NAFTAからの離脱による農業への影響と農業団体の動き(米国)
今年1月に誕生したトランプ新政権の貿易政策では、大統領就任初日に発表した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの離脱とともに、同大統領が「史上最悪の協定」と非難してきた北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しが掲げられた。NAFTA再交渉は、今年8月のワシントンDCでの第1回会合を皮切りとして、先日終了したメキシコシティでの会合まで、計5回の協議が開催されてきた。
交渉の行方としては、5年ごとにNAFTA自体の存続の是非を判断するいわゆる「サンセット条項」や、自動車製造の原産地規則の厳格化など、米国が重視する論点については、合意する見通しが立ってない。また、農業分野については、当初は議論となる部分は少ないと考えられていたものの、米国は、第4回会合でメキシコ、カナダ両国のさらなる市場開放要求や、季節性野菜・果物のアンチダンピングルールの提案など、両国がそのまま受け入れるとは考えにくい提案をしており、当初今年12月末までの妥結を目指していた交渉期限は、来年3月末までに延長された。
米国の畜産生産者団体は、NAFTAにより恩恵を受けている部分が多く、正直なところ「そっとしておいてほしい」と考えていたが、各会合で再交渉の難航が伝えられる度に、「米国の同協定からの離脱」の可能性が方々で報じられるなど、米国の離脱に徐々に現実味が帯びてきた。
米国の畜産業界にとって、両国は輸出相手国として必要不可欠な存在であり、かつ米国がさまざまな農産物において世界の輸出市場の主要なプレイヤーであることを考慮すると、米国のNAFTA離脱は世界全体の農産物の需給バランスにも影響を与えかねない。このため、米国のNAFTA離脱の影響が如何なるものとなるのかについて、報道情報などを基に以下の通りとりまとめた。
協定発効後の農産物貿易の顕著な拡大
NAFTAが1994年1月1日に発効して以来、米国のカナダ、メキシコ両国との農産物貿易は大きく拡大した。2016年には両国への輸出額は、中国に次ぐ第2位、第3位となり、合わせて全体の28%を占めた。また、両国からの輸入額も第1位,第2位と、合わせて全体の39%を占め、農産物貿易において互いに欠かせない存在となっている。
具体的には下図の通り、米国産農産物の両国合わせた輸出額は、1992年の87億米ドルから2016年には381億米ドルに、そして両国からの輸入額は92年の65億米ドルから16年には445億米ドルにまで成長した。同期間内における両国との農産物輸出入額は、物価上昇を考慮しても、年平均5〜6%で成長し、約3倍の規模に成長した計算となる。また、米国にとっては、輸出額以上に輸入額が伸びたことから、NAFTA発効前である1990年の両国との農産物貿易は約10億米ドルの黒字であったが、2016年には64億米ドルの赤字となった。
資料:USDA/ERS
米国産畜産物輸出の両国への依存度
米国畜産業界は、NAFTAにより両国への輸出増という恩恵を受けており、下図の通り、産品によって異なるものの、両国への輸出は総輸出量の概ね10〜40%ほどを占めている。特に、近年はメキシコの存在感が年々増している状況にあり、豚肉、鶏肉、トウモロコシなどの輸出は、メキシコ抜きには語れない状況となっている。
資料:IEG Global Trade Tracker
NAFTA離脱により考えられる主な影響
上記のように米国とカナダ、メキシコ両国は農産物の輸出入において相互に依存関係にあることから、仮に米国がNAFTAを離脱した場合、これら3カ国に大きな影響が出ると想定されるほか、各国の輸出入の相手先が変わることにより、世界市場における需給バランスも大きく影響を受けると考えられる。影響予測についてはさまざまなとりまとめがなされているが、ここでは、2017年11月に米国議会調査局(Congressional Research Service)が報告書内でとりまとめた「主な想定される結果」を示す。
・ 米国が輸出入する農産品に課せられる関税が高くなる
→ 多くの製品の関税が無税化している現状から、対メキシコではWTOの最恵国待遇税率に、対カナダでは従前の米加自由貿易協定時の関税または最恵国待遇税率に戻ることにより、双方向の農産物貿易において関税が高くなる。
・ カナダ、メキシコ両国での米国産農産品の市場シェアが小さくなる
→ 米国産農産品に対し、高い関税が課せられたり、特別な輸入条件を失うことなどから、米国産農産品の両国での競争力が低下し、市場シェアが小さくなる。逆に、カナダやメキシコへ輸出する他国であって、両国と自由貿易協定(FTA)を締結している国の製品の競争力が増すことになる。
・ カナダ、メキシコ両国から輸入している農産品の価格が高くなる
・ 米国産と競合しているカナダ、メキシコ産農産品の輸入が減少する
→ 関税上昇などにより、両国からの輸入農産品の価格は高くなり、市場競争力が低下して輸入量が減少する製品も出てくると考えられる。また、付加価値製品の生産において、米国が輸入している原材料や半加工品などの原料の調達コストを上昇させる。
・ 統合されたサプライチェーンの混乱
・ 市場全体の混乱と不透明化
→ NAFTAに関連する特別な輸入条件が失われたり、非関税障壁が増加するなどにより、米国と両国間の企業間商取引が混乱し、事業計画をより複雑なものにせざるを得なくなる。
・ 両国との国境付近に位置する農業が盛んな州への経済的な打撃
→ 米国は、両国と陸地で接していることから、特に国境沿いの各州においては、国境を越えた取引が盛んであり、これらの州への影響はさらに大きい。
・ 米国の将来的な国際交渉力の低下
→ SPS措置(動物衛生と植物防疫のための措置)や食品安全などの貿易措置、その他の国際的な環境や労働などに係る非関税障壁となり得る国際的な政策・規制に対する米国の影響力が低下する。
米国農業団体による離脱への強い反対
米国の自動車製造関連団体などは、総じて離脱に反対の意向を示しており、また、農業関連団体も、総じて離脱には反対の意向を表明し、NAFTAの重要性を政府に訴えかけている。2017年10月には、90もの主要農業関連団体が名を連ねたウィルバー・ロス商務長官宛ての書簡の中で、「NAFTAからの離脱は、米国の農業・食品産業だけでなく、米国経済全体に迅速かつ相当な損害をもたらすことになるだろう。」と警告している。
特に、先に述べた通り両国への輸出により多大な恩恵を受けている、豚肉生産やトウモロコシ生産の業界は、再三にわたって離脱に対する非難を繰り返しており、全米豚肉生産者協議会(NPPC)は「天変地異的かつ財政的壊滅」が米国養豚生産者にもたらされるとし、全米トウモロコシ生産者協会(NCGA)も「大惨事」を招くことになるだろうと言及している。
なお、米国が具体的にNAFTAを離脱することになった場合の手続きについては、米国連邦議会の承認が必要との説を唱える報道情報などもあるものの、『6カ月前の両国への事前通告により離脱可能であり、その前提条件としての連邦議会の承認は不要』との見方が当地の報道情報の大勢を占めている。メキシコと米国の両国は、ともに来年重要な選挙を控えており、ひとまずの最終的な期限はこの辺りと考えられる。「離脱のカード」は、トランプ大統領が両国から譲歩を引き出すための戦略でしかないのか、それとも本当の切り札(Trump)なのかについては、引き続き注視する必要があるだろう。
【調査情報部 平成29年12月15日発】
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:国際調査グループ)
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