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〜キャッサバモザイク病の影響を中心に〜

タイのキャッサバをめぐる事情
〜キャッサバモザイク病の影響を中心に〜

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最終更新日:2021年9月10日

タイのキャッサバをめぐる事情
〜キャッサバモザイク病の影響を中心に〜

2021年9月

【要約】

 日本の輸入でん粉は従来からタイ産が最も多く、天然でん粉の約8割、化工でん粉の約7割を占めている。タイのキャッサバ生産は、近年発生が続くキャッサバモザイク病対策が奏功し、中国でのタイ産製品需要が高まっていることなどを背景に比較的安定して推移している。また、新たな動きとして近年、同国ではカンボジアなどの近隣国からキャッサバやチップを輸入し、高付加価値商品の製造拠点としての地位を築きつつあると共に、バイオエタノール政策を通じた生産および消費の推進が図られつつも、電気自動車の普及などによる環境変化へ適合する動きも見られる。

はじめに

 キャッサバは、タイではサトウキビに次いで多く生産されている主要農産物であり、国連食糧農業機関(FAO)によれば世界で第3位、アジアで第1位の生産量を誇る(図1)。同国のキャッサバは主食としての利用よりも、チップやペレットなどの一次加工品や、でん粉やエタノールなどの高付加価値商品の生産の原料に用いられており、これらのキャッサバ製品は中国などのアジアを中心に世界各国へ輸出されている。

 同国のタピオカでん粉は、2020年に日本が輸入した天然でん粉の約8割、化工でん粉の約7割を占めており、日本のでん粉需給(令和元でん粉年度需要量(実績):246万2000トン〈令和3年3月農林水産省発表「でん粉の需給見通しについて」〉)を大きく左右させる立場にある(図2、3)。

 本稿では、同国のキャッサバをめぐる最新の状況について、近年発生が続く病害虫や関連施策、最大の輸出相手国である中国の需要の影響などを交えながら報告する。

 なお、本稿中の為替レートは2021年7月末日のTTS相場であり、1タイバーツ=3.41円を使用した。

 

 

 

1 キャッサバの生産動向

(1)主産地

 タイのキャッサバの主産地は東北部および中央部であり、東北部のナコンラチャシマ県が最大の生産地となっている。タイ農業協同組合省農業経済局(以下「OAE」という。)によると、2018/19年度(10月〜翌9月)のキャッサバ作付面積は、同県が全体の16.2%に当たる23万ヘクタール(注1)(143万ライ)、次いでガンペンペット県が同7.8%の11万ヘクタール(69万ライ)、チャイヤプーム県が同7.1%の10万ヘクタール(63万ライ)であった(図4)。

(注1)1ライを約0.16ヘクタールとして農畜産業振興機構が換算。

 

(2)栽培暦および競合作物

 タイの一般的なキャッサバ栽培暦は表1および2の通りである。キャッサバの作付時期は3〜5月(雨季の前)と11〜12月(雨季の終わり)の時期に分かれるが、いずれも収穫期は植え付け後8〜12カ月目頃とされ、乾季に当たる1〜3月を中心に周年で収穫されている。

 農家は、価格(図5)や病害虫の発生状況などを考慮して次年度の栽培作物を選択するのが一般的であり、同国ではキャッサバ、サトウキビおよび飼料用トウモロコシが競合関係にある。

 

 

 

(3)近年の生産動向

 OAEによると、2009/10年度および2010/11年度のキャッサバ生産量はコナカイガラムシ(注2)の発生により大幅に減少し、単収も1ヘクタール当たり20トンを割り込んだが、寄生蜂を利用した生物的防除(注3)が奏功し、2011/12年度には害虫発生前の水準まで回復した(図6)。その後は、2019/20年度のキャッサバモザイク病(注4)による被害が生じるまでの間、生産量と単収はともにおおむね横ばいで推移した。

 直近3年間では、2018/19年度は輸出需要の拡大などを要因にキャッサバ買取価格が高かったことや、タイ政府がキャッサバ農家に対する所得保証制度(詳細は(5)キャッサバ生産支援に係る政策を参照)を再開したことで農家の生産意欲が高まり、収穫面積は139万ヘクタール(前年度比4.5%増)、生産量は3108万トン(同5.8%増)とともに前年度をやや上回った。

 2019/20年度は、前年度に引き続き収穫面積は143万ヘクタール(同2.9%増)とわずかに増加したものの、干ばつやナコンラチャシマ県などの主産地でキャッサバモザイク病の被害があったことから単収が減少し、生産量は2900万トン(同6.7%減、暫定値)とかなりの程度減少した。

 2020/21年度は、収穫面積は152万ヘクタール(同6.3%増)、生産量は3163万トン(同9.1%増、推測値)と、ともに前年度を上回ると予測されている。これはキャッサバ製品の最大の輸出先である中国で国内トウモロコシ価格の上昇(注5)から、コーンスターチの代替としてタピオカでん粉、エタノール生産における代替原料としてタピオカチップの引き合いがそれぞれ強まっていることを背景に、農家の生産意欲が高揚していることが理由として挙げられる。なお、タイでは主要産業である観光業を中心に新型コロナウイルス感染症(COVID−19)による国内経済への打撃が深刻化しているものの、今回の調査ではキャッサバやキャッサバ製品需給に対する大きな影響は確認されなかった。

(注2)2009年にタイへ侵入した外来害虫で、主にキャッサバの茎葉部分に付着し養分を吸い取る。地中のイモは栄養が行き届かずに肥大が阻害されてしまうため、単収の減少を招く。
(注3)寄生蜂がコナカイガラムシの体内に卵を産み付ける特性を活用することで、害虫の行動を抑えることができる。
(注4)ウイルスの感染によって葉に黄化斑ができる病気で、光合成が十分に行われず、最終的には作物自体が枯れてしまうことから収穫量が大幅に減少する。タイのほかに、近隣国のベトナムやカンボジアの一部で流行が確認されている。
(注5)中国のトウモロコシ価格は、アフリカ豚熱からの回復による豚飼養頭数の増加と、飼料需要の高まりを背景に上昇している。

 

(4)キャッサバモザイク病の現状と対策

 タイでは2018年にキャッサバモザイク病が初めて確認され、隣国のカンボジアから害虫のコナジラミを媒介して感染が広がったとされている。2021年1月20日時点では、1都76県のうち24県の合計4万4179ヘクタール(27万6120ライ、全体の約3%)で被害が確認されている。

 OAEによると、同病害は育成初期の感染で大きく被害が現れるとし、一般的に作付け後1〜4カ月の感染で収穫はほぼ不可能になるとしている。なお5〜7カ月の場合は根茎の育成がある程度進んでいるため一定の収量を確保でき、8カ月以降であれば影響はほとんど確認されないとしている。同病害の根絶は技術的に難しい状況にあるが、同国政府は感染拡大の防止に向けたさまざまな対策を進めている(表3)。

 

コラム1 ナコンラチャシマ県のキャッサバモザイク病対策


 タイ最大のキャッサバ生産地であるナコンラチャシマ県では、農家30万世帯のうち9万4000世帯がキャッサバ生産に携わっている。1世帯当たりのキャッサバ作付面積は平均2.7ヘクタールと小規模であるが、16ヘクタール以上で栽培を行う農家も一部存在する。  

 現地聞き取りでは、2020年の同県のキャッサバ作付面積は、同国全体の20%程に当たる25万2800ヘクタールであった。同年初頭には干ばつ、10月には台風に伴う洪水で一部被災したものの、単収は1ヘクタール当たり21.9〜25トン、生産量は550万トンと予測されている。  

 同県でも自然災害以外に、キャッサバモザイク病をはじめとした病害虫がキャッサバ生産を行う上での脅威となっている。2020年12月16日時点で同病害は4万3200ヘクタールで発生が確認され、このうち深刻な状況となっているのは2400ヘクタールであった(コラム1−写真1)。これに対し同県では上記対策以外に、独自の取り組みが行われている(コラム1−写真2〜3、表)。
 



 

(5)キャッサバ生産支援に係る政策

 タイ政府は2001〜2014年の間、キャッサバ農家への直接的な支援として担保融資制度や農家所得保証制度を実施してきたが、2014年の軍事政権発足以降、融資制度のみが実施されていた(図7)(注6)。しかし、2019年の現政権発足後、農家所得保証制度が再開し、2020年12月現在、約10万人の農家が同制度に登録している(詳細は表4の通り)。

(注6)担保融資制度とは、農家が政府に担保としてキャッサバを預託し、融資を受ける制度。農家所得保証制度とは、キャッサバの指標価格が政府の定めた保証価格を下回った場合に、差額が農家へ補てんされる制度。融資制度とは、所定の条件を満たす農家がタイ農業・農業協同組合銀行(BAAC)などから融資を受けられる制度。なお、詳細は『砂糖類・でん粉情報』2015年3月号「タイのキャッサバの需給動向とエネルギー政策」(https://www.alic.go.jp/joho-d/joho08_000486.html)を参照されたい。

 

2 キャッサバ製品の需給動向

(1)仕向け先

 タイタピオカでん粉協会(TTSA)によると、国内のキャッサバ(国産品および輸入品)のおおむね65%はでん粉工場、26%はチップ/ペレット工場、残り9%はエタノール工場にそれぞれ仕向けられている(図9)。

 割合の最も大きいでん粉を見ると、生産されたでん粉の約3割(全体の18%)が国内消費に仕向けられ、残り(同47%)が輸出されている(写真1)。主要輸出相手国は、天然でん粉(同33%)では中国、インドネシア、台湾およびマレーシア、化工でん粉(同13%)では日本、インドネシアおよび韓国となっている。

 また、チップ/ペレットでは、国内消費(主に飼料用途)に同7%、輸出用に同19%仕向けられ、輸出チップの大半はエタノール原料として主に中国へ輸出されている。

 

 

(2)価格動向

 2010年はコナカイガラムシの被害によりキャッサバの生産量が大幅に減少したことで、キャッサバ買取価格は1キロ当たり約3.0バーツ(10.2円)まで上昇し、それに伴いキャッサバ製品の価格も上昇し、2011年前半もその状況を持続した(図10)。

 虫害が収まった2012年以降、買取価格は同2.0バーツ(6.8円)近くで推移したが、2016年には中国で過剰在庫として滞留していたトウモロコシの利用が推進されたことから(注7)、でん粉およびエタノール原料の両方でタイ産キャッサバの需要が低下し、2016年および2017年は同1.0バーツ(3.4円)台前半まで下落した。

 2018年は輸出需要の拡大などにより同2.6バーツ(8.9円)まで上昇し、2019年は比較的安定して推移したものの、2020年12月〜2021年4月は同2.0バーツ(6.8円)台前半と再度上昇傾向にあった(写真2、3)。これは前述(1(3)近年の生産動向)のとおり、トウモロコシ価格が高止まりしている中国で、代替作物となるキャッサバの需要が高まっていることが背景として挙げられる。今後も引き続き中国などの海外からの需要が高まり、価格は上昇傾向で推移すると予測されている。

(注7)中国政府は、トウモロコシの安定供給を確保するため、2008年から北部4地域(黒竜江省、吉林省、遼寧省および内モンゴル自治区)を対象としたトウモロコシの臨時備蓄制度を実施した。これは供給過剰であったトウモロコシを政府が最低買付価格で購入し備蓄する制度であるが、この制度によりトウモロコシの過剰在庫が発生したため、2016年に当該制度は廃止され、一転して在庫利用の推進が図られた。なお、詳細は2016年4月19日付海外情報「中国、トウモロコシ臨時備蓄政策を停止」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_001535.html)を参照されたい。

 

 

(3)輸入動向

 タイのキャッサバ作付面積は、他品目との競合に加え、農地そのものの拡張も難しい状況にあることから上限に達しつつあるとされる。そのため、近年では増加するキャッサバ製品需要に応えるため、カンボジアやラオスなどの近隣国から原料や一次加工品を輸入し、タイ国内でタピオカでん粉などの高付加価値商品を製造する動きが加速している。

 同国のキャッサバおよびキャッサバ製品の輸入動向を見ると、輸入量は2015年を境に大幅に増加し、タイバーツ高などの影響もあり、2020年には301万トンとなった(図11)。内訳はチップが157万トン(52.2%)、キャッサバが72万トン(23.9%)、その他が72万トン(23.9%)で、主要輸入国でみるとカンボジアが183万トン(60.7%)、ラオスが118万トン(39.3%)であった(図12)。なお、2021年の輸入量はカンボジアをはじめとした東南アジア諸国で拡大するキャッサバモザイク病が衰えを見せないところ、減少の予測がなされている。

 

コラム2 タピオカでん粉を使用したタイの定番デザート
「タップティムクロープ」


 レストランや屋台などで広く食されているタップティムクロープというタイの定番デザートをご紹介したい(コラム2−写真)。タイ語でタップティムとは「ザクロまたは宝石のルビー」を意味し、クロープは「カリカリとした歯ごたえのある」という食感を表す言葉である。透明感のある淡紅色をした見た目が、ザクロやルビーを彷彿させることなどから、現地ではこのように呼ばれている。  

 タップティムクロープは中華くわい(注1)を使用したデザートで、赤色に着色したくわいをタピオカでん粉でコーティングしてゆでたものを、かき氷やココナッツミルクシロップと一緒に食し、店によってはジャックフルーツ(注2)やココナッツの果肉などが添えられる。くわいのカリカリとした食感と、タピオカでん粉のもちもちとした食感を同時に味わうことができる。

(注1)中国原産のくわいは里芋に似た丸い形状をした野菜で、カリカリとした独特の歯ざわりがある。
(注2)ジャックフルーツは世界最大の果実と言われ、インドやバングラデシュを原産とする南国の黄色いフルーツである。


 

(4)バイオエタノールの生産動向

ア.原料別バイオエタノールの生産量

 キャッサバ需要を増やす要因として、これまででん粉やチップなどの動向を見てきたが、第3の存在として近年、増産基調にあるバイオエタノールの動向も注視する必要がある。タイのバイオエタノールの主な原料は、キャッサバおよび同国一の主要農産物であるサトウキビから砂糖を製造した際に生じる糖蜜であり、いずれの原料によるエタノール生産量も増加傾向で推移している。2019年のキャッサバ由来のエタノール生産量は4億4900万リットル(2013年比で1.7倍)、糖蜜由来のエタノール生産量は11億リットル(同1.8倍)であった(図13)。


 
イ.バイオエタノール生産および消費に係る政策

 タイでは2003年の原油価格の高騰などを背景に、これまでバイオエタノールの生産および消費が推進されてきた(注8)。しかし、2020年10月に発表された、代替エネルギー開発計画(AEDP)2015を更新したAEDP2018では、AEDP2015で掲げられたバイオエタノールの消費量を2036年までに1日当たり1130万リットルとする目標が、電気自動車の普及度合いを見計らい同750万リットルに引き下げられた。なお、2020年はCOVID−19の影響による外出抑制から、車両のバイオエタノールの使用量が減少し、1日当たりの消費量は432万リットルとなっている。

(注8)過去のバイオエタノール政策の詳細は、『砂糖類・でん粉情報』2013年9月号「タイのエタノール政策と砂糖およびでん粉業界への影響」(https://www.alic.go.jp/joho-d/joho08_000346.html)および同2015年3月号「タイのキャッサバの需給動向とエネルギー政策」(https://www.alic.go.jp/joho-d/joho08_000486.html)を参照されたい。

ウ.バイオエタノール混合燃料(ガソホール)

 バイオエタノールはガソリンと混合されてガソホール(ガソリンとアルコールを組み合わせた合成語)として利用されており、その混合割合に応じてE10(注9)、E20、E85の3種類がある。バイオエタノールの増産に伴ってガソホールの販売量は増加しており(図14)、中でも2番目にバイオエタノール混合率が高いE20の販売量は、2013年の1日当たり263万リットルから、2019年には2.5倍の652万リットルまで増加した。これは同国の石油燃料基金事務局(OFFO)が運営する石油基金によって、バイオエタノールの混合率が高い燃料ほど補助金額が高く設定されたことが奏功したものと考えられる(注10)

 このような中、現地聞き取りによると、エネルギー省はガソホールの競争力向上を背景に、これまで10年以上実施してきた助成を段階的に減らし、2022年に終了する予定であるとしており、2000年初頭に始まった政府主導でのバイオエタノール生産および消費拡大政策は、バイオエタノールの普及・浸透により転換期を迎えつつあると考えられる。

(注9)エタノール(Ethanol)が10%混合されたガソリン。以下、Eの後の数値がエタノール混合割合を示す。
(注10)2021年2月11日時点で、補助金額はE20が1リットル当たり2.28バーツ(7.8円)、E85が同7.13バーツ(24.3円)。

 

おわりに

 近年のタイのキャッサバ生産は、干ばつやキャッサバモザイク病などの影響を大きく受けてきた。特に同病害は2018年の発生以来沈静化が見えず、影響の高まりが危惧される中で、苗木の適切な管理や高耐性品種の植付促進などの取り組みにより、少しずつではあるが感染の拡大防止が図られている。しかし、根本的な対策が見い出せていない状況にあるところ、引き続きその病害対策を含めた生産の動向について注視する必要がある。

 また、同国での新たな動きである近隣諸国から輸入したキャッサバの高付加価値化や、今後のバイオエタノール生産・消費の動向は、同国のキャッサバ製品供給に大きな影響を及ぼすと見込まれ、政府の推進政策の方針転換もうかがえる中、併せて注視することが求められる。

 加えて、現在、同国最大の貿易相手国である中国などへの輸出が好調であるところ、2021年6月中旬から続くバーツ安の影響により、海外需要は今後さらに高まる可能性がある。一方で、飼料穀物であるトウモロコシの中国需要の変化がキャッサバ生産に影響を与えるなど、他分野他品目との連動性・連携性についても配慮する必要がある。引き続き、タイにおけるキャッサバおよびキャッサバ製品の動向を把握するに当たり、中国をはじめとする海外の政策や関連製品の動向についても、幅広に情報収集することが求められている。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-9272