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最終更新日:2010年3月6日
でん粉情報 |
[2008年7月]
【話題】日本澱粉工業(株) 開発研究部
機能素材開発グループ 片野 豊彦
1.はじめに
かんしょ(さつまいも)は、ヒルガオ科に属する植物で、原産地はメキシコを中心とする中央アメリカとされている。日本では、1597年に宮古島で導入された他、数度にわたり異なる経由・経路で伝来し、1700年代には九州地方を中心に栽培された後、青木昆陽らによって全国に普及した。
かんしょでん粉は、江戸時代の千葉県が発祥といわれ、明治後期より機械化が進み、昭和31年には、全国で1,852のかんしょでん粉工場が操業していた。かんしょでん粉のほとんどは糖化原料として使用されたが、コーンスターチが糖化原料に使われ、その割合が増加してきたため、国内のかんしょでん粉とでん粉原料用かんしょ生産農家を保護するために昭和43年から抱合わせ販売制度が実施されてきた。平成19年産からは、この抱合わせに代わり、新しい制度が運用されている。新しい制度では、コーンスターチ用輸入とうもろこしや糖化用、加工でん粉用の輸入でん粉などから新たに調整金を徴収するとともに、需要に応じた生産を促進するため、市場におけるでん粉の需給事情を反映した取引価格が形成される。
2.かんしょでん粉の製法
かんしょはとうもろこしのような貯蔵ができないため、収穫後はすぐに磨砕処理される。従って、工場の操業期間も原料が収穫される2〜3ヶ月間と短い。かんしょでん粉の製造フローの概略を図1に示した。旧来の製造では、精製後のでん粉乳を沈殿槽と呼ばれるコンクリート槽やタンクで貯留し、その後精製、乾燥を行っていた。この貯留の過程において、管理手法によっては、出来上がったでん粉は、一般生菌数の高いものになってしまう。このような製品は、製造中に微生物の生成する成分がでん粉に吸着し、不快なにおいを発生してしまうことがある。これまでは、かんしょでん粉のほとんどが糖化原料として使用されていたため、あまり問題視されなかったが、かんしょでん粉の食品への利用を拡大させるためには、改善しなければならない課題である。近年では、原料処理からでん粉の精製・乾燥までを連続で行っている工場もあり、ばれいしょでん粉や輸入でん粉と品質(一般生菌数やにおい)面においても競争出来る製品になってきている。
図1 かんしょでん粉の製造フロー |
3.かんしょでん粉の特性と利用
(1)生産量の推移
かんしょでん粉の用途別消費量の推移を表1に示す。
表1 かんしょでん粉の用途別消費量の推移 |
(単位:千トン、%) |
出典:農林水産省生産局特産振興課 |
糖化原料に使用されるかんしょでん粉は年々減少し、食品・その他の分野では平成10年以降は横ばいとなっており、全体量も減少している。かんしょでん粉は、ばれいしょでん粉のような固有用途が少ないため、糖化用以外の新規用途の開拓が望まれている。
(2)かんしょでん粉の構造特性
でん粉は、光合成によって植物細胞内に貯蔵され、グルコースを単一の構成糖とする。グルコースの結合様式の違いにより、直鎖状のアミロースと多岐に分岐したアミロペクチンに分けられる。植物の起源により、アミロース、アミロペクチンの比率や構造は異なっている。アミロース含量の多いでん粉は変性(老化)しやすいが、かんしょでん粉のアミロース含量は同じ地下部に形成されるばれいしょでん粉とほぼ同じ約20%である。しかし、同じ地下部に形成されるタピオカでん粉のアミロース含量は約17%で、かんしょでん粉に比べると低いため、タピオカでん粉の方が老化しにくい。一方、一般的なとうもろこしや小麦のでん粉は、かんしょでん粉よりもアミロース含量が高く老化しやすいが、アミロペクチンのみからなるワキシーコーンスターチは、同じとうもろこし種であっても老化しにくい。
アミロース、アミロペクチンからなるでん粉は、でん粉粒と呼ばれる球晶状の形をしており、その形状も植物の種類によって異なる。図2にかんしょとばれいしょのでん粉粒の電子顕微鏡写真を示した。
かんしょでん粉のでん粉粒は、タピオカとは類似しているが、ばれいしょのでん粉粒とは大きく異なる。このでん粉粒の違いも、アミロース、アミロペクチンと同様に物性に影響を与えており、かんしょでん粉はばれいしょでん粉よりも粘性は低いが、その粘度の安定性は高い。
図2 かんしょ(左)とばれいしょ(右)のでん粉粒の電子顕微鏡写真 |
(3)かんしょでん粉の物性
でん粉は、水に懸濁した状態では、白濁しているが、加熱することによって、でん粉粒が吸水、膨潤し、透明性が向上するとともに、粘性を呈する液となる(この現象をでん粉の糊化と呼ぶ)。でん粉の糊化は、粘性の変化を測定することによって、その特性を捉えることが出来る。ラピッド・ビスコ・アナライザー(RVA)は、でん粉の糊化粘度を測定出来る器械であるが、それを用いて各種でん粉の特性を比較した結果を図3に示した。かんしょでん粉は、粘度が発現する温度(糊化開始温度)が、他の地下系(ばれいしょ、タピオカ)でん粉よりも高い。かんしょでん粉の糊液は、タピオカでん粉やばれいしょでん粉と比較すると不透明だが、地上系(とうもろこしや小麦)でん粉よりは透明感がある。かんしょでん粉の糊液の粘度は、地上系でん粉に比べると高いが、糊液のテクスチャーは、地下系よりもむしろ地上系でん粉に類似し、とうもろこしでん粉とばれいしょでん粉の中間的な特性を有している。
糊液をそのまま放置しておくとでん粉が変性(老化)し、白濁やゲル化を引き起こす。かんしょでん粉は、老化によってゲル化するが、タピオカでん粉はゲル化しにくい。でん粉の老化は、アミロース含量やアミロペクチンの構造によって影響されるため、同じかんしょでん粉であっても品種間で異なる。
図3 各種でん粉の糊化特性(RVA) |
(4)かんしょでん粉の食品への利用
かんしょでん粉は、そのほとんどが糖化用として利用されている。しかしながら、一部の食品では、くず粉の代替品として“くずきり”、“わらび餅”、“ごま豆腐”に利用されている。これらの食品は、かんしょでん粉の糊液がゲル化し易いという特徴を利用したものであり、他の一般的なでん粉では同じような食感を得ることが出来ない。近年、安価な輸入タピオカ加工でん粉と競合しているが、昔ながらの食感と安心安全な国産原料として使用され続けている。ちなみに、タピオカ加工でん粉を使用した場合は、もちもちした食感を呈するが、かんしょでん粉の場合は、ソフトな弾力と歯切れのよさがある。
また、かんしょでん粉は、膨化菓子や揚げ物に使用するとサクサクした食感を呈する。その食感は、とうもろこしとばれいしょでん粉の中間的な食感となっている。この食感を生かしてスナック菓子や煎餅などへも利用されている。
その他にも、ばれいしょでん粉で作られる冷麺をかんしょでん粉に置き換えると、ややソフト感のある麺となり、高齢者や子供でも食べやすい食感となる。また、鹿児島県の特産品であるさつま揚げなどの水産練り製品にも使用でき、ばれいしょや小麦でん粉とは異なる食感を付与することが出来る。
4.新しい特性を有したクイックスイートでん粉
青果用のかんしょとして開発されたクイックスイート(でん粉情報2008年3月号の「でん粉原料用かんしょの品種育成について」を参照)には、低温で糊化するでん粉が含まれる。このクイックスイートから抽出した低温糊化かんしょでん粉(以下「クイックスイートでん粉」という。)の糊化特性(RVA)を図4に示す。このクイックスイートでん粉は、一般のかんしょでん粉よりも非常に低い温度で糊化を開始し、その糊化開始温度は、ばれいしょでん粉よりも低い。(ばれいしょでん粉は市販天然でん粉の中で最も糊化開始温度が低い)また、このクイックスイートでん粉は、老化しにくいという特性も有している。
図4 低温糊化かんしょでん粉(8%)の糊化特性 |
図5にかんしょでん粉ゲルを保存したものを写真で示した。このクイックスイートでん粉の糊液は、冷蔵すると従来のかんしょと同様にゲル化するが、冷蔵保存しても白濁、離水といったでん粉の老化による現象がほとんど認められず、弾力のあるゲル特性を保持する。一方、従来のかんしょでん粉は、ゲルが白濁し、離水と共にゲルがもろくなる。
この新しいクイックスイートでん粉の有する耐老化性の特性によって、従来のかんしょでん粉では使用できなかった食品への利用拡大が期待されている。このクイックスイートでん粉は、従来のかんしょでん粉で問題とされている一般生菌数の多さを原料の管理と独自の精製技術により解決しており、その一般生菌数は、通常の市販でん粉と同レベルで管理されている。
クイックスイートでん粉の、食品への利用事例について紹介する。
図5 冷蔵保存ゲルの写真 (10%ゲルを4℃・7日間保存) |
5.クイックスイートでん粉の食品への利用
(1)耐老化性
クイックスイートでん粉は、でん粉の老化に起因する品質変化を抑制することが出来る。例えば、次頁のレシピに示したわらび餅やごま豆腐は、従来のかんしょでん粉では、でん粉の老化によって品質が変化してしまうため、長期間の保存は出来なかった。しかし、クイックスイートでん粉を使用することで、従来のかんしょでん粉よりも長期間の保管が可能になる。例えば、わらび餅(次頁の処方)では、従来のかんしょでん粉は、冷蔵で2,3日保管すると硬く、ボソボソとした食感になるが、クイックスイートでん粉で作成したものは、冷蔵で1週間保持しても、作りたての食感を維持している。
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(2)冷凍耐性
クイックスイートでん粉は従来のかんしょでん粉に比べ、冷凍耐性も向上する。クイックスイートでん粉を使用したわらび餅を冷凍保存しても、弾力のある食感を保持し、また離水も発生しない。(従来のかんしょでん粉を使用したものは、食感がボソボソになり、離水も発生する。)
(3)加熱耐性
クイックスイートでん粉を用いて作成したごま豆腐は、120℃で20分間加熱しても、その食感や保存時の老化耐性に影響は認められない。また、カップから取り出した時のごま豆腐の形も、既存のかんしょでん粉に比べ非常に良好であった。この特性を利用し、洋風デザートにもクイックスイートでん粉を使用することが出来る。
ピーナッツ豆腐での効果確認
実際の食品での効果を確認するため、ピーナッツ豆腐を用いて品質変化の評価を行った。ピーナッツ豆腐の作成方法を図6に示した。この試験では、対照として従来のかんしょでん粉「シロユタカ」とくずでん粉を用いた。作成したピーナッツ豆腐の経時変化は、クリープメーターの弾性率と最大荷重、および離水状況で評価した。その結果を図7に示した。結果から明らかなように、クイックスイートでん粉を使用したものは、経時変化が少ないことが確認出来た。つまり、従来のかんしょでん粉ではでん粉の老化や加熱耐性が弱いために使用が困難であった“ごま豆腐”、“わらびもち”、“くず餅”などのスーパーのチルドコーナーで販売されている商品にも使用することできる。これにより、クイックスイートでん粉は、従来のかんしょでん粉よりもその食品での使用用途を広げることが可能となる。
図6 ピーナッツ豆腐の作成方法 |
出典:鹿児島県農産物加工研究指導センター 図7 ピーナッツ豆腐の経時変化 |
6.おわりに
かんしょでん粉は、これまで糖化原料としての利用が多く、食品への利用研究はあまり行われていなかった。しかしながら今回紹介したクイックスイートでん粉は、新しい機能を持ったかんしょでん粉として開発され、その機能によって、これまでかんしょでん粉が利用されなかった分野でも検討が行われ、かんしょでん粉の利用拡大に貢献できると考える。
今後は、クイックスイートでん粉を含めたかんしょでん粉の製造コストの低減を図り、輸入でん粉と価格においても競争出来る技術開発を行うことによって、さらなるかんしょでん粉の市場拡大に取り組んでいきたい。