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サゴヤシとサゴでん粉の可能性〜インドネシアとマレーシアの利用実態から〜

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最終更新日:2024年6月10日

サゴヤシとサゴでん粉の可能性
〜インドネシアとマレーシアの利用実態から〜

2024年6月

名古屋大学農学国際教育研究センター
センター長・教授 江原 宏

 

【要約】

 東南アジアとメラネシアに分布するサゴヤシは、1本の幹に300キログラムものでん粉を蓄積する。サゴでん粉は生産国では食品として、日本では加工でん粉として製麺の打ち粉などに利用されてきた。最近は、グルテンフリーパスタなどアレルギー対応食品の研究が進み、また、サゴでん粉は食後血糖値上昇に対する抑制効果があることも明らかになってきた。本稿では、サゴヤシとサゴでん粉の特徴、日本におけるサゴでん粉の主要輸入先であるインドネシア、マレーシアにおける生産実態、サゴでん粉の可能性について紹介する。

はじめに

 サゴでん粉とは、ヤシ科・トウ亜科・トウ連・サゴヤシ属であるサゴヤシの幹から採れる食用粉である。サゴヤシは成長すると樹高20メートル程度、幹長10メートルほどになり(写真1)、家具などに使用される籐(とう:ラタン)の仲間である。東南アジアやメラネシアに分布するこのヤシは、開発中経済植物(注1)範疇(はん ちゅう)に入り、多くが天然資源として存在しており、わずかにみられる半栽培のものも含め一般的にアグロケミカルとは無縁で、環境に優しい持続的資源植物である。生産されるでん粉は天然由来の安全な食資源と言える。原産国では他の食用粉と同じように主食、製菓、製麺の原料として利用される。日本では、麺の打ち粉として利用されてきたが、タンパク質が0.1〜0.3%と極めて少なく、食物アレルギーの原因となるグリアジンを含まないことから、グルテンフリー食の原料としての活用が広がっている。サゴでん粉の食後血糖値抑制効果についても研究が進み(*1)、注目されている。

(注1)栽培されている品種が野生型との差が小さく、品種育成の進んでいない植物のこと。

 

1

1 サゴヤシ、サゴでん粉の特徴

(1)サゴヤシの植物学的特徴

 サゴヤシ属は1種(Metroxylon sagu Rottb.)で構成される。葉柄などに着生するトゲの有無、粗密、長さなど形態的特徴によって、以前は複数の種に分類されていたが、DNA多型分析に基づき1種として整理され(*2)、形態的に異なるタイプのサゴヤシを現在は民俗変種として扱っている(*3)。本種はタイ南部から西・東マレーシア、ブルネイ、インドネシア、フィリピン中・南部、パプアニューギニア、ソロモン諸島といった北緯10度から南緯10度の地域に分布している(図1)(*4)。遺伝的変異の大きさから、マルク諸島からニューギニア島にかけての地域が起源地と考えられている(*2)

 サゴヤシは、他の主要作物が生育できないような酸性土壌、汽水域(淡水と海水が混ざる水域)といった不良環境への適応力が高い。泥炭土壌の湿地から標高1000メートルくらいの高地まで適応でき、主に湖沼や河川の近くに自生する。

 低湿地での適応を可能としているのは、サゴヤシの側根は湛水(たん すい)条件で上方へも伸び、通気組織として機能していること、不定根、側根のいずれも破生通気組織(注2)をよく発達させることによる(図2・2-1)。汽水域の塩ストレスが生じる条件でも生育できるのは、根の内皮細胞にカスパリー線をよく発達させ(図2・2-2)、ナトリウムイオンの根の中心柱への流入や地上部への移行を抑え、葉中のナトリウムイオンを低く維持できるためである(図2・2-3)。

(注2)通気のための空隙。
 





 図3に示すように、培地のNaCl(塩化ナトリウム)濃度が171ミリモル(1%)まで高まっても蒸散速度は低下しない。体内のナトリウム濃度は根で高まるものの、葉では342ミリモル(2%)でも低く抑えられ、カリウムイオンの吸収と葉への移行を維持できることも耐塩性に大きく関わる。また、強酸性でアルミニウム害が危惧(き ぐ)される条件でも、クロロフィル当たりの光合成速度を維持できることで、成長量を確保している(図4)。
 


 

 サゴヤシの幹1本当たりのでん粉蓄積量は、(1)樹皮の厚さを除いた幹の直径(2)幹長(3)髄(幹の樹皮より内側の柔らかい組織)組織の乾物率(4)髄の乾物重当たりでん粉含有率―により規定される。サゴヤシの収穫とでん粉生産が盛んな東南アジアでは、収穫期を迎えた樹の髄乾物重当たりでん粉含有率は80%程度と、個体間の差があまりないため(収穫適期はでん粉含有率が最大となる開花直前)、でん粉蓄積量の差は主に幹の直径と、髄の乾物率に左右される(*10)。筆者らの東南アジアにおける調査では、幹1本当たりのでん粉蓄積量は、乾燥重にして平均300キログラムであるが(*11)、民俗変種によって異なる。成長速度についても生育環境によって差が生じる。サゴヤシは一般に幼植物の頃から幹立ち(幹の形成開始)まで4年ほど、収穫まで10年前後を要するといわれるが、上述のように酸性土壌にもよく適応するものの、泥炭低湿地では土壌密度当たりの養分量が低いために、収穫期に達するまでの年数が長くなる(*5)

(2)サゴでん粉の特徴、製造方法と食品への利用

 サゴヤシはバナナ、タロイモ、パンノキと同じくかなり古い時代から利用されてきた(*12)。中国南部での考古学的発見から、稲作が広まる以前の約5000年前頃は、ヤシの幹から得たサゴタイプのでん粉が亜熱帯アジアでも主要な食物であったと考えられる(*13)

 サゴでん粉の製造方法については、伝統的方法では伐採した幹を縦に割り、手おののような道具で髄を()き出し、サゴヤシの葉鞘で作った樋状の容器に入れ、水をかけてでん粉をもみ出して抽出する(写真2・2-1、2-2)。このような方法では、蓄積されたでん粉のかなりの割合が残渣(ざん さ)に残る。髄の粉砕に機械を用いると抽出効率は約1.7倍になるものの(*14)、慣行の抽出では蓄積でん粉の半量程度しか回収できない(*15)。産業規模になると、伐採した幹を1メートル前後の丸太(ログ)に切断した上で、剥皮以後の抽出、乾燥過程が機械化されている(写真2・2-3〜2-6)。

 サゴでん粉のでん粉粒は楕円(だ えん)形で粒径は30マイクロメートル程度で、ばれいしょより小さくコムギより大きい。アミロース含量(約27%)、ゲル化性は種実でん粉に近く、構造特性や粘度はタピオカやばれいしょなど根茎でん粉に近い性質を示す(*16)。でん粉に含まれるタンパク質は0.2%程度と少なく、窒素0.05%、その他のミネラルが0.06%程度である。タンパク質のほか、脂肪が0.1%未満、リンが0.01%以下などコムギ、コメ、タピオカに比べて低い。

 生産国や周辺国における食品としての利用については、地域によって異なるが、(1)水で溶いたでん粉に湯をかけて水団(すい とん)状にしたもの(2)パンケーキやガレットのように調理したもの(3)粒状のサゴパール(4)餅状の菓子(5)焼き菓子(6)麺―などがある(写真3)。パプアニューギニアでは、マラリア患者の鉄欠による貧血を防ぐ食品として重要といわれている(*17)。グルテンフリー対応原料として、日本の主要航空会社ではサゴでん粉を使った食品を機内食に採用している。
 
2

2 日本におけるサゴでん粉

 日本におけるサゴでん粉の輸入量は年間1万6000トン前後で推移してきたが、2023年に1万8000トンを超えた。生産国で輸入もしているマレーシアを除けば、最大の輸入国である。

 輸入先国はマレーシア、インドネシアの2国であり、年間輸入量のうち9割をマレーシアが占めている。輸入価格はおおむね1トン当たり6万円程度であったが、2022年から上昇し、直近は1トン当たり11万円を超えている(図5)。
 


 

 輸入されたサゴでん粉は、ほとんどが酸化などの加工を施されて使用されている(*16)。加工された酸化サゴでん粉は、生でん粉と比較すると糊化(こ か)開始温度が低く、老化しにくく、漂白効果で白度が高まる。食品への用途としてはラーメン、和麺、ギョーザ・シューマイの皮などの打ち粉としての利用がほとんどを占める(*16)。酸化サゴでん粉はゆで湯への溶出が少なく、ゆで湯の濁り、粘度上昇を抑えられ、ゆで湯の取り替え回数を減らすことができる(*16)。近年は、上述のようにアレルギーを防ぐ食用粉としてのネット販売、介護分野での嚥下(えん げ)補助食品、あるいは化粧品産業での利用もみられる。工業的にはタピオカと同様、加工でん粉、調味料などとして利用される。さらに、高い粘性やアミロース含量を生かした利用、石油代替エネルギー原料としても利用が期待されており、バイオエタノールへの変換や生分解性プラスチック製造の研究も進められている(*18、19)

 近年、日本でも九州南部や南西諸島で熱帯原産作物の新規栽培が盛んになっている。沖縄本島の植物園では、筆者が寄贈したサゴヤシが栽培されているものの、農業生産のために供された例はないが、南西諸島の外島への導入が検討されたことはある。同属のフィジーサゴ(M. vitiense)のように月平均最低気温が18度台となる地域に分布しているものもあり、問題土壌の利活用や地域振興に向けてもサゴヤシの栽培地拡大について改めての検討が期待される。

3 主要生産・輸出国のインドネシア・マレーシアにおける生産・消費状況

(1)サゴ資源量とその利用

 1997年のIPGRI(国際植物遺伝資源研究所)の資料によると、分布地域全体のサゴヤシ生育面積は約250万ヘクタールとみられ、中でもインドネシアとパプアニューギニアがその多くを占めている。内訳はインドネシアが約140万ヘクタール、パプアニューギニアが100万ヘクタール、その他にマレーシアが約4万5000ヘクタール、タイが5000ヘクタール、フィリピンが3000ヘクタールなどである(*20)。当時はその多くが自然林で、利用されているのは全体の10%程度とみられていた。

 その後、インドネシアのサゴヤシ利用面積(収穫面積)は2004年の10万ヘクタール前後から2018年の31万ヘクタール超と広がったものの、2019年以降20万ヘクタール程度と減少して推移している(図6)。これにはコロナ禍の影響がうかがわれる。一方、マレーシアでは2015年の6万3000ヘクタール弱から2022年の3万3000ヘクタール弱へと利用面積が減少している。この20年余りで積極的な利用面積には増減があったものの、総資源林に占める利用林の割合は大きく変わっていないものとみられる。




 マレーシアの主要なサゴヤシ生産地は東マレーシアの泥炭地であるが、環境保全の観点から泥炭地におけるアブラヤシの再植林を制限し、2023年までにアブラヤシ栽培の最大面積を決定することとなっており(*31)、サラワク熱帯泥炭土壌研究所によれば、アブラヤシに替えてサゴヤシの植林を振興する考えがあるという。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響が減じてきており、ヨーロッパなどにおける社会情勢の混乱長期化に伴う食料安全保障の強化や、地下資源の代替としてのバイオマスの確保といった面から、また、安全・安心な食資源の確保といった視点からも、開発中経済植物の位置にあるサゴヤシの栽培技術の確立や高度活用に向けた期待はより高まるものと考える。この点については、 FAO(国際連合食糧農業機関)のテクニカルコーポレーションプログラム(TCP)がインドネシアで「サゴでん粉利用振興」として2015〜19年に行われ、続いてコロナ禍においてもTCP「サゴヤシ生産のスケールアップを通じた食料安全保障の強化と気候変動へ対応」がパプアニューギニアで2022〜24年に実施されたことからも、サゴでん粉の高度利用と食料安全保障への貢献が要望されていることが分かる。

(2)生産量

 近年は、大規模栽培も行われているが、面積に占める大規模栽培の割合はマレーシアにおいては小規模農家の2割以下である。インドネシアのリアウ州ではプランテーションも進められているが、全国土のサゴヤシ利用地に占める割合からみると大きなものではなく、年度によって異なるが1〜2割あるいはそれ以下である(*22、23、24、25)

 サゴでん粉の年間生産量は、インドネシアがコロナ禍前の2018年で46万トン余り、その後は約38万トン、マレーシアは2017年で21万トン余りであったものの、コロナ禍より減じていて11万トン余りとなっている(図7)。生産量の年度による変化は、インドネシアにおいてはおおむね利用面積により規定されているが、マレーシアにおいては利用面積に大きな変動が無いため、それ以外の要因が影響すると考えられる。インドネシアでのサゴヤシ利用面積(収穫面積)が変動する一つの要因として、従事農家数が2018年までは28万戸であったのが2019年には40%も減少したこと、特にパプア州での減少が顕著であった(*22、23、24、25)。この変化の要因についてはコロナ禍の影響もあろうが、全体的に農業従事者の確保が難しくなっている社会的背景が関わるとも考えられる。



 

 パプアニューギニアのサゴでん粉生産量については、2000年で8万3000トン、2006年で9万8000トンと推定している(*32)。オーストラリア国立大学(ANU)によれば、パプアニューギニアは約3分の1の州で主食となる作物の中でサゴヤシの生産量が最も多いことから、地方居住者の3分の1はサゴに依存しており、パプアニューギニアの人口が消費する全カロリーの約7%はサゴでん粉から摂取されている。また、ANUによるとサゴでん粉の実際の収量は1本当たり180キログラムであるが、潜在的には1本当たり500キログラムの蓄積量があるとみられている(*32)。パプアニューギニアの市場で取引されるサゴでん粉の水分含量は40%程度であることから、ANUが指摘する1本当たり500キログラムのでん粉蓄積量とは、乾燥重にすれば300キログラムで、筆者らの調査結果と同程度となる。一方、筆者らがFAO TCPの一環としてパプアニューギニアで行った測定から、でん粉抽出後の残渣に残留するでん粉は多く、伝統的な抽出の場合に髄残渣のでん粉含量は平均して乾物重当たり59%であった(*14)。抽出前の髄組織のでん粉含有率が71%程度であることから、回収できていないでん粉がかなりある。ANUの報告によるところの実際の収量が低いというのは、このことが理由である。蓄積されたでん粉資源の利用率をより高めるため、筆者らはパプアニューギニアのFAO TCPにおける髄組織の粉砕方法の改善策として、小規模動力を用いて機械化することで抽出効率が13%向上したことを明らかにしている(*14)

(3)生産性

 インドネシアの統計によると(*22、25)、2016年から企業経営によるサゴでん粉の年間の生産性は1ヘクタール当たり9トンを超えており、リアウ州で2017年に1ヘクタール当たり9トン強と記載されている(2019年以降の企業経営の情報は明らかでない)。栽培化の進んだヤシ種では10×10メートルの間隔で1ヘクタール当たり100本の栽植密度をとることが多い。1ヘクタール当たり9トンの収量であれば、単純に計算すると1本当たり90キログラムの収量となる。しかしながら、サゴヤシの場合には栄養繁殖により増殖するサッカー(吸枝(きゅう し):地下茎の一部が地上に現れた若芽)を、1株に数本ずつエイジが異なるものを残していき、同一株からの継続収穫を目指すので、毎年同じ株から収穫するのは難しい。したがって、1ヘクタール当たり100株の中から3分の1程度ずつを収穫する計画栽培により、単位面積当たりの年間収穫量をコントロールすることが望まれる。小規模農家レベルの生産では、年間の生産性は平均して1ヘクタール当たり3〜4トン(リアウ州でも同6.3〜6.5トン)であるとみられるので(*22、25)、同一株から3年ごとに収穫を可能とするようなサッカー密度制御など、栽培管理の高度化と集約的栽培による生産性の確保が望まれる。

(4)輸出量と価格

 輸出量について見ると(図8)、マレーシアにおける主な輸出元である東マレーシア・サラワク州からは2010年には5万トン強であったが、2020年に3万8000トンとなっている。インドネシアからの輸出は、2005年から2009年まではわずかであったものが2010年以降増大し、2019年に1万3000トンを超えたものの、その後は伸びていない。直近の統計では、インドネシアからの輸出は11%余りが日本向けである(*25)。日本への輸出は、マレーシア輸出量全体の約36%となる1万3000トン余り、インドネシアからは2000トン弱となる(図1)。図1に青色で示した主な輸入国の他に、インドネシアはオランダ、米国へも輸出している。また、インドネシアはマレーシアへも輸出している(2021年で約1万700トン)。マレーシアでは、生産地によってサゴヤシからアブラヤシへ栽培の切り替えが進んだため、2010年代からはサゴでん粉の原料を購入し、それを精製して出荷している工場もある。



 

 インドネシアからの輸出をHSコード別に見ると、07149019(生・冷蔵・乾燥髄)と11062020(粉・粗挽粉・粉末)が伸びているのに対して、11081910(でん粉)は低下してきている。

 でん粉の輸出価格については(図9)、マレーシアからの輸出価格は2010年に1トン当たり約450米ドルだったものが2011年に上昇して540米ドル前後で推移、生産地サラワク州は2011年から同530米ドルで大きな変化はない(価格は各年度の両国の通貨と対米ドル平均為替レートにより換算。以下同じ)。インドネシアからの輸出価格は、1トン当たり約350米ドルとなってから2016年以降は低下の傾向で2021年には約187米ドルとなっていたものの、インドネシア農業省エステート総局で2024年5月に聞き取りをした最新の情報では、2022年度の輸出価格は約255米ドルと再び上昇している。国内価格をみると、国内では上昇傾向、とくに乾燥でん粉が極めて高くなっている。また、最近の国内価格の上昇については、「インドネシアの主要産地であるリアウ州において、2014年と2015年に泥炭地のサゴヤシ栽培園で火災が発生したことがやや時間をおいて生産量に影響をもたらしたこと、一方、国内でも食の健康志向の高まりなどからサゴでん粉の用途の開発、多様化が進んでいるものの、需要増に見合う原材料の供給量が増えていないことなどが影響している」と前述のエステート総局においてコメントがあった。インドネシア・国内の消費者価格について、コロナ禍の2022年(*35)と本年2024年1月の実店舗における単位重量当たりで比べてみると、サゴでん粉では情報を得られた商品のうち、4分の1の商品で価格にして14%の上昇、その他の食用粉では29%となり、タピオカ、かんしょ(紅芋)、ソルガムのでん粉が上昇率にして平均15%であった。
 
3

〜コラム タンパク源として注目されるサゴムシ〜

 サゴムシ、それはコウチュウ目・ゾウムシ上科・オサゾウムシ科のヤシオオオサゾウムシのこと。体長3センチメートル前後の甲虫で、ヤシ類に寄生する。英語ではsago grub、sago worm、sago weevilなどというが、サゴヤシ生産地では住民が好んで食べるのでsago grubと呼ぶのがよいか、と思っていたところ、今は色々な商品があるようだ。

 サゴムシは、サゴヤシを伐採した切り株などに卵を産みつける。そして2〜3カ月後に幼虫が発生、これを採集して食する。サゴムシの成分としては脂肪が多く、次いでタンパク質が多いため、重要な動物タンパク質源といわれる。サゴ生産国では、食べるスタイルに生食、串焼きなどあるが、筆者はサゴムシ炒めをおすすめしたい。




 コラム−写真1は2023年8月パプアニューギニア・東セピック州ウェワク市の市場でのスナップだが、サゴムシが5匹で1キナ(約40円)だった。2022年8月には同じ市場で、7匹1山の値段が1キナだったので、大きさの違いが多少あったのかもしれないが、値上がり傾向ではあるようだ。参考までに、ぬれサゴでん粉(水分含有率40%程度)が1キログラムで2キナ。これは両年で価格の変動はなかった。同じ市場で売られていたサゴ餅が1包6個入りで1キナ、別の露天ではココヤシの実(液状胚乳であるココナッツジュースは飲用に、ココナッツミルクの原料となる固形胚乳を食用とするためのヤングココナッツ)が1個1キナだった。これらと比べるとサゴムシの価格は高いものと思える。なお、タイ南部では、サゴヤシの髄を専らサゴムシ養殖に使っているところもある。

 近年は色々な食用昆虫が出回るようになっているが、いよいよサゴムシも缶詰やラミネートパッケージで輸入されている。ネット検索をしてみたところ、串に刺して(おそらく)味付けしたものや、ウォッカに漬け込んだものも出回っているようだ。




 

4 サゴヤシとサゴでん粉の可能性、魅力

 現在、英国などのファストフード店では、GFCという言葉をよく目にする。グルテンフリーチキンという意味であり、唐揚げ粉にグルテンを含む材料を含んでいないことを示す。日系のうま味調味料を製造販売している会社は、唐揚げのサクサク感を増すために、インドネシアにおいてサゴでん粉を使った製品を開発、販売しており、普及が広がっている。ヨーロッパでのGFCへの志向は、スタンダードとは言わないまでもすでにムーブメントを超えている感がある。今後、このような志向は世界的に広まっていくと考えられ、多様な食味・食感と健康志向とが相まったサゴでん粉の用途も拡大していくものと思われる。インドネシアではカップ麺やグルテンフリーパスタなどサゴでん粉の用途が広がっており、日本ではサゴでん粉と数%の加工でん粉を用いるとパスタの品質が向上するなどの研究が進んでいる(*36)。でん粉をゲル状で使う場合、サゴでん粉は凍結・解凍を複数回繰り返しても他のでん粉に比べて劣化し難い特徴がある(*37)。エネルギー源としては精白米の約3倍、トウモロコシの4倍であるものの、マウスを使った実験でサゴでん粉は食後の血糖値上昇抑制効果が顕著であることが確認され(*38)、夜遅い時間に食事を取らざるを得ない人にとって健康を維持するのに都合の良い食材である可能性がある、とマスコミでも紹介された(*1)

おわりに 〜今後の展望と課題〜

 かつてはタピオカでん粉などの低廉な代替として利用されてきたサゴでん粉であるが、直近2年ほどのタピオカでん粉のFOB価格(約480〜540米ドル)と比べても、日本向けサゴでん粉の価格は近年高く推移し、さらに上昇が続いていることは留意すべきことである。本稿では、日本への輸入量の増、円建て輸入価格の上昇とともに、上述のように生産国におけるサゴヤシ生産従事者の減少、生産量の低下、国内価格やコロナ禍を経てからの消費者価格の動向について最新の情報を紹介した。価格変動の実態をより具体的に把握するには、コロナ禍で変容した産業構造や取引形態の実態も踏まえた解析が必要であるものの、最も多くサゴでん粉を輸入しているわが国は、32年前にサゴヤシ学会を設立して世界のサゴ研究をリードしてきた実績を生かし、学術成果の実証を進め、生産国とともに持続的で安定的な生産と利用に向けた技術を実装することが期待されていると考える。

 年々気候変動が厳しくなる中で世界的には増加し続ける人口、さらに経済発展に伴って多様化する食の量・質の需要を賄うには、既存の耕地の高度利用だけでなく問題土壌も含めた新たな環境で生産活動が必要であり、そのためには高いレジリエンスを有する資源の活用が前提となる。サゴヤシはまさに有効利用が期待される資源であるが、利用が進めば農業残渣も増大することとなる。残渣中の残留でん粉の活用、再資源化が重要であり、残渣からのエタノール生産や生分解性プラスチック製造(*18、19)といった開発技術の実証、実装が急がれる。
 
【参考文献】
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*38 Furutani, A., (2022). Chrononutrition study of pancakes made with sago starch. Sago Palm 29(2):75.
 
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