ボーロとばれいしょでん粉
最終更新日:2012年1月10日
ボーロとばれいしょでん粉
2012年1月
株式会社大阪前田製菓 代表取締役社長 前田 重和
【要約】
「ボーロ」はばれいしょでん粉を主原料とし、口の中ですっと溶けるというばれいしょでん粉の特徴を活かし、離乳期の赤ちゃんの「のどに詰まることが無い」、安全なお菓子としてのポジションを確立させた。
弊社では2011年度春まで、もっとも安心・安全な原材料として国産ばれいしょでん粉のみで長年製造してきた。しかしながら、昨今の国産ばれいしょの大不作で、国産ばれいしょでん粉の入手が非常に困難になり、弊社のビジネスの継続性に大きな影を落とすまでになっている。ばれいしょでん粉関係者各位には、安心・安全なばれいしょでん粉の安定供給に全力を挙げていただけるよう強く要望するものである。
1.乳ボーロ(ボーロ)の基礎知識・製造法
「ボーロ」は1543年にフランシスコ・ザビエルが長崎に来た際に持ってきた南蛮菓子の中の「BOLO」が語源という説が有力である。当時の「BOLO」は小麦粉を主原料としており、ばれいしょでん粉を主原料としている現在の乳幼児用の「ボーロ」とは大きく異なる。もっとも、ザビエルがもたらした「BOLO」は、現在も九州を初めとして全国で根強い人気のお菓子として存在している。弊社もザビエルの「BOLO」を乳幼児用にアレンジし「ソフトボーロ」として提供させていただいている。
ばれいしょでん粉を主原料とした「ボーロ」は大正時代に開発されたと聞いているが、ここでは、これ以降「ボーロ」はばれいしょでん粉を主原料としたものを指すこととする。
(1)「ボーロ」の製造方法
「ボーロ」の主原料は、ばれいしょでん粉(約60%)、砂糖、鶏卵である。必要に応じて脱脂粉乳や水飴、ぶどう糖なども加えて製造している。
製造工程の流れは、以下のとおりである。
生地練り→圧延→切断→整丸→整列→焼成→計量・包装
(2)「ボーロ」がばれいしょでん粉を主原料としている理由
「ボーロ」は赤ちゃんが「人生で初めて口にするお菓子」である。弊社では、鶏卵を使用していることから、生後7カ月以降に「ボーロ」を食していただくことを前提としているが、その際に大切なのは、安全性と栄養ということになる。特に重要なのは、安全性であり、何よりも「のどに詰まらない」お菓子である必要がある。その点、「ボーロ」の主原料であるばれいしょでん粉の特徴は、何といっても口の中ですぐにさっと溶けるということである。どなたも小さい時に「ボーロ」を食べた経験があり、「ボーロは安心・安全」というイメージは定着している。
余談ではあるが、筆者が1992〜94年に米シカゴ郊外、ノースウエスタン大学ビジネススクール(MBAコース)に在籍していた際、マーケティングの授業でアメリカ市場における「ボーロ」需要性の調査を実施した。長男が通っていた0歳児対象の保育園の父兄に対し「ボーロ」を提示し、感想を聞いたものであるが、見ただけでは「のどに詰まりそうで与えたくない」という回答が圧倒的であった。試食するように促すと、口の中で瞬時に溶けることを体験し“日本の奇跡だ”という驚きの賛辞をいただいたことを覚えている。
アメリカ人が“奇跡”と称する溶けやすさに加え、噛むとさくっと砕けるやさしい食感、さらには、ばれいしょというなじみのある作物からとれたでん粉を使っているという安心感も、乳幼児を持つお母さんたちの支持を受け続ける大きな要素であろう。
ちなみに、ばれいしょでん粉以外にもたくさんのでん粉があるが、(少なくとも弊社では)他のでん粉では「ボーロ」の製造ができない。何をおいても、あの口溶けややさしい食感が再現できないのである。
(3)国産ばれいしょでん粉を使用している理由
弊社では10年以上国産のみでの製造にこだわってきた。その理由にはいくつかある。
その1
食の安全意識の高まりに応えうる国産原材料の安心感−「ボーロ」の一番大切なことは安全・安心なお菓子であるということである。さっと溶ける安心感に加え、原材料も安心・安全なものが求められる。お母さんを中心に、最も安全な原材料として国産ばれいしょでん粉は絶大な信頼を得ている。
その2
周知のことであるが、でん粉ユーザーが関税割当外のばれいしょでん粉を輸入する場合、調達コストが高額となる。一方、「ボーロ」の原料として使用可能な輸入でん粉には、リン酸架橋加工を施されているものと砂糖とのミックス粉がある。昔は、輸入ミックス粉はその価格の安さもあり、弊社も使用していた時期があった。しかしながら、当時の海外のミックス粉製造の技術力の未熟さなのかあるいは安全に対する意識の違いなのか、ミックス粉に異物混入が極めて多く、当然ながら商品としての弊社の「ボーロ」に対するクレームも頻発し、短期間で国産に戻した。
また、そもそも「人生で初めてのお菓子」に不要な加工や添加物を入れることを弊社としては是としない。それ以来、お客様の信頼を勝ち得るためにも国産オンリーで製造することを戦略の中心としてきた結果、幸いに「ボーロ」では市場において高い信頼を獲得することができたのである。
現在の海外の技術は大きく進歩しているとは想像されるが、当社は国産ばれいしょ使用にこだわり続けたい。
その3
国産ばれいしょでん粉でしか製造が出来ない商品がある。弊社の「卵卵ぼーろ」という大玉の「ボーロ」は、斜里町の工場で製造される分級タイプのでん粉主体で製造している。これは、でん粉の粒子の大きさを選別・コントロールしたでん粉である。同製品の製造において、このでん粉以外では表面のつやも出にくく、食感も理想のものにはなかなか近づけられない。
2.「ボーロ」のお客さまの拡がりに関して−日本の国民菓子を目指す
「ボーロ」は乳幼児のために開発されたお菓子である。しかしながら、想定していなかったお客様にも広く受容されるようになった。
一つには、お年寄りの需要である。お年寄りは、年とともに噛む力が弱くなってきて、唾液の分泌もすくなくなってこられることが多い。「ボーロ」は溶けやすさと栄養価の高さから、家族や介護施設が安心してお年寄りにも提供できるお菓子との評価をいただくようになった。
同様に、病中や病後の方にも需要があるようである。お医者様によっては胃の手術後に「ボーロは大丈夫」と奨めていただける場合もあると聞く。医学的に立証されているかどうかは筆者も承知していないが、「ボーロ」の栄養と口溶けの良さおよび身体への負担の少なさは認識されているのではないかと考えている。
さらにうれしいことに、コンビニエンスストアでの販売が好調なことがある。色々なお客様がいらっしゃる中で、若い女性向けの商品を開発したところ意外な好評を得た。背景をきちんと分析をしているわけではないが、嬉しい誤算であり、「ボーロ」は日本の「国民菓子」になりうるのでは無いかと期待している。
3.今後の「ボーロ」をとりまく原材料事情
2011年4月末に卸元から「今期のでん粉供給量の10%カット」という要請があった。新物のばれいしょでん粉の供給は実質2010年10月からスタートしているわけであるから、7カ月が終了した時点での供給カット通知である。弊社では営業販売員の努力もあり4月末まで、対前年110%の好調な販売を継続し、7カ月で8カ月分のばれいしょでん粉を使用していた。それゆえ、残り5カ月で3.5カ月分の材料しかないという状況に陥ったのである。休売1.5カ月となるとスーパーの店頭からカットされ、復活には少なくとも半年かかる。そうなれば、企業存続の危機である。幸いにして、社員全員の懸命の努力とスーパー様・卸店様のご理解、協力会社様のお知恵とご協力を得て、なんとかさまざまなばれいしょでん粉をかき集め、危機を乗り切ることが出来た。
「10%カット」の背景については、年間20万tとれるはずのばれいしょでん粉が16万t弱しかとれなかったことにつきる。
収穫量の激減の要因の一つには北海道におけるばれいしょの作付け面積が年々低下していることがあるようだ。北海道で農家をしている友人に聞くと、農家の働き手も年々高齢化しており、ばれいしょ製造もかなりの部分が機械化されているとはいえ、例えば収穫の際にトラクターに乗ることも高齢者にはきつい仕事らしい。また、ばれいしょの生産では収入が十分に得られず、作付面積を増やす強い動機付けが見つけにくいとも聞いた。ここ数年、収穫量減少の影響で需要家の買い取り価格が高騰してきている。
もう一つの要因は、気候の変化である。2010年度は、北海道にあるはずがない「梅雨・冷夏の被害」を受け、大不作となった。
2011年度は、2度にわたる台風が北海道を襲った。結果、ばれいしょの成長期や収穫期にダメージを受け、ばれいしょの収穫は本年度も昨年並みに厳しい見込みという報告を受けている。(2011/11/08現在)
中・長期的に見ると、北海道の気候がばれいしょの収穫に向かない方向に向かっていると思われ、今後上向くことはなかなか考えにくい状況になっているようである。
このように、国産ばれいしょでん粉主体のビジネスを継続する弊社にとって、原材料の供給問題は死活問題である。他のでん粉に代替えにすることができないから、なおさら避けることのできない打撃となりうる。
ばれいしょでん粉関係者には、国産ばれいしょでん粉の供給を維持、増加させるために最大限の配慮を強く願いたい。弊社は国産一本でビジネスを継続したいのは言うまでもない。前述のように引き取り価格の引き上げが、ここ数年行われている。多くの需要家は良い原材料を得るためには、一定の価格負担の増額もやむ無しとする「善良な需要家」である(ちなみに、現状の市場環境では原材料コストが上昇しても末端価格をあげることはできない)。しかし、必要な原材料コストの上昇を受け入れたとしても、供給量が不足しているのが現状である。
世界にはドイツ・オランダ・フランス・デンマークなど大規模にばれいしょでん粉を生産している国がある。気候の変動などからどうしても国産ばれいしょでん粉の生産量を増やすことができないのであれば、世界各地から、もっとも安心で安全、しかもおいしいでん粉を、加工することなく輸入してでも「善良な需要家」に原材料を十分に供給することは供給側としての当然の役割であろう。
国産ばれいしょでん粉の供給が現状のまま推移するならば、弊社のビジネス継続、そして「国民菓子」である「ボーロ」の市場への供給が非常に困難になるのである。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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