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でん粉を使用したグリーンポリマー塗料

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最終更新日:2011年3月3日

でん粉を使用したグリーンポリマー塗料

2011年3月

関西ペイント株式会社 工業塗料本部 第1技術部 部長 藤林 俊生

【はじめに】

 塗料は、錆の防止や美化に不可欠な工業製品ですが、石油から作られているため、廃棄すると分解や焼却により二酸化炭素が発生し、地球温暖化につながる問題があります。これを抑制するために、当社では植物原料を用いたグリーンポリマー塗料をシャープ株式会社と共同で開発しました。
 
 この塗料は、使用後に廃棄された場合でも二酸化炭素が増加しない炭酸ガス循環(グリーンポリマー)塗料であり、環境に優しい技術として評価を受けています。
 
 本稿では、この塗料の開発の経緯、特性、用途・適用事例などについて紹介します。
 

1.でん粉を使用した塗料開発の経緯

 石油資源を原料とするプラスチックは価格が安く、かつ幅広い特性を持たせることが出来るため、さまざまな用途の素材として利用され現代社会に不可欠なものとなっている反面、オゾン層の破壊、ヒートアイランド現象、酸性雨、廃棄物増加、環境ホルモンなど、地球温暖化、環境汚染に関する多くの問題が発生しています。
 
 1997年、京都議定書が議決されて以来、日本国内でも容器包装リサイクル法、自動車リサイクル法、改正VOC(注)規制などが施行され、地球環境保全に関する意識が各方面で高まっており、植物由来(天然原料由来)のグリーンポリマーがこれらの問題を解決する手法のひとつとして注目を浴びています。
 
 最近の状況として、容器包装、文具日用品、園芸用品分野だけでなく家電製品や自動車部品などにもグリーンポリマーが使用されるようになってきており、この傾向は環境意識の高まりとともに今後、ますます増大していくことが予想されます。
 
 「青丹よし 奈良の都は咲く花の にほふがごとく 今盛りなり」 と詠われたように、塗料は合成樹脂が無かった平城京時代から使用されています。言い換えれば天然原料由来のグリーンポリマーしか無かった時代から、塗料は錆の防止や美化のために使用されてきています。
 
 しかし従来のグリーンポリマー塗料は、塗膜性能を発揮出来るまでの乾燥時間が長い、時間が経つと共に着色していくなどの欠点があり、工業製品が要求する塗膜性能を持ったグリーンポリマー塗料は今まで存在しませんでした。
 
 以上のような背景をもとに、私たちは地球環境に優しく循環型社会への貢献を目指し、かつ工業製品が要求する性能レベルを達成出来る植物由来のグリーンポリマー塗料の実用化を目指し、開発・応用研究を行いました。
 
 その結果、でん粉を原料としたグリーンポリマー塗料を開発し、世界で初めて家電製品のプラスチック部品(液晶TVスタンド)に実用化しました。
 
 本研究内容は、環境に優しい技術としてシャープ株式会社との共同で、第56回工業技術賞(大阪工業研究所主催)(*1)、第2回「ものづくり日本大賞」優秀賞(*2)、第40回日本化学工業協会 環境技術賞(*3)、2007年度色材協会技術賞(*4)を受賞しました。
 
注:揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds)の略称で、塗料、印刷インキ、接着剤、洗浄剤、ガソリン、シンナーなどに含まれるトルエン、キシレン、酢酸エチルなどが代表的な物質。
 
 

2.グリーンポリマー塗料の開発

(1) コンセプト

 石油資源を原料とする塗料は、焼却されると石油資源に含まれている炭素が二酸化炭素となって放出されるため大気中の二酸化炭素総量が増加します。
 
 一方、図1に示すように植物資源を由来とする塗料は、植物が成長過程で吸収した二酸化炭素を塗膜焼却時に放出するだけなので、大気中の二酸化炭素の総量は増加せず、環境に優しく循環社会への貢献を果すことになります。このように炭酸ガス循環で地球温暖化を防止し、石油資源の節約を目指すシステムをカーボンニュートラル(炭酸ガス循環型)と呼びます。そこで、カーボンニュートラルで環境に優しい塗料を作るべく、植物由来原料を用いたグリーンポリマー塗料の開発に着手しました。
 
 
 

(2) エステル化でん粉樹脂の特長

 各種の植物由来のグリーンポリマーを検討した結果、図2に示すようにトウモロコシから得られるでん粉を素原料にしたエステル化でん粉樹脂をグリーンポリマー塗料のベース樹脂として選定しました。
 
 でん粉はそのままでは均一な薄膜にした場合、耐水性が悪く、塗膜としての性能が維持できないため、塗料用樹脂として使用することは出来ません。でん粉は、図2で示す構造式1のように1セグメント当たり3個の水酸基を持っていて、その水酸基が耐水性を悪くする原因になっています。
 
 この水酸基の一部を、お酢の成分である酢酸と反応させると耐水性が良好になり、一般的な塗料用樹脂と同様に溶剤に溶解出来るようになります。それをエステル化でん粉と呼びます。
 
 
 
 このエステル化でん粉の特長を、グリーンポリマーとして良く知られているポリ乳酸と比較してまとめてみます。
 
 
1) 簡便な製造工程
 
 図3で示すように、ポリ乳酸樹脂は、でん粉を酵素分解した後乳酸発酵させ、出来た乳酸を重合させて作ります。3つの工程を経て製造するためポリ乳酸樹脂は収率が低くエネルギー消費量も多くなります。
 
 しかしエステル化でん粉樹脂は、でん粉をエステル化するだけの簡便な製造工程で製造出来るため、簡便・省エネルギー・高収率です。
 
 
 
 
2) 強靭な架橋塗膜
 
 一般的な工業製品に使用される合成樹脂塗料は、ベース樹脂、硬化剤、着色顔料、溶剤、各種添加剤から出来ています。この塗料を塗装し焼付乾燥すると、ベース樹脂の水酸基と硬化剤が反応して強靭な架橋塗膜が作られます。
 
 図4で示すように、エステル化でん粉樹脂には酢酸と反応せずに残された水酸基があり、硬化剤と反応させることが可能なので、焼付硬化することにより強靭な架橋塗膜が得られますが、ポリ乳酸樹脂は末端に水酸基が1つあるだけなので、焼付乾燥しても強靭な架橋塗膜を得ることは出来ません。
 
 
 
 
3) 樹脂特性の調整が可能
 
 エステル化でん粉樹脂には図4のように1セグメントに約1個の水酸基があるため、このセグメントの繰り返しであるエステル化でん粉樹脂は、そのセグメント数だけ水酸基を持っていることになります。この水酸基と長鎖の脂肪酸など他の成分とを反応させることにより、エステル化でん粉樹脂の固さ、溶剤溶解性などを調整することが出来ます。また、酢酸と反応させる量を調整する事によって水酸基の残存量を1より多くしたり少なくしたりする事も出来るので、溶剤溶解性や硬化剤との反応性を調整する事も出来ます。
 
 
4) 分解されにくい塗膜
 
 塗料は、塗装して薄膜(10〜100μm)で使用されるため、生分解されやすいポリマーでは長期での性能や塗膜保持性が得られません。従って分解されにくいグリーンポリマーであることが必須です。
 
 図5の測定結果から、エステル化でん粉樹脂はポリ乳酸樹脂など他のグリーンポリマーと比較して分解されにくい性質があります。
 このように、エステル化でん粉は塗料用樹脂に要求される条件を満たし、また樹脂の性質も調整しやすく塗料用樹脂として適したものと言えます。
 
 
 

3.グリーンポリマー塗料の応用

 以上、述べてきましたように、エステル化でん粉は従来の石油由来の塗料用合成樹脂と同様に、自由度の高い塗料設計が可能であることが確認出来ました(*5)、(*6)。
 
 以下、エステル化でん粉樹脂を用いたグリーンポリマー塗料の適用事例について紹介します。
 
 
グリーンポリマー塗料の適用事例
 
 グリーンポリマー塗料の実用化を目指し、液晶テレビのテレビスタンドへの塗装を目標に開発検討を行いました。
 
 図6に示すように、テレビスタンドの主な要求機能は、高級感を持たせるための意匠性や光沢、衝撃などを受けても剥がれない素材プラスチックへの強固な付着性、輸送時や梱包時および使用時にキズがつかない硬さが重要な機能となります。また、その他の要求性能として、汚れを拭取る時に洗剤で光沢や意匠性が損なわれない為の耐洗剤性、光や水分により塗膜が劣化したり変色したりしない為の耐水性、耐アルカリ性、耐黄変性等の性能も重要視されます。
 
 
 
 
 このような塗膜要求性能を従来の植物由来塗料で達成するのは困難でしたが、エステル化でん粉樹脂をベース樹脂に用い、塗料化の制御技術を適用することで初めて達成することが可能になりました。
 
 図7に主な要求性能に関する塗料設計のコンセプトを示します。
 
 開発ポイントは硬度、付着性、光沢の3課題を満足させることで、硬度に関しては、エステル化でん粉樹脂の硬さ(Tg(注))の調整、植物由来改質材の適用、硬化剤と硬化触媒の選定を行いました。
 
 付着性については、植物由来改質材の適用で対応しました。
 
 
 
 光沢については、いくつかの異なった種類の希釈用溶剤を混合して使用することにより樹脂溶解性と蒸発速度(沸点)を調整する手法と、エステル化でん粉樹脂の分子量最適化で対応しました。
 
 これらの組合せで最適化を図ることにより、要求性能と実ライン塗装作業性とを両立させる塗料配合を設計しました。
 
 表1に示しましたように、耐久性(付着性、硬さ)、光沢、外観など要求される塗膜性能は、現在使用されている石油由来の合成樹脂塗料と同等もしくはそれ以上を有しています。
 
注:Tg(ガラス転移点):高分子ポリマーのような非晶質固体材料を加熱すると低温では固く流動性がなかった固体が、ある狭い温度範囲で急速に剛性と粘度が低下し流動性を増す時の温度。
 
 
 
 

4.循環型社会への貢献

 図8で示しますように、液晶テレビに適用されたグリーンポリマー塗料はカーボンニュートラルな塗料であり、循環型社会に貢献する特徴を持っています。例えば、本開発品を用いて液晶テレビ400万台に塗装した場合、二酸化炭素の削減効果は96t、すなわちガソリン42000Lの削減に相当し、森林29ha分の二酸化炭素吸収量に相当(東京ドーム2.6個分の広さ)することになり地球環境に優しい塗料であることが判ります。(*7)
 
 
 
 

5.最後に

 植物由来材料のシーズ探索から始まり、その塗料化に向けた研究開発を行い、ついで実用化設計に進み、今回世界で初めてエステル化でん粉樹脂を使用したグリーンポリマー塗料が液晶テレビのテレビスタンドで実用化されました。
 
 現在、初期開発品である2液型(ベース塗料と硬化剤を塗装直前に混合するタイプ)だけでなく、より扱いやすい1液化型(塗料をそのまま塗装できるタイプ)の開発も終えて実用化されており、さらなる進化を遂げています。
 
 今回実用化しましたグリーンポリマー塗料は、工業製品が要求する塗膜性能を世界で初めて実現させることが出来た塗料であり、今後は家電だけでなく色々な工業製品に使用されることにより、地球環境保全により貢献出来ることを期待しています。
 
 

参考文献

*1)科学と工業、80[8]、402 (2006)
*5)特開2004-224887
*6)特開2006-282960
*7)シャープ 環境・社会報告書2006
   http://sharp-world.com/corporate/eco/csr_report/pdf/esr2006j.pdf
 
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:情報課)
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