タイのバイオエタノール需給動向
最終更新日:2011年6月10日
タイのバイオエタノール需給動向 〜消費は増加傾向も目標水準は下回る〜
2011年6月
調査情報部 前田 昌宏
【要約】
タイのバイオエタノール生産量は、2010年の実績で前年比6.3%増の4億2580万リットルと増加傾向で推移している。糖みつからの生産が主となっているが、キャッサバからの生産は害虫被害による需給ひっ迫から、計画通りに進んでいない。
エタノール混合燃料であるガソホールの消費量については、原油価格の上昇に伴い、ガソリンとの価格差が拡大していることから増加傾向にある。しかしながらバイオエタノールの1日当たり消費量は2011年4月現在で125万リットルとなっており、政府が定めている2011年の目標数値296万リットルには遠く及んでいない。
現在、タイ政府は原油価格の上昇がディーゼル価格に影響しないよう、さまざまな措置を行っており、ガソホールの消費拡大策を打てる余裕はないといわれている。こうしたことから、短期的には、砂糖やタピオカでん粉の供給に大きな影響を与えるほどバイオエタノール需要が急増することは考えにくい。
はじめに
タイにおけるエネルギーの輸入依存率は、同国の経済発展に伴って増加傾向で推移し、2008年に60.8%となった。こうしたことからタイ政府は、2008年に「15カ年再生可能エネルギー発展計画」(15Years-Renewable Energy Development Plan、(以下「REDP」という。))を定め、これに基づきエタノール生産の奨励などエネルギー自給率の向上に取り組んでいる。
現在、タイのバイオエタノールは糖みつからの生産が主であるが、次なる原料としてキャッサバも注目されている。我が国の粗糖および天然でん粉需給においては、タイは主要輸入先として重要な位置を占めているため、同国におけるバイオエタノール需給の動向を把握することは有益であると思料される。そこで本稿では、最近の同国のバイオエタノール需給動向について報告したい。
1.生産動向
〜糖みつからの生産を主体に増加傾向で推移〜
現在、エタノール生産の主な原料は、さとうきびから砂糖を生産する際に副産物として得られる糖みつである。2011年3月時点で稼働しているエタノール製造工場は19カ所で、1日当たり生産能力は292万5000リットルとなっている。このうち、糖みつおよび糖汁(ケーンジュース)を主要な原料とするのは14工場(214万5000リットル)、主にキャッサバを利用するのは5工場(78万リットル)となっている。
このほか、6工場が2011年中の操業開始を予定している。これらのすべてがキャッサバを原料としており、1日当たり合計生産能力は182万リットルである。
現在、糖みつからエタノール生産を行っている製造工場は、ほとんどが大手製糖企業のグループ会社であり、グループ内の製糖工場で副産物として得られる糖みつを原料として使用している。また、キャッサバを原料としている工場は、従来からタピオカチップを生産しているか、集荷事業を行っている。
バイオエタノール生産量は増加傾向で推移し、2010年は前年比6.3%増の4億2580万リットルとなっている。これをバイオ燃料先進国と比較すると、米国の約1/120、ブラジルの約1/60、EUの約1/10となる。
1日当たりの生産量(2010年)は、117万リットルとなっているが、稼働中の製造工場の生産能力から考えれば、稼働率は4割程度にとどまっている。この原因としては、キャッサバからのバイオエタノール生産が進んでいないことが考えられる。キャッサバを利用するバイオエタノール製造工場は2009年から操業を開始したが、同年にタイではキャッサバへの害虫被害が深刻化し、生産量が激減した。
この状況は、現在に至っても続いており、需給のひっ迫から農家販売価格は高騰し、エタノールへの利用はコスト的に見合わないものとなっている。タイタピオカ取引業者協会によれば、キャッサバのエタノール仕向量は総生産量の3%程度とみられ、ここからのキャッサバ由来バイオエタノール生産量を推計すると、年間10万リットルにも満たないこととなる。
2.価格動向
〜原料価格高を反映して上昇傾向〜
エタノール取引については、エネルギー省が定める参考価格(Reference Price)が指標となっている。2007年2月、国内のエタノール原料価格などを考慮した生産コスト積み上げ方式による算定から、輸出も視野に入れた価格競争力強化のために、ブラジルのエタノール輸出価格に輸送費、保険料、関税などを加えるという計算方法が採用された。しかしながら、2009年4月以降、低価格による需要増は見込めるものの、マージンが低く抑えられることになる国内製造事業者からの強い要請を受け、以前の生産コスト積み上げ方式に回帰している。同時に、四半期に一度行われていた算定が、毎月行われるよう見直された。
エタノール参考価格は、原料となる糖みつ価格高により、上昇傾向で推移しており、2011年2月はリットル当たり26.73バーツと前年同月を27.2%上回った。糖みつ価格の上昇は、2010/11年度(10〜9月)のさとうきび農家販売価格が過去最高を記録したことなど、国際的な砂糖価格の高騰によるものである。
3.消費動向
(1)ガソホール販売量の動向
〜原油価格の上昇で増加も目標とは大きくかい離〜
タイにおいてバイオエタノールは、ガソリンに混合され「ガソホール(Gasohol)」として利用されている。国内で流通するバイオエタノールの用途は燃料に限られ、食用への混入を回避するための措置が義務づけられている 。なお、輸出用には当該措置の必要はない。
現在流通しているガソホールは、エタノール混合割合に応じてE10(エタノール混合割合10%)、E20(同20%)、E85(同85%)の3種類で、このうち主流となっているのはE10で、E20、E85はわずかとなっている。
E10にはオクタン価注195(いわゆるハイオク)およびオクタン価91(いわゆるレギュラー)の2種類があるが、E20およびE85はオクタン価95のみとなっている。なお、本稿では、オクタン価95のガソホールをそれぞれ、ハイオクガソホールE10、E20、E85、オクタン価91のガソホールをレギュラーガソホールE10と呼ぶこととする。
ハイオクガソホールE10は、2011年2月における販売量が1日当たり718万リットルと、ハイオクガソリンの同12万リットルを大幅に上回っている。
一方、レギュラーガソホールE10の1日当たり販売量については、2010年10月頃からの原油価格上昇に影響され増加傾向にあるものの、2011年2月の販売量は510万リットルとなっており、レギュラーガソリンの販売量(830万リットル)には及ばない。
ハイオクガソホールE20は、2008年1月から販売が開始され、順調に販売量を伸ばしており、2011年2月には1日当たり57万リットルが販売された。ハイオクガソホールE85は2009年9月に販売が開始されたが、対応車種が少ないため2011年2月の販売量は同1万4千リットルとなっている。
これらすべてを考慮したバイオエタノール使用量は、2011年4月現在では1日当たり125万リットルとなる。REDPで定められた2011年の国内でのバイオエタノール消費目標(同296万リットル)の達成率は4割を超える程度にとどまっていることになる。
注1 オクタン価・・ガソリンのアンチノック性を示す数値
(2)ガソホール価格の動向
〜E20、E85には手厚い優遇措置〜
ガソホールの需要を決定する大きな要素は、ガソリンとの価格差となっている。ガソリン、ガソホールの価格は、原価+物品税+地方税(物品税の10%)+石油基金(Oil Fund)注2積立金+エネルギー保護基金(Conservation Fund)積立金+付加価値税(VAT)+マージン から構成されている。タイ政府は、石油基金への寄与度についてエタノールの混合割合に応じて設定することにより、ガソホール価格が通常のガソリンよりも安くなるように、さらには、エタノールの混合割合が高いほど割安となるように措置している。
具体的に、2011年5月の価格を見ると、通常のガソリンの石油基金への積立金はハイオクガソリンがリットル当たり7.5バーツ、レギュラーガソリンが同6.7バーツに設定されている。一方で、ハイオクガソホールE10は同2.4バーツ、レギュラーガソホールE10は同0.1バーツと、ガソリンより低い。さらにエタノールの混合割合の高いハイオクガソホールE20、E85に対しては、基金への積立が義務付けられていない上、逆に基金から補助金(E85が同13.5バーツ、E20が同1.3バーツ)が交付される。
こうした措置によって、5月24日現在の小売価格は、ハイオクガソリンがリットル当たり47.84バーツ(約135円、1バーツ=2.83円、4月末日TTS相場)、レギュラーガソリンが同42.44バーツ(約120円)であるのに対し、ハイオクガソホールE10が同37.54(約106円)バーツ、レギュラーガソホールE10が同35.04バーツ(約99円)、ハイオクガソホールE20が同34.14バーツ(約97円)、ハイオクガソホールE85は同22.22バーツ(約63円)となっている。
注2 石油基金・・・輸入ガソリンを含む燃料の価格変動に対するセーフティネットのために設置されている基金
このように、タイ政府は、ハイオクガソホールE20およびE85については、国際的に原油価格が上昇する中で、将来的に重要な選択肢の一つとなるとの考えの下、手厚く優遇している。しかしながら、E20およびE85の普及に当たっては、車両とガソリンスタンドにおけるインフラの問題など課題も多い。
現在販売されている車両は、ほぼすべてE10には対応出来ているものの、多くがE20およびE85には対応していない。また、ガソリンスタンドで提供できる燃料の種類は給油ポンプの数で制限されているため、販売の拡大には、ある一定水準まで市場における需要が高まっていることが求められる。
4.輸出動向
〜年によってばらつき〜
エタノール輸出量は年によってばらつきがあり、2009年には前年比76.3%減の1562万リットルと大幅に落ち込んだが、2010年には一転して4523万リットルと大幅な増加を見せた。主な輸出先は、シンガポール、フィリピン、台湾、豪州である。また、生産者の中には日本市場への興味を持つ者も少なくない。
関係者によれば、エタノールの輸出については、その都度エネルギー省に申請を行う必要があり、国内需給がひっ迫する際には許可が下りない場合もあるとのことである。
5.今後の見通し
〜政府はディーゼルの価格安定を優先〜
タイではディーゼル燃料価格が、折からの原油価格高騰によって上昇傾向にある。ディーゼル燃料は、バスなどの公共交通機関や輸送用コンテナ車が使用する主要燃料であり、その販売量もガソリン由来燃料を大幅に上回っている。2011年2月の1日当たり販売量は、ガソリン由来燃料の合計2128万リットルに対し、輸送用燃料の高速ディーゼルが5329万リットル(うちディーゼルB3(バイオディーゼル3%混合ディーゼル)が4591万リットル)となっており、ディーゼル燃料価格の上昇は、経済全体に与える影響が大きい。このため、政府は、現下の原油価格高騰への対応として、将来的にガソリン代替燃料としての役割を担うガソホールを普及するのではなく、即効性が期待できるディーゼル価格の抑制に力を注いでいる。
その方法は、石油基金への積立金の額を減額、または基金からの補助金を交付するというものである。さらに4月18日、新たな方法として、物品税の引き下げを決定した。これにより、1リットル当たりの物品税は、5.31バーツから0.005バーツに引き下げられ、これに伴う付加価値税の減額とあわせると、合計で同5.70バーツが減額されることとなった。これらの措置によって、ディーゼル燃料の小売価格は、2010年12月以降、同30バーツを下回る水準で推移している。
原油価格の上昇は、ガソホールの消費拡大の追い風とはなってはいるが、政府は前述したディーゼルの価格安定に手一杯となっている。関係者の間では、政府がガソホールに対して、さらなる価格競争力を与えるような優遇措置を設けることや課題となっている車両やガソリンスタンドなどのインフラ整備を行う余裕はない、との見方が強い。
こうしたことから、短期的には砂糖やタピオカでん粉需給に影響するほどエタノールの需要が急増することは考えにくい。しかしながら、関係者の多くが、エタノール需要は長期的には増加傾向で推移すると見ていることから、引き続きエタノールの生産および関連政策などについて注視していきたい。
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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