東南アジア


 

1. 一般経済の概況

 東南アジア諸国連合(アセアン)加盟国の経済は、前年のIT不況と米国で発生した同時多発テロを契機とした域内イスラム過激派の活動による緊張による低迷から脱し、おおむね各国とも前年以上の国内総生産(GDP)の伸びを記録した。

 ブルネイは天然資源への過度の依存からの脱却を目指して、経済の多角化を図るため、第8次五カ年計画(2001〜2005年)が進められている。ただし、近年の厳しい財政状況の下、政府職員の採用を控えており、失業率が約5%と上昇している。また2002年にはブルネイ経済開発委員会(BEDB)が設立された。7月には前年のアセアン首脳会議に続いてアセアン地域フォーラムを開催した。

 カンボジアは6月の第6回カンボジア支援国会合で総額6億3千5百万ドルの支援が表明された。2002年の経済成長の伸びは5.5%だった。主要輸出品である繊維製品の輸出総額に占める割合は23%と前年の13%に比べて大きく伸びている。しかし繊維製品の輸出の70%が米国に輸出されており、その輸出枠の設定が2005年までとなっている。また、もう一つの外貨獲得産業は観光であり、GDPの20%を占めている。

 インドネシアは、2001年11月に国際通貨基金(IMF)から2002年の経済改革に関して同意を得た。(GDP)の伸びは対前年3.7%の伸びで、これは、石油および天然ガスそして輸出農産物の価格の上昇に支えられた結果である。ただし、国内での分離独立問題や法制度の未整備が海外の支援国や投資家の懸念材料となっており、海外からの投資は前年を大きく下回った。

 マレーシアは、政府は当面の対策として内需の拡大を図るとともに、輸出の伸びもあり、2002年の経済成長率は4.1%まで回復した。GDPに占める輸出とサービスの割合が85%を占めるため、主要輸出相手国である米国と日本の経済の回復が同国の供給する電子工業部品の輸出動向に影響を与えた。なお、同国の農業のGDPに占める割合は9%で、2002年の成長率は0.3%にすぎなかった。

 ラオスは、GDPの伸びが5.0%であったが、インフレ率が前年の7.8%から10.6%に上昇し、同国の通貨保有高も対米ドルベースで13%下落した。農業は、その従事者が同国の労働力の80%を占め、GDPの約半分を占めるが、その伸び率は4%であった。建設業と繊維産業が9.8%の伸びを示した。水力発電による電力、繊維製品および木材製品が輸出を主導し、貿易赤字の改善につながった。

 ミャンマーは5月に、政府によって19カ月ぶりにアウンサウンスーチー女史が軟禁状態から解放された。これはEUの貿易停止措置と米国の経済制裁の緩和を狙ったものだとされているが、その効果は表れていない。同国の経済は、多くの外国企業が投資を引き上げることによって危機状況にあり、2002年のインフレ率は前年の21%から34%に上昇した。

 フィリピンは、海外の経済の回復による電子部品と繊維製品の輸出の回復とサービス部門の伸びにより、GDPの伸びは前年を上回る4.4%となった。しかし、財政赤字も政府目標を64%も上回り急速に増加した。この原因の一つに、徴税システムの不備が指摘されている。また、南部地域では分離独立運動が継続しており、海外からの投資の障害になっている。

 シンガポールは、5月に当年度予算を発表したが、内容は減税により国内需要の回復と国際競争力の向上を図る目的の編成であった。その結果、個人消費の伸びは鈍かったものの、海外の需要の高まりから、電子製品の輸出が伸びた。2001年には米国経済の減速と世界的なIT不況により経済成長率がマイナス2.4%と落ち込んだが、2002年のGDPは2.2%の伸びとなった。

 タイのGDPは、5.4%と前年よりも大きな経済成長を示した。これは個人消費と民間部門の投資が伸びたためである。特に民間部門の投資の伸びは前年の4.7%に対して13.3%となった。また、工業分野の伸びが7.7%大きかった。これは国内および国外で電子製品の需要が増加したためである。一方、農業部門の伸びは前年同で、前年の3.3%に及ばなかった。

 ベトナムは、内外ともに強い需要が着実な経済成長を支え、GDPの伸びは前年に比較して7.0%となった。1月には企業法が施行され、5万社以上の民間企業が出現し、内需の伸びを加速した。一方、海外の投資家からは低廉で豊富な労働力や政治社会の安定などが評価される一方、問題点として、インフラの未整備、経済関係法の未整備と政府の不透明な政策運営や行政手続の煩雑さが指摘されている。

2.農・畜産業の概況

 アセアン10カ国のうち、シンガポールとブルネイは、GDPに占める農業の割合が0.5%未満である。マレーシア、タイ、フィリピン、インドネシアは、GDPに占める農業の割合が9%〜10%台となっている。ベトナムは同23%となっているが製造業の発展により、これら4カ国の状況に近づきつつある。これら5カ国では、多くの農村人口を抱えており、農村が失業者の緩衝機能を果たしているといわれている。

 また、米などの主要作物の価格が政策的に低く抑えられているため、農業分野の生産額が高くならないという特徴も有している。GDPに占める農業の割合については、カンボジアが40%に満たないものの、ラオス、ミャンマーは、50%以上となっている。

 これらの国では、長引く政情不安によりほかの産業が育っておらず、相対的に農業の比重が高くなっているが、政情が安定に向かえば農業の比重が低下してくる可能性がある。

 マレーシアは、年間降水量が多いため、油ヤシ、ゴムなど永年性作物の栽培に適しており、アブラヤシの下草などを利用した畜産物の生産拡大の可能性はあるものの、将来的に食用作物栽培が増え、飼料資源が拡大するとは考えにくい。一方、フィリピンは、トウモロコシ、米などの食用作物が中心となっている。タイでは、古くから森林伐採による耕地化が行われていたが、現在は、土壌保全を目的とした植林も行われており、むしろ農用地面積が減少している。アセアン諸国中、ベトナム、タイ、ミャンマーは米の輸出国である。

 なお、各国とも熱帯に属しており、米については2〜3期作、トウモロコシで1〜2期作が一般的であるため、農用地面積に占める耕作面積の比率のみによって、単純に生産動向を述べることはできない。

 畜産物の生産量は、食習慣、宗教、エネルギー事情などを反映して、各国ごとに畜種の重要度が異なっている。

 牛肉には水牛肉を含んでいるが、牛と水牛は東南アジアでは伝統的に役用が主体であり、現在でも牛肉の中心は廃用牛・水牛の肉である国が多い。肉用牛のフィードロットを有しているのはタイ、フィリピン、インドネシアの3カ国に限られる。フィリピンとインドネシアのフィードロットは、豪州から輸入した肥育素牛の短期肥育が中心である。

 豚肉の生産量はフィリピンとベトナムで多いが、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマーでは、ほとんどの農家が1、2頭の豚を飼っており、正規のルートによらないと畜・販売・消費を行っている例が多いため、実際の豚肉生産量は表2の数量を上回っているものとみられる。

 鶏肉は、アジア各国共通の主要畜産物といえるが、統計に現れてこない庭先養鶏による自家消費分が相当あると推定されるため、実際の生産量は表2の数量を大幅に上回っているものとみられる。

 牛乳生産量は、ミャンマーが最も多く、インドネシアとタイがこれに続いている。

3. 畜産の動向

(1)酪農・乳業

 東南アジア諸国では、一般に牛乳・乳製品は、伝統的食文化としての位置付けが低く、また、気候条件が酪農にあまり適していないことや良質な飼料が得られにくいことなどもあり、酪農・乳業の発展は先進国に比べて遅れている。従来から、乳製品の主体は全粉乳などの粉乳類が、缶入り加糖れん乳、主体であったが、冷蔵庫の普及に伴い、特に各国都市部では飲用乳の需要も高まりつつある。

 東南アジアでは、各国とも牛乳・乳製品の自給自足にはほど遠い現状にあるが、生乳生産、工場インフラ、地理的条件などを総合的に考慮すると、将来的には、輸入乳製品からの還元乳の製造を含め、タイやベトナムがインドシナ半島諸国の牛乳・乳製品供給基地になるとの見方が有力であり、2億を超える人口を擁し、ジャワ島を中心に近年急速に経済発展を遂げているインドネシアにおける需要の伸びも今後期待されている。

 東南アジアでは、乳脂肪の一部または全部を価格の安いパーム油などの植物性脂肪で置き換えた、国際規格上は乳製品表示の行い得ない製品が普及しており、これに加えて、各国統計上の取り扱いもあいまいであることから、乳製品に対する需要が不透明なものとなっている。

(1)生乳生産動向

 乳牛の飼養頭数は、インドネシアとタイで増加し、フィリピンではほぼ前年並みを維持している。

 フィリピンでは約11,000トンの生乳を生産しており、生産量のうち67%が牛、32%が水牛、1%がヤギ由来となっている。同国の生乳換算による自給率は1%未満となっており、消費量のほぼ全量が輸入品および輸入品を原料とした加工品となっている。また気象条件などが障害となって、自国における後継牛の確保が進んでおらず、国内の牛群の規模も小さいことから、わずかな頭数の増減が大きな変化率として表れる。

 タイの乳牛飼養頭数は、3年連続の増となっているが、これは国内における牛乳消費量に大きな比重を占める学乳供給が拡大しており、2001年から学校乳供給用牛乳に国産生乳の100%使用が義務付けられたことなどに伴う増頭とみられる。

 インドネシアは乳牛飼養頭数がタイに次いで多いものの、そのほとんどは大消費地に隣接するジャワ島の冷涼な気候の山岳地域で飼養されているが、同国では遺伝的能力の高い繁殖牛の慢性的不足に加え、平均飼養頭数約3頭と零細な経営が多くを占めており、技術指導の不徹底など多くの問題を抱えており、ここ数年は横ばい傾向で推移している。

 マレーシアは政府統計の整理上、ボルネオ島のサバ・サラワク2州については乳用牛というカテゴリーで頭数を公表していないため生乳生産量から全体飼養頭数を推計した。マレーシアの乳用牛飼養場所は半島部が大半を占めており、大消費地であるシンガポールに隣接するジョホール州が全体の約2割を占め、最大である。

 表には示していないが、ミャンマーは主に北部マンダレーなどで交雑種を中心に乳用牛を飼養し、政府発表に従えば76万2千トン(2001年度)の生乳を生産しているがこれはアセアン諸国中最大であり、ここ数年はやや増加傾向で推移しているとされている。同国では冷蔵施設の不備などから生乳としての流通は極めて限定的である。

 ベトナムは2002年、南部ホーチミン周辺のメコンデルタ地域を中心に乳用牛全体で5万6千頭を飼養し、7万8千トンの生乳を生産している。同国では2001年から豪州やオランダから乳用牛の雌子牛を導入すると同時にホルスタイン種などの精液を用いて在来種に人工授精を行いF1作成を活発化するなど、酪農振興に取り組んでおり、2001〜2002年の年間増頭率は40%を超えている。

(2)牛乳・乳製品の需給動向

 生乳換算で見た場合、各国とも牛乳・乳製品の輸入量は、国内生産量の約1.6〜160倍に達している。東南アジアにおける輸入乳製品の中心となるのは粉乳であり、そのまま小分けして販売されるほか、LL牛乳や缶入り加糖れん乳なども、全粉乳や脱脂粉乳から還元製造されるものが多い。

 マレーシアは、生乳生産量で国内の83%を占める半島部で、近年急速に乳製品消費が増加しており、1人当たりの消費量としては東南アジア最大となっている。一方、ボルネオ島の2州における生産はサバ州で約5千トン、サラワク州の実績は160トン程度と極少である。同国半島部では国内生産量の約8.6倍を輸出しているが、ほとんどが調製品および加工食品に含まれる乳成分である。なお輸出入統計の数字には半島部とボルネオ島部とのやりとりが含まれている。

 タイでは、近年、飲用乳製品の消費が伸びている一方、牛乳・乳製品の輸出量が国内生産量と輸入量をはるかに上回っている。この理由として、豪州など海外から粉乳を輸入し、再加工あるいはリパックする加工工場が国内で急激に増加していることが挙げられ、国内消費量や国民1人当たりの消費量が不明確となっている。また、乳製品の消費をみるとフィリピンは粉乳、マレーシア、ベトナム、ミャンマーは加糖れん乳が中心となり、ラオス、カンボジアは依然としてほとんど乳製品を消費していない。

(2)肉牛・牛肉産業

 アセアン諸国では、従来から、主に役畜として供されてきた水牛も重要なタンパク質供給源となっているため、牛肉の生産および消費の中に水牛肉を含めている。

(1)肉牛の生産動向

 牛の飼養頭数(肉牛と水牛の合計)は、アセアン諸国の中ではインドネシアが最も多く、アセアン先進4カ国の中で突出している。

 同国の飼養頭数は、98年以降減少し続けていたが、2002年は前年比2%増の1,059万頭となっている。同国政府は2005年を目標とした「牛肉自給達成計画」によって頭数の減少に歯止めをかけ、牛肉需要の90〜95%程度を国産牛肉で賄うことを目指しているが、現段階での実効性という点では疑問が多い。タイの牛飼養頭数は、95年以降、大幅に減少を続けていたが、2000年からは微増傾向に転じており、2002年は前年を3%上回る752万6千頭となった。工業化の進展に伴い農業の機械化が進む同国では、従来役畜として供されてきた水牛飼養頭数の減少が、他のアセアン諸国と較べて顕著であった。しかし、政府が同国東北部を中心として、水牛を含む肉牛飼養を奨励したことなどから、2000年以降は170万頭前後で推移している。

 フィリピンは、低所得層をその主な対象として就労機会、収入の確保を目的に中期農業開発計画などの畜産活性化策を講じており、肉用牛、水牛頭数ともに堅調に増加傾向で推移している。

(2)牛肉の需給動向

 他の地域に比べ牛肉の需要が従来それほど多くなかった アセアン諸国では、各国の1人当たりの牛肉消費量はあまり大きな隔たりがなかった。しかし、近年はマレーシア、フィリピンで需要が高まる一方、インドネシア、タイでは低水準のまま推移するといった、二極分化がみられる。インドネシアの牛肉生産量は、2000年以降、38万トン前後で推移しており、輸入量も前年の1万7千トンから1万2千トンに減少した。タイの牛肉生産量は、2000年まで減少し続けたが、2001年には3万トン程度の増産に転じた後、2002年には再び2万トン程度の減産となっており、1人1年当たりの消費量も2キログラム前後で推移している。半島部での1人当たりの牛肉消費量が多いマレーシアは、半島部を中心に生産量が増加しつつあるものの、消費量の多くを輸入に頼っている。また、フィリピンの1人1年当たりの消費量は前年と同じく4.3キログラムを維持しており、需給は安定している。

 自給率については、国内消費が比較的少ないタイがほぼ100%となっていくが、インドネシアとフィリピンは、国内における肥育素牛の生産コストが高いことから、肥育部門は豪州からの生体牛の輸入依存度が高い。一方、国内に飼料基盤が不足しているマレーシアは、生体ではなく牛肉の輸入が中心となっているため、自給率は17%にとどまっている。

(3)養豚・豚肉産業

 アセアン諸国では、インドネシアをはじめ宗教上の理由から豚肉を消費しないイスラム教徒の人口が多い。このため、国によって食肉における豚肉の重要度には大きな格差があり、国の政策上の位置付けもさまざまである。しかし、宗教的禁忌のある国においても、中国系住民などの豚肉需要をまったく無視することはできず、種々の規制は設けながらも養豚を許容している。

図1 豚の飼養頭数の推移

 

(1)豚の生産動向

 東南アジアで最も飼養頭数が多いのはベトナムであり、2002年の飼養頭数は約2,321万頭となっている。同国の養豚の大部分は小規模農家による在来種、もしくは在来種をベースにした交雑種を用いたもので、政府系または民間の経営による外来種の三元交配種を使った数千頭規模の大規模養豚はわずかである。

 ベトナムに次いで飼養頭数が多いフィリピンは、宗教的制約が少ないため、94年以降、飼養頭数は順調に増加しており、2002年は前年比5.3%増の約1,165万頭となっている。97年にはフィリピンの飼養頭数を上回たタイは、将来的にはブロイラーに次ぐ輸出産業として養豚振興を推進してきたものの、政策意図とは逆に、98年から2年連続で飼養頭数が減少した。その後、2000年と2001年には増加に転じたものの、2002年には前年比15%減と約700万頭にまで減少している。インドネシアの飼養頭数も97年以降は減少し続けた。しかし、98年後半にマレーシアの半島部諸州で豚のウイルス性脳炎が発生したため、シンガポールが同国からの生体豚と豚肉の輸入を全面的に禁止し、輸入先をインドネシアのリアウ州に切り替えたことなどから、2001年の飼養頭数は前年比1.4%減のわずかな減少にとどまっていたが、2002年には前年比3%増となった。

 ウイルス性脳炎の影響による大量と畜や廃業などにより養豚産業の既存体質の改善が要求されているマレーシアは、98年から99年にかけて半島部での飼養頭数がそれまでの240万頭台から4割以上減少したものの、99年以降徐々に回復し、2001年の半島部の飼養頭数は143万頭となっている。同国は中国系住民の割合が3割程度となっているものの、ネグリセンビラン州やセランゴール州など将来的な養豚の廃止や縮小を打ち出した地域もあるため、養豚産業を取り巻く環境は今後劇的に変化するものとみられる。

(2)豚肉の需給動向

 2002年のフィリピンの豚肉生産量は、前年比5.3%増の133万2千トンとやや増加した。タイは、飼養頭数の減少にともない生産量も11%減の34万6千トンへと大きく減少している。2001年に飼養頭数が増加したマレーシアの生産量は、前年比10%増の17万7千トン(ボルネオ島部含む)と増加している。豚の飼養頭数が増加したインドネシアは、シンガポールへの生体輸出が99年以降増加しており、シンガポール側の貿易統計上、豚の生体豚輸入は、マレーシアからのものが99年まで入っていたことしか確認出来ないが、現実にはインドネシアから、毎日2千頭程度の生体豚が輸入されてインドネシア側の統計による2002年のシンガポールの生体豚輸入量は対前年9%減の2万5千トン(体重換算)となっている。

 フィリピンの豚肉消費量は、前年比5.4%増の135万8千トンとなっているが、1人当たり消費量は同3.7%増と全体の消費の伸びを下回っており、消費の増加には人口の増加による自然増の貢献が大きい。タイの消費量は、前年比11%の大幅な減少となっており、1人1年当たりの消費量もほぼ同程度の大幅な減少となっている。タイの豚肉消費量がこのように大幅に増加したのは、通貨危機によって落ち込んでいた経済が、いわゆるV字型回復を遂げた後の反動であるとみられる。一方、イスラム教徒が人口に占める割合が高いインドネシアは、16万1千トンとほぼ前年並み、マレーシアの消費量は15万5千トン(半島部のみ)と対前年12%増で推移している。

 アセアン諸国における豚肉の消費動向は宗教の影響を強く受けており、2002年の1人当たり豚肉消費量は、イスラム教徒が人口の大半を占めるインドネシアでは0.5キログラムであるのに対し、宗教的制約の少ないフィリピンでは16.9キログラム、同様にタイで5.3キログラムとなっている。

 一方、イスラム教を国教と位置付けているものの、伝統的に豚肉食を好む中国系住民(非イスラム)が3割程度存在するマレーシア半島部では8.1キログラムとなってタイを上回っており、同国の養豚が国として無視し得ない状況にあることをうかがわせている。

図2 豚肉の生産量の推移

(4)鶏肉・鶏卵産業

(1)鶏の生産動向

 タイは、2001年の飼養羽数の細目を発表していないが、2000年との比較で見ると鶏卵は恒常的な供給過剰のため採卵鶏の増羽はあまり見られず、2年間で3%の生産量の増加にとどまっている。鶏肉は2002年3月のEUによる使用禁止薬剤の検出を理由とした禁輸措置などが影響して生産量の増加は同じく2年間で3%となっている。ただし、その後の好調な輸出と輸出仕向けの設備投資、これに伴う増羽により2002年のブロイラーの飼養羽数は2000年に比べ倍増している。

 インドネシアのブロイラー飼養羽数は、前年比39%増の約8億7千万羽となっており、アセアン諸国最多の飼養羽数となっており、これに在来鶏を加えると11億4千万羽程度に達する。同国では安価なタンパク源として鶏卵・鶏肉が重要であり、経済状況の回復に伴って肉用鶏の飼養羽数はますます増加する傾向にある。

 マレーシアのブロイラー飼養羽数も前年比約27%の増加となっているが、同国のブロイラーはタイなどの周辺国に比べて生産コストが高く、コスト削減と品質向上が急務とされている。同国のブロイラー飼養羽数は半島部で8割、ボルネオ島のサラワク州で残りの2割程度、同島のサバ州では僅かな飼養となっている。

 フィリピンは、採卵鶏はブロイラーとともに前年比10%あまりの増加となっている。2000年以降の米国産鶏肉の大量流入は落ちつきをみせたものの、依然として需給安定制度が整備されていないことから、価格変動に対する的確な対応が困難であることや輸入飼料への依存によるコスト高などの問題を抱えている。

図3 ブロイラーの飼養羽数の推移

(2)鶏肉の需給動向

 ブロイラー肉の生産量は、各国の統計で見る限り、輸出を牽引車とした生産拡大が進んできたタイが最も多い。しかし、生産動向で述べたように、インドネシアにはタイの6倍の羽数が飼養されているにもかかわらず、ブロイラー肉の生産量はタイの7割足らずという状況が発生している。これは、インドネシアに限った制度ではないが、ブロイラーをと畜場で処理した場合には少額ながら税金徴収の対象になることから、これを回避する方法としてと畜場以外で処理したり、生きたまま販売するケースが多数を占めるため、統計で補足できない生産量が相当量に上るためであると考えられる。したがって、と畜場以外での処理が簡単に行える鶏肉については、インテグレーターの市場占有度が高いタイを除き、統計上から需給動向を正確に把握することは困難である。

 鶏肉消費に関しては宗教上の制約が少なく、庭先での飼養による環境保全的機能をも果たすため、東南アジアでは最も身近で重要な食肉となっている。タイは国内生産量の約3割を日本やEUを中心に輸出しており、2002年初めのEUによる禁輸措置をきっかけに残留薬剤などの食品安全性に関してセンシティブになりつつある。マレーシアもEUの輸出認証を受けた食鳥処理場を有しているが、国内産鶏肉の処理は輸出認証が受けられないため、輸出はほとんどがシンガポールへの生体鶏となっている。マレーシアからシンガポールへの生体鶏の輸出羽数は過去6年間、4千400万〜4千900万羽で安定的に推移している。インドネシアとフィリピンは、在来鶏の飼養羽数が多く、価格はブロイラーより高いものの、一般には在来鶏肉の方が好まれる傾向があり、需給動向を詳細に統計的に捉えることが困難である。

図4 ブロイラー肉の生産量の推移

 

(3)鶏卵の需給動向

 東南アジア各国には鶏卵を粉卵や液卵に加工する施設がほとんどないため、市場動向に応じて価格が乱高下しやすい傾向がある。また、価格の変動に伴って生産量を調整する需給安定システムがうまく機能していないため、頻繁に供給過剰の問題を抱えることとなる。1人1年当たりの鶏卵消費量はマレーシア半島部が15.2キログラムとなっているほかは、タイが7.6キログラム、フィリピンが3.2キログラム、インドネシアが2.3キログラムとなっており、依然として低い水準にあるため、各国は供給過剰対策として消費拡大キャンペーンに力を入れている。東南アジアではタイの他、シンガポール向けに輸出しているマレーシアを除き、輸出入の実績はほとんど無い。なお、シンガポールでは85年から島の西部農業団地を造成して積極的に外資を導入しつつ鶏卵の生産が行われており、国内消費量の約1/3に相当する1日当たり約百万個を生産している。残りの需要を満たす年間約4万2千トンはそのほとんどがマレーシアから輸入されている。



EUのタイ産鶏肉輸入禁止措置への対応を決定(タイ)

 タイ農業協同組合省畜産開発局は2002年3月20日、欧州向けに輸出されたタイ産鶏肉から、欧州での使用が禁止されている抗菌剤ニトロフランが検出され、EU委員会がタイ産鶏肉・鶏肉調製品の輸入を禁止したとの発表を行った。同国の鶏肉・鶏肉調製品にとって、EUは日本に次ぐ輸出相手先であり、同国のブロイラー産業にとって大きな打撃となった。この時、EU委員会は同時に、タイ、ベトナム、ミャンマー産のエビについても禁止薬剤に関する輸入品の全量検査を実施した。ニトロフランは発ガンとの関係が疑われていることから、ほとんどの国が飼料への添加を禁止しており、タイでも飼料への添加は禁止されている。しかし、タイ食品・医薬品局(FDA)は、安価な抗菌性物質製剤としての公衆衛生上の価値が高いとして、同剤の輸入・販売を承認してきた。ニトロフランは経口投与されるとタンパク質と結合するため検出が難しくなるが、数年前に結合体のニトロフランを検出する方法が開発されたため、現在では検出に支障がなくなっている。

 畜産開発局は、タイ産畜産物が国際規格を満たすよう、ニトロフランを中心とする禁止薬剤の監視を続けており、97年から2000年までニトロフランの検出事例は皆無だった。この結果を受けて政府は、2001年から輸出前検査を一時停止する旨をEU委員会に通知した。その後、EUでの事例は、2002年3月、マレーシア政府が同国産鶏肉に数パーセントの割合でニトロフランをはじめとする禁止薬剤が検出されたことを公表したのを受け、タイ政府も4月から輸出品の検査を再開する決定を行った矢先の出来事であった。このEU委員会の決定を受け、タイ政府は財務大臣を長とし、財務、公衆衛生、農業協同組合各省関係者による緊急対策会議を招集し、タイ側の対応を協議した。農協省側がニトロフランなど禁止薬剤の飼料からの排除を確実にするために、輸入・販売禁止措置を講ずることを主張したのに対し、FDAは従来からの主張を繰り返した。

 タイの鶏肉・鶏肉調製品のEU向け輸出額は3億6千万ドルとタイの食料品輸出総額である70億ドルの5%にすぎないものの、この問題を放置すれば同国の食料品輸出全体に対する信頼性を損なう危険性があるとして、ニトロフランの輸入・販売禁止措置を講ずると共に、現在、輸送途中にある鶏肉・鶏肉調製品をタイに返送し、再検査を行うことが決定された。この返送に伴う輸出業者の損失は、1コンテナ当たり少なくとも20万バーツ程度とされた。

 タイ政府は、この会議の結果を踏まえ、3月25日に財務省と農協省担当者をEU委員会に派遣し、今後1カ月間、EUが輸入するタイ産鶏肉・鶏肉調製品は全量検査の対象とし、この間に新たにニトロフランが検出されなければ、従来のサンプル検査に戻すことで合意した。一方、国内では、畜産開発局が全てのブロイラー生産者を緊急招集し、禁止薬剤の不正使用防止を確認すると共に、今後、輸出に必要な衛生証明書の発給および発給に必要な検査を局長直属の特別タスクフォースが行うことを通知した。

 タイのブロイラー産業は、「EUにも輸出可能な安全性」をセールスポイントにして中国産などとの差別化を強調していただけに、この事件が鶏肉産業に及ぼした影響は大きい。

 

豪州産乳製品に関する貿易問題(フィリピン)

 フィリピン農務省のオルドネツ次官補は、2002年4月6日に行われた記者会見の席上、豪州のフィリピン産熱帯果実に対する輸入制限措置に対抗するため、政府として豪州産乳製品の輸入停止を検討していることを表明した。豪州は、ガット・ウルグアイラウンド農業協定に付随して制定された衛生植物検疫措置の適用に関する協定(いわゆるSPS協定)に基づき、植物検疫上の観点からフィリピン産熱帯果実の輸入を制限してきている。これに対して、バナナなどの熱帯果実を主要輸出産品とするフィリピン側は豪州からの肉用生体牛の輸入を禁止するなど、長期間にわたって両国の係争が続いてきた。生体牛をめぐっては、2001年、フィリピン国内の牛肉需給上の理由から輸入が再開されており、両国間の係争も解決したかにみえていたが、ここでは依然としてくすぶっていたフィリピン側の不満が爆発した形となった。豪州の動・植物検疫は、世界的にも最も厳しいものであることはよく知られているが、これは同国固有の野生動植物の保護を目的として、SPS協定の「科学的に正当な理由がある場合などにおいては、加盟国は国際的な基準よりも高いレベルの保護水準をもたらす検疫措置を採用かつ維持することが出来る」という規定に基づくものである。フィリピン政府は、豪州がSPS協定を盾にフィリピン産バナナやパインの輸入を否定していることに不満を募らせ、その当時、アロヨ大統領が農産物貿易自由化推進をかかげ、豪州などが主導するケアンズ・グループからの脱退を指示する旨を表明していた。

 フィリピン酪農庁(NDA)によれば、2001年の乳製品輸入相手国は、豪州(39%)、ニュージーランド(NZ)(32%)、アメリカ(9%)、オランダ(4%)で総輸入量の84%を占めており、輸入総額は約212億ペソと前年を19.3%上回っている。乳製品の輸入・加工大手としては、ネスレ・フィリピン社、NZMP社、アラスカ・ミルク社、ブリストル・マイヤーズ・スクイブ社があるが、このうち加工原材料の大半を豪州に依存しているアラスカ・ミルク社は、価格・品質共にNZ産による代替が十分可能であるとの冷静な対応を示している。

 政府は、従来から、年々増加傾向にある乳製品の輸入に頭を痛めており、NDAを中心として、生乳の国内自給率向上を目指しているが、財源不足などにより思うような進展が見られていない。

またその後、新たに豪州産乳製品の輸入規制に踏み切ろうとする動きが具体化した。農務省の2002年11月発表によると、同国の大手乳業企業であるネスレ・フィリピン社およびアラスカ・ミルク社は、乳製品原料の大部分を豪州に依存する戦略を改め、輸入先を多角化して行く方針を固めたとされた。

 これは、政府および乳業企業2社のトップとの間で非公式に行われた会談で合意が図られたものとされ、同国の乳製品市場の99%を占める両者の同意を得ることにより、実質的な豪州産乳製品の輸入規制となるとされた。

 なお、NDAは乳製品原料のほとんどを輸入に依存する状況を打開するため、生乳の自給率を2007年までに5%へ引き上げる必要性を提言した。これに伴い、各乳業企業はNDAに対して、将来的には国産生乳の使用割合を拡大していくことに同意したとされた。

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