畜産 畜産分野の各種業務の情報、情報誌「畜産の情報」の記事、統計資料など

ホーム > 畜産 > 海外情報 > 2011年 > 米国農務省、家畜のトレーサビリティに係る新たな規則案を発表

米国農務省、家畜のトレーサビリティに係る新たな規則案を発表

印刷ページ
 米国農務省動植物検疫局(USDA/APHIS)は8月11日、家畜のトレーサビリティに関する新たな規則案を公表した。米国においては、家畜トレーサビリティ制度として任意の全国家畜個体識別制度(NAIS:National Animal Identification System)があったが、今回の規則案はそれに代わる制度として、州境を越える家畜に限定して個体識別を義務付る内容となっている。なお、USDA/APHISは2011年11月9日までパブリックコメントを実施する。

トップダウンで開始されたNAISは生産者の賛同が十分に得られず終了

 NAISは米国における初めての全国統一的な家畜個体識別プログラムとして、2004年より開始された。米国ではその当時、2003年12月に初めてのBSEが確認されことを受けて、全国規模の家畜トレーサビリティ制度を整備する必要性が高まっていた。このため、NAISの導入に当たっては、当時のベネマン米国農務長官がイニシアティブを発揮し積極的に推進した経緯がある。
 しかしながら、トップダウンにより導入されたNAISは、最後まで生産者の協力を得ることはできなかった。2004年度から2009年度まで約143百万ドルもの予算を費やしたにもかかわらず、畜産農家のNAISへの参加率は4割にとどまった。参加率が低かった理由は、畜産分野においてトレーサビリティ整備が最も遅れている肉牛農家の抵抗である。制度発足当時より、肉牛農家はデータの秘密保持に関する懸念や耳標装着に係るコスト増などから強い反発を示してきた。
 他方、議会はNAISの進展が遅いことについて不満を募らせ、2010年度に予算の大幅削減を行うとともに、NAISの進捗状況などに関する公聴会を開催した。各方面からのNAISに対する風当たりが強くなる中、ヴィルサック農務長官は2010年2月、NAISを廃止し、新たなトレーサビリティ制度の策定を目指すとした。

新たな制度の対象は州境を越えて移動する家畜に限定

 今回発表された規則案の大きな柱は、(1)任意の家畜個体識別を義務化する代わりに、州境を越えて移動する家畜に限定すること、(2)家畜が州境を越えて移動する際、連邦または州政府の獣医師が発行する獣医検査証明書の添付を義務付けることである。
 また、NAISは、家畜1頭またはロットごとにUSDA/APHISが指定するNAIS専用の耳標を用いることとしていたが、同規則案では、肉牛農家などで既に使用されている公的な耳標や、州政府が認める識別手法の適用も可能とするなど、地域の実情やコストに配慮した柔軟性の高い個体識別手法が提案されていることが特徴である。
 NAISの失敗の原因は肉牛農家の反発だったといっても過言ではない。USDA/APHISは、肉牛農家の反発を和らげるため、肉牛に対する家畜個体識別を段階的に導入する規定を盛り込んでいる。具体的には、18カ月齢未満の肉牛について、州境を越えて移動する場合であっても、当面制度の対象から除外するとしている。
1

最大の肉牛団体は新たな規則案について慎重姿勢

 今回も、最大の抵抗勢力は肉牛農家であり、USDAは肉牛に除外規定を設けるなど、肉牛農家に最大の配慮を払っている。しかしながら、全米最大の肉牛生産者団体である全国肉用牛生産者・牛肉協会(NCBA)は「我々の最優先事項は健康な牛を育てることであり、その観点から今回の規則案を支援したい。APHISは最終規則を作成するに当たって、我々の意見を聴くことが重要である。示された規則案を注意深く分析し、コメントしていきたい」と慎重な姿勢を崩していない。また、小規模な肉用牛繁殖農家、肥育農家を主な会員とする米国牧場主・肉用牛生産者行動法律基金(R-CALF USA)は、「今回提案された規則案では、出荷側と受取側双方の州の合意がなければ焼印による個体識別は認められないことから、我々はこの規則案に反対する」との声明を出している。他方、豚の場合、トレーサビリティ制度が進んでいることから、肉豚生産者の団体である全国豚肉生産者協議会(NPPC)は「今回のUSDAの提案を歓迎する。これは重要な一歩であり、効果的なトレーサビリティ制度は、米国産豚肉の国際競争力を高めることにつながる」と好意的にコメントしている。
 
 今回の規則案の対象は、牛、豚、家禽など幅広く、関係する団体や生産者が多いことから、その調整には時間を要することが予想される。USDA /APHISは90日間のパブリックコメントの手続きを経て、最終規則をまとめることとしているが、NAISの二の舞にならないよう、生産者への丁寧かつ慎重な対応が求められるであろう。最終規則が成立するタイミングは現時点では明確となっていないが、本年1月時点では、規則案を本年春頃に提案するとの前提で、2012年上半期中に最終規則を施行する予定が立てられていた。
 我が国は米国から多くの食肉を輸入しており、今後とも、米国の新たな家畜トレーサビリティ制度の動向は注目されるところである。
【上田 泰史 平成23年8月16日発】
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:国際調査グループ)
Tel:03-3583-4396