EUの新規就農支援の状況
最終更新日:2016年5月6日
EUの新規就農支援の状況
【要約】
EUでは、日本と同様に農業従事者の減少・高齢化などから今後の安定した農業生産の継続が懸念されている。このような中で、新規就農のため、EUでは各種多様な政策的支援が実施されている。今回、EUの各種就農支援の概要に加え、主要農業生産国であるフランス、英国、オランダ、デンマークの現地状況を報告する。
はじめに
日本では、高齢化や離農者の増加などを背景に農業従事者の減少が続いており、農畜産物生産の減少が懸念される中で、新規就農者、特に若年層を中心とした担い手の育成が急務となっている。このような動きは、日本のみならずフランスやデンマークなど農業大国を抱えるEUでも見られ、今後の安定した農畜産物生産と供給の継続が懸念されている。
本稿では、前半としてEUの共通農業政策(CAP)改革の中で行われる各種就農支援の概要を、後半として主要農業生産国であるフランス、英国、オランダ、デンマークの対策を紹介する。
なお、本稿中の為替相場は1ユーロ=129 円(2016年3月末日TTS相場:129.20 円)、1デンマーククローネ=17.44円(2016年3月末日TTS相場)を使用した。
1.EUの新規就農対策
(1)共通農業政策(CAP)による取り組み
CAPは、農業を通じた公共利益創出のための農業者支援を目的に、1962年に策定され、その後の加盟国の拡大や国際的な農業交渉への対応などの観点から、数度にわたる改正が行われてきた。
2013年に合意された現行のCAP(新CAP、対象期間:2014〜2020年)では、食料安全保障の確保、すなわち、安全かつ安定的な食料供給を確保しつつ、資源効率、気候変動、生物多様性といった環境問題への対応など、大幅な見直しが行われた。さらに、農村地域の保全を図りつつ、EU域内全体の包括的発展を促すこととし、この目標を達成するため、新CAPの予算の枠組みも大きく変化した。
CAPは、主に2つの柱で構成されており、新規就農対策は、従来、農村開発を目的とした「第2の柱」の中に組み込まれてきた。しかし、各加盟国で新規就農者の必要性が取りざたされてきたことで、今回、新CAPにおいては、その中心政策である直接支払いを実施する「第1の柱」の一部として、新規就農対策が組み込まれたことが特筆される。
新CAPを構成する2つの柱
○「第1の柱」
新CAP予算全体の約70%が、「第1の柱」である農家への直接支払いに充てられる。この直接支払いは、農家の所得補償を意味するものであり、生産する農畜産物の種類にかかわらず全ての農家が補助の対象となる。新CAPでは、この受給条件として、食品の安全性、環境、気候変動に対し一定の配慮を行うことが加えられた。各加盟国では、直接支払いのうち、約70%を基本支払い制度(BPS)に充て、約30%を持続可能な農業活動を対象とした「緑化支払い」に充てることとされた。
さらに、新CAPには、各加盟国に対し、この「第1の柱」の総予算の2%を上限に、新規就農対策となる青年就農スキーム(YFS)の実施が組み込まれた。
○「第2の柱」
新CAP予算全体の約30%が、「第2の柱」である農村開発に向けられる。新CAPでは、農村地域の景観対策や条件不利地域対策などの従来のスキームが維持され、加盟国もしくは地域は、農村開発を目的とした以下の6つの「優先項目」の下で個別の農村開発プログラム(RDP)を作成する。新CAPでは、各加盟国の実情に合わせて、EU28カ国で総計118のRDPが実施される。
(1)知識伝承と技術革新の推進
(2)農業の競争力と森林の持続可能性の強化
(3)加工業を含めたフードチェーンの組織化、マーケティングおよびリスク管理の推進
(4)自然保護地域の保全および生態系の維持
(5)資源の効率化および低炭素社会の推進
(6)社会参加、農村地域の貧困削減および経済振興
新CAPの策定をめぐっては、新規就農対策、特に若年層に対する支援の枠組み強化が主な焦点となった。その結果、初めて「第1の柱」に前述のYFSが組み込まれ、これにより全加盟国での実施が義務付けられたことから、CAP全体として新規就農対策がより重視される結果になったといえる。また、「第2の柱」では、RDPの下での就農支援など、新規就農者に対する幅広い対策が可能となっている。
(2)新規就農支援の重要性
2010年に行われた欧州委員会の調査によると、EU域内全体の農業経営者に占める34歳以下の割合は、わずか7.5%にすぎず、45歳以上64歳以下が多くを占め(46.3%)、65歳以上は29.7%に上る(表1)。各加盟国で差はあるものの、全体的に若年層の割合が低くなっている。
このためEUは、この状況が続くと以下の目的の達成などが困難であるとし、若年層を主体とした新規就農者の増加による世代交代の推進および農業分野での新たな経済活動の創出・発展を喫緊の課題としている。
・EU市民への十分な食料供給とグローバルな食料安全の確保
・EU農業の競争力強化
・環境に対する持続可能性の強化(農業による景観維持の役割を含む)
・農村地域の安定的・持続的な発展
(3)新規就農対策の概要
新規就農に際しては、複雑な手続き、土地・設備投資への多額の費用負担など、さまざまな問題に直面することが多い。このため、EUでは、農業を開始してからの5年間を、経営を長期的に続けられるかどうかを決定する重要な期間と位置付けており、新CAPではこの点を重視した新規就農対策の制度設計が行われた。
ア.「第1の柱」による青年就農スキーム
新CAPで新たに義務付けられたYFSの対象は、40歳以下の直近5年以内に新規に就農した農業経営者に限られ、これに該当する者は、「第1の柱」の直接支払いに加え、YFSにより最大で5年間にわたり基本支払い受給額の25%相当を上乗せして受け取ることが可能となる。
なお、YFSは義務的枠組みに含まれ、支出額は「第1の柱」の総予算の2%と上限が定められている。2014年8月1日時点で各加盟国から報告されたYFS予算の割合は、以下の通り(表2)。
イ.農村開発プログラムによる新規就農対策
新CAPの「第2の柱」である農村開発政策は、各加盟国が作成する個別の農村開発プログラム(RDP)の下で行われる。RDPは、事前に欧州委員会による承認が必要であり、また、その財源は、EU分を農業振興政策の財源管理として設立された欧州農業農村振興基金(EAFRD)および各加盟国で負担する。一般的な新規就農対策では、各加盟国の負担割合は2分の1となる。
欧州委員会によると、全加盟国28のうち24カ国がRDPの下で新規就農対策に取り組むとしており、2014年から2020年までの当該対策の予算総額は53億ユーロ(6837億円)に上る。これにより、EU域内で約15万5000人の農業経営者が支援対象と見込まれている。
なお、新規就農に際しては多くの情報や助言が必要となることから、起業時の専門的な情報サービス提供事業もRDPの下で行われる事業に組み込まれている。また、各加盟国は、新規就農者の具体的ニーズに対応した追加事業の提供も可能となっており、農業に関する知識の伝承、情報の提供や経営診断は、RDPの新規就農対策の中で重要なものとして位置付けられている。
コラム 【前RDPの下で行われた新規就農対策の取り組み実績】
前CAP(2007年〜 2013年)下でのRDP(前RDP)では、EUが策定した以下の4分野の中で各加盟国が自国のニーズを踏まえて新規就農対策を実施した。
第1:農業分野の競争力強化
第2:環境や地域の改善
第3:地域における生活の質や地域経済の多様化
第4:地域開発戦略の先導
新規就農対策に特化したものとしては、「第1:農業分野の競争力強化」の中で「Measure 112:青年就農時支援」が行われた。具体的内容は、(1)新規就農者に対し5年間にわたるEUから最大7万ユーロ(903万円)の財政支援、(2)有形資産への投資に対する支援対象比率の引き上げ(20%)であった。
また、この他にも、同「Measure121:農業法人の近代化」として若年層の就農者を優遇する措置や、同「Measure 111:職業訓練+情報アクション」で若年層の就農者に焦点を当てた取り組みが行われた。
◆「Measure 112:青年就農時支援」の実績(2007年〜 2013年、EU27カ国)。
▲予算総額:48億2000万ユーロ(6218億円)、このうち、28億4000万ユーロ(3664億円)は欧州農業農村振興基金(EAFRD)から拠出。
▲ 実積額:36億5000万ユーロ(4709億円、予算額の75.7%) 。
▲ 2012年までの6年間に約12万6000人の新規就農者(若年層)がこの措置の対象となった。これは目標数の約76%に相当する。
▲ 特にフランスは、最初の6年間でEU全体の2割に相当する約2万6400人が対象となった。また、ブルガリア、ポルトガル、ハンガリー、リトアニア、スロベニア、スウェーデン、エストニア、ラトビア、ルクセンブルグでは目標数を達成し、ギリシャ、ポーランド、チェコ、アイルランドでは、ほぼ目標数を達成(目標数の90%以上)した。
2.各加盟国の新規就農対策
以下では、EUの主要農業生産国のうちフランス、英国、オランダ、デンマークを取り上げ、その具体的取り組みを紹介する。
(1)フランス
フランスでは、1973年から実施している各種の新規就農対策により、農業従事者に占める若年層(39歳以下)の割合が、1970年の15%から2000年には34%まで増加した。しかし、都市部への農家人口の流失や他国からの農畜産物の流入増などから2010年は23%へと減少しており、新CAPでの取り組みが期待されている。
ア.青年就農スキーム(YFS)
フランスでは、新CAPの「第1の柱」に組み込まれたYFSについて、1経営体当たり最大34ヘクタールを補助の上限、また、1ヘクタール当たり単価を68ユーロ(8772 円)としていることから、最大で年間2312 ユーロ(30万円)が直接支払いとは別に支給されることになる。
イ.青年就農者助成金(DJA)
フランス独自の取り組みとして1973年に開始したDJAは、新CAPでも「第2の柱」の農村開発プログラム(RDP)の下で、予算を拡充し継続実施している。内容は、39歳以下の就農者に対し最長5年間まで一定の助成金が支給されるものである(受給要件は表5の通り)。基本受給水準額(表3)の他、農業後継者に該当しない新規就農者、付加価値や雇用を創出する者、有機農産物生産者に対しては、基本受給額に対し10%以上が加算される。2015年の1人当たり平均年間DJA受給額は約1万5000ユーロ(194万円) となっている。
ウ.青年就農低利融資(MTS–JA)
同じくRDPの下で行われる若年就農者向け低利融資制度として青年就農低利融資(MTS–JA)がある(表4)。なお、受給要件は青年就農者助成金(DJA)と同じである(表5)。
エ.その他の対策
その他、RDPの下で新規就農希望者の相談窓口として各県に配置されている就農支援所(PAI)に対し、600万ユーロ(7億7400万円)が措置されている。
「第2の柱」では新規就農者への情報サービスの拡充を通じた支援事業が明記されており、新規就農希望者の事業立ち上げ時に必要とされるサービスの拡充・強化以外にも、DJAなどを利用する就農希望者に提出を義務付けている個人職業計画(PPP)の作成支援、研修先の拡充を図っている。
また、若年就農者に対するフランス独自の支援として、18歳から40歳までの対象者は、社会保障費の軽減措置が5年間適用される(表6)。
オ.課題
フランスは、新規就農者数の減少に歯止めをかけようと、前RDPの下で積極的な新規就農者支援を行ってきたが、DJAやMTS‐JAを活用して新規就農した割合は、実際にはあまり高いとはいえない。
2012年のフランスの新規就農者は1万2500人(うち若年層とする39歳以下の割合は65%)であった。しかし、DJAやMTS‐JAなどを利用して就農した者は、新規就農者全体の42%にとどまった。つまり、新規就農者のおよそ6割がこれらの支援を受けずに就農したことになる。
ただし、これらの支援を利用して新規就農した者の9割以上が10年以上継続して営農していることから、有効な対策であったといえる。このため、利用率のさらなる向上のための手続きの見直しなどが求められている。
(2)英国
英国は、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つの地域行政府により、新CAPの「第2の柱」である農村開発プログラム(RDP)の下で固有の新規就農対策を講じている。英国全体では、1経営体当たりの平均経営面積が90.4ヘクタール(2010年)とEU加盟国内ではチェコに次いで2番目に大きく、大規模かつ効率的な農業が推進されている。
ア.青年就農スキーム(YFS)
英国では、新CAPの「第1の柱」に組み込まれたYFSの資格要件や補助内容に関しては、以下の3点を英国共通の受給要件として定めているが、詳細な規定については4つの地域行政府がそれぞれ権限を有している。
・申請年度に新CAPの基本支払い制度(BPS)の対象であること
・申請時点で18歳以上40歳以下であること
・農業経営を始めて5年以内であること
イ.国家・地方準備金による基本支払い
新CAPの「第1の柱」のBPSの受給権が手続中などを理由に承認前となっている若年層の新規就農者に対しては、英国独自の政策として、英国政府および4つの地域行政府による拠出で創設された国家・地方準備金を通じ、直接支払いを行っている。この準備金はEUの規定に基づき創設されているが、加盟国は独自の基準を設けることができる。なお、同準備金を通じた直接支払いを受給するには、以下の条件などを満たす必要がある。
・申請時点でBPSに基づく「活動農業者」である者
・申請時点で40歳以下の者
・農業経営を始めて5年以内であること
・少なくとも3ヘクタールの農業活動に使用される土地を有する者
なお、「第1の柱」の直接支払いの1ヘクタール当たり割当予算額は、地域行政府によって異なり、スコットランドが最も少ない(図1)。また、「第2の柱」に基づく農村開発政策では、スコットランドの同割当予算額は、英国の他の地域も含めEU加盟国の中で最も少ない。
ウ.農村開発プログラムによる新規就農対策
英国の農村開発政策は、4つの地域行政府が、「第2の柱」の中で、それぞれ固有のRDPを作成し事業を進めている。2007年から2013年の期間では、スコットランドのみが若年層の就農時支援を行っていたが、新CAPでは、EU全体で新規就農対策に取り組むとの方針を受けて、全ての地域行政府が新規就農対策の取り組みを行うこととしている。
具体的には、生産性と効率性の向上を目的として、技術革新や知識伝承の促進や、助言・指導や教育・研修を受ける機会を提供するソフト事業となるが、北アイルランドでは、近代的なアニマルウェルフェア・環境に配慮した生産性を高める畜舎などの施設整備に対する支援も行っている。
エ.その他の対策
英国では、さまざまな機関が地方の新規就農者間の交流促進に関わっている。例えば、ウェールズでは若者の起業支援を行う団体などがあり、市民社会組織のローカルアクショングループ(LAGs)の他、さまざまな研究機関が若者を巻き込んだ地域活性化事業を実施し、若者の就農支援やさらなる事業発展に向けた交流、研修などを行っている。
こうした地方の若者支援事業の予算原資は、欧州農業農村振興基金(EAFRD)、欧州社会基金(ESF)、欧州地域開発基金(ERDF)、青少年行動計画(Youth in action)などのEU予算や、英国の政府・民間基金などとなっている。
英国の農村部青年就農者支援団体であるNFYFC(National Federation of Young Farmers’Club)によると、CAPを含む若年層の新規就農者に焦点を置いた政府の取り組みを通じ、2004年から2014年の期間で若年層の新規就農者数は年間2万人から2万5000人へと大きく増加した。しかし、実質的経営者は熟練就農者(父母、祖父母)であることが多く、高齢の熟練就農者から若い世代への実質的な引き継ぎがより重要とされており、これを促すための支援が必要となっている。
(3)オランダ
オランダ政府は、これまでの企業による競争力強化を重視し、さらなる技術革新や市場開拓に焦点を置きながら補助金に依存しないという方針を維持してきた。しかし、新CAPの下では、農業経営者に占める若年層の割合が減少してきたことなどを要因に、「第1の柱」に組み込まれた青年就農スキーム(YFS)を主体に、「第2の柱」である農村開発プログラム(RDP)により新たな制度を整備した。
オランダでは、一般的に農家経営は法人形態が多いことから、さまざまな対策は個人農家を対象としていないところに特徴がある。具体的には、経営環境の整備、規制改革など、法人支援を対象とした包括的なものとなっている。また、オランダ政府は農業を含み世界的に競争力の高い9つの産業((1)園芸・種苗、(2)農業・食品、(3)水、(4)エネルギー、(5)物流、(6)化学、(7)ライフサイエンス、(8)ハイ・テクノロジー、(9)クリエイティブ産業)を指定し、重点的な支援を行っている。農業・食品分野では、研究機関、農業生産者、企業との連携による輸出強化に取り組んでいる。
こうした背景もあり、オランダでは、これまでRDPに基づく新規就農対策をほとんど実施してこなかった。若年層の就農者の投資を支援することで農業経営の活性化を促す措置が見られた程度である。
ア.青年就農スキーム(YFS)
オランダでは、新CAPの「第1の柱」に組み込まれたYFSは、従来の対策と同じく法人を対象としており、90ヘクタールを上限に1ヘクタール当たり50ユーロ(6450円)が、直接支払いとは別に支給される。また、オランダ独自のものとして、YFSの対象となる者は、2010年1月1日以降に設立された農業生産法人で以下の決定権を有することが条件となる。
・ 2万5000ユーロ(323万円)以上の案件に関して、拒否権を行使できること
・ 日常的な経営に関わっていること
この決定権を持つか否かの判断基準は、EU規定で明確化されておらず、オランダ国内でも議論がある。若年就農者を支援する団体であるNAJK(Nederlands Agrarisch Jongeren Kontakt)は、法人で長期にわたり就農している若者は通常、決定権(決断能力)を持つとみなされることから、現在、オランダ経済省と欧州委員会に対し、長期にわたり就農している若者に決定権があるとみなすよう働き掛けている。
イ.間接的投資補助金
オランダ独自の対策として、RDPの下で2015年1月から新たに開始された間接的投資補助金は、過去に農業生産法人を経営しておらず、農業生産法人の経営者またはその見込みとなる39歳以下の若者を対象とし、農業経営への投資に対して最大30%の補助を行うものである。
同補助金の支給は5つのカテゴリーごとに入札により行われ、持続可能性が高い投資ほど、補助金受給の可能性が高くなる。入札に当たり、カテゴリーごとに投資対象リストが公開され、最も持続可能性の高い投資に対して、補助金が支給されることになる。申請の対象となる投資額は1万〜6万7000ユーロ(129万円〜 864万円)であり、この範囲内で実際の投資額の30%が補助対象となる。また、対象者が共同経営者の場合は、さらに法人内での持ち株保有率を乗じて(過半を保有の場合は100%)、補助額が計算される。
ウ.その他の対策
オランダでは、フランスとは対照的に、直接的に就農支援策を掲げたものは、これまでほとんど行われてこなかった。新CAPの下で、直接支払いに上乗せされるYFSが導入されたが、農業法人による生産や輸出の促進に向けた支援施策を重視する方針は変わっていない。新CAPの枠組みで行うYFSおよび間接的投資補助金の他に、オランダ政府は、農業分野を対象とする以下の補助金制度(新規就農者に限定されない)を有している。
•農産物(野菜・穀物生産)向け補助金
•畜産向け補助金
•園芸農業用補助金
•地方開発補助金
•食品産業・農業企業向け補助金
•農業・園芸部門中小企業向け補助金
•中小企業向け補助金
•環境・技術向け補助金
•国際的事業経営向け補助金
この他、特に若年就農者を対象としたものとしては、農業法人の継承・買取のための設備投資、事業開始や拡大時の設備投資向けローン保証制度がある。同制度は、39歳以下の農業経営者または新規農業経営者を対象とし、投資を対象とした融資に対し保証金を提供する。
(4)デンマーク
九州とほぼ同じ大きさの国土面積であるデンマークは畜産の他、小麦、大麦生産などが盛んであり、国土の6割ほどが農用地(注)として利用されている。2010年の調査によると、農業経営者に占める34歳以下の割合は4.8%であり、EU平均の7.5%を大きく下回っている。同国の特徴として農業経営を子が親から継承する場合、相続税の優遇措置がないことから、親子間でも農業資産の売買が普通である。特に近年は輸出競争力の強化を図るため、規模拡大が進んでおり、農業施設などの購入には巨額の資金が必要となる。このため、就農への強い意志と実践的な農業技術・経営力を持つ者のみが、経営を継承することになり、6割以上は親からの継承ではない新規就農者となっている。ただし、年々、農場購入額が上昇傾向にあるため、資金確保に時間を要しており、このことが、若年層の就農機会を遅らせているともいえる。
新CAPの「第1の柱」に組み込まれた青年就農スキーム(YFS)は、2014年を移行期間として2015年から開始されたばかりであるが、現時点では、若年就農者からは好意的に受け止められている。デンマークの場合、YFSに関しては、個人事業主だけでなく、法人の申請も可能となっていることから、例えば年配の農業経験者と組み、ノウハウやアドバイスを得ながら経営を行う若者の参入が促されることも期待されている。また、同国の「若年就農者・就農希望者のネットワーク」議長も、デンマーク政府が制度決定に当たり、若年就農者の意見を取り入れたことを評価し、新たな枠組みへの期待を表明している。
(注)FAO統計
ア.青年就農スキーム(YFS)
デンマークでは、2015年のYFSに1億3660万デンマーククローネ(23億8230万円)の予算が投じられる。デンマーク政府の試算では、約2000人の若手新規就農者から、合計農地面積15万ヘクタール分の応募を見込んでいる。なお、受給要件は表8の通りとなる。
イ.農村開発プログラム(RDP)
「第2の柱」のRDPを通じたデンマーク独自の支援策には、若年層の新規就農対策を対象としたものは含まれていない。例えば有機農家の支援やローカルアクショングループ(LAG)による施策などにより、若い世代の農村移住や農業部門での雇用が間接的に後押しされる可能性はあるという程度のものとなっている。
おわりに
EUの共通農業政策(CAP)は、市場経済を志向し、効率的な生産を推し進めてきたことで、規模拡大による農業従事者の減少は特に問題とはされてこなかった。しかしながら、農業従事者の高齢化と若年層の減少は将来的な食料供給の観点から望ましくないことから、新CAPでは青年農業者の就農支援が拡充されることとなった。
EUは、歴史・地理・気候風土・経済事情の異なる28の加盟国を抱えることから、CAPの新規就農対策は包括的なものとなり、具体的な対策は各加盟国がそれぞれの国情に即して選択し、事業の細部は各加盟国の裁量に任されている。このため、各加盟国の新規就農対策は、その国の農業の位置付けを如実に表しているといえる。
例えば、フランスは幅広い新規就農対策を実施しているが、これは同国が広大な農地に恵まれながらも山間地などの条件不利地の生産者を抱えていることで、生産者の多様性を認めていることによる。一方、オランダやデンマークでは、農業を外貨獲得の重要な産業の一つと捉えており、国際市場で競合できる効率的な生産者のみを支援するものとしている。今回、調査したもう1カ国の英国は、その中間的な位置付けとなり、歴史的に多様な生産者を抱えながらも農業の方向性としてはCAPの掲げる市場性を志向したものとなる。
また、現地調査の対象としなかったドイツでは、農業の世代交代を促す制度(65歳以上の就農者が退職年金を受給するためには農地売却または離農が必要)が導入されている。これは、農地には限りがあり、高齢者の退出がないと若年者が農地を取得できないという観点から実施されているものである。
新CAPでは、若年層の新規就農対策に焦点が当てられ、その効果が期待されているが、このカギを握るのは新規就農者に経営力をもたらす教育にあるとの見方が強い。EUの農畜産業は、その必要性が域内で幅広く理解されているものの、生産者は、他の産業と同じく消費者のニーズを把握し、コスト低減のための効率的かつ付加価値のある生産を行うことが求められる。これらは新規就農以前の準備が重要となる。デンマークの農業学校では、農業経営者の資格を得るためには農業の知識や技術に加えて経営学の習得が必須であり、農畜産業にはマネジメント力が欠かせないとしている。
農畜産業への新規参入には、設備投資などの多額の資金が必要になることから、それに対する補助はハードルを下げる効果にはなるが、その後の経営を継続させる担保とはならない。フランスでは、就農に当たって政府の支援を受けようとする場合、収支計画書などの経営プランを作成し、その承認を得る必要がある。そのため手続きは煩雑で大変となるが、承認を受け、支援の対象となった者の離農率は低い。
日本の農畜産業では、「強い農業づくり」が進められている。EUに負けない強い農業を担う就農者の拡大が期待されるところである。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-8713