海外編

 V 南米【アルゼンチン】 




1. 一般経済の概況

 2001年末から2002年初めにかけての深刻な経済危機の後、対外債務の支払延期、1ドル=1ペソの固定相場から変動相場への移行などにより、2003年初頭より景気は回復し始めた。2003年5月、キルチネル現政権が発足し、2003年8月、国際通貨基金(IMF)との交渉を再開し、各年ごとの目標値を設定した経済3カ年計画を提示することによって、IMFおよび金融機関との公的債務再融資協定の合意に至ったが、2004年9月に一部債務の期限延長を要請、IMFはこれを承認した。その後、2005年12月にキルチネル大統領がIMFに対する債務を年末に全額返済すると発表し、2006年1月に全額を返済した。他方、国内に対しては、消費の刺激を目的に給与および年金支給額を引き上げる一連の措置を実施した。為替は1ドル=3.10ペソ前後で安定的に推移し、外貨準備高も増加傾向を維持し年末には320億ドルとなった。失業率(主要都市部)は10.1%(2005年)から8.7%(2006年)に低下し、経済成長率は8.5%(2006年)と2002年後半からの上昇傾向を維持した。

表1 主要経済指標

 2006年の輸出は前年比15.1%増の464億4千万ドルと前年に続き過去最高を更新した一方、輸入も景気の順調な回復を反映して同19.0%増の341億1千万ドルとなった。貿易収支は123億ドルの黒字となり、黒字幅は2005年に比べると拡大した。




2. 農・畜産業の概況

  アルゼンチンは、日本の国土の約7.5倍に当たる2億7,800万平方キロヘクタールの国土を有し、ブエノスアイレス州を中心とするパンパ地域は、平たん、かつ肥よくな土地条件に加え、気候も温暖で降雨に恵まれ、大豆および小麦生産や肉牛生産の主要産地となっている。

 アルゼンチンの農業は実質国内総生産(GDP)の5.6%と、国内産業に占める比率は大きくないが、農産物輸出額は全輸出額の5割強を占め、農業は外貨獲得上、極めて重要な地位にある。2006年の農林水産品(1次産品)およびその加工品の輸出額(FOB)は、前年比13.5%増の238億7千万ドルとなった。その内訳は、穀物類が29億6千万ドル(5.1%増)、乳製品が7億7千万ドル(27.6%増)などとなっている。

 2002年の農業センサスによると、全国の農業経営戸数は、前回調査時の88年比で20.8%減の33万4千戸、農業経営所有土地面積は同2.9%減の1億7,500万ヘクタールとなった。




3. 畜産の動向

(1)酪農・乳業

 アルゼンチンにおける酪農は放牧主体で、生産はパンパ地域に集中しており、サンタフェ州(全生産量の35.5%を占める、2001年)、コルドバ州(同34.5%)、ブエノスアイレス州(同24.4%)が主要生産州である。乳牛の品種はホルスタイン種が約95%を占めている。

 生乳生産は、乳業工場の近代化や加工処理能力の拡大などを背景に、92年以降一貫して前年を上回って推移し、99年には1,033万キロリットルに達した。しかし、通貨危機などの影響を受け、国内需要が後退し、生乳生産の増加が続いて供給過剰となったことから、99年に生乳価格が急落し、これに伴う収益性の悪化による酪農経営の離脱や、大豆の国際価格の上昇による優良草地の大豆畑への転換などから生乳生産量の減少が続き、輸入超過となった。一方、2002年の通貨切り下げによる価格の優位性から2004年以降の乳製品輸出は大幅に増加している。



(1)生乳の生産動向

 2006年の生乳生産量は、前年比7.0%増の1,016万2千キロリットルと99年の水準にほぼ近づいた。この要因としては、生乳価格の安定、穀物飼料の給与の増加による1頭当たりの乳量の増加などとみられる。



(2)牛乳・乳製品の需給動向

 2006年の牛乳・乳製品の消費量(生乳換算ベース)は、738万7千キロリットルと生乳生産量の72.7%を占め、1人1年当たりの消費量は189.6リットル、これは1日当たり0.5リットルに相当する。なお、液状乳(牛乳、乳飲料など)の1人1年当たりの消費量(2006年)は43リットル、乳製品は28.2キログラムとなっている。

 乳製品生産量の内訳は、チーズが46万7千トン、ヨーグルトが47万4千トン、粉乳が29万トンなどとなっている。

 また、牛乳・乳製品の輸出量は、以下の記述のとおり輸出税が引き下げられ、伝統的な主要輸出品目である全粉乳やチーズなどの輸出(両品目で全輸出量の8割以上を占める)が好調であったことから、前年比28.6%増の285万キロリットルとなった。輸出先としては、国家動植物衛生機構(SENASA)の統計によると、1993年から2000年にはメルコスル諸国が全輸出量の8割を占めていたが、2001年、2002年は4割に低下、2003年以降さらにその割合は低下している。2006年はブラジル、アルジェリア、ベネズエラの3カ国が、いずれも全粉乳を主な品目として全体の4割以上を占めている。

表2 牛乳・乳製品の需給

 一方、輸入については、ここ数年、国内需要量のわずか数パーセントを占めるにすぎず、2006年は同72.0%減の2万キロリットルとなった。主な輸入先として、ウルグアイが全輸入量の9割以上を占めている。

 なお、政府は大幅な税収不足の補完や国内の小売価格上昇の抑制を目的に、2002年3月より主要農産物に対し輸出税を設けており、これまで乳製品については5%であったが、国内のインフレの進行により、小売価格が上昇傾向にあることから、2005年7月に引き上げを実施し、チーズについては10%、牛乳、粉乳、クリームなどは15%に設定された。2006年においては、生乳の小売価格がほぼ安定していたことから、8月に引き下げを実施し、チ−ズについては5%、粉乳については10%に設定された。



(3)牛乳・乳製品の価格動向

 2006年の生乳価格(乳業メーカーによる生乳1リットル当たりの生産者支払い価格)は、前年比4.6%安の0.48ペソとなった。

 一方、牛乳(低温殺菌乳)の卸売価格は同3.3%高の0.93ペソとなった。

 政府は2005年3月、必需食料品の一つである乳製品の輸出需要が顕著で国内への供給懸念があり、小売価格が上昇傾向にあることから、関係団体と協議し、牛乳やチーズなど主要な乳製品の小売価格を引き下げる協定を結んだ。




(2)肉牛・牛肉産業

 アルゼンチンは、世界の牛肉生産量の約5〜6%を占めている。同国の肉牛生産は、肥よくなパンパ地域を中心に、アンガス、ヘレフォードを中心としたヨーロッパ品種およびその交雑種を主体とした牧草による放牧肥育が一般的である。同国は、1人1年当たりの牛肉消費量が60キログラムを超える大消費国であるとともに、2006年は国内生産量の約19%を輸出している。

 なお、アルゼンチンは2004年5月、国際獣疫事務局(OIE)からアイスランド、ウルグアイ、シンガポールとともにBSE清浄国として暫定的に承認された(その後、2007年5月にオーストラリア、ニュージーランド、ウルグアイ、シンガポールとともに「無視できるリスク国」と評価された)。また、南緯42度以北が口蹄疫ワクチン接種清浄地域のステータスを回復し、2007年1月19日から実行された。



(1)牛の飼養動向

 アルゼンチンの牛飼養頭数は、2003年に増加した後ほぼ横ばいで推移している。2003年に5,930万頭に達した後、多少の増減はあったものの2006年には5,972万頭となった。2006年の州別牛飼養頭数を見ると、パンパ地域に属するブエノスアイレス州(36%)、サンタフェ州(13%)、コルドバ州(11%)、の3州で、全体の約6割を占める。


図1 牛飼養頭数の推移
図2 牛の州別飼養頭数(2002年)


(2)牛肉の需給動向

ア.生産動向
 2006年のと畜頭数は、前年比5.8%減の1,342万頭、牛肉生産量(枝肉ベース)は同2.9%減の30万4千トンとなった。このうち去勢牛の全体に占めると畜頭数割合は28.1%となった一方、雌牛(経産牛、未経産牛および子牛の計)は41.7%となり、前年に引き続き減少した。

イ.輸出入動向
 2006年の牛肉輸出量(製品ベース)は、前年比17.6%減の46万8千トンとなった。これは、アルゼンチン政府が牛肉の国内価格上昇抑制を目的として、3月中旬から4月上旬まで牛肉の輸出を停止したことが主要因である。内訳を見ると、生鮮肉が前年比28.2%減の29万1千トン、加工肉が同25.6%減の3万8千トンであった。また、国別では、生鮮肉についてはロシアが全体の60.0%、チリが同9.7%、イスラエルが同7.1%、ドイツが同4.3%などとなっている。また、EU向けヒルトン枠(一定基準を満たす骨なし高級生鮮牛肉に関する関税割当制度)についてはドイツが全体の6割近くを、加工肉については米国が全体の5割以上を占めた。

 輸入量は、生鮮肉(冷蔵・冷凍)が3.1千トン、加工肉が158トンとなった。相手先は、生鮮肉、加工肉ともにウルグアイ、ブラジルとなっている。


表3 牛肉需給の推移
図3 牛肉などの輸出相手国(2005年)


(3)肉牛・牛肉価格の動向

 アルゼンチンの中心的な家畜市場であるリニエルス家畜市場における2006年の肥育牛(去勢牛)価格は、前年比0.8%高の生体1キログラム当たり2.33ペソとなった。また、小売価格については、ショートリブが前年比12.0%高の1キログラム当たり8.12ペソ、ストリップロインが同12.9%高の8.73ペソとなった。この上昇の背景には生産量の減少などによる生体価格の上昇が挙げられているが、政府と食肉関係団体は2005年3月、必需食料品の一つである牛肉の小売価格の上昇傾向に対し、国民の購買力を保護するためにばら、かたなど大衆向けの主要5部位について最低10%の価格引き下げを行うことに合意した。




(3)飼料穀物

 アルゼンチンは、世界のトウモロコシ生産の2〜3%を占めるにすぎないが、世界の貿易量の2割を占め、米国に次ぐ世界第2位のトウモロコシ輸出国である。



(1)穀物の生産動向

 2005/06年度のトウモロコシの作付面積は、前年度比6.3%減の319万ヘクタールとなり、生産量もこれに加え生産地域での水不足の影響から同20.5%減の1,445万トンと大幅に減少した。また、小麦は同21.2%減の1,259万トン、ソルガムは同19.6%減の233万トンとなった。

 一方、同年度の大豆作付面積は、生産者販売価格が回復してきたことにより、前年度比6.9%増の1,539万ヘクタールとなった。また、生産量も同5.8%増の4,054万トンと過去最高を記録した。


表4 主要穀物生産量の推移


(2)穀物の輸出動向

 2006年の穀物輸出量は、トウモロコシが前年比27.4%減の1,033万トン、大豆が同17.8%減の818万トン、小麦が同5.9%減の937万トン、ソルガムが同37.0%減の19万トンとなった。国別輸出量のシェアを見ると、トウモロコシはマレーシア向けが18.2%、南アフリカ向けが9.4%、ペルー向けが8.5%、大豆は中国が最大の輸出先で全体の74.7%を占めている。また、小麦はブラジル向けが46.0%、ソルガムは日本向けが32.7%、ブラジル向けが30.0%を占めている。

表5 主要穀物輸出量の推移


(3)穀物の価格動向

 2006年の穀物の生産者販売価格は、トウモロコシが前年比39.7%高のトン当たり284.55ペソ、大豆は同7.0%高のトン当たり530.00ペソ、小麦は同14.79%高のトン当たり335.51ペソ、ソルガムは同46.5%高のトン当たり210.37ペソとなった。

表6 主要穀物の生産者販売価格




アルゼンチンの穀物流通

  アルゼンチンの穀物生産の特徴は、中東部に位置するパンパを中心に生産が行われていることである。生産された穀物の多くはパンパの中心に位置するロサリオ市を中心としたパラナ川沿いにある河川港に集められる。

 アルゼンチンの経済の中心地でもある首都ブエノスアイレスの港は、ラプラタ川に面する河川港で水深5メートル程度であるため、パナマックス級輸送船の積み出しには向いていない。このため、ロサリオ市を中心としたパラナ川沿いにある河川港が穀物輸出の主力港として機能している。また図のとおり、ロサリオ市は半径300キロメートル程度のパンパの中央部に位置することから、トラックでの輸送に適した流通体系となっている。

 しかしながら、パラナ川は水深10メートル程度であるため、パナマックス級輸送船を満船にすることはできない。このため、パラナ川を出航した輸送船は大西洋に面するいずれかの港で追い積みする必要がある。