1. 一般経済の概況
2 0 0 1年末から2 0 0 2年初めにかけての深刻な経済危機の後、状況は好転の兆しを見せ、2 0 0 3年初頭より回復し始めた。同年5月、キルチネル新政権が発足し、新政府は8月、国際通貨基金(I M F)との交渉を再開し各年ごとの目標値を設定した経済3カ年計画を提示することによって、I M Fおよび国際金融機関との公的債務再融資協定の合意に至った。他方、国内に対しては、消費刺激策として給与および年金支給額を引き上げる一連の措置を実施した。為替はペソ強含みで中央銀行の介入(ドル買い)の結果、1ドル2 . 8 5〜2 . 9 5ペソで安定的に推移した。実体経済は緩やかな回復傾向となり、失業率(主要都市部) は前年から下がり1 5 . 6%となった。こうした状況の中で、2 0 0 3年の実質国内総生産(G D P)成長率は5年ぶりに8.8%とプラスに転じた。また、為替が安定的に推移したこと、公共料金の値上げが凍結されたことなどから、消費者物価上昇率は前年の4 1 . 0%から大幅に低下し、3 . 7%となった。
2 0 0 3年の貿易収支は、大豆や石油関連品の輸出増などにより、1 5 7億3千万ドルの大幅な黒字となった。
2. 農・畜産業の概況
アルゼンチンは、日本の国土の約7 . 5倍に当たる2億7 , 8 0 0万ヘクタールを有し、ブエノスアイレス州を中心とするパンパ地域は、平たんかつ肥よくな土地条件に加え、気候も温暖で降雨に恵まれ、穀物と牧畜の大生産地となっている。アルゼンチンの農業は実質国内総生産(G D P) の6 . 0%と、国内産業に占める比率は大きくないが、農産物輸出額は全輸出額の約5割強を占め、農業は外貨獲得上、極めて重要な地位にある。
2 0 0 3年の農林水産品(1次産品)およびその加工品の輸出額(F O B)は、前年比2 2 . 7%増の約1 6 4 . 5億ドルとなった。その内訳は、穀物類が約2 3億ドル( 8 . 5%増)、油糧種子などが約2 0億ドル(5 4 . 7%増)、食肉が7 . 4億ドル(2 7 . 6%増)、酪農品が2.7億ドル(10.3%減)などとなった。
8 8年以来1 4年ぶりに実施された2 0 0 2年の農業センサスによると、全国の農畜産業経営体は、8 8年比で2 0 . 8%減の3 3万4千戸、農畜産業経営体所有土地面積は同年比2 . 9%減の1億7千5百万ヘクタールとなった。
3. 畜産の動向
アルゼンチンの生乳生産量は、施設の近代化や加工処理能力の拡大などを背景に、9 2年以降一貫して前年を上回って推移し、9 9年には1 , 0 3 3 万キロリットルに達した。しかし、生乳生産の増加が続いて供給過剰となったため、9 9年には生乳価格が急落し、これに伴う収益性の悪化から酪農家が相次いで廃業するケースが増加した。2 0 0 0年には前年比5 . 0%減と減少に転じて以降4 年連続の減少となり、2 0 0 3年には同6 . 8%減となった。
アルゼンチン農牧水産食糧庁(S A G P y A)による推計では、2 0 0 2年の乳牛の飼養頭数は2 0 5万頭で、前年に比べ9 . 6%減少している。また、酪農経営体は、前年に比べ1 2 . 2%減の1 3 , 0 0 0となる一方、1経営体当たりの乳牛飼養頭数は、前年に比べ3 . 9%増の1 5 8頭となり、規模拡大が進んでいることがうかがえる。なお、乳牛1頭当たりの乳量は、前年に比べ5 . 1%減の3 , 9 6 5リットルとなっている。
2 0 0 3年の生乳生産量は、前年比6 . 8%減の7 9 5 万1千キロリットルと4年連続の減少となった。この要因としては、主要酪農地帯であるサンタフェ州を中心とした水害やコルドバ州南部やブエノスアイレス州西部の干ばつなどが挙げられている。
2 0 0 3年の牛乳・乳製品の消費量(生乳換算ベース)は、6 7 0万5千キロリットルと生乳生産量の8 4 . 3%を占め、1人1年当たりの消費量は174.6リットルとなった。
また、牛乳・乳製品の輸出量は、前年比2 4 . 4%減の1 2 8万6千キロリットルと減少した。S A G P y Aでは、この要因として、国内生産量の減少により生乳価格が上昇し、乳製品の卸売価格に大きく影響したことを挙げている。
輸出先としては、農畜産品衛生事業団の統計によると1 9 9 3年から2 0 0 0 年にはメルコスル諸国が全輸出量の8割を占めていたが、2 0 0 1、2 0 0 2年は4割に低下、2 0 0 3年は2割とさらにその割合は低下した。このうちブラジルが9割を占めている。また、2 0 0 3年はブラジル、アルジェリア、メキシコ、チリの順で全体の6割を占めた。品目別にみると、粉乳およびチーズが全輸出量の87%を占めた。
一方、輸入については、ここ数年、国内消費量のわずか数パーセントを占めるに過ぎず、2 0 0 3年は9万3千キロリットルとなった。輸入先は、ウルグアイが全輸入量の8割を占め、その他オランダ、ブラジル、米国などとなっている。
2 0 0 3年の生乳価格(乳業メーカーによる生乳1リットル当たりの生産者支払い価格)は、水害や厳冬による生産の減少と粉乳を中心とした牛乳・乳製品輸出が好調だったことから、前年の0.27ペソから70.4%上昇し、0.46ペソとなった。また、牛乳(低温殺菌乳)の卸売価格は前年比18.9%高の0.88ペソとなった。
アルゼンチンは、世界の牛肉生産量の約5〜 6%を占めている。同国の肉牛生産は、肥よくなパンパ地域を中心に、アンガス、ヘレフォードを中心としたヨーロッパ品種およびその交雑種を主体とした牧草による放牧肥育が一般的である。同国は、1人1年当たりの牛肉消費量が6 0キログラムを超える大消費国であるとともに、2003年は国内生産量の約14%を輸出している。
アルゼンチンの牛飼養頭数は9 4年以降減少傾向で推移している。9 4年に5 , 3 1 6万頭に達した牛飼養頭数(乳牛を含む)は、2 0 0 2年には4 , 8 0 6万頭となった。減少要因として、9 5年、9 6年の2 度の大きな干ばつと、9 8年のエルニーニョ現象による洪水の被害に加え、9 6年の穀物価格の高騰により肉牛生産から穀物生産への転換が増加したこと、国内経済の低迷などが挙げられる。2 0 0 2年の州別牛飼養頭数を見ると、パンパ地域に属するブエノスアイレス州(3 4%)、コルドバ州(1 3%)、サンタフェ州(1 3%)の3州で、全体の約6割を占める。
ア 生産動向
2 0 0 3年のと畜頭数は、前年比8 . 8%増の1 , 2 5 1万頭、生産量は6 . 6%増の2 6 5万8千トンとなった。このうち、去勢牛の全体に占めると畜頭数割合は3 0 . 7%となった一方、雌牛(経産牛、未経産牛および子牛の計)は4 4 . 3%となり、2 0 0 1年の4 2 . 1%、2 0 0 2年の4 3 . 1%と増加傾向で推移している。これは、2 0 0 2年の経済危機や同年後半の干ばつによる飼料不足などの影響により雌牛をと畜する傾向が強まったことが要因である。なお、去勢牛の平均枝肉重量は2 7 9キログラムとなった。
イ 輸出入動向
2 0 0 3年の牛肉輸出量(枝肉ベース)は、前年比1 2 . 0%増の3 9万3千トンとなった。これは、生鮮肉(E U向けヒルトン枠を除く)および内臓の輸出が好調だったことによる。内訳を見ると、生鮮肉(製品ベース)は前年比4 4 . 2%増の1 5万5千トン、内臓肉は同2 8 . 8%増の7万2千トンであった。また、国別では、生鮮肉についてはロシアが全体の15.4%、アルジェリアが同14.0%、チリが同1 2 . 7%、イスラエルが同1 1 . 3%となっている。また、E U向けヒルトン枠(一定基準を満たす高級生鮮牛肉に関する関税割当制度)についてはドイツが全体の6割を、加工肉は米国が全体の5割を占めた。
輸入量は、生鮮肉(冷凍・冷凍)が7.8千トン、加工肉143トン、内臓46トンとなった。相手先は、生鮮肉および加工肉がウルグアイ、内臓はブラジルとなっている。
リニエルス家畜市場における2 0 0 3年の肥育牛(去勢牛)価格は、前年比2 5 . 1%高の1キログラム当たり1 . 9 0ペソとなった。また、小売価格(6部位:骨付きバラ、サーロイン、らんいち、カタ、うちもも、ひき肉の平均)は、同2 4 . 0% 高のキログラム当たり6.1ペソとなった。
アルゼンチンは、世界のトウモロコシ生産の2〜3%を占めるにすぎないが、世界の貿易量の1〜2割を占め、米国、中国に次ぐ世界有数のトウモロコシ輸出国である。
2 0 0 2/0 3年度のトウモロコシの作付面積は、前年度比0 . 7%増の3 0 8万ヘクタールとなり、生産量は同2 . 3%増の1 , 5 0 5万トンとなった。一方、同年度の大豆作付面積は、過去最高となった前年をさらに8 . 3%上回る1 , 2 6 1万ヘクタールとなった。この背景には、@作付けに当たり競合関係にある他の作物に比べ大豆のコスト低減効果が大きいこと、A大豆の国際市況が高いこと、B 大豆の作付けは例年1 0月半ばから始まるが、一部地域の雨量不足による影響でトウモロコシから大豆への作付けシフトが進んだことなどがある。こうした作付面積の増加などにより、大豆の生産量は同1 6 . 1%増の3 , 4 8 2万トンとなった。また、小麦は同1 9 . 6%減の1 , 2 3 0万トン、ソルガムは同5.7%減の269万トンとなった。
2 0 0 3年の主要穀物輸出量は、トウモロコシが前年比2 5 . 2%増の1 , 1 6 5万トン、大豆が同4 3 . 4% 増の8 8 5万トン、小麦が同3 2 . 0 %減の6 0 4万トン、ソルガムが同8 4 . 2%増の5 8万トンとなった。国別輸出量のシェアを見ると、トウモロコシはエジプト向け(1 0 . 8%)、スペイン向け(8 . 6%)、サウジアラビア向け(8 . 5%)、大豆は中国が最大の輸出先で全体の6 7 . 0%を占める。また、小麦はブラジル向けが8 8 . 0%、ソルガムは日本が最大で全体の56.6%を占める。
2 0 0 3年の主要穀物の生産者販売価格は、トウモロコシが前年比6 4 . 9%高のトン当たり3 9 5 . 4 8ペソ、大豆は同1 0 . 8%高のトン当たり5 2 1 . 1 3ペソ、小麦は同1 . 0%高のトン当たり3 3 7 . 2 2ペソ、ソルガムは同7 . 6%安のトン当たり1 8 2 . 0 8ペソとなった。
アルゼンチン、輸出向けに牛個体識別制度を制定
輸出向け牛飼養農場は個体登録が必須
アルゼンチン農畜産品衛生事業団は、輸出向け肉牛を個体ごとに管理するための決議第1 5/2 0 0 3号(2 0 0 3年2月5日付け)を2 0 0 3年2月1 2日の官報で公示した(以下に記述される「決議」はすべてS E N A S Aのもの)。同決議では、決議第4 9 6/2 0 0 1号および決議第2/2 0 0 3号により規定されている「輸出向け牛飼育農場登録制度」に登録しているすべての農場に対して、「『輸出向けと畜用牛の個体識別システム』が強制的に適用される」と第1条で規定された。
将来に向けた牛肉輸出促進も視野に
アルゼンチンでは、決議第1 7 8/2 0 0 1号および決議第1 1 5/2 0 0 2号などに基づき、群単位(ロット)で牛肉の追跡調査が可能となるシステムを採用して、E U向けに輸出が可能となっていた。しかし、個体識別制度を導入するに当たって、@より確実なトレーサビリティシステムにより輸出市場向け家畜の身元証明を強化し、市場の要求に対応する必要があること、AE Uと同様の輸入条件を求める市場に対して、将来的に輸出機会などを増やす上で必要になることを理由に挙げている。
具体的な手法としては、重複しないコード番号が記された耳標が左耳に装着されることになるが、マイクロチップの使用などは規定されておらず、「永続的に判読が可能なもの」とだけ規定されてた。耳標の装着対象牛は以下のとおりであり、本決議が有効となる日(公示から9 0日)から1 8 0 日以降、すべての輸出向け牛に装着されることになった。
- 輸出向け牛飼育農場登録制度に登録されている農場に導入される牛で、本決議が定める耳標によって識別されていない牛。
- 本決議が有効となる日以降に誕生した離乳後の牛。
- 本決議が有効となる日から1 8 0日の間に識別されず、かつ出荷されずに飼養されて農場に残っている牛。
当初の予定より遅れて実施
以上から本決議は2 0 0 3年5月1 3日から施行される予定であったが、S E N A S Aは実際の運用に当たって、
- 輸出向け牛飼育農場において肥育が開始される牛については、2 0 0 3年7月1日から耳標装着義務化開始
- 旧システム(ロットによる管理のこと)と新システム(個体識別)は、2 0 0 3年8月1 5日まで併存可能
- E U向けにと畜される牛は2 0 0 3年8月1 5日以降に耳標装着が義務化
- 輸出向け牛飼育農場において輸出用として飼養される牛は2004年1月1日までに耳標装着
- 輸出向け牛飼育農場において飼養されるすべての牛は(@〜Cを除く)2 0 0 4年6月3 0日までに耳標装着
−と、当初の予定よりかなり遅れて実施されることになった。実施時期の変更理由について公式な発表はないが関係者の話によると、耳標の製造が間に合わず対象となるすべての農場において準備が整わなかったためと言われている。
なお、その後決議第3 9 1/2 0 0 3号(2 0 0 3年8月8日付け)で、輸出向け牛飼養農場に導入する肥育素牛は、2 0 0 4年3月3 1日から輸出向け牛繁殖農場として登録された農場からのみ導入しなければならないことが決定され、また2 0 0 5年3月3 1日からはその輸出向け牛繁殖農場に飼養されているすべての牛に、離乳時までに耳標が装着されなければならないこととなった。