はじめに
でん粉市場は、経済成長の指標の一つとして見ることができる。でん粉は食品や工業品の多くに利用され、これらの需要は、経済動向に敏感に反応するためである。その例として、2000年代初頭、著しい経済発展を遂げたアジアにおいて、でん粉市場の急速な拡大が見られた。また、2009年に、世界同時不況により世界のでん粉需要量は急減したが、アジア諸国の一部においては、勢いは衰えたものの需要は伸び続けた。
でん粉の原料作物は、地域によって異なる。米国では、小麦と比較して価格面で優位性のあるとうもろこしからコーンスターチが生産されている。ヨーロッパでのでん粉生産は、伝統的にとうもろこしとばれいしょが原料であったが、小麦でん粉生産の際に副産物として得られる小麦たん白の市場価値が高かったこともあり、ここ30年の間に、小麦へとシフトした。アジアにおいては、従来から、タイやインドネシアではキャッサバからタピオカでん粉が、中国やインドではとうもろこしからコーンスターチが生産されている。また、豪州では小麦が原料となり、南米ではキャッサバ(タピオカでん粉)およびとうもろこし(コーンスターチ)が原料作物となっている。
ここでは、2009年における世界各地域のでん粉市場の動きなどについて、LMC社からの報告などを基に概説する。なお、詳細な報告については本誌にて今後掲載予定である。
1.北米
2009年、米国においては、不況のために工業品、食品向けともに消費が落ち込んだ影響を受け、でん粉需要は減退した。また、ダイエットブームを反映して、飲料メーカーは異性化糖の使用を控えるようになり、代替甘味料のシェアが伸びつつあることもでん粉需要減の要因の一つである。
こうしたことから、2009年には、でん粉、甘味料工場の操業停止や設備投資の延期などが見られた。Cargill社はアラバマ州ジケーターにある工場を閉鎖し、ルイジアナ州ハモンドにある工場の増設延期を決定した。Staley社は無期限でルイジアナ州ラファイエット工場の増産計画を延期し、アイオワ州フォートドッジ工場の操業開始も延期している。
2010年については、米国における甘味料市場は成熟している上、代替甘味料との競合が激化していることから、でん粉生産が急激に拡大することは考えにくい。
2.アジア
アジアにおいて、でん粉は多くの製品分野で需要があり、世界的な不況のなかでも成長を続けた。特に、需要の成長速度と世界市場に与える影響を考えると、注目すべきは中国だと言えよう。でん粉用とうもろこしの消費量を例に挙げれば、世界全体に占める中国の割合は、2000年に10%未満であったが、現在は25%を超えるまでになっている。また、エタノール生産量も増加傾向で推移しており、とうもろこしなどの原料作物の需給がひっ迫している。
このように中国では、でん粉やその原料作物需要の急増に国内の供給が追い付かないため、でん粉用とうもろこし、ばれいしょでん粉およびタピオカでん粉の輸入量が急増している。ばれいしょでん粉については、2007年からEU産に対してアンチダンピング税を課しているにもかかわらず、2010年1〜3月の輸入量は4万7000トンと、前年の年間輸入量(3万5000トン)を既に上回った。また、タイやベトナムなどからのタピオカでん粉輸入量についても、2010年1〜3月の累計で前年同期比43.5%増の19万8000トンと大幅に増加している。
なお、このタピオカでん粉については、最大の供給国であるタイにおいて、原料となるキャッサバへの害虫被害が発生していることから、需給がひっ迫している。その結果として、タピオカでん粉価格は2010年5月時点で記録的な高値となっている。
また、化工でん粉については、中国だけでなくほかのアジア諸国での製紙および加工食品の需要増を反映して、アジア市場は短・中期的にさらに拡大する可能性がある。
3.ヨーロッパ
EUは、世界の小麦でん粉生産量の75%以上を占めているが、不況の影響から合理化が進み、2009年にSyral社は、英国の小麦粉でん粉由来の甘味料などを生産していた工場を閉鎖した。
EUはまた、ばれいしょでん粉についても、世界の需要量の75%を供給している。この産業は、原料の生産動向に影響される面が大きい。今後については、2010年に急激な変化をみせることはないとみられるものの、2012年以降にばれいしょでん粉関連政策が見直されることが決定していることを見越して、徐々に合理化が進むとみられる。
一方、東ヨーロッパでは、とうもろこし生産について競争力を持っているため、でん粉市場は拡大する可能性がある。Tate and Lyle社は2010年、スロバキア工場におけるぶどう糖の生産能力を拡大した。また、将来的には、同工場の乾燥でん粉の生産量も増加させるとみられている。
4.南米
南米における主要なでん粉生産国はブラジルで、タピオカでん粉とコーンスターチを生産している。ブラジルはキャッサバの主要生産国(2008年の生産量は、ナイジェリア、タイに続く世界第3位)の一つであり、タイの供給減とアジアでの強い需要によって生じた需給ひっ迫を契機として、今後タピオカでん粉の増産に取り組むことも考えられる。