1. 一般経済の概況
2001年12月23日、公的債務の一時支払停止を宣言したアルゼンチンでは、2002年元旦に選出されたドゥアルデ大統領が、預金・融資・各種民間契約を含む経済全体のペソ化、一時的な二重相場制を経た上で2月に変動相場制へ移行し、預金の一部凍結を含む一層厳しい資本規制などを行った。預金引き出し制限やペソ化により金融システムは機能不全に陥り、実体経済も悪化の一途をたどり、失業率(主要都市部)は18.8%となった。為替は2月の完全変動相場制に移行後も、ドル高ペソ安の傾向が続き、6月末には1ドル=4.0ペソ弱まで下落した。こうした状況の中で、2002年の経済成長率は、マイナス10.9%と4年連続のマイナス成長となり、また、ペソ下落による輸入物価の上昇などでインフレ率は41.0%に達した。
2002年の貿易収支は、経済危機および通貨切り下げから輸入が抑制され、167億2千万ドルの大幅な黒字となった。
表1 主要経済指標
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2. 農・畜産業の概況
アルゼンチンは、日本の国土の約7.5倍に当たる2億7,800万ヘクタールの国土を有し、ブエノスアイレス州を中心とするパンパ地域は、平坦かつ肥よくな土地条件に加え、気候も温暖で降雨に恵まれ、穀物と牧畜の大生産地となっている。
アルゼンチンの農業は、GDPの6.1%と、国内産業に占める比率は大きくないが、農産物輸出額は全輸出額の約5割を占め、農業は、外貨獲得上、極めて重要な地位にある。2002年の農林水産品(1次産品)およびその加工品の輸出額(FOB)は、前年比0.4%減の約134.6億ドルとなった。その内訳は、穀物類が約21億ドル(12.8%減)、油糧種子などが約13億ドル(7.6%減)、食肉が約5億8千万ドル(58.6%増)、酪農品・鶏卵が約3億万ドル(6.3%増)などとなった。
88年以来14年ぶりに実施された2002年の農業センサスによると、全国の農畜産業経営体は、88年比で20.1%減の33万4千戸、土地面積は1億7千5百万ヘクタールとなった。
3. 畜産の動向
(1)酪農・乳業
アルゼンチンの生乳生産量は、施設の近代化や加工処理能力の拡大などを背景に、92年以降一貫して前年を上回って推移し、99年には1,033万キロリットルに達した。しかし、生乳生産の増加が続いて供給過剰となったことから、99年に生乳価格が急落し、これに伴う収益性の悪化から酪農家が相次いで廃業するケースが増加したことなどから、2000年に前年比5.0%減と減少に転じて以降3年連続の減少となり、2002年には同10.0%減とさらに減少幅が拡大した。
(1)生乳の生産動向
アルゼンチン農牧水産食糧庁(SAGPyA)によると、乳牛の飼養頭数(2002年推計)は、175万5千頭で、88年に比べ、6.0%減少している。また、酪農経営体(2002年推計)は、88年に比べ50.2%減の15,000戸となる一方、1経営体当たりの乳牛飼養頭数は、88年に比べ88.7%増の117頭となり、規模拡大が進んでいることがうかがえる。また、乳牛1頭当たりの乳量は、同年に比べ43.1%増の4,644リットルとなっている。
2002年の生乳生産量は、前年比10.0%減の852万9千キロリットルとなり、3年連続の減少となった。この要因としては、酪農家の廃業のほか、酪農から大豆などの耕種への転換が進んだこと、水害や厳冬により、酪農地帯において牧草の生育状況が悪化したこと、経済危機による消費者の購買力の減退などが挙げられる。
(2)牛乳・乳製品の需給動向
2002年の牛乳・乳製品の消費量(生乳換算)は、729万6千キロリットルと生乳生産量の85.5%を占め、1人1年当たりの消費量は192.3リットルとなった。
牛乳・乳製品の輸出量は、農畜産品衛生事業団(SENASA)の統計によると、前年比42.2%増の21万3千トン(製品重量ベース。ただし、牛乳は粉乳換算ベース)と大幅に増加した。SAGPyAでは、この要因として、通貨切り下げによる国際競争力の向上、経済危機による国内需要の大幅な減少、主要企業の膨大なドル債務返済に必要なドル貨の確保などを挙げている。輸出先としては、1993年から2000年にはメルコスル諸国が全輸出量の82%を占めていたが、2002年はブラジル、アルジェリア、メキシコで全体の6割を占めた。また、粉乳およびチーズが全輸出量の87%を占めた。
表2 牛乳・乳製品の需給
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(3)牛乳・乳製品の価格動向
2002年の生乳価格(乳業メーカーによる生乳1リットル当たりの生産者支払い価格)は、0.27ペソ(約10円:1ペソ=38円)となった。
また、牛乳の卸売価格は前年比45.9%高の0.74ペソとなった。
(2)肉牛・牛肉産業
アルゼンチンは、世界の牛肉生産量の約5〜6%を占めている。同国の肉牛生産は、肥よくなパンパ地域を中心に、牧草による放牧肥育が一般的である。近年安価な穀物の生産力を背景にフィードロット肥育がみられるが、未経産牛を主体とした子牛肥育で、と畜頭数の1割を占める程度である。同国は、1人1年当たりの牛肉消費量が60キログラムを超える大消費国であるとともに、2002年は国内生産量の約14%を輸出している。
(1)牛の飼養動向
アルゼンチンの牛飼養頭数は94年以降減少傾向で推移している。94年に5,316万頭に達した牛飼養頭数(乳牛を含む)は、2002年には4,806万頭となった。減少要因として、95年、96年の2度の大きな干ばつと、98年のエルニーニョ現象による洪水の被害に加え、96年の穀物価格の高騰により肉牛生産から穀物生産への転換が増加したこと、国内経済の低迷などが挙げられる。2002年の州別牛飼養頭数を見ると、パンパ地域に属するブエノスアイレス州(34%)、コルドバ州(13%)、サンタフェ州(13%)の3州で、全体の約6割を占める。
(2)牛肉の需給動向
ア 生産動向
2002年のと畜頭数は、前年比0.7%減の1,150万頭、生産量は1.3%増の249万3千トンとなった。また、去勢牛平均枝肉重量は279キログラムとなった。
イ 輸出入動向
2002年の牛肉輸出量(枝肉ベース)は、口蹄疫発生による輸入禁止措置が一部の州を除き2月に解除されたことから、前年比133%増の35万トンとなった。国別に見ると、生鮮肉については、エジプトが全体の30%、ブルガリアが同15%、ブラジルが同11%、イスラエルが同9%となっている。また、EU向けヒルトン枠が2002年7月〜03年6月分については、アルゼンチンの経済危機を理由に従来より1万トン拡大され、3万8千トンとなったことも増加の要因に挙げられている。
輸入量は、生鮮肉(冷凍・冷凍)が4.2千トン、加工肉1.2千トン、内臓48トンとなった。相手先は、生鮮肉および加工肉がウルグアイ、内臓は米国となっている。
表3 牛肉需給の推移
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(3)肉牛・牛肉価格の動向
リニエルス家畜市場における2002年の肥育牛(去勢牛)価格は、口蹄疫発生による輸出の停止により、国内の牛肉供給が過剰となった前年から回復し、前年比98.0%高の1キログラム当たり1.52ペソとなった。こうした傾向を反映して、2002年の小売価格(ストリップロイン)は、同38.4%高のキログラム当たり4.92ペソとなった。
(3)飼料穀物
アルゼンチンは、世界のトウモロコシ生産の2〜3%を占めるにすぎないが、世界の貿易量の1〜2割を占め、米国、中国に次ぐ世界有数のトウモロコシ輸出国である。
(1)穀物の生産動向
2001/02年度のトウモロコシの作付面積は、生産農家がより収益性の高い大豆を選択する傾向を強めたことなどから、前年度比12.4%減の306万ヘクタールとなり、同年度の生産量は、同4.2%減の1,471万トンとなった。一方、同年度の大豆作付面積は、1,164万ヘクタールと過去最高となった。この背景には、作付けに当たり競合関係にある他の作物に比べ大豆のコスト低減効果が大きいこと、大豆の作付けは例年、10月半ばから始まるが、降雨過多による影響でトウモロコシの作付けに遅れが生じた地域において、大豆へのシフトが進んだことなどがある。こうした作付面積の増加などにより、大豆の生産量は、同11.6%増の3,000万トンとなった。また、小麦は同4.2%減の1,529万トン、ソルガムは同2.1%減の285万トンとなった。
表4 主要穀物生産量の推移
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(2)穀物の輸出動向
2002年の主要穀物輸出量は、トウモロコシが前年比13.2%減の930万トン、大豆が同17.2%減の617万トン、小麦が同16.2%減の887万トン、ソルガムが同27.6%減の32万トンとなった。国別輸出量のシェアを見ると、トウモロコシはエジプト向け(10%)、韓国向け(8%)、ペルー向け(8%)、大豆は中国が最大の輸出先で全体の45%を占める。また、小麦はブラジル向けが62%、ソルガムは日本が最大で全体の57%を占める。
表5 主要穀物輸出量の推移
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(3)穀物の価格動向
2002年の主要穀物の生産者販売価格は、トウモロコシが前年比185.5%高のトン当たり239.79ペソ、大豆は同177.7%高のトン当たり470.41ペソ、小麦は同193.7%高のトン当たり334ペソ、ソルガムは同212.7%高のトン当たり197.02ペソとなった。
表6 主要穀物の生産者販売価格
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混迷を深めたアルゼンチン経済と農業への影響
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2001年12月23日公的債務の一時支払い停止を宣言したアルゼンチンは、91年以来続けてきた1ドル=1ペソの固定為替相場制を廃止し、公定固定為替相場制(1ドル=1.4ペソ)と変動相場制を併用する新経済対策を2002年1月9日から実施した。その後、完全変動相場制に移行(2月11日)し、6月末には4.0ペソ弱まで下落を続け、その後やや回復し10〜12月は3.5〜3.6ペソで推移した。
このような中、農牧水産食糧庁(SAGPyA)は新政権下で生産省に属し、最初に取り組むべき課題として、口蹄疫発生のため2001年3月から生鮮牛肉の輸入が禁止されていたEU市場の解禁などが挙がった。
再開されたEU向け高級牛肉の輸出が好調
2001年3月に発生した口蹄疫のためEUへの牛肉輸出が禁止されていたが、2002年2月に再開された。EU向けアルゼンチン産高級牛肉(ヒルトン枠:対象期間は前年7月〜当年6月、対象数量28,000トン)の輸出量は、2月約1,600トン、3月約4,600トン、4月約6,600トン、5月約7,950トン、6月約6,150トンで合計約26,900トンとなり、対象数量の96%を5カ月で輸出した。しかし、1キログラム当たりのFOB価格は、口蹄疫発生前の2000年で平均7.2ドルであったが、2002年2〜6月の平均は3.5ドルと半分以下となった。
なお、2002年7月から始まる新たな対象期間において、EUから深刻な経済・社会危機が考慮され10,000トンの追加がなされ、合計38,000トンの枠が与えられている。
農産品に対する輸出税に農業団体などが反発
経済省は、大幅な税収不足をカバーするため3月4日付け決議(3月6日施行)で、穀物などの1次産品に10%、食肉を含む畜産加工品・工業品に5%の輸出税を賦課した。さらに4月5日付け決議(4月9日施行)で、穀物、油糧種子、穀粉、植物性油などの農産品に対する輸出税を20%に引き上げた。これらに対し農業団体などが強く反発し、一部の団体が農業ストライキを実施した。また、4月16日付け決議で、輸出税20%の課税期間を3月4日付け決議で決められた課税措置開始の3月6日までさかのぼって適用するとしたため輸出業者が強行に反対し、輸出業務が停止した。最終的には4月16日付け決議は取り消され、4月9日からの適用となり、沈静化の方向に向かった。
経済要因が生乳生産に大きく影響
SAGPyAによると2002年における生乳生産量は、前年比10.0%減の853万キロリットルとなった。アルゼンチンの酪農経営は、輸入資材や補助飼料への依存度が高いことから、2002年1月に実施された通貨切り下げにより生産コストが大幅に上昇する一方で、その上昇分をカバーするだけの乳価引き上げが行われなかったことなどから、収益性の悪化により離農の増加、耕種へ転換につながったためである。
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