界の4位であったのに対し、2011年は79.44歳で世界の8位になっている。女性は長く世界最長寿であったが、2011年には85.90歳で世界2位になっている。

 女性の場合には東日本大震災による死者の増加とか若い女性の自殺の増加、肺炎の増加などが原因とされるが、それらの因子を勘案しても寿命は延びていない。

 もし砂糖を止めると寿命が延びるなら、砂糖を摂取しなくなっている日本人の寿命は驚異的に延びてしかるべきなのである。

2.砂糖は肥満の原因ではない

 砂糖は肥満の原因だと言われる。しかし、図1に見るように日本人のカロリー摂取は減り続けており、前述のように砂糖の摂取量も減少している。女性の場合にはダイエットの流行で体重が減っているので年齢別、年代別の分析が複雑になる。そこで30歳代、40歳代、50歳代の男性のカロリー摂取と体重の関係を調べた。図1には40歳代の男性の例をあげてあるが、30歳代、50歳代でも同じ傾向が見られた。カロリー摂取は減っているのに肥満してきている。つまり運動不足などが肥満の原因なのだ。砂糖も前に述べたように摂取が減っている。それにもかかわらず肥満が増しているのは、砂糖が肥満の原因でないことを示している。
 
 

3.砂糖は糖尿病の原因ではない

 図2に示したデータは独協医科大学の西連地利巳氏らによる研究結果である。1993年に健康診断を行った人は12万7000人でこの人たちを2004年まで11年間追跡調査した。この間に糖尿病になった人の数は8400人以上であった。これを肥満との関係で調べるとBMIが18.5以下の「やせ」の男女にもっとも糖尿病が多い。BMIが18.6から24.9までの人の糖尿病の危険率を1とすると、18.5以下の男性では危険率が1.32、女性では1.31になる。一方肥満の人たち、つまりBMIが25以上の人の場合、男性の危険率は1.18、女性の危険率は1.31になった。つまり男性ではやせている人の方が糖尿病になりやすく、女性でもやせている人の糖尿病の危険率は肥満者の危険率と同じということになる。
 
 
 一体なぜやせていると糖尿病になりやすいのだろうか。図3に示すように、脳はブドウ糖以外をエネルギー源として使えないので、やせていても血中のブドウ糖を脳に回そうする。ブドウ糖の分解は抑えられ、ブドウ糖の貯蔵も抑えられる。また血中のブドウ糖が細胞内に取り込まれることが阻止される。細胞がブドウ糖を使えなくなるというのが2型の糖尿病ということなのだ。つまりやせる、あるいはブドウ糖を摂らないということがむしろ糖尿病を招くのだ。
 
 

4.砂糖は脳の機能に欠かせない

 今までは砂糖が寿命、肥満、糖尿病などとは関係ないなどという受け身の話であった。では積極的になぜ砂糖が必要なのか、なぜ砂糖でなくてはいけないのかという話をしよう。

 過日テレビのニュース番組で「おやつの効用」という報道がなされた。最近いろいろな会社で「おやつ」つまりお菓子などを食べることの効用が見直されているというのだ。その例として、いろいろな会社で社員が働いている際に机の引き出しから甘いものを取り出し食べながら仕事をすると効率があがるということが示された。社員の机の引き出しには多くのチョコレート、菓子などがしまってあり、社員はそれを適当に取り出し、食べながら仕事をしている。昔と異なり、電話の応答の必要がなく、パソコンで仕事ができるので口に何かが入っていても仕事に支障がないというのだ。

 また、おやつの時間には皆で集まり、話をしながらお菓子を食べるので人間関係もよくなるという場面も報道された。また会社によっては社員がカートで菓子を各デスクに配って歩いている場面も紹介されていた。

 試みに社員一人おきに引き出しから菓子を没収し、食べないようにさせると隣の同僚が菓子を食べていることが気になり、気持ちが集中できないという。

 一体なぜこんなことが起きているのだろうか。

 それにはお菓子に含まれる砂糖が脳にどのような影響を与えるかを述べる必要がある。

 砂糖はブドウ糖と果糖からなる二糖類である。腸管で吸収されるとすぐにブドウ糖と果糖に分解され、果糖は肝臓の細胞などに取り込まれ、分解されてエネルギーを与えたり、脂肪などに合成されたりする。

 脳はブドウ糖しかエネルギー源として用いられないことは知られている。その他の細胞はブドウ糖がなくなれば、脂肪を分解し、さらにタンパクを分解してエネルギーを取り出す。脳はそれができない。そのためにインスリンなどで低血糖になると急速に意識を失い、死亡することもある。

 でん粉、つまり米、麦などの成分もブドウ糖からなるが、でん粉は高分子なので吸収されるには分解されて二糖類、三糖類になる必要がある。それには時間がかかり、脳が疲労してブドウ糖を必要とする時に即座には供給できないのだ。それにひきかえ砂糖は腸管でsucraseによりブドウ糖と果糖に分解され、すぐに吸収されるので即効的に脳にブドウ糖を供給できる。

 さらに脳にはさまざまな神経伝達物質が機能しているが、うつ病などで減少することが知られているセロトニンはトリプトファンというアミノ酸から作られる。脳がトリプトファンを取込む際にはブドウ糖がなくてはならない。つまり脳内のセロトニンを増やすにはブドウ糖が必要なのだ。セロトニンは精神を安定させ、さらにそこから作られるメラトニンは睡眠に導くのだ。

 次に砂糖そのものの脳への影響を見てみよう。砂糖の甘味は舌の甘味の受容体を刺激すると、主として舌咽神経を介して大脳の体性感覚野の味覚の部分を刺激する(図4)。この際に、刺激はさらにその奥の島という部分を刺激する。甘味はさらに側坐核を刺激する。側坐核は快感の中枢であり、ここが刺激されると喜びを感じ、意欲をもたせる。一方、苦みなどまずい味は島から扁桃体などに伝えられ、嫌悪を感じさせるのだ。
 
 
 また島から(つまり舌の刺激から)は中脳水道周囲核という部分に刺激が伝わり、いわゆる脳内麻薬といわれるエンドルフィンが出される。

 つまり甘い味の刺激は脳に働いて喜びを感じさせるのだ。側坐核を刺激して快感をもたらすものにはタバコのニコチン、覚せい剤(アンフェタミン)、麻薬のコカインなどがあるが、いずれも使用が禁止されているか摂取しないことが勧められている。このように喜びを感じさせる手段がどんどん減っている時代に砂糖の甘味による快感、やる気などを引き起こすことができるということは本当に素晴らしいことで、人びとは本能的にこれを求めているのだ。それがおやつの流行になっているのである。

 また砂糖は記憶にも関係する。バージニア大学のGold博士の研究によれば、アルツハイマー病の人たちに砂糖を与えた場合と与えない場合を比較すると、砂糖を摂取した人たちの記憶が大きく改善するという。とくに文章の記憶を調べると、砂糖を摂取した人たちの記憶の点数は摂取しない人の記憶の点数の2倍になっている。

 このことは高齢者の認知症の予防、症状の軽減に砂糖の投与が意味をもつということを示しているのだ。

 結論になるが、現在は俗説に惑わされて多くの人がコーヒー、紅茶に砂糖を使わない。また多くの飲料水が無糖を誇るかのように売り出されている。このような社会では人びとは本能的に砂糖を求めるのだ。それが「おやつ」として摂取されているということを忘れてはならない。

おわりに

 食事はバランスよく摂ることが基本である。砂糖も他の食品と同様、食べ過ぎれば栄養は偏る。しかし砂糖を必要以上に控えて健康になるわけではない。過度な砂糖の制限は、「食の楽しみ」を奪うことになりかねない。そもそも「これだけを食べれば健康」などということはあり得ないし、「これを食べなければ食べないほど健康」というものもない。氾濫する食品情報を、冷静になってもう一度科学的に考え直し、正しい砂糖の姿と効用を踏まえて、バランスの良い食生活を送ることが大切である。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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