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砂糖の生産性を飛躍的に高めるバイオエタノール生産技術

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最終更新日:2013年6月10日

砂糖の生産性を飛躍的に高めるバイオエタノール生産技術
〜逆転生産プロセス〜

2013年6月

アサヒグループホールディングス株式会社 豊かさ創造研究所
バイオエタノール技術開発部長 小原 聡

1.開発の背景

 サトウキビ産業は歴史的に、サトウキビに含まれるしょ糖を結晶として回収する「砂糖生産」を中心に発展し、時代の要請により、製糖副産物である糖蜜(果糖・ブドウ糖などの還元糖、回収できなかったしょ糖を含む)を原料とした「バイオエタノール生産」プロセスが追加された経緯がある。

 世界的な人口増加、優良農地の減少によって、食料・エネルギー不足が懸念される中、食料である砂糖と、エネルギーであるバイオエタノールを同時に生産できるサトウキビ産業は注目を浴びており、それらの同時増産が期待されている。しかしながら、原料となる製糖用サトウキビ(高糖性、高純糖率、低繊維原料)に関しては、肥料・水・労働力などの多投入型栽培以外の方法で飛躍的に収量を増加させる画期的な技術が見られない。このように、単位面積の圃場当たりの糖生産量が伸び悩む中、従来の生産技術(つまり、製糖用サトウキビを原料とした高効率の砂糖生産+副産物処理としての非効率なバイオエタノール生産)だけでは、バイオエタノールの増産はおろか、砂糖の飛躍的な増産も期待できない。

 サトウキビ原料および砂糖・バイオエタノールの増産が期待されている中、研究段階ではあるが、多収性サトウキビの開発が世界的に進められている。製糖用に比べて、極めて高い単位収量が得られるサトウキビが既に開発されているが、未だに工業的利用には至っていない。その理由は、(1)これらの原料の繊維分が高いために搾糖率低下を招くと考えられていること、(2)糖度が低く、糖度に占める還元糖(砂糖にならない糖分)の比率が高いため砂糖歩留が低下することに起因している。還元糖はしょ糖の晶析阻害物質であることから、従来の製糖技術では、砂糖回収率を低下させる。そのため、還元糖を多く含むサトウキビ原料を、従来の生産技術で加工すると、最初の製糖工程において、しょ糖の多くが結晶化されずに糖蜜へ移行し、次工程においてバイオエタノールのみが増産されてしまうという課題がある。また、従来の製糖用原料においても、工場稼働期間(=サトウキビ収穫期間)が、還元糖の蓄積が少ない時期だけに限定されてきたのは同様な理由である。

 そのため、製糖工場の操業に影響を与える還元糖を除去する技術は、バイオエタノール生産とは無縁の製糖工場にとっても、砂糖生産歩留向上の観点から、世界的に長年の課題である。これまでクロマト分離により、しょ糖と還元糖を物理的に分離する方法が検討された例があるが、搾汁中の懸濁物質の除去に多大な前処理費用が必要となるなどの課題があり、実用化に至っていない。

2.逆転生産プロセスの概要・特徴

 このような課題を解決するために、当社は、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構九州沖縄農業研究センターと共同で、砂糖とバイオエタノールの生産順序を逆転させた生産プロセス「逆転生産プロセス」を開発した。概念図を図1に示す。
 
 本プロセスでは、最初にサトウキビ搾汁に特殊な酵母を添加し、砂糖製造(搾汁濃縮・晶析)の前に、搾汁中の還元糖のみを選択的にエタノールに変換する。つまり、最初にエタノールを生産する。

 一般的な酵母は、しょ糖を還元糖に分解する酵素(インベルターゼ)を菌体外に分泌する性質があるため、搾汁に添加した場合、全てのしょ糖を還元糖に分解し、最終的に還元糖をすべてエタノールに変換する。この場合、エタノール製造後の残液にはしょ糖が含まれないため、これを原料として砂糖を製造することはできない。産業上利用されている酵母はほとんどインベルターゼを放出するタイプであり、これが常識化しているために、歴史的に、エタノール→砂糖の順序で生産することは不可能と思われてきた。

 一方、本プロセスで使用する特殊な酵母(しょ糖非資化性酵母)はインベルターゼを分泌しないため、しょ糖を還元糖に分解して利用することができず、搾汁中にある還元糖のみを炭素源とし、エタノールに変換する(発酵経過の一例を図2に示す)。つまり、砂糖原料となるしょ糖だけを食べない「偏食酵母」である。選択的発酵後の搾汁にはしょ糖とエタノールが含まれる。発酵後の搾汁を元々の製糖工場の濃縮工程に戻すと、搾汁中のエタノールは濃縮缶(効用缶)において蒸発し、水と共に回収される。製糖の観点では、しょ糖晶析の阻害物質である還元糖が選択的にエタノールとして除去されて搾汁の純糖率が高められることになる。残った濃縮液(シラップ)は高純度のしょ糖溶液となるため、シラップからの砂糖回収率は従来法よりも飛躍的に向上する。基本的なフローを図3に、砂糖収率の向上効果を図4に示す。

 砂糖とバイオエタノールの生産順序を逆転させたプロセスは、長いサトウキビ産業の歴史において世界初の取り組みである。
 

3.逆転生産プロセスの導入がサトウキビ産業にもたらす影響

 第一に、逆転生産プロセスの導入により、砂糖製造歩留の向上が見込まれる。本プロセスは基本的に、従来の製糖工程に発酵タンクを挿入するだけであるため、例えば、高純糖率原料の場合は従来の製糖プロセスを実施し、低純糖率原料の場合(収穫期間外の原料や台風・干ばつの影響を受けた原料など)のみ、バイパスである発酵タンクに搾汁を流すといった方法も可能である。

 また、多収性サトウキビや収穫期間外の原料を、製糖原料として利用できることも可能になる。これにより、収穫・操業期間の拡張により収穫機械および工場施設の稼働率向上などのコスト低減効果が期待できる。

 バイオエタノール生産が砂糖生産と競合を起こすことは理論上無く、砂糖とバイオエタノールのどちらにも変換できるしょ糖のみを含むシラップを中間的に生成することから、むしろ食料の安定的増産および柔軟な生産量の調節が可能になる。

 従来の糖蜜由来のバイオエタノール生産においては、還元糖とアミノ化合物が加熱により反応することで生成する着色物質(メラノイジン)を多く含む排水が河川に排出されることが問題となっていたが、本プロセスでは、濃縮や晶析など加熱を伴う工程以前にメラノイジン生成の原因物質の1つである還元糖を除去するため、排水の着色を低減させることが期待できる。

 本プロセス導入によるCO2排出削減効果の試算は現時点で未実施である。定性的には、選択的発酵工程の追加や効用缶でのエタノール回収による熱ロスなどによるCO2排出量の増加が懸念される反面、晶析効率、糖蜜分離効率を低下させていた原因である還元糖が除去されたことによるCO2排出削減効果が期待される。

 本プロセスの導入が砂糖・バイオエタノールの製造コストに与える影響は、ハード・ソフト面での新たな投資と、得られる製品の増産量(利益増加分)によって決定される。単位面積あたりの収量の飛躍的な向上に基づく原料調達コストの低減なども考えられるが、実際の投資に関しては、発酵を含む工程スケジュールの設計、発酵設備の規模、酵母の使用方法(分離方法、再利用の有無など)について、導入する工場ごとで個別にコスト試算を実施し、総合的に判断する必要がある。

4.逆転生産プロセスの技術的課題

 今後、逆転生産プロセスが実用化されるまでには、以下の課題がある。

 第一に、本プロセス用の酵母は、食品生産への使用に際して安全性が担保されている菌種(Saccharomyces cerevisiae属)で、かつインベルターゼ欠損株であることが必須である。また、発酵設備の縮小、雑菌による搾汁の腐敗防止のためには、エタノール生産性が高い(=発酵時間が短い)酵母の開発が必要である。さらには、多くの搾汁が流れる連続的な製糖工程に選択的発酵プロセスを挿入するために、酵母に「凝集性」を付与し、撹拌を停止した瞬間に酵母同士が凝集して自然沈降するようにする工夫が必要である。これによって、酵母の遠心分離が不要になり、発酵後の上澄み液を濃縮工程に送り、発酵タンクに残った酵母で、次の発酵を行なうことが可能になる。

 当社では、上記の条件を充たす菌株(凝集性を持ったインベルターゼ欠損の食品用酵母)を開発済みであり、特許申請中である。

 酵母の課題以外では、エタノールが混入した場合の濃縮工程への影響、製糖工程の中のどこに発酵工程を挿入するかといった課題があり、今後さらなる実験的検討を実施する予定である。

5.将来に向けた展望

 今回紹介した砂糖・バイオエタノール逆転生産プロセスによって、長年、製糖業界の世界的課題であった還元糖の除去が可能になり、還元糖を多く含むという理由で、これまで利用されてこなかった多収性原料や収穫期間外原料の利用を可能にした。

 従来、原料サトウキビの還元糖含有率によって、砂糖:糖蜜(=バイオエタノール原料)の生産比率が必然的に決まってきたが、本プロセスでは、選択的発酵の後に、砂糖とエタノールの両方の原料となり得るしょ糖のみが残るため、その後の砂糖:バイオエタノールの生産比率を自由に調節できる。砂糖とバイオエタノールを複合生産している海外の工場などでは、食料とエネルギーの相場に合わせて、より利益率の高い生産物を現場で生産調整できるため、経営基盤の安定にもつながると考えられる。

 食料とバイオ燃料の原料競合が問題となっている今、本プロセスは「バイオエタノール生産による食料(砂糖)増産」というパラダイムシフトを起こした。従来利用されてこなかった多収性サトウキビ、しょ糖非資化性酵母の利用という各産業の常識を破る発想によって、農業(サトウキビ生産)、工業(砂糖生産、エタノール生産)における各産業での単独の技術開発だけでは解決できなかった課題(同時増産)を解決することが可能となった。

 本プロセスは、国内外で特許が成立しており、工場への導入も原理的に容易であることから、今後、世界のサトウキビ産業への展開が期待される。
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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