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植物が創り出す―さまざまな「でん粉」の性質

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最終更新日:2010年5月10日

植物が創り出す―さまざまな「でん粉」の性質

2010年4月

愛知江南短期大学生活総合学科 教授 吉尾 信子

 

1.「でん粉」って、どんなもの?

  「でん粉(澱粉)」は、緑色の植物が、空気中の二酸化炭素と環境中の水を取り込み、光エネルギーを受け取って、細胞の中の葉緑体で形あるものとした物質です。
 
 炭素の骨組みに酸素と水素が組み込まれた「グルコース(ブドウ糖)」がでん粉の最も小さい単位で、植物中では、このグルコースが長い鎖状に数百個から千数百個近くつながった「アミロース」と、短い鎖が房(クラスター)のようにつながり、さらに木の枝状に数千個つながった「アミロペクチン」の二つのタイプの分子によって成り立つ小さな「粒々(つぶつぶ)」の形をしています。
 
 地球上のほとんどの緑色植物は、太陽の光エネルギーを利用しており、「でん粉」は、「お日様エネルギーがぎゅっと詰まったかたまり」として、植物の根や茎、さらに種が芽を出すための胚乳部分に蓄えられているのです。わたしたち人間は、大昔からこれら「でん粉」をたくさん含む植物を「たべもの」とすることで生き続けてきました(図1、図2)。
<DIV><STRONG>図1 うるち米でん粉</STRONG></DIV>
図1 うるち米でん粉
<DIV><STRONG>図2 ばれいしょでん粉</STRONG></DIV>
図2 ばれいしょでん粉

2.「でん粉」には、どんな種類があるの?

 「でん粉」を含む植物の種類によって、中に含まれる「アミロース」と「アミロペクチン」の分子の大きさや比率が違います(表1)。また、同じ植物種でも、育つときの気温が低いと、「アミロース」の比率が高くなる傾向があります。
 
(参考文献:「澱粉科学ハンドブック」(二國二郎監修);「でん粉製品の知識」(高橋禮治著)等)
<DIV><STRONG>表1 いろいろな植物のでん粉の性質</STRONG></DIV>
表1 いろいろな植物のでん粉の性質

3.「でん粉」の種類とその性質にはどんな関わりがあるの?

  「でん粉」に水を加えてかきまぜても、白く濁るだけで、溶けません。しかし、濁った液をかき混ぜながらゆっくり加熱していくと、おおよそ50℃を過ぎたころからとろみがつき始め、70℃を超えるころには、全体が糊状の透明な液体になります。この状態を「糊化」と呼びます。
 
 「糊化」液を冷やしていくと、表面から水分が蒸発し、温度が室温以下になったところで糊液は不透明になり、さらに低温になるとしだいに粘りがなくなり固くなります。この状態を「老化」と呼びます。
 
 「糊化」と「老化」の現象には、でん粉中の「アミロース」および「アミロペクチン」の分子の形や比率が関わっており、特に「老化」は「アミロース」の比率が高いほど早く進むことが知られていますが、最近では「アミロペクチン」のグルコース鎖の長さも影響を及ぼしていることがわかってきました。

4.植物によって「でん粉」の性質はどのように違うの?

 植物の種類、また種子を食べる穀類と、根や茎を利用するいも類では、「糊化」および「老化」の状態を含む「でん粉」の性質も大きく違います。
 
 試行錯誤を繰り返しながらそれぞれの特徴をつかみ、その両方を食料および生活素材として活用する技術をも開発したであろう先人の知恵が、現代のわたしたちを支えています。

(1) 穀類

(1)−1.米でん粉
 
 原料である米には、私たちが毎日食べている「うるち米」と、お正月やお祭りに「おこわ」や「もち」にして食べる「もち米」とがあります。
 
 「うるち米」は、そのでん粉の15〜25%を占めるアミロースと75〜85%を占めるアミロペクチンの、品種ごとのわずかな比率の差がごはんを炊いたときの「食味」の違いにつながるとされ、アミロペクチンの比率が高いほど多くの日本人に好まれる「もちもち食感」が得られます。
 
 一方、「もち米」のでん粉はアミロペクチン100%です。貴重な食料である米を無駄にしないよう昔から、でん粉の性質を巧みに利用した米の加工品が工夫されてきました。
 
(ア)白玉粉
 
 もち米を一晩水に浸漬し、水を加えながらていねいにすりつぶした後、何度も水の入れ替えをしてたんぱく質などを除きながら沈澱させ、脱水乾燥した粉です。昔は寒い冬に製造されることが多かったため、「寒晒し(かんざらし)粉」とも呼ばれていました。
 
 米でん粉粒は、さらに小さな粒の集まった「複粒構造」になっているため、白玉粉で作っただんごや大福もちなどの和菓子は、なめらかでもちもちした、やさしい食感が特徴です。低温で起きる「でん粉の老化」現象の原因となるアミロースを含まないので、夏によく食べられる冷たい「白玉あんみつ」や「冷やしぜんざい」などに入れても、そのおいしさが楽しめます。
 
(イ)上新粉
 
 うるち米を水洗いして乾かした後、機械で粉砕した粉(新粉)のうちで、より細かいものを「上新粉」と呼びます。
 
 だんごや草もち、かしわもちなど和菓子の素材として使われることが多く、生地を作る時に砂糖を加えてよく練ると、「老化」しにくくなります。「ういろう」が、その代表選手ですが、日本各地にそのような伝統菓があります(図3)。
 
<DIV><STRONG>図3 ういろう</STRONG></DIV>
図3 ういろう
 また米でん粉は、その粒の細かさがいろいろなものの表面の凸凹をなめらかにする働きがあるのを利用して、印画紙や化粧品などの製造分野でも利用されています。
 
 これら生(なま)の米粒から作る米粉のほかに、もち米をいったん糊化したのち、細かく砕いて作る「寒梅粉」、もち米のつぶつぶ感を生かした「道明寺粉」なども和菓子の素材として広く用いられています。
 
(1)−2.小麦でん粉
 
 小麦粉に、水を加えてよく練ると粘り気のある塊り(ドウ)になります。このドウを水中でよく洗うと、でん粉は水に「浮き粉」として振り出され、ねばねばしたたんぱく質のかたまりであるグルテンと分けることができます。
 
 ただし、大昔から人間は小麦粒そのものを粉に挽いて食材としてきており、現在でも小麦に含まれるでん粉だけを素材として使用している例としては、水産練り製品や魚肉ソーセージなどの「つなぎ」が大部分です。最近では、高温加熱しても粒が壊れにくい性質や糊液の安定性を利用して、ソース類やレトルト食品のとろみを安定化させる目的にも、用いられています。
 
(1)−3.コーンスターチ
 
  とうもろこしから抽出されたでん粉で、原料とうもろこしについては、含まれるでん粉中のアミロースの比率が70%近いハイアミロース種からほとんどアミロペクチンで占められているワキシー種まで、様々な品種があり、その性質に応じて、食材をはじめ広い分野で利用されています。
 
 ハイアミロース種のコーンスターチは、アミロースを多く含んでいるため、他のでん粉に比べ糊化しにくく、135℃以上で加圧糊化やアルカリ糊化をする必要があり、段ボール接着剤などに使われています。一方、ワキシーコーンスターチはアミロース成分をほとんど含まないので糊化しやすく、透明度の高い糊となり、老化しにくいことから保存安定性も優れているため、中国料理や西洋料理のスープやソース、冷凍食品などに多様な形で用いられています。
 
 コーンスターチの糊化および老化特性を利用した、「ブラン・マンジェ(Blanc Manger)」という西洋料理のデザートは真っ白で弾力があり、冷菓として有名です(図4)。

(2) 根茎類

(2)−1.ばれいしょでん粉
 
 ばれいしょ(じゃがいも)は明治時代に本格的な栽培が始められて以降、そのでん粉も、国産はほとんど北海道で生産されています。ばれいしょのでん粉粒は2〜100マイクロメートルと、市販されているでん粉の中では最も大粒の楕円形で、比較的低温で糊化し始め、温度が上がるにつれて急激に粘度が増し、極めて粘度の高い透明な糊になります。
 
 ばれいしょでん粉は、この性質を利用して、中部地方以北において水産練り製品やハム・ソーセージ類、調理食品、さらに製菓材料として使用されているほか、家庭で料理する際に、とろみや滑らかさをつけるために加える「片栗粉」として、日常的に用いられています。
 
 ただし、高温で加熱し続けると、でん粉粒が壊れて粘度が急激に低下するため、調理でとろみをつけるときは、でん粉の加え方に工夫が必要です。鍋の様子を見ながら仕上げの直前に粉と同量の水に溶かした「水溶き片栗粉」として加え、一気に大きくかき混ぜるときれいに仕上がります。料理によっては、コーンスターチと使い分けるのも趣があります(図5)。
 
<DIV><STRONG>図5 料理のとろみづけ</STRONG></DIV>
図5 料理のとろみづけ
(2)−2.かんしょでん粉
 
 かんしょ(さつまいも)でん粉は、粒の大きさが2〜50マイクロメートルで、顕微鏡で観察すると、ツリガネ形や円形、小さい多角形のものもあり、いもの品種などによって様々な形をしています。
 
 糊化温度はばれいしょでん粉よりもやや高く、約70℃ですべての粒が糊化します。多くは糖化原料として用いられ、温度コントロールをしながら酵素を働かせて、グルコース(ブドウ糖)や液化糖(水アメ)などが作られます。また、日本産「はるさめ」の原材料でもあり、関西地方では「わらびもち粉」として、「本わらび粉」や「本葛粉」といった希少なため価格の高いでん粉の代用品として、家庭で手軽に使用されています(図6、図7)。
 
<DIV><STRONG>図6 はるさめ(乾燥状態)</STRONG></DIV>
図6 はるさめ(乾燥状態)
<DIV><STRONG>図7 わらびもち</STRONG></DIV>
図7 わらびもち
(2)−3.葛でん粉
 
 日本各地の山地に自生している「葛」の太い根を掘り起こし、砕いて冷水に漬け、かすを取り除くため何度も水にさらした後、乾燥させて固く締まったでん粉の塊りである「葛粉」として販売されています。
 
 でん粉粒は5〜20マイクロメートルの多角形もしくは偏円形をしており、糊化すると透明度の高い安定的なゼリー状となり、そのモチモチした独特の食感は、「葛もち」「葛きり」などの和菓子として楽しむことができます。
 
(2)−4.タピオカでん粉
 
 南アメリカ原産のキャッサバ(マニオカ、マンデイオカ、ユカとも呼ばれる)の根茎部から採れるでん粉で、掘り起こす時に傷つけると、「リナマリン」という物質が酵素作用によって分解されシアン化物が発生しますが、水にさらしたり天日干しを行うなどして無毒化した後、食用にします。また、でん粉製造においては、工程中でシアン化物はほとんど消失します。
 
 加熱により吸水膨潤しやすく、糊化温度は、ばれいしょでん粉や甘しょでん粉に比べるとやや高めで、糊液は透明性が高く、放置しても老化しにくい性質なので、増粘剤などに使われます。
 
 また、このでん粉を湿らせた状態で粒状に成形後、加熱して半糊化し乾燥させた製品は、その大きさにより「タピオカパール」「タピオカフレーク」と呼ばれ、スープの浮きみやデザートに用いられて、その独特の「プチプチ食感」が楽しまれています(図8)。
 
(左:乾燥状態右:膨潤状態)<DIV><STRONG>図8 タピオカパール</STRONG></DIV>
(左:乾燥状態右:膨潤状態)
図8 タピオカパール
(2)−5.サゴでん粉
 
 東南アジア地域、主としてボルネオ島のサラワク地域(マレーシア)で生産されているサゴヤシの幹から採れるでん粉で、糊化温度や粘度はばれいしょでん粉に似ていますが、ゲル化しやすいところはコーンスターチにも似ています。
 
 現在は、加工用の原料として使用されていますが、「サゴパール」の形で加工された製品もあり、これから先の食料資源として期待されています。
 
 
 
 この他にも、古代から、熱に対する性質や食感もさまざまな、数多くの「でん粉」が世界中で利用されてきました。食料のみならず工業用素材としても、安全性が高く、自然環境に適応して大量に生産できる「でん粉」は、まだまだ知られていない大きな可能性を秘めた「生物資源」といえます。
 
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