海外編

 V 南米【ブラジル】 




1. 一般経済の概況
 
 2003年の上半期は政権交代の過渡期の中で低調な経済活動となったが、2003年下半期に景気は回復基調に移行し、2004年も景気拡大が続いた。政府の財政政策目標の達成や物価の安定を図る厳しい金融政策は続けられたが、海外需要の増加を背景に農産物や工業製品の生産拡大、海外との取引の拡大は経済環境を活気あるものとし、設備投資の拡大、雇用の増加、過去最大の貿易黒字など高い経済成長となった。
表1 主要経済指標

 ブラジル地理統計院(IBGE)が公表した2004年の国内総生産(GDP)の成長率は前年の0.5%から4.9%となり、94年に記録した5.9%に次ぐものとなった。部門別では、長期の低迷を脱却した工業部門の6.2%が最も高く、農業部門の5.2%とともに全体の成長を支えた。また、全国6大都市を対象として調査した失業率は青年人口の増加にかかわらず前年の12.3%から11.5%へ減少している。また、消費者物価上昇率は2002年に達した12.5%をピークに減少しており、2004年も一桁台の7.6%となった。



2. 農・畜産業の概況
 
 ブラジルの国内総生産(GDP)に占める農業部門(農畜産林業および水産業)の比率は10%と、サービス部門(GDPに占める割合:50%以上)や工業部門(同:約3分の1)と比較すると低いが、近年の海外需要に伴う輸出の増加を背景に産業部門の中では最も高い成長を続け、国内の食料、飼料の供給のほか、外貨獲得源として国内経済に重要な役割を果たしている。

 2004年における農産物25品目(畜産物5品目を含む。)の農業粗生産額は、穀物の価格上昇により前年を15.9%上回る1,966億レアルとなった。

表2 農場面積と農場数の推移
 また、2004年の農業部門の輸出額は前年比27.3%増の390億ドルと史上最高を記録し、全輸出額の約40%を占めた。輸出品目の中には、牛肉、鶏肉、コーヒー、砂糖、大豆、濃縮オレンジジュースなど輸出量世界1位、または2位に位置する農産物が含まれている。



3. 畜産の動向
(1)肉牛・牛肉産業

 ブラジルの肉牛生産は約1億8千万ヘクタールの広大な草地を利用した放牧肥育が中心で、耐暑性に優れたインド原産のゼブーに属するネローレ種を主体に飼養されている。牛肉生産の約8割が国内消費向けである。

 2004年は、ロシアが米国、EUなどBSE発生国からの牛肉輸入を制限したことや、干ばつの被害によりオーストラリアの牛肉輸出が減少したことなど、世界の牛肉市場が供給不足に直面した中で、牧草肥育されるブラジル産牛肉の需要が増加したことから、これを反映した肉牛生産の増加が見られた。

 なお、2004年にはブラジル北部で2度の口蹄疫発生があったものの、ワクチン接種清浄地域より離れていたため、ブラジル産牛肉に対する厳しい輸出制限が設けられなかったことから、順調な輸出が続いた。


@牛の飼養動向
 2004年の牛飼養頭数(水牛、乳牛を含む)は、2億450万頭となっている。牛の飼養頭数を州別に見ると、中西部のマットグロッソ州(シェア12.7%)、マットグロッソドスル州(同12.1%)、南東部のミナスジェライス州(同10.6%)、中西部のゴイアス州(同10.0%)の順となり、これら4州で全国の牛飼養頭数の45.3%を占める。また、国際獣疫事務局(OIE)が認めた口蹄疫ワクチン接種清浄地域(14州および連邦区)の飼養頭数は1億6,875万頭で全体の82.5%となる。なお、国内的なステータスとして南部地方のサンタカタリナ州がワクチン不接種清浄地域とされている。近年、主要生産国に家畜衛生問題が発生して以来、放牧肥育が中心で衛生管理状況が比較的良好なブラジル産の牛肉の需要が高まっていることが牛飼養頭数の増加の要因とされている。

図1 牛飼養頭数(2004年)
図2 州別牛飼養頭数


A牛肉の需要動向
ア 生産動向
 2004年のと畜頭数は、前年比19.8%増の2,593万頭となった。と畜頭数の増加により、2004年の牛肉生産量(枝肉ベース)は前年比14.6%増の867万4千トンとなった。

イ 輸出入動向
 米国におけるBSE発生やオーストラリアにおける干ばつなどにより世界の牛肉供給量が減少した中、ブラジル産牛肉の需要が高まり、2004年の輸出量(枝肉重量ベース)は前年比34.9%増の169万8千トンとなり、オーストラリアを抜き世界最大の牛肉輸出国となった。また、2004年の輸出相手先は143カ国におよび、前年よりさらに39カ国増加した。
 一方、2004年の輸入量(枝肉ベース)は前年比16.7%減の5万5千トンとなった。

ウ 消費動向
 1人1年当たりの牛肉消費量は2000年以降、36キログラム台の横ばいで推移してきたが、2004年は前年比7.5%増の38.7キログラムとなった。


表3 牛肉需給の推移
図3 生鮮肉(冷蔵、冷凍)の輸出相手国(2004年)


B牛肉の価格動向
 ブラジルでは生体取引が主体であるが、生産者販売価格は、枝肉15キログラム単位で示されることが多い。2004年の生産者販売価格(サンパウロ州)は、前年比5.5%高の枝肉15キログラム当たり60.83レアルとなった。また、牛肉の卸売価格は、前年比6.0%高の枝肉1キログラム当たり4.21レアルとなった。
図4 肉牛価格の推移(サンパウロ州)



(2)養鶏・鶏肉産業

 ブラジルの鶏肉生産量は、2004年には840万9千トンと過去最高を記録し、米国、中国に次ぐ生産量を誇っている。また、2004年は生産量の28.8%の242万5千トンを輸出し、米国を抜き世界最大の鶏肉輸出国となった。


@ブロイラーのふ化羽数動向
 好調な輸出需要に支えられ、2004年のひなふ化羽数は前年比9.5%増の42億7,770万羽と過去最高となった。


Aブロイラーの需給動向
ア 生産動向
 2004年のブロイラー生産量は、輸出が大幅に増加したことなどから、前年比10.0%増の840万9千トンと過去最高を記録した。このうち3割が輸出に向けられている。

イ ブロイラーの輸出動向
 2004年の輸出量(骨付きベース)は、前年比26.1%増の242万5千トンと過去最高を記録した。形態別に見ると、丸どりが前年比22.1%増の97万5千トン、パーツが同29.0%増の145万トンとなった。2004年の増加要因としては、年頭におけるタイ、中国、米国などの主要鶏肉輸出国において鳥インフルエンザが発生したことにより同疾病の発生がなかったブラジルからの輸出が増えたほか、ベネズエラなど比較的新しい市場への輸出が増加したことなどが挙げられる。
 国別では、輸出量において1位は33万3千トンのサウジアラビアで、2位となる32万3千トンの日本とあまり差はないが、輸出額では1位は5億1千万ドルでパーツ主体の日本が、2位の丸どり主体のサウジアラビア3億2千万ドルを大きく離している。

ウ 消費動向
 1人1年当たりの消費量は、前年比2.2%増の32.7キログラムとなった。


表4 鶏肉需給の推移
図5 鶏肉の輸出相手(2004年)


Bブロイラーの価格動向
ア ブロイラー生産者販売価格
 2004年のブロイラーの生産者販売価格は、輸出量の増加などにより、前年比2.0%高のキログラム当たり1.48レアルとなった。

イ 卸売価格
 ブロイラーの丸どり卸売価格は前年を1.1%上回るキログラム当たり1.85レアルとなった。

図6 ブロイラ−価格の推移(サンパウロ州)



(3)飼料穀物

 世界のトウモロコシ生産の約5〜7%を占めるブラジルでは、養鶏、養豚などの畜産業を中心とした大消費国内市場が形成されている。また、飼料基盤の脆弱な北東部の養鶏生産者は、国産よりも割安のパラグアイ産やアルゼンチン産トウモロコシに依存している。


@主要な政策
 2004年度については、464.5億レアルが農業融資資金として投入され、また、最低価格保証制度では、2003年度、ルーラ大統領が最優先項目とする飢餓撲滅対策推進のため、基礎食料(米、フェィジョン豆など)や国内供給不足を回避するため生産の増加を必要とする作物(トウモロコシ、ソルガムなど)の最低価格を引き上げ、一方市場価格で収益が保証される作物(大豆、綿花など)の価格を低く設定したものがそのまま継続された。


A穀物の輸出動向
 2003/04年度のトウモロコシ生産量は、前年度比8.9%減の4,219万トンとなった。これは前年度のトウモロコシ生産量が増加し、市場価格の上昇が期待できなかった一方で、米国の減産予想や中国の需要増などから大豆価格が上昇していたため、大豆の作付けが増加したことや2003/04年度の第2期作の生産が天候不順により大幅に減少したことなどが要因となっている。一方、大豆は作付面積は増加したものの、生育期における天候不順から、2003/04年度の生産量は前年比4.3%減の4,979万トンとなった。


B穀物の価格動向
 2004年のトウモロコシの生産者販売価格(サンパウロ州)は、次期生産量の増加予想や国際価格の低下などを反映し、年平均で前年比6.4%安の17.51レアルとなった。

表5 トウモロコシの需給表
表6 トウモロコシ価格の推移(サンパウロ州)




ブラジルの農業政策

 ブラジルにおける農業政策は、1991年農業法に基づいて実施されている。同法は、農業生産の拡大と生産性の向上、食料供給の安定、地域格差の是正などを目的としている。ブラジル農業政策は、収穫時の価格暴落リスクの低減を目的とした最低価格保証制度を基にした農業融資と取引支援が主要施策となっている。毎年、改訂される各作物の最低保証価格は、生産者の作付意欲に影響する重要な要素となるため、作付けの方向を誘導する政策手段ともなっている。ブラジルの農業政策は作付けが始まる6月末頃に農業プランとして発表されることが通例となっている。

T.農業プラン

1.農業融資

 農務省所管の農業融資計画額と農地開発省所管の家族農業を支援するプログラムが、農業融資に充てられる。
 農業融資の対象は生産者である。連邦政府の支出は、連邦政府が定める年利に調整するために充てられ、融資の元金とはならない。
表1 農業融資のための総額

@ 営農融資
 各農期の始めに農畜産物の生産や加工に係る経費を対象として、表2に示した限度額まで融資される。年利8.75%で償還期間2年である。

A 販売融資
(ア)連邦政府貸し付け(EGF)
 連邦政府が定める農畜産物の最低価格(表3および表4)を基礎として農畜産物を担保に、表2に示した限度額まで融資される。年利8.75%である。
(イ)農業手形
 金融機関が、農畜産物の売買に当たり発行される手形(農業手形)の割引を行うとき、義務資金(金融機関は現金預金の25%を農業に関する融資を行う義務を有する)を活用することが認められている。

B 投資融資
 施設機械の導入、農場整備に係る経費、協同組合の組織改革に係る経費などを対象として融資される。

表2 営農融資およびEGFの融資限度額
 
表3 EGFの対象作物の最低価格
 
(参考)   ブラジルの州の略称
 
表4 AGFとEGFの対象作物の最低価格

2.取引支援
 生産者に対し、特定の農畜産物の生産コストを保証する最低価格保証制度(PGPM)が設けられており、この最低価格を基準に各種施策が実行されている。

@ 連邦政府買い上げ(AGF)
 連邦政府は、特定の農産物に対する最低価格(表4)を設け、特定の農産物の市場価格が最低価格を下回った場合、生産者から買い上げる義務を有する。対象農産物および最低価格は毎年、改訂される。しかし、買い上げには多額の国家予算を必要とし、在庫の滞貨問題が生じるため、連邦政府は以下の他の取引支援策の中で価格を保証する手法をとっている。

A 農畜産物販売オプション
 生産者は、連邦政府との間で契約日の満期日に決められた価格(権利行使価格)で農畜産物を売却する権利を有する契約を結ぶことができる。

B 生産物流通助成金(PEP)
 流通条件が不利な生産地から農畜産物を円滑に流通させるため、連邦政府は、農畜産物の購入希望者に対し、最低価格に生産地から消費地までの輸送コストを加えた現地到着価格と輸入農畜産物価格との差額に割増分を加えた金額を助成する。


U.緊急対策
 最近のレアル高により生産者の経常収支が圧迫され、農業関係者は2006/07年の作付面積の減少を見込んでいる、このため、2006年5月末に2006/07農業プランと併せて以下の緊急対策が発表されている。

1 2005/06年度の営農融資の償還期間の延長
 2005/06年度の営農融資の一部は自動的に償還期間が5年間延長される。延長される金額の割合は地域別、作物別に異なる。

2 農業融資による債務を返済中の者
 2004年12月31日までの債務を履行した者は、2005年および2006年の金利込みの返済分に相当する額について、年利8.75%で償還期間5年の農業融資による再融資を受けることができる。また、返済期限を超過して支払っていない者に対する連邦政府の取り立てを最高180日間延長する。

3 農畜産物販売オプションの競売の作付け前の実施
 生産者の収入見込みをより確実にするため、農畜産物販売オプションの競売を作付け前に実施する。

4 農業保険の改訂
 独占的な再保険市場により、現在の農業保険は効果的ではないことから、再保険市場の自由化に向けた法令整備を行う。

5 生産者の貯蓄奨励
 不調時に備え、好調時に生産者が貯金することを奨励するため、干ばつなどで被災した場合、貯金に係る諸税を免除するための法令整備を行う。

6 輸入税の免除
 輸出用の農畜産物の生産に用いる輸入資材に係る輸入税の免除するための法令整備を行う。

7 農業手形の活用促進
 個人が農業手形によって得た利益に対する所得税を免除するための法令整備を行う。