神が宿るトウモロコシ
最終更新日:2012年6月11日
神が宿るトウモロコシ
2012年6月
社団法人 菓子・食品新素材技術センター 理事長 中久喜 輝夫
<起源>
数万年前、モンゴル系民族はアジアから陸続きであった新大陸アメリカに移動した。そして、およそ2万年前にはアメリカ大陸全土に定住するようになった。彼らはそこで雑草として生い茂るトウモロコシ(コーン)の原種に遭遇したのである。原産地はメキシコとボリビアと推定されているが、紀元前7000年頃にはすでにメキシコで栽培されていたという。当時のトウモロコシは小麦の穂のような形をした雌穂であり、それを食糧としていた。それを、アズティクやマヤ、インカ帝国時代の農民が改良に改良を重ねて今日のトウモロコシのような形態になったと推定されている。何千年もの長い年月をかけて育種されたトウモロコシは、原住民にとっては神々が住むと信じざるを得ないほど、生きるための食糧として重要な作物だった。アメリカ大陸の各地には、人類の創世などトウモロコシに関わる多くの神話、伝説、民話が伝えられている。今でもメキシコでは、トウモロコシの粒には神が宿ると信じられている。グアテマラで女性初のノーベル平和賞を受賞したメンチューはいう「トウモロコシは私の命だ。私たちはトウモロコシでできた人間である」。
トウモロコシは一般にコーン(Corn)またはメイズ(Maize)と呼ばれ、学名はZea mays L.である。Zea は穀物、maysはアメリカ大陸先住民の呼び名、Lはスウエーデンの植物学者Linneの頭文字である。
<伝播>
コロンブスのアメリカ大陸発見(1492年)により、種子がスペインにもたらされた後、またたく間にヨーロッパ諸国に広まり、その後、フランス、イタリア、トルコ、西北アフリカに伝わった。アジアへは16世紀半ばから始まり、中国にはポルトガル、あるいはアフリカからチベット経由で伝播、またフィリピン、インドネシアにはスペインより伝えられ、それが東南アジアに広まったという。
日本にトウモロコシを伝えたのはポルトガル人で、天正7年(1579年)に長崎に伝わり、その後、四国の山間地帯、阿蘇や富士の山麓で漸次栽培されたという。「トウモロコシ」という名前からは、中国(唐)からもたらされたコーンも多かったものと推定される。本格的な栽培は明治以降、アメリカから多くの優良品種を輸入し、栽培に適した北海道に定着した。当時の品種はフリントコーン(硬粒種)と言われる品種で、粒を煮たり、粉末を餅にして食べたと「本朝食鑑」に記載されている。
<名前の由来>
トウモロコシは玉蜀黍と標記される。この言葉の意味は「穀粒が玉のような蜀黍(モロコシキビ)」という意味。蜀黍はもともと日本古来の黍(キビ)に対して中国(三国時代の蜀)の黍(キビ)という意味で、蜀(モロコシ)の黍(キビ)と名付けたものであり、この「モロコシキビ」が後になって「キビ」が略され、「モロコシ」と一般に呼ばれるようになった。その後、新しく中国から入ってきた黍を唐(中国という意味)のモロコシという意味で「唐モロコシ」、すなわち「トウモロコシ」と呼ぶようになった。
<生態>
トウモロコシは雌雄異花、被子植物門、単子葉植物綱、顕花目、イネ科に属する一年生植物。ひとつの株に雌花と雄花とが別々に付く。初夏に開花、雄花が雌花より二日ほど早く咲き、雄花は茎頂にススキのような穂が付く。一方、茎と葉の付け根に数枚の包葉に包まれた雌の穂を付ける。トウモロコシの雌穂からは絹糸(シルク)と呼ばれる糸状の花柱を出し、これに花粉が付いて受粉が行われる。このシルク一本を通じて受精し、トウモロコシの粒ひとつになる。従って、トウモロコシの粒の数だけ絹糸の数があることになる。いわゆる代表的な風媒花であるが、トウモロコシは自分自身、雌花と雄花を持っているにも関わらず、自分自身では受粉する事はなく、他の雄花、あるいは雌花と受精する浮気な植物(?)でもある。一株に子実は二つから三つ付き、通常はその中の最上位のみが結実する。品種は粒質で分類すると7種類ほどあり、澱粉生産用原料、菓子用途、また、飼料用途に用いられている。生食あるいは加熱処理して食べられている品種はスイート種とポップ種である。
<将来>
世界の三大穀物はトウモロコシ、コムギ、コメである。その中でも、トウモロコシは光合成の効率が高く、世界最大の生産量を誇っており、現在、世界で年間約8億7000万トン以上生産されている。まさに、穀物の王様とまで呼ばれるようになった所以である。また、工業的にも世界的にコーンインダストリーが進展し、トウモロコシは飼料として、澱粉資源として、また、製紙用途や生分解性ポリ乳酸生産などの工業用途として、さらに、近年バイオエタノール用の原料として利用されている。我が国でも、飼料用及びコーンインダストリーの原料として年間1600万トン以上輸入されている重要な穀物である。
現在、トウモロコシは遺伝子組換え体での栽培が8割を超える。将来、世界の人口増大に伴う食糧問題及び化石エネルギーの枯渇問題等の解決は、光合成による効率的な再生産が可能な「神が宿るトウモロコシ」の生産量の拡大如何にかかっていると言っても過言ではない。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-8713