英国では、EU離脱を問う国民投票が6月23日に実施される。英国は、これまでEUの加盟国として、EU単一市場の経済的恩恵を被ってきた。英国がEUから離脱した場合、これまでのEU域内貿易のみならず、EU域外との自由貿易協定による貿易についても、EUの一員として享受してきた利益を失うことになる。また、現在、EUと米国の間で交渉が進められている環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)、日本とEUの間で交渉が進められている日欧経済連携協定(EPA)についても、英国がEUから離脱した場合は、別途、米国や日本との間で貿易交渉を始める必要があり、その経済的損失は計り知れないものとなる。
一方、EU各加盟国にとっても英国は大きな貿易相手国であり、双方に大きなダメージが生じることとなる。中でも、英国の農業部門にはかなりの影響が生じると見られており、以下、英国のEU離脱による農畜産物への影響について、現地報道を取りまとめて報告する。
先ず、英国は、EU域内から多くの農畜産物(加工品を含む。)を輸入している。例えば、チーズは英国の消費量の60%をEU域内から輸入している。2014年8月のロシアによるEUなどからの農畜産物の禁輸措置以前は、ロシアはEUにとって最大のチーズ輸出先であったが、英国はその2倍相当をEU域内から調達している。このため、ロシアの禁輸措置によりEUのチーズ需給バランスが崩れ、その後の乳製品需給に与えた影響を踏まえると、英国のEU離脱により輸入関税が賦課された場合、チーズ一つをとってもEUの乳製品需給に対し、ロシアの禁輸措置を上回る影響が生じる可能性があるとされている。
そのほかの農畜産物についても、英国は、牛肉および豚肉(加工品を含む。)について、それぞれ消費量の20%以上をEU域内から輸入するなど、域内貿易依存度は高い水準にある。
食料品全般(酒・タバコを除く)の輸出入の数値を見ると、英国は、2015年に440億ユーロ(5兆5000億円:1ユーロ=125円)の食料品を輸入している。その7割の310億ユーロ(3兆8750億円)が域内貿易となる。主な輸入先国は、オランダ(EU域内からの輸入に占める割合:18%)、アイルランド(同15%)、ドイツ(同14%)、フランス(同12%)である。品目を見ると、オランダからは野菜・果実と鶏肉、アイルランドからは牛肉、乳製品と野菜・果実、ドイツからは比較的広範囲な食料品全般、フランスからは乳製品と野菜・果実が中心となる。
一方、英国は、同年に150億ユーロ(1兆8750億円)の食料品を輸出しているが、その7割の110億ユーロ(1兆3750億円)が域内貿易である。その輸出先国は、アイルランド(EU域内向け輸出に占める割合:34%)を筆頭にフランス(同15%)、オランダ(同13%)、ドイツ(同10%)と続く。
英国のEU離脱によりEU域内との貿易に関税が課された場合、農産物の純輸入国である英国では、農産物の供給量減少や関税の賦課により価格は上昇するが、一方で、国内の農畜産物生産は増加するとの試算もある。ただし、国内生産で早急に代替することはできない。
また、関税の賦課により英国への輸出ハードルが高くなったEUの農畜産物は、短期的には域内需給を緩め、農畜産物価格の下落を引き起こすとみられる。これは、ロシアによる禁輸措置の影響を上回るとの見方も出ている。特に、最も影響を受けるとされるのは、英国との貿易量が多い隣国のアイルランドである。アイルランドは、英国に牛肉を年間18億ユーロ(2250億円)、乳製品を同8億ユーロ(1000億円)輸出しており、それぞれ輸出量全体の3〜4割を英国向けが占めることから、これらの農畜産物の販売額の減少は避けられない。
このように、英国のEUからの離脱は、農畜産物に対する肯定的な要素はほとんど見当たらないが、昨今の移民問題など、EUの抱える政治的・社会的問題から予断を許さない状況となっている。
ただし、国民投票により英国のEU離脱が決定されたとしても、ロシアの禁輸措置時のような急激な市場環境の変化を防ぐため、EUでは、段階的な影響緩和措置が取られるとみられている。しかしながら、中期的には、英国では農畜産物の価格が上昇し、EUでは同価格の下落が起きると考えられる。