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最終更新日:2010年3月6日
でん粉情報 |
[2008年4月号]
【調査・報告】
調査情報部長 加藤 信夫
国際情報審査役補佐 平石 康久
EUはでん粉の生産地域であり、2003年のデータであるが、世界のでん粉生産の16%を占めている。ただし、小麦でん粉およびばれいしょでん粉の生産量にEUが占める割合が極めて大きく、小麦でん粉は66%、ばれいしょでん粉は64%のシェアを誇っており、これらのでん粉の最大の生産地かつ供給地域である。
下記の統計のとおり、EU域内向仕向量(≒消費量)が年々増加しているところ、生産量の増加により供給が行われていることがわかる。
Food Industry News 2008年1月29日付("Starch-An Indispensable Food Ingredi-ent Faced With Market Challenge")の特集記事の中の推計(Frost & Sullivan)によると、食品用途は460万トンであり、でん粉需要820万トンの56%を占める。その他、製紙業界が毎年200万トン程度の需要があることから、でん粉需要の25%程度のシェアを占めている。その他160万トン(20%弱)のうち、大半は化工でん粉製造およびアミノ酸(リジン)やビタミン類などの有機化学産品製造に利用されており、一部が医薬品、酵素、プラスチック、糊製造に利用されていると見られる。
2007年度推定の食品用途向けの仕向け先は、菓子用途が食品用途のうち半分近くを占め、加工食品、飲料、乳製品、製パンと続いている。この中では加工食品の需要の伸びが大きいと見られている。食品用途向けに供給されているでん粉の形態は、53%が糖化製品などによる供給であると推計されている。
需要が伸びている背景としては、利便性を持つ各種食品の需要が増加している中、でん粉の持つ各種の機能を補える代替物がないこと、合成されたもの(人工的な食品添加物)でなく、「より自然な」ものを求める消費者のニーズに合致していると記事により説明されている。
また、化工でん粉の需要についても、例えば植物油や油脂、砂糖を代替できる機能を持っており、ゼラチンやペクチンの安い代替物になることも原因にあげられている。
ばれいしょでん粉の生産量は、生産割当により生産量が制限されていることから、生産は伸びていない。また、2006年度は異常気象により原料ばれいしょが不作であったことから、生産量は減少した。
この他、統計に出てこない生産割当数量外のばれいしょでん粉製造や、ばれいしょ製品(チップやフレーク)製造に利用した水からの再生でん粉の製造(不純物の混じったグレースターチなど、英国だけで14,000トン)が存在することがR.Messiasらの2004年の論文の中で報告されている。同論文中では生産割当数量外のばれいしょでん粉製造は合計で年間10〜15万トン程度存在している(EU15ヶ国ベース)と推測されている。
また、生産量のうち、輸出が行われる割合が高いことが特徴である。これは、ばれいしょでん粉製造企業であるA社によれば、ばれいしょでん粉を生産、輸出できる国が限られていることから、ばれいしょでん粉が必要なときはEUの供給に頼らなくてはならず、そのためEUからの輸出が多くなっているという説明であった。その他、後に述べるような政策面での影響も大きいものと思われる。
なお、需要面で興味深い点として、油田掘削用資材(fluid)としてばれいしょでん粉は有望な性質を備えているとの報告がある。
なお、EUのばれいしょでん粉の生産は、上位5社の製造企業により生産全体の8割程度が生産されているとされ、きわめて統合化の進んだ産業となっている。
小麦でん粉は年々生産量が増加し、2006年度には357万トンになった。小麦でん粉の特徴としては、輸出量および輸入量とも少なく、生産量の多くが域内需要に向けられていることである。
他のでん粉に比べて生産量の伸びが大きい要因は、EUにおいては、とうもろこしより小麦からのでん粉製造コストがわずかであるが安いこと、副産物である小麦グルテンの販売によって、高い収益を上げることができるためと見られる。
コーンスターチはEUのでん粉需給において、もっとも多く生産されるでん粉であり、生産は増加傾向であるが、近年小麦でん粉が生産を伸ばしていることから、相対的な地位は低下している。一部は化工でん粉の原料などに利用され、輸出に回されている。
大麦からのでん粉製造がフィンランドで、オート麦からのでん粉製造がスウェーデンで小規模に行われている。これらの生産コストは小麦に比較して低いものであるが、副産物がほとんど生成されないため、経済的に利益が出にくい。ただし、小麦でん粉やコーンスターチに比較して、製造されるでん粉の粒子が小さいため、今後ニッチ市場(例えば化粧品やバイオ材料)への出荷の可能性を指摘する記事もあった。
でん粉の輸出量についてはでん粉(ネイティブ)の形態による輸出が全体の輸出量のうち40%程度を占めている。さらに、その中ではばれいしょでん粉の輸出量が多い。付属表1に属さない(Non Annex 1)製品は化工でん粉などが含まれるが、小麦ベースのものはきわめて限定的であり、ほとんどがとうもろこし、ばれいしょ由来のものである。
ばれいしょでん粉の輸出は、2004年より2006年まで毎年増加してきた。特に増加が大きかったのは中国向けであり、2004年から2006年にかけて5倍以上の伸びを記録した。
しかし、2007年は2006年度のEUのばれいしょの不作を反映してでん粉価格も上昇しており、輸出量は前年に比較して減少見込みである。
また、中国商務部の2007年4月16日付のリリースによれば、中国政府はEUのばれいしょでん粉についてダンピング輸出との判断を下し、2007年2月6日から5年間の期間にかけて17〜35%のアンチダンピング関税をかけるとの決定を発表した。その影響のためか、2007年の中国の輸出は大幅に減少している。
さらに、日本向けはEUの2006年産ばれいしょの不作により価格が上昇したため、大幅に輸出量が減少している。
デキストリンなどの化工でん粉についても着実に輸出量を伸ばしている。スイスや米国が伝統的な輸出先国であったが、近年ではロシアや中国に対する輸出が増加している。輸出価格を見てもそれらの国は格別低い価格で輸出されているわけではなく、EUにとって有望な市場であることがうかがわれる。
日本への輸出は減少傾向にある。FOB価格については、2005年と2006年の貿易統計の数字が異常値を示しており、内容を確認する必要がある。
各種行政指標価格および貿易統計のデータから、EUのばれいしょでん粉および同化工でん粉が、生産段階から日本へ輸入されるまで、どのように価格が推移していくかの推計を行った。
工場の出荷価格についてはデータはなく、FOB価格からの大雑把な推計であり、目安としてのデータである。付け加えて、こういった試算における最終的な日本への影響については、為替レートやフレートの変動によって大きく異なってくることを申し添えておきたい。
ネイティブばれいしょでん粉について、ばれいしょ生産者の手取価格を見ると最低生産者価格で工場からの買入価格の下支えがある一方、直接支払いおよびでん粉用ばれいしょ生産にかかる補助金がばれいしょ生産による収入の4割近くを占めており、補助金が経営を維持するために重要な役割を果たしていることが分かる。
工場においては、補助金の額は生産者に対するものより少ないが、製造企業の粗利益と比較すると、プレミアムと呼ばれる製造に係る補助金が一定の工場経営の利益向上に役立っている。
計算上FOB価格とCIF価格の差がフレートになるが、額が小さいようにも思われるため、背景について検討が必要である。
化工でん粉についても、ばれいしょでん粉から一貫して製造している場合についての試算を行った。生産者段階では変化はないが、製造企業においては粗利益が大きくなることによって、プレミアムへの依存度が低くなっている。
このことから、今後プレミアムの削減や廃止が行われた場合、でん粉(ネイティブ)から化工でん粉への生産のシフト、あるいはでん粉(ネイティブ)の価格引き上げ幅が相対的に大きく実施される可能性がある。(また、化工でん粉の原料としてでん粉(ネイティブ)が必要であることから、化工でん粉の拡大はでん粉(ネイティブ)の需要増大につながることも注意すべきである)
さらに、化工でん粉については、製造者は域内のでん粉を利用して、化工でん粉を製造することから、製造者は生産払戻金などの補助金を受け取ることが出来る(これにより製紙企業などに安く化工でん粉を供給できる)。そのため、原料から一貫して化工でん粉まで製造できるでん粉製造企業にとっては魅力的な選択肢であると思われる。
訪問先企業からの聞き取りによっても今後化工でん粉の生産に力を入れていきたいとの発言があった。
EU域外からのでん粉の輸入については厳しく規制されており、特に用途的にばれいしょでん粉と競合するタピオカでん粉の輸入は関税割当数量が設定されることによって、2006年で20,500トンに制限されている。化工でん粉については一定の輸入量があり、年間10万トン程度の輸入量があるが、EU全体のでん粉市場規模に比較すると、必ずしも大きな規模とはいえない。
タピオカでん粉については、輸入関税割当で規制されているが、その上限近くまで輸入が行われている。また、価格も安い。そのほとんどがタイからの輸入である。
この他化工でん粉の輸入も多く行われており、その最大の輸入先国もタイである。このことから、タピオカでん粉を原料とした化工でん粉が輸入されていることが推察される。タイからの化工でん粉は、EUのばれいしょでん粉の競争相手であり、聞き取りにおいても、ばれいしょでん粉の一番の競争相手は他の原料由来のでん粉ではなく、タピオカでん粉であるとの発言があった。
2007年の輸入量は10月までで20万トンを超過しており、大幅な輸入量の増加となっている。これは2006年度のばれいしょ不作によるばれいしょでん粉の供給減少を補うための増加と見られる。2004年の増加も2003年度の不作の影響が考えられる。
EUは飼料用として、タイより大量のタピオカペレットの輸入を行っている。このことから、EUの飼料用途としてのタピオカの需要(および中国によるタピオカチップの輸入)が、タピオカでん粉生産・貿易に対して影響を与える側面がある。
従来、EUの穀物の介入価格が高く設定されていたことから、飼料穀物の代替に大量の輸入が行われていたが、近年のCAP改革による介入価格の削減により、輸入量は減少していた。しかし、2007年は穀物価格の高騰により輸入量は増加に転じている。
でん粉を製造したときの収益の内訳を試算した結果が2004年に発表された論文に掲載されていたので紹介する。この試算に利用されたデータは実際の工場のデータではなく、論文の著者たちによる協会からの聞き取りなどにより得られた数値であり、厳密なものではない。
ばれいしょでん粉製造の収入は、ほとんど全てがばれいしょでん粉によるものである。このことからばれいしょでん粉は、でん粉の価格がそのまま収益に直結する構造となっている。これは後に述べるようにばれいしょでん粉が政策による支援の対象となっている理由の1つである。
小麦でん粉については、でん粉による収入は6割足らずであり、4割以上が副産物、特にグルテンによる収入となっている。
コーンスターチも副産物による収入があるが、小麦でん粉によるものと比較するとその割合は小さい。
現在、EUで遺伝子組み換えばれいしょである”Amflora(EH92-527-1)”の販売承認の申請手続きについて、最終の段階に入っている。
Amfloraの申請を行っているBASF社によれば、Amfloraは遺伝子組み換えによってばれいしょに20%ほど含まれているアミロースをなくしていることから、アミロペクチンのみで構成されるでん粉を製造することができ、製紙などの産業用途に好ましい性質をもつとされている。
承認の申請内容としては、このばれいしょは食用ではなく、産業用途のみに利用されるとの制限が付けられている一方、でん粉を製造した後のパルプについては、動物の飼料として供給することが可能であること、さらに食品用にも0.9%の偶発的な混入が許されることとなっている。
現在の申請状況は上記のとおりである。
申請を行っているBASF社のプレスリリースによれば、EU委員会は好意的な申請により承認プロセスを開始していることから、EU委員会による承認に対する最終決定を期待しているとしている。一方で、商業用栽培については2007年7月以降EU委員会においてプロセスが停止している別の承認が必要であるとし、その承認について速やかに進められることを要望している。
また、環境保護団体からは、欧州食品安全機関による検討は生物多様性や生態系への影響について十分行われていない、あるいはGM作物を導入するより環境親和的な農法を導入するほうが、経済的な波及効果が大きいなどの批判もされており、引き続き反対活動が行われていることから、今後の承認について見通しを立てることは難しい。