アルゼンチン経済は、96年以降は3年連続でプラス成長となったが、99年1月にお けるブラジルの変動相場制への移行による実質的な通貨切り下げの影響で対ブラジ ル向け輸出需要が減少したことなどから、投資および消費が停滞し、99年はマイナ ス成長に転じた。99年12月に発足したデラルア新政権は、財政赤字削減策を実施し たが、これは国内需要の停滞をもたらし、さらに、副大統領の辞任などの政治的混 乱がアルゼンチンに対する信用低下を招いた。2001年3月に就任したカバロ経済大臣 は、徴税強化、公務員給与・年金削減を含む財政赤字ゼロ政策、産業活性化、貿易 面でのドル・ユーロのバスケット為替制度の導入などを実施した。しかし、同年3 月の口蹄疫発生によって牛肉の主要輸出先を失うなど対外貿易環境も厳しい中、脱 税取り締まりの効果も上がらず、米国のテロの悪影響も重なり、同国の不況は一層 深刻化し、財政赤字ゼロ政策は破綻を迎えた。さらに、公的債務のデフォルト懸念 からカントリーリスクは高騰し、11月には外貨準備・預金残高の急減を招いたこと から、12月に預金引出制限、海外送金制限などの資本規制を実施した。こうした措 置に対する国民からの反発が強まり、ストライキや商店の襲撃事件が続発したこと から社会不安が増大した。12月20日には、与野党からの支持を失ったデラルア大統 領が辞任に追い込まれ、23日に就任したロドリゲス・サー大統領は、公的債務の支 払停止を発表した。こうした状況の中で、2001年の経済成長率は、マイナス4.4%と 3年連続のマイナス成長となった。 アルゼンチンでは、91年の兌換(だかん)法導入(これにより、1ペソ=1ドルで の内外通貨の交換性が制度的に保証)以降、インフレが急速に収束し、89年に約5 千%にまで達した消費者物価上昇率は、96年以降、1%未満で推移し、2001年はマ イナス1.5%となった。しかし、失業率(主要都市部)は、98年後半以降の不況が 労働市場に反映し、2000年は14.7%、2001年は19.0%となった。2001年の貿易収 支は、国内需要の縮小による輸入が減少する一方、原油価格の上昇により燃料輸出 が増加したことなどから、62億9千万ドルの黒字に転じた。
表1 主要経済指標
アルゼンチンは、日本の国土の約7.5倍に当たる2億7,800万ヘクタールの国土を 有し、ブエノスアイレス州を中心とするパンパ地域は、平坦かつ肥よくな土地条件 に加え、気候も温暖で降雨に恵まれ、穀物と牧畜の大生産地となっている。 アルゼンチンの農業は、GDPの5.4%と、国内産業に占める比率は大きくないが、 農産物輸出額は全輸出額の約5割を占め、農業は、外貨獲得上、極めて重要な地位 にある。2001年の農林水産品(1次産品)およびその加工品の輸出額 (FOB)は、前 年比1.8%増の約135億ドルとなった。その内訳は、穀物類が約24億ドル(1.3%増 )、油糧種子などが約14億ドル(38.1%増)、食肉が約3億6千万ドル(53.9%減) 、酪農品・鶏卵が約2億9千万ドル(10.9%減)などとなった。 88年以来14年ぶりに実施された2002年の農業センサス(速報)によると、全国 の農畜産業経営体は、88年比で24.5%減の31万8千戸、土地面積は1億7千1百万ヘ クタールとなった。
アルゼンチンの生乳生産量は、施設の近代化や加工処理能力の拡大などを背景に 、92年以降一貫して前年を上回って推移し、99年の生乳生産量は、1,033万キロリ ットルに達した。しかし、生乳生産の増加が続いて供給過剰となったことから、99 年に生乳価格が急落し、これに伴う収益性の悪化から酪農家が相次いで廃業するケ ースが増加したことなどから、2000年には減少に転じ、2001年も同様の傾向が継 続した。
@ 生乳の生産動向 アルゼンチン農牧水産食糧庁(SAGPyA)によると、乳牛の飼養頭数(98年) は、194万3千頭で、88年に比べ、4.1%増加している。また、酪農経営体(98年)は、 88年に比べ40.0%減の18,096件となる一方、1経営体当たりの乳牛飼養頭数は、89 年に比べ72.6%増の107頭となり、規模拡大が進んでいることがうかがえる。また、 乳牛1頭当たりの乳量は、同年に比べ 51.3%増の4,910リットルとなっている。 2001年の生乳生産量は、3.5%減の948万キロリットルとなり、2年連続の減少と なった。この要因としては、酪農家の廃業のほか、夏場の記録的な猛暑や口蹄疫の 発生で乳牛1頭当たりの乳量が低下したこと、酪農地帯において降雨過多による浸 水の影響で飼養状態が悪化し、搾乳のピークである春季の生乳生産量が伸び悩んだ ことなどが挙げられる。
A 牛乳・乳製品の需給動向
牛乳・乳製品の消費量(生乳換算)は、生乳生産量の約87%を占め、近年におけ る1人1年当たりの消費量は220〜230リットル程度で推移している。 2001年の牛乳・乳製品の輸出量は、農畜産品衛生事業団(SENASA)の統計 によると、前年比18.3%減の14万9千トン(製品重量ベース。ただし、牛乳は粉乳 換算ベース)となった。特に、2000年に総輸出量の約7割を占めたブラジル向けが、 ブラジルの通貨レアルの安値傾向などに、前年比58.4%減の5万3千トンと大幅に減 少した。
表2 牛乳・乳製品の需給
アルゼンチンは、世界の牛肉生産量の約5〜6%を占めている。同国の肉牛生産 は、肥よくなパンパ地域を中心に、牧草による放牧肥育が一般的である。同国は、 1人1年当たりの牛肉消費量が60キログラムを超える大消費国であり、国内生産量 の約12〜13%を輸出している。しかし、2001年3月にパンパ地域において口蹄疫 が発生し、主要な輸出先が輸入禁止措置を取ったことから、輸出量は前年比55.6 %減の15万2千トンとなった。
@ 牛の飼養動向
アルゼンチンの牛飼養頭数は94年以降減少傾向で推移している。94年に5,316 万頭に達した牛飼養頭数(乳牛を含む)は、2001年には、4,885万頭となった。 減少要因として、95年、96年の2度の大きな干ばつと、98年のエルニーニョ現象 による洪水の被害に加え、96年の穀物価格の高騰により肉牛生産から穀物生産へ の転換が増加したこと、国内経済の低迷などが挙げられる。2001年の州別牛飼養 頭数を見ると、パンパ地域に属するブエノスアイレス州(37%)、コルドバ州( 13%)、サンタフェ州(13%)の3州で、全体の約6割を占める。
図1 牛飼養頭数の推移
資料:アルゼンチン農牧水産食糧庁
図2 牛の州別飼養頭数(2001年)
A 牛肉の需給動向
2001年のと畜頭数は、前年比6.6%減の1,158万頭、生産量は9.5%減の246 万1千トンとそれぞれ減少した。と畜頭数の減少要因としては、3月に発生した 口蹄疫により輸出市場が閉鎖され、従来輸出に向けられていた重い去勢牛は、 国内市場では買い叩かれるため、生産者が出荷を手控えたことなどが挙げられ る。 2001年の牛肉輸出量は、口蹄疫発生により、EU、米国、カナダなど主要市 場すべてがアルゼンチン産牛肉の輸入を停止したことから、前年比55.6%減の 15万2千トンとなった。
表3 牛肉需給の推移
図3 牛肉等の輸出相手国(2001年)
資料:SAGPyÅ(アルゼンチン農牧水産食糧庁)
B 肉牛・牛肉価格の動向 リニエルス家畜市場における2001年の肥育牛(去勢牛)価格は、口蹄疫発生に よる輸出の停止により、国内の牛肉供給が過剰となったことなどから、前年比 11.5%安の0.77ペソとなり、兌換法導入の翌年に当たる92年以降の最安値を記 録した。こうした傾向を反映して、2001年の小売価格(ストリップロイン)は、 同13.8%安のキログラム当たり3.56ペソとなった。
アルゼンチンは、世界のトウモロコシ生産の2〜3%を占めるにすぎないが、世 界の貿易量の1〜2割を占め、米国に次ぐ世界第2位のトウモロコシ輸出国である。
@ 穀物の生産動向 2000/2001年度のトウモロコシの作付面積は、生産農家がより収益性の高い大 豆を選択する傾向を強めたことなどから、前年度比4.3%減の350万ヘクタールと なり、同年度の生産量は、同8.1%減の1,537万トンとなった。一方、同年度の大 豆作付面積は、545万ヘクタールと過去最高となった。この背景には、作付けに当 たり競合関係にある他の作物に比べ大豆のコスト低減効果が大きいこと、大豆の 作付けは例年、10月半ばから始まるが、降雨過多による影響でトウモロコシの作 付けに遅れが生じた地域において、大豆へのシフトが進んだことなどがある。こ うした作付面積の増加などにより、大豆の生産量は、同 33.0%増の2,688万トン となった。また、小麦は同4.3%増の1,596万トン、ソルガムは同13.0%減の291 万トンとなった。表4 主要穀物生産者の推移
資料:SAGPyA(アルゼンチン農牧水産食糧庁) 注:2000/2001年は暫定値
A 穀物の輸出動向 2001年の主要穀物輸出量は、トウモロコシが前年比0.8%減の1,071万トン、大 豆が同80.2%増の745万トン、小麦が同2.0%減の1,058万トン、ソルガムが同42.2 %減の44万トンとなった。国別輸出量のシェアを見ると、トウモロコシは韓国向 け(9%)、エジプト向け(9%)、ペルー向け(6%)、大豆は中国が最大の輸出先 で全体の66%を占める。また、小麦はブラジル向けが62%、ソルガムは日本が最 大で全体の75%を占める。
表5 主要穀物輸出量の推移
B 穀物の価格動向 2001年の主要穀物の生産者販売価格は、前年に比べ減産となったトウモロコシ が前年比3.0%高のトン当たり84ペソとなる一方、記録的な増産となった大豆は同 6.0%安のトン当たり169.41ペソとなった。また、小麦は同7.4%高のトン当たり 113.73ペソ、ソルガムは同2.7%安のトン当たり63.00ペソとなった。
表6 主要穀物の生産者販売価格
資料:SAGPyA(アルゼンチン農牧水産食糧庁) 注:2001年は暫定値
コラム【アルゼンチン牛肉振興機関設置法が公布】アルゼンチン政府は97年以降、国産牛肉の輸出振興および牛肉の国内需要促 進などを目的とした新しい機関の設置法案の審議を重ねてきたが、アルゼンチ ン牛肉振興機関(協会)設置法が国会を通過し、2001年12月11日に公布された。 17日の官報掲載日から数日後にデラルア政権が崩壊、その後の政治経済の混乱 で同設置法は事実上動けなかったが、2002年2月1日にEU向け生鮮牛肉が解禁 されたことを契機に、農牧水産食糧庁は新機関の具体化に向けて動いた。 新機関設置の背景には、97年の口蹄疫ワクチン接種清浄国の認定とそれに続 く生鮮、冷蔵および冷凍牛肉の米国の輸入解禁(米国枠設定)、アルゼンチン 国内の牛肉生産量と消費量の当時の低下傾向などが挙げられる。同設置法によ ると、国家機関ではない公的機関としてアルゼンチン牛肉振興協会を設置し、 生産者や食肉処理加工業の競争力を向上させ、国内の牛肉消費と輸出の促進の ために助成を行うとし、同協会が直接もしくは間接に牛肉取引を行うことは禁 止されている。 同協会の運営管理は8名の理事で構成され、生産者代表として農業4団体か ら4名、産業界代表として食肉処理加工業者からなる主要5団体から3名、農牧 水産食糧庁の代表1名となっており、理事会では年度予算と活動計画の作成及び 牛肉振興基金の管理を行う。牛肉振興基金の財源は、肉牛生産者から、取引頭 数に対し、国が公表する生体牛指標価格の0.20%を、また、と畜を行う食肉処 理加工業者から、同0.09%をそれぞれ上限として徴収することになっている。 同協会は具体的にはバランスの取れた食生活の中に牛肉消費をどのように位置 付けるかといった視点での調査研究、畜産業界の利害調整を行い宣伝活動や国 内外の牛肉製品などの見本市への参画、各種会議やセミナーの開催、人材育成 のための研修制度創設、国内外の関係機関との人的・技術的交流の促進などを 行う。 |
コラム【アルゼンチンで14年ぶりに農林業センサスを実施】アルゼンチンの国家統計局(INDEC)は、2002年10月から2003年1月の 間、農林業センサスを実施した。このセンサスは、88年を最後に実施されてい なかったことから、14年ぶりとなった。2003年3月下旬に発表された速報は以 下の通り。 ・総面積:1億7,133万ヘクタール(88年比▲3.4%) ・EAP(同一州内に500平方メートル以上の土地を有し、販売目的の農業、 畜産、林業を営む経営体。なお自家消費や研究目的で生産を行い、余剰生 産物を市場へ販売するものも含む): 31万7,816経営体(同▲24.5%) ・1EAP当たり面積: 539ヘクタール(同+28.0%) 総面積の減少率に比べてEAP数の減少率が大きく、1EAP当たり面積が 増加していることが分かる。これは、91年からの1ペソ=1ドルの固定相場制 度(兌換制)により輸出競争力が失われ、小規模EAPは事業拡大・新技術導 入のための投資が困難となり農業を止めざるを得なくなり、代わって資本力が ある大規模EAPがその土地を吸収していったためであると分析されている。 牛の飼養頭数は、88年とほとんど変わらない4,696万頭となっている。 一方、 羊の飼養頭数は、44.2%減の1,250万頭と大幅に減少している。これ について アルゼンチン農牧水産食糧庁(SAGPyA)は、88年には生産された羊毛の 91%が輸出されていたが、兌換制による輸出競争力の低下や、噴火による火山 灰のたい積(92年)、冷害(94、95、2000年)、干ばつ(2000年)、羊毛の国 際価格の低迷などが原因であると分析している。なお、98年から牧羊業を振興 するための制度が検討され、2001年に牧羊業復興法が制定されている。 豚の飼養頭数は、37.2%減の210万頭と大幅に減少した。これはだかん制導 入後、国産品よりブラジルなどからの輸入品の方が安くかつ高品質であったた め、輸入量が増加し、経営改善のための新技術等を導入できない国内の中小農 家が耕種へ転換または廃業したためであるとSAGPyAでは分析している。 ちなみに、豚肉および豚肉加工品の輸入量は、88年には約3千トンであったも のが、1998年には史上最高の7万1千トンに達している。 |
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