東南アジア諸国連合(アセアン)加盟諸国の経済は、政治状況の落ち着き とともに2001年の上半期は回復傾向を示した。しかし、9月11日に米国で発 生した同時多発テロを契機として、域内におけるイスラム過激派の活動が明 らかにされ、緊張が高まるとともに世界的なIT不況や主要貿易相手国である 米国経済の減速などにより、年末にかけて経済状況の先行きが再び不透明に なった。 シンガポールは、アジア通貨危機の影響は緩和されたものの、世界的な電 子産業の衰退と主要貿易相手国である米国経済の減速が影響し、10月14日に はゴー首相が建国以来最大の経済危機であることを表明するに至った。これ に対し政府は、減税やインフラ整備計画を含む113億シンガポールドルに上 る経済対策を発表し、財政累積黒字を取り崩して全国民を対象に成人1人当 たり200〜1,700シンガポールドル相当の「新シンガポール株」と称する株券 を付与した。 ブルネイは、98年以降、王族の経営する企業の破綻処理に係る混迷が続い ていたが、2001年末にかけて、国王が債務支払いを約束したことにより収束 に向かった。同年は原油価格の高騰により財政が安定しており、輸出収入は 過去最高の40億米ドルに達した。同国は86年以降、財政基盤の多角化を図っ てきたが、依然として勤労者の7割は政府関係に雇用されており、多角化は 進んでいない。 マレーシアは、2000年の経済成長率が8.3%の大幅なものとなったが、2001 年はいわゆるIT不況の影響が深刻であり、政府発表で1〜2%にまで大幅に減 速した。同国の貿易額は世界17位であり、経済の貿易依存度が高いため、米 国などの大貿易国の経済不振の影響をまともに受ける。政府は経済活性化対 策として3月に30億リンギの公共事業を予算化したが、10月上旬には43億リ ンギの上乗せを発表した。同国の累積財政赤字はGDPの5%に相当する額に達 しており、今後の経済運営に影を落としている。 タイは、民政に移行して以来、任期を全うできない不安定な政権が続いて きたが、1月6日に行われた総選挙に勝利したタイ愛国党を中心として2月に 発足したタクシン政権は支持率70%と圧倒的な支持を得た。同国経済は世界 経済の変調を受けて不振に転じ、11月には年当初の経済成長見込みである5 %が1.3%に下方修正された。アジア通貨危機からの回復の原動力は輸出だ ったが、政府は一村一品運動などによる内需拡大に力点を移している。政府 は、小売業への外国資本規制の再導入など規制強化策を相次いで導入したこ とにより、外国資本は撤退の方向に動いており、9月以降の新規投資はほぼ 皆無となった。 フィリピンは、1月16日、上院が銀行取引き記録を非開示としたことによ りエストラダ大統領の汚職事件の捜査がとん挫した。しかし、これに対して 広汎な抗議行動が巻き起こり、軍と警察が同大統領から離反したことから、 同大統領が辞任し、1月20日に第14代のアロヨ大統領が誕生した。同大統領 の経済政策は、ITを推進力としながら教育投資と土地開放により貧困層の 減少を図るものだが、米国経済の減速と同時多発テロが阻害要因となった。 今後も同国の経済は、労働力の4割を吸収しているといわれる農業の出来い かんにかかっている。 インドネシアは、混乱のワヒド政権が20カ月続いた後、7月23日、メガワ ティ大統領に政権を移譲した。当初、同大統領の手腕には多くの期待が集 まったが、@長引く国際通貨基金(IMF)との対立、A国営企業の民営化の 遅れ、B外国投資家の不満の高まり、といった経済阻害要因が大きく立ち はだかり、悲観的な見方に変わった。年末には、ドナー国顧問団が、2002 年の資金供与額を2001年の実績から30%程度削減する決定を行っており、 国際社会の忍耐が限界に達していることが示され、同国の経済見通しを暗 いものにしている。 ベトナムは、5月の第9回共産党大会で保守派のカフュー議長から改革派の マン議長への政権交代が行われ、10月には国家機構の再構築、公社の整理統 合などを柱とするマスタープランが発表された。同国はIT不況や世界経済の 減速といった外部の動きからはいくぶん隔絶された動きを続けており、2001 年の経済成長も6%程度と高い水準で推移している。市場経済推進の目的で 大量の営業免許が発行される一方で、少数民族の土地制度改革要求や地方政 府における汚職まん延などによる政情不安も続いている。 ラオスは、経済停滞が長引いており、3月に開催された人民革命党大会(5 年毎)での大幅な政策変更が期待されたが、これまで失敗を繰り返した政策 の繰り返しにとどまったため、同国の経済を支えてきた外国援助機関の失望 を増幅させた。既に世界銀行は、経済制度の改革なしには将来の援助を行わ ないことを表明している。財政赤字の穴埋めとインフレ抑制を目的として、 政府は年利60%という高配当の国債を発行し、通貨供給量の抑制を図ったが 、投資家の間で債権の信頼性と利払いに不安が広がり売却の動きが出た。政 府はこの動きを非愛国的と非難し、利率を半分に値切ったため、債権の売却 が一気に加速し、インフレが悪化した。 カンボジアは、2000年の洪水が第二次大戦後最悪の被害をもたらし、稲が 大幅な減収となったため、農村から都市部への移住が加速した。同国も外国 援助への依存度が高く、GDPの約17%を占めている。同国に対する外国投資 の中心は繊維産業であり、EUや米国が無制限アクセスを与えていることから、 輸出額の70%が衣類で占められている。 ミャンマーは、1月に国連のラザリ特使が訪問し、軍事政権との対話を開始 したため、日本政府は88年の経済制裁開始以降初めて、人道援助以外の援助 であるダム改修に対する資金援助(35億円)を決定した。これに対し、EUは 民主化への対応が不十分として経済制裁の延長を決定するという対照的な動 きを見せた。4月には2006年までの経済5カ年計画が公表され、農業とエネル ギー産業に重点を置くとしているものの、具体的な政策はほとんど含まれて いない。外貨不足から米ドルへの兌換紙幣制度が事実上崩壊した。8月には ベトナムとの間でチークなどの木材と石油・天然ガスとのバーター貿易の協 議が開始された。
表1 主要経済指標
注1)GNI(Gross National Income)は、従来のGNPと同義 注2)各データの年次は特にことわらない限り1999年。人口及びGDP成長率は2000年の推計値。 注3)国名欄の「高」、「中」、「低」は、世界銀行による所得階層に基づく分類。ただし、 「中」は「中の上」と「中の下」に細分されており、マレーシアは「中の上」、タイと フィリピンは「中の下」とされている。
アセアン10カ国のうち、シンガポールとブルネイは、 GDPに占める農業の 割合が0.5%未満である。マレーシア、タイ、インドネシアは、GDPに占める 農業の割合が10%台となっている。フィリピンはIT不況など輸出産業の不振 により相対的に農業の比重が約20%にまで高まっている。ベトナムは同25% とこれら4ヵ国の状況に近づきつつある。これら5カ国では、多くの農村人口 を抱えており、農村が失業者のバッファー機能を果たしているといわれてい る。 また、米などの主要食用作物の価格が政策的に低く抑えられているため、 農業分野の生産額が高くならないという特徴も有している。ラオス、カンボ ジア、ミャンマーは、GDPに占める農業の割合が、50%以上となっている。 これらの国では、長引く政情不安定により他の産業が育っておらず、相対的 に農業の比重が高くなっているが、カンボジアで繊維産業が伸びてきている ように、政情が安定に向かえば農業の比重が低下してくる可能性がある。 マレーシアは、年間降水量が多いため、油ヤシ、ゴムなど永年性作物の栽 培に適しており、アブラヤシの下草などを利用した畜産物生産拡大の可能性 はあるものの、将来的に食用作物栽培が増え、飼料資源が拡大するとは考え にくい。一方、フィリピンは、トウモロコシ、米などの食用作物が中心とな っている。タイでは、古くから森林伐採による耕地化が行われていたが、現 在は、土壌保全を目的とした植林も行われており、むしろ農用地面積が減少 している。アセアン諸国中、ベトナム、タイ、ミャンマーは米の輸出国であ るが、ミャンマーは年々生産力が低下しており、反収はアセアン中最低水準 にまで落ちている。同国は2001年4月に経済5カ年計画を発表し、農業を重点 課題としたが、成功可能性のほとんどない未利用の湿地帯における米などの 作物生産の拡大が述べられている以外、具体的な政策は含まれていない。同 国政府は現在の反収を向上させる政策は講じておらず、面積の拡大のみによ って生産力不足を補う政策を講じており、無駄が多いだけでなく環境に対す る負荷の大きなものとなっている。ベトナムはタイを上回る米の輸出余力を 有しているが、国際化の進展にしたがって米の国際価格が低下しており、農 家所得の向上に資するところが小さいことから、酪農を中心とした畜産開発 に力点を移している。カンボジアは、米を自給しているものの、やはり反収 は著しく低く、9月の洪水によって大幅な減収となっている。 なお、各国とも熱帯に属しており、米については2〜3期作、トウモロコ シで1〜2期作が一般的であるため、農用地面積に占める耕作面積の比率の みによって、単純に生産動向を述べることはできない。 畜産物の生産量は、食習慣、宗教、エネルギー事情などを反映して、各国 ごとに重点の置かれ方が異なっている。 牛肉には水牛肉を含んでいるが、牛と水牛は東南アジアでは伝統的に役用 が主体であり、現在でも牛肉の中心は廃用牛・水牛の肉である国が多い。肉 用牛のフィードロットを有しているのはタイ、フィリピン、インドネシアの 3カ国に限られる。フィリピンとインドネシアのフィードロットは、豪州か ら輸入した肥育素牛の短期肥育が中心である。マレーシアは、国民の7割を 占めるイスラム教徒の宗教上の理由により牛肉、山羊肉、羊肉の需要が高い が、耕地の大半がアブラヤシなどの永年性作物に占められており、草資源不 足から生産量が低くなっている。永年性作物の下草利用は、木を傷つける可 能性などプランテーション経営への悪影響への懸念から進んでいない。 豚肉の生産量はフィリピンとベトナムで多いが、ベトナムで多いのは、食 習慣ばかりでなく、豚肉が対ロシア債務の現物返済の主要物資として位置付 けられているほか、アジア各国向けの丸焼き用子豚の需要が高いという理由 にもよる。また、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマーでは、ほとん どの農家が1、2頭の豚を飼っており、正規のルートによらないと畜・販売・ 消費を行っている例が多いため、実際の豚肉生産量は表2の数量を上回って いるものとみられる。 鶏肉は、アジア各国共通の主要畜産物といえるが、統計に現れてこない庭 先養鶏による自家消費分が相当あると推定されるため、実際の生産量は表2 の数量を大幅に上回っているものとみられる。 牛乳生産量は、ミャンマーが最も多く、インドネシアとタイがこれに続い ている。カンボジアは、生乳の売買が行われていないためゼロとしているが 、牛や水牛を繁殖していることを考慮すると、2万トン程度の生産はあると みられる。
表2 アセアン諸国の主要穀物及び畜産物生産量(単位:千トン)
注)N.Aはデータが決如していることを示す。
東南アジア諸国では、一般に牛乳・乳製品は、伝統的食文化としての位置 付けが薄く、また、気候条件が酪農にあまり適していないことや良質な飼料 が得られにくいことなどもあり、酪農・乳業の発展は先進国に比べて遅れて いる。従来から、乳製品の主体は全粉乳、缶入り加糖れん乳、それにスリー ・イン・ワンと呼ばれるコーヒーミックスに含まれる粉乳類が主体であった が、冷蔵庫の普及に伴い、特に都市部では飲用乳の需要も高まりつつある。 また、所得水準の向上にともなって、タイやマレーシアでは加糖れん乳から 無糖れん乳へのシフトが進んでいる。 近年、東南アジアでもファスト・フードチェーンの進出や、特に若年層を 中心に食生活の欧風化が進展しつつあり、タイではピザ用のモッツァレラチ ーズの製造も開始されている。 東南アジアでは、各国とも牛乳・乳製品の自給にはほど遠い現状にあるが 、生乳生産、工場インフラ、地理的条件などを総合的に考慮すると、将来的 には、輸入乳製品からの還元乳製造を含め、タイがインドシナ半島諸国の牛 乳・乳製品供給基地になるとの見方が有力である。近年の輸送技術の進歩を 考慮すると豪州からの飲用乳の供給や労働力が安く、近年急速に生乳生産を 伸ばしているベトナムの存在もあなどれないものとなっている。さらに、東 南アジアでは、乳脂肪の一部または全部を価格の安いパーム油などの植物性 脂肪で置き換えた、国際規格上乳製品表示の行えないフィルド製品が普及し ており、各国統計上の取り扱いもあいまいであることから、乳製品に対する 需要が一層不透明なものとなっている。 @生乳生産動向 乳牛の飼養頭数は、マレーシアとタイで増加し、インドネシアとフィリ ピンで減少した。タイでは、2年連続の増加となっているが、これは国内 における牛乳消費量に大きな比重を占める学校給食用牛乳に国産生乳の100 %使用が義務付けられたことにともなう増頭とみられる。フィリピンでは 前年比27%減の大幅な減少となっているが、これは年の当初計画されてい たニュージーランドからの乳牛の輸入が、予算の制約などによって遅れた ことが主な要因となっている。同国では、気象条件などが障害となって、 自国における後継牛の確保が進んでおらず、国内の牛群の規模も小さいこ とから、わずかな頭数の減少が大きな減少率として表れる。 表には示していないが、ミャンマーは北部マンダレーを中心に乳用牛頭 数43万頭余りを飼養し、72万4千トンの生乳を生産してアセアン諸国中最大 であり、ベトナムは南部ホーチミンを中心に乳用牛頭数4万1千頭(うち、 成雌牛は約1万5千頭)を飼養し、4万9千トンの生乳を生産するなどマレー シアやフィリピンを上回る酪農振興国となっている(いずれも2000年)。
表3 乳用経産牛の使用頭数と生乳生産動向 (単位:千頭、千トン、%)
資料:各国政府統計
A牛乳・乳製品の需給動向 生乳換算で見た場合、各国とも牛乳・乳製品の輸入量は、国内生産量の 約2〜190倍にも達しており、国内生産量が飲用需要すら満たしきれていな い状況にある。東南アジアにおける輸入乳製品の中心となるのは粉乳であ り、そのまま小分けして販売されるほか、LL牛乳や缶入り加糖れん乳など も、全粉乳や脱脂粉乳から還元製造されるものが多い。マレーシアは、国 内生産量の約10倍相当量を輸出しているが、ほとんどが調製品および加工 食品に含まれる乳成分である。 タイでは、近年、飲用乳製品の消費が急速に伸びており、1人1年当たり 消費量の半分に相当する約9キログラムは飲用乳製品の消費である。一方 、フィリピンは粉乳、マレーシア、ベトナム、ミャンマーは加糖れん乳が 中心となり、ラオス、カンボジアは依然として、ほとんど乳製品を消費し ていない。
表4 牛乳・乳製品の需給 (単位:生乳換算、千トン、Kg)
資料:各国政府統計 差し引きを訂正 マレーシアは半島部のみ
2001年は欧州で発生した牛海綿状脳症(BSE)に関連する輸入禁止措置が 各国でとられた。タイは2000年12月29日、欧州8カ国からの牛肉の輸入を禁 止し、マレーシアは2001年1月11日、EU全域からの牛肉、牛由来製品および 動物性飼料の輸入を禁止した。インドネシアはBSEとの関連が疑われている 神経組織や骨を除去した牛肉のみを対象として、アイルランドからの輸入を 継続した。 アセアン諸国では、従来から、主に役畜として供されてきた水牛も重要な タンパク質供給源となっているため、牛肉の生産および消費の中に水牛肉を 含めている。 @肉牛の生産動向 牛の飼養頭数(肉牛と水牛の合計)は、アセアン諸国の中ではインドネ シアが最も多く、ミャンマーを除く他のアセアン諸国の中で突出している。 しかし、同国の飼養頭数は、98年以降減少し続けており、2001年は前年比 6.5%減の1,252万5千頭となっている。 同国政府は2005年を目標とした 「牛肉自給達成計画」によって頭数の減少に歯止めをかけ、牛肉需要の90〜 95%程度を国産牛肉でまかなうことを目指しているが、現段階での実効性 という点では疑問が多い。タイの牛飼養頭数は、95年以降、大幅に減少を 続けていたが、2000年からは微増傾向に転じており、2001年は前年を5.4 %上回る693万8千頭となった。工業化の進展に伴い農業の機械化が進む同 国では、従来役畜として供されてきた水牛飼養頭数の減少が、他のアセア ン諸国と較べて顕著であった。しかし、政府が同国東北部を中心として、 水牛を含む肉牛飼養を奨励したことなどから、2000年以降は170万頭台で 減少に歯止めがかかっている。2001年には水牛頭数もわずか8千頭程度で はあるが増加している。フィリピンは、低所得層をその主な対象とし就労 機会、収入の確保を目的に中期農業開発計画などの畜産活性化策を講じて おり、肉用牛、水牛頭数ともに堅調に増加傾向で推移している。
表5 肉牛の飼養頭数と牛肉生産動向(千頭、千トン、%)
資料:各国政府統計
A牛肉の需給動向 他の地域に比べ牛肉の需要が従来それほど多くなかった アセアンでは、 各国の1人当たりの牛肉消費量はあまり大きな隔たりがなかった。しかし 、近年はマレーシア、フィリピンで需要が高まる一方、インドネシア、タ イでは低い水準のまま推移するといった、二極分化がみられる。インドネ シアの牛肉生産量は、2000年以降、漸減で推移しており、輸入量も前年 の2万7千トンから1万7千トンに減少した。タイの牛肉生産量は、2000年 まで減少し続けたが、2001年には3万トン程度の増産に転じており、1人 1年当たりの消費量も2.3キログラムに増加している。1人当たりの牛肉 消費量が多いマレーシアは、国内生産量と消費量はほぼ一定水準で推移し ているものの、輸入量は17%増加している。また、フィリピンの1人1年 当たりの消費量は前年と同じく4.3キログラムを維持しており、需給は安 定している。 自給率については、国内消費が比較的少ないタイがほぼ100%となって いる。インドネシアとフィリピンは、国内における肥育素牛生産のコスト が高いことから、肥育産業の豪州からの生体牛の輸入依存度が高い。しか し、両国では国内における3カ月程度の短期肥育分も国産にカウントして いるため、自給率でみた場合には、それぞれ 95.7%、76.8%と高い水準 にある。 一方、国内に飼料資源が不足しているマレーシアは、生体では なく牛肉の輸入が中心となっているため、自給率は 19%にとどまってい る。
表6 牛肉の需給(千トン、kg)
資料:各国政府統計 注:国内生産には水牛を含む。
アセアン諸国では、インドネシアを始め宗教上の理由から豚肉を消費しな いイスラム教徒の人口が多い。このため、国によって食肉における豚肉の重 要度には大きな較差があり、国の政策上の位置付けもさまざまである。しか し、宗教的禁忌のある国においても、中国系住民などの豚肉需要をまったく 無視することはできず、種々の規制は設けながらも養豚を許容している。
図1 豚の飼養頭数の推移
@豚の生産動向 東南アジアで最も飼養頭数が多いのはベトナムであり、2001年の飼養頭 数は約2,180万頭となっている。同国の養豚の大部分は小規模農家による 在来種、もしくは在来種をベースにした交雑種を用いたもので、政府系ま たは民間の経営による外来種の三元交配種を使った数千頭規模の養豚はわ ずかである。南部では外来種の三元交配豚が多いため比較的生産性が高く 、北部及び山岳地帯では在来種のモンカイ種(早熟性、繁殖性に優れるが 赤身率が低い)を主体としながらも雑多な血量の交雑のため生産性が低い。 ベトナムに次いで飼養頭数が多いフィリピンは、宗教的制約が少ないため、 94年以降、飼養頭数は順調に増加しており、2001年は前年比4.4%増の約 1,106万頭となっている。97年にはフィリピンの飼養頭数を上回っていた タイは、将来的にはブロイラーに次ぐ輸出産業として養豚振興を推進して きたものの、政策意図とは逆に、98、99年の2年連続で飼養頭数が減少し た。しかし、2000年には増加に転じており、2001年は前年比22.5%増の 約820万頭にまで回復している。インドネシアの飼養頭数も97年以降は減 少し続けていた。しかし、98年後半にマレーシアの半島部諸州で豚のウイ ルス性脳炎が発生したため、シンガポールが同国からの生体豚と豚肉の輸 入を全面的に禁止し、輸入元をインドネシアのリアウ州に切り替えたこと などから、2001年の飼養頭数は前年比1.4%減のわずかな減少にとどまっ ている。ウイルス性脳炎の影響による大量と畜や廃業などにより養豚産業 の規模が縮小したマレーシアは、99年に比べ飼養頭数の減少幅は大きくな いものの、2000年の飼養頭数は、前年に比べて2.3%に相当する約4万5千 頭の減少となっている。同国は中国系住民の割合が3割程度となっている ものの、ネグリセンビラン州やセランゴール州など将来的な養豚の廃止や 縮小を打ち出した地域もあるため、養豚産業を取り巻く環境は今後とも厳 しさを増すとみられる。
表7 養豚の現状と豚肉生産動向(千頭、千トン、%)
資料:各国政府統計
A豚肉の需給動向 2001年のフィリピンの豚肉生産量は、前年比4.4%増の126万6千トンと やや増加した。タイは、飼養頭数の増加にともない生産量も21.6%増の38 万8千トンへと大幅に増加している。と畜が進むことにより飼養頭数がわず かに減少したマレーシアの2000年の生産量は、99年とほぼ変わらず16万ト ンを維持している。豚の飼養頭数では微減だったインドネシアは、シンガ ポールへの生体輸出が増加しているため、2001年の豚肉の生産量は前年比 11%減の16万トンとなっている。 フィリピンの豚肉消費量は、前年比3.4%増の128万8千トンとなってい るが、1人当たり消費量は同1.5%増と全体の消費の伸びを下回っており、 消費の増加には人口の増加による自然増の貢献が大きい。タイの消費量は 、前年比20.1%の大幅な増加となっており、1人1年当たりの消費量もほぼ 同程度の大幅な増加となっている。タイの豚肉消費量がこのように大幅に 増加したのは、通貨危機によって落ち込んでいた経済が、いわゆるV字型 回復を遂げたことにより国民の経済状況が改善された影響であるとみられ る。一方、イスラム教徒が人口に占める割合が高いインドネシアとマレー シアの消費量は、それぞれ16万トン、16万1千トンとどちらも前年並みで 推移している。マレーシアでは中国系住民の国内需要を補うための輸入が 約1千トン増加している。 アセアン地域における豚肉の消費動向は宗教の影響を強く受けており、 2000年の1人当たり豚肉消費量は、イスラム教徒が人口の大半を占めるイ ンドネシアでは0.5キログラムであるのに対し、宗教的制約の少ないフィ リピンでは16.3キログラム、同様にタイで6.1キログラムとなっている。 一方、イスラム教を国教と位置付けているものの、伝統的に豚肉食を好む 中国系住民(非イスラム)が3割程度存在するマレーシアでは6.8キログ ラムとなってタイを上回っており、同国の養豚が国として無視し得ない状 況にあることをうかがわせている。
図2 豚肉の生産量の推移
表8 豚肉の需給(千トン、kg)
資料:各国政府統計 差し引きを訂正 マレーシアは半島部のみ
@鶏の生産動向 タイは2001年の飼養羽数を発表していないため明らかではないが、鶏卵 は供給過剰が続いているため採卵鶏は減少傾向にあると見られる一方、鶏 肉は輸出が好調なことから生産量が増えており、ブロイラーの飼養羽数も 増加傾向にあるとみられる。インドネシアのブロイラー飼養羽数は、前年 比17%増の約6億2千万羽となっており、域内最多の飼養羽数となっており、 これに在来鶏を加えると10億羽程度に達する。同国では安価なタンパク質 源として鶏卵・鶏肉が重要であり、経済状況の回復にともなって肉用鶏の 飼養羽数はますます増加する傾向にある。マレーシアのブロイラー飼養羽 数も前年比約9%の増加となっているが、同国のブロイラーはタイなどの 周辺国に比べて生産コストが高く、2003年のアセアン自由貿易地域の施行 を控えてコスト削減と品質向上が急務とされており、今後、これを達成で きない中小農家の脱落による飼養羽数の減少が懸念されている。フィリピ ンは、採卵鶏は増加しているものの、ブロイラーは前年比38%の大幅な減 少となっている。これは主に米国で不需要とされるモモ肉のダンピング輸 出の増加により、フィリピンのブロイラー産業の採算性が悪化し、業務の 縮小を余儀なくされていることが原因であるとされている。
表9 鶏の飼養状況と鶏卵・肉の生産動向(千羽、千トン、%)
>
資料:各国政府統計 注:鶏卵は1個58gで換算 *飼養羽数は2000年。 フィリピンは地鶏を含む
図3 ブロイラーの飼養羽数の推移
A鶏肉の需給動向 ブロイラー肉の生産量は、各国の統計で見る限り、輸出をけん引車とし た生産拡大が進んできたタイが最も多い。しかし、生産動向で述べたよう に、インドネシアにはタイの9倍の羽数が飼養されているにもかかわらず、 ブロイラー肉の生産量はタイの半分にも満たないという不自然な状況が発 生している。これは、インドネシアに限った制度ではないが、ブロイラー をと畜場で処理した場合には少額ながら税金徴収の対象になることから、 これを回避する方法としてと畜場以外で処理したり、生きたまま販売する ケースが多数を占めるため、統計で補足できない生産量が相当量に上るた めであると考えられる。従って、と畜場以外での処理が簡単に行える鶏肉 については、インテグレーターの市場占有度が高いタイやマレーシアを除 き、統計情報から需給動向を正確に把握することは困難である。 鶏肉は宗教上の制約が少なく、庭先での飼養も可能なため、東南アジア では最も重要な食肉となっている。タイは国内生産量の約3割を日本やEU を中心に輸出している。マレーシアもEUの輸出認定を受けた食鳥処理場を 有しているが、EU産以外の国内産鶏肉の処理は輸出認定が受けられない ため、輸出はほとんどがシンガポールへの生体鶏となっている。マレーシ アからシンガポールへの生体鶏の輸出羽数は過去5年間、4千400万〜4千900 万羽で安定的に推移している。インドネシアとフィリピンは、在来鶏の飼 養羽数が多く、価格はブロイラーより高いものの、一般には在来鶏肉の方 が好まれる傾向があり、米国を中心としたダンピング輸出もあって、需給 動向は複雑である。
表10 ブロイラー肉の需給(千トン、kg)
資料:各国政府統計 マレーシアは半島部のみ
図4 ブロイラー肉の生産量の推移
B鶏卵の需給動向 東南アジア各国には鶏卵を粉卵や液卵に加工する施設がほとんどないた め、市場動向に応じて価格が乱高下する傾向がある。また、価格上昇場面 では生産者が一様に増羽を行う傾向があり、価格低下局面でも容易に減羽 しないため、常に供給過剰の問題を抱えている。1人1年当たりの鶏卵消費 量はマレーシアが280個となっている他は、タイが130個、フィリピンが48 個、インドネシアが38個となっており、依然として低い水準にあるため、 各国は供給過剰対策として消費拡大を進めようとしている。なお、シンガ ポールでは鶏卵の生産が行われており、国内消費量の約35%に相当する約 4億3千万個を生産しており、鶏卵生産にともなう廃鶏の生産も約130万羽と なっている。
表11 鶏卵の需給(千トン、kg)
資料:各国政府統計
|
元のページに戻る