EUのでん粉事情
最終更新日:2013年1月10日
EUのでん粉事情
2013年1月
調査情報部
【要約】
・2010年のEUでん粉生産量は製品重量ベースで世界の生産量の16%を占めており、EUのでん粉製品生産内訳のうち天然でん粉は26.2%、化工でん粉は17.5%を占めている。EUにおいて生産される天然でん粉は、ばれいしょでん粉、小麦でん粉、コーンスターチである。
・近年、主要生産国の各でん粉の生産状況をみると、ばれいしょでん粉生産量はばれいしょの作柄により増減し、小麦でん粉、コーンスターチの生産量は多少の増減はあるものの安定している。
・2011年のEUにおける各天然でん粉の輸出状況をみると、輸出量は前年に比べ減少しており、FOB価格は前年に比べ上昇している。特にばれいしょでん粉のFOB価格は、倍近く急騰した。
・天然でん粉生産コストに占める原料コストの割合は6〜7割である。2011年はすべての天然でん粉で生産コストが過去6年間で最大となったものの、小売価格も上昇していることから、オランダを除いて利益は前年より増加している。
・EU化工でん粉の生産は2005年以降増加傾向で推移している。主要生産国の一つであるドイツにおける2011年の生産量は前年から減少しているものの、その他の国では増加しており、同年のEU全体の輸出量はほぼ前年並みとなっている。
・EU産はばれいしょでん粉における生産量の増減や生産コスト高は、我が国を含めた輸入国にとって懸念材料となっている。
はじめに
EUの天然でん粉産業では、ばれいしょ、とうもろこし、小麦を原料としてでん粉を生産している。特にばれいしょでん粉については世界の生産量の約3/4を占めており、我が国が2011年輸入したばれいしょでん粉1.1万トンの99%はEU産である。また、化工でん粉については世界の生産量の約1/4を占めており、我が国が輸入した化工でん粉(でん粉誘導体、デキストリン)45.4万トンの11%はEU産である。
本稿では、このようなばれいしょでん粉をはじめとしたEUの天然でん粉産業について需給状況および生産コストの動向を、化工でん粉産業について需給状況を、英国の調査会社LMC社の報告に基づき紹介する。
なお、本レポートの為替レートは2012年11月末日TTSレート、1ユーロ=105.05円とする。
1.EUのでん粉需給
2010年の地域別でん粉製品重量ベースの生産割合をみると、EU地域は、132万トンと世界の生産量の16%を占めている。
また、2010年EUのでん粉製品生産の内訳は、糖化製品52.2%、天然でん粉26.2%、発酵製品4.1%、化工でん粉17.5%であった。
EUにおいて生産されている天然でん粉は、主にばれいしょでん粉、小麦でん粉およびコーンスターチである。EUのばれいしょでん粉と小麦でん粉の生産量が世界に占める割合は高く、2010年においては、ばれいしょでん粉75.0%、小麦でん粉56.8%となっている。
(1)ばれいしょでん粉
ばれいしょでん粉の生産量は、2008年以降増加傾向で推移しており、2010年には120万トンとなった。
生産量は、生産割当制度により制限されていた。各国別の割当数量は表1のとおりであった。生産割当数量はドイツ、オランダ、フランスの順に多く、我が国への輸出量が多いデンマークを加えた4カ国の割当数量を合計すると159.6万トンとなり、EU全体の生産割当数量194.8万トンの82%を占めていた。生産割当数量内のばれいしょでん粉について、製造メーカーはプレミアムと呼ばれる補助金を、でん粉用ばれいしょ生産者は生産補助金を受けることができていた。2008年のEU共通農業政策(CAP)の見直しにより、2012年6月末でこれらの補助金制度やでん粉用ばれいしょの最低保証価格制度は廃止された。2012/13年度(7月〜翌6月)以降、生産割当による補助金制度の廃止は単一支払制度に組み込まれるため、実質的な生産への影響は少ないとされているが、最低保証価格制度の廃止は、今後のばれいしょでん粉供給量への影響が懸念されている。
2011年のばれいしょでん粉の輸出量は、前年比40.4%減の29万トンと大きく落ち込んだ。FOB価格は前年比96.2%高のトン当たり750ユーロ(約7万9000円)と前年から高騰している。
(2)小麦でん粉
小麦でん粉の生産量は、近年増加傾向で推移しており2010年には72万トンとなった。主要生産国は、ドイツ、フランス、英国であり、この3カ国の小麦でん粉生産量合計はEU生産量の6割以上を占める。また、図4のように、生産量と消費量との差が少ないことから、生産量の多くが域内需要に向けられていることが特徴である。
2011年の小麦でん粉輸出量は、前年比53.0%減の2.8万トンと大きく落ち込んだ。FOB価格は前年比53.0%高のトン当たり480ユーロ(約5万円)と前年から上昇しており、日本向けFOB価格についても前年比10%高の570ユーロ(約6万円)と上昇した。
(3)コーンスターチ
コーンスターチの生産量は、近年ほぼ横ばいで推移しており、2010年は115万トンであった。主要生産国は、スペイン、フランス、イタリアであり、ルーマニア、ハンガリーなどの東欧ではとうもろこしは生産されているが、コーンスターチの生産は僅かである。
コーンスターチの主な輸出先は、北アフリカ地域の国である。スイス向けも毎年一定の輸出実績がある。2011年のFOB価格は、前年比38.7%高のトン当たり580ユーロ(約6万1000円)と他のでん粉同様前年から上昇している。
(4)化工でん粉
化工でん粉の生産量は、210万トンで、2007年から増加傾向で推移しており、2010年は211万トンと世界の27.5%を占めた。主生産国のフランス、オランダ、ドイツで、EU生産量の6割近くを占める。オランダでは、化工でん粉は国内消費よりも輸出にむけられる割合が他の主生産国に比べて多いのが特徴である。
2011年我が国が輸入した化工でん粉(デキストリン、でん粉誘導体)輸入先国のうち、輸入量が多かったEU域内の国は、デンマーク、フランス、ドイツ、スウェーデンであった。 主生産国の2011年の化工でん粉生産量は、フランスで前年比1.8%増の44.8万トン、オランダで同4.8%減の43.3万トン、ドイツで同22.9%減の29.7万トンとなった。ドイツでは2011年に消費量が生産量を上回った。
デキストリンおよびその他の化工でん粉の主要輸出先国は、トルコ、米国、スイスであったが、2005年以降、トルコ、中国、ロシアとなっている。2011年のFOB価格は、前年比18.9%高のトン当たり890ユーロ(約9万3000円)と上昇した。国別では、フランスで前年比6.5%高のユーロ当たり965ユーロ(約10万1000円)、オランダで同1.3%安の同747ユーロ(約7万8000円)、ドイツで12.6%高の同794ユーロ(約8万3000円)と、オランダ以外では前年に比べ上昇した。輸出量が増加している中国向けで同790ユーロ(約8万3000円)、ロシア向けで同830ユーロ(約8万7000円)とFOB価格は高水準であり、EUにとって有望な市場となりつつある。
2.天然でん粉の主要生産国における需給
(1)ドイツ
2011年のばれいしょ生産量は、春先の植付けと生育状況が順調であったことから前年比16.1%増の1184万トンとなった。この内でん粉用に仕向けられた量は、約150万トン(ばれいしょ生産量の13%)と推定される。注
一方、同年のばれいしょでん粉生産量は、前年比26.2%減の29.9万トンと大幅に減少し、過去6年間で最低の水準であった。
注:ばれいしょを原料としたでん粉歩留を20%として、でん粉生産量から割り戻した。フランスも同様に計算。
2011年の小麦生産量は、前年比4.2%減の2300万トンである。その内半分が飼料向けで、でん粉用を含む食品向けは36%である。
一方、過去6年間の小麦でん粉生産量は30万トン前後で推移しており、2011年は28.9万トンであった。同国の国内消費はばれいしょでん粉よりも小麦でん粉が主流である。
2011年とうもろこし生産は、前年比23.1%増の517万トンとなった。その内でん粉用を含む食品向けは23%で、65%が飼料向けとなる。でん粉用途の品種はデントコーンであるため、フリントコーンとデントコーンの交雑種を多く栽培するドイツ産のとうもろこしはでん粉用途には不向きとされている。
一方、同年のコーンスターチ生産量は、過去6年間で最低水準であった2006年とほぼ同水準の6.2万トンで前年から34.7%減少した。
(2)フランス
2011年のばれいしょ生産量は、データが未公表であるものの前年から増加するものと見込まれている。でん粉用に仕向けられた量は、47万トンと推定される。
一方、同年のばれいしょでん粉生産量は、前年比31.1%減の9.3万トンと大幅な減少となった。
2011年の小麦生産量は、前年とほぼ同様の3800万トンとなった。その内ドイツ同様最も使用割合が高い用途は飼料向けで、でん粉用を含む食品向けは36%である。
一方、同年小麦でん粉生産量は、前年比0.7%減の13.4万トンと2年連続13万トンを超えた。近年、同国の小麦でん粉FOB価格はコーンスターチFOB価格とほぼ同水準となっている。
2011年のとうもろこし生産量は、収穫面積が前年から微減したものの、夏季に生育のための降雨に恵まれたことから単収が大幅に増加し、前年比11.9%増の1500万トンとEUの生産量の約1/4を占めた。その内、でん粉用を含む食品向けはわずか4%に過ぎず、80%近くが飼料向けに仕向けられる。
一方、同年コーンスターチ生産量は、前年比2.4%減の16.6万トンと過去6年間で最低水準となった。
(3)オランダ
2011年のばれいしょ生産量は、生育期の天候が良好であったことから前年比7.1%増の733.3万トンで、その内でん粉用は29.5%の216.3万トンであった。同国での種イモは他のEU諸国よりも多く生産され、また品質の高さから輸出としての引き合いが強い。でん粉用の生産地は、北部地域(フローニンゲン州、フリースランド州、ドレンテ州)、東部地域(オーバライセル州、ヘルダーランド州)である。北部地域は生産量の9割を占める。
一方、同年ばれいしょでん粉の生産量は、前年比42%減の14.5万トンと大幅な減少となった。
(4)デンマーク
2011年のばれいしょ生産量は、前年比19.2%増の162万トンであった。その内でん粉用は90.4万トンで、前年に比べ30.8%増加した。国内で最も生産量が多い中央ユラン地域では、48万トンが生産されている。次いで、南デンマーク地域で22万トン、北ユラン地域で20万トンとなっている。
一方、同年ばれいしょでん粉の生産量は、前年比30%減の10.5万トンと大幅に落ち込んだ。なお同国では、ばれいしょ以外の作物を原料としたでん粉生産は行われていない。
3.天然でん粉の生産コスト
(1)ばれいしょ
2011年のばれいしょでん粉の生産コストは、ドイツ、フランス、オランダでトン当たり385ユーロ(約4万円)、デンマークで同357ユーロ(約3万8000円)と、2005年と比べ原料コストの上昇により高水準となった。生産コストに占める原料費の割合は、この4カ国において約7割と高いシェアを占めている。原料コストは上昇しているものの、フランス、デンマーク、ドイツではばれいしょでん粉小売価格も高騰しているため、高い利益水準を維持できている。一方で、オランダは原料コストが他の3カ国よりも高いトン当たり300ユーロであったうえ、ばれいしょでん粉小売価格が上昇しなかったことから、利益水準は他3カ国に比べ低水準となった。
(2)小麦でん粉
2011年の小麦でん粉の生産コストは、フランスでトン当たり324ユーロ(約3万4000円)、ドイツで同343ユーロ(約3万6000円)であった。生産コストに占める原料コストの割合は両国ともに6割程度で、2005年と比べ原料コストはドイツで3.2倍と大幅に増加している。
(3)コーンスターチ
コーンスターチの生産コストは、2009年以降上昇しており、2011年ではフランスでトン当たり353ユーロ(約3万7000円)、ドイツで同360ユーロ(約3万8000円)となった。生産コストに占める原料コストの割合は両国ともに5〜6割程度で、2005年に比べ原料コストはフランスで2.0倍、ドイツで1.7倍となっている。2010年には原料コストの上昇とコーンスターチ小売価格の下落を背景に、利益が減少したものの、2011年には小売価格が大幅に上昇したことから、両国ともに利益は増加している。
まとめ
近年の各天然でん粉におけるEU域内の主要生産国の生産動向をみると、ばれいしょでん粉はばれいしょの作柄により変動が激しく、小麦でん粉、コーンスターチは増加傾向もしくはほぼ同水準で推移している。また、2011年の各天然でん粉生産コストは、その大半を占める原料コスト高を背景に上昇し、小売価格やFOB価格へ影響を与えた。これら原料コストの上昇の要因は、ばれいしょでは原料不足、小麦、コーンスターチでは穀物市場価格高である。一方、化工でん粉は安定した生産量を維持しているものの、FOB価格の上昇やロシア、中国といった新たな輸入国が出現している。
EU産ばれいしょでん粉の生産量の増減や生産コスト高は、輸出量の変動やFOB価格の上昇の要因となる。EU産ばれいしょでん粉は輸出向けが多いことから、これらが世界のばれいしょでん粉需給に与える影響は大きい。そして、我が国を含めたばれいしょでん粉輸入国にとって、これらの状況は大きな懸念材料である。
今後は、2008年CAP見直しによるでん粉産業関連政策の廃止が与えるでん粉原料供給への影響や2011年高騰した天然でん粉の生産コストについて、引き続き注視する必要があろう。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-8713