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畜産業界は政府の損失補償プログラムに賛否(米国)

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 米国農務省(USDA)は8月27日、中国をはじめとする他国による「不当な報復措置」によって農畜産物生産者が被る損失を補償するプログラムの詳細を公表した。プレスリリースによると、一連のプログラムは、(1)米政権が、米国の農家の国際競争力を高めるべく、長期的により多くの市場を獲得していくための自由かつ公平な貿易協定に取り組む間の短期的な戦略であり、(2)貿易紛争によって農家が被った損失を補償するものである、と説明されている。しかし、今回公表された各プログラムの内容に対して、米国の畜産業界では賛否が分かれている。
 以下では、この度明らかになった各プログラムの概要と、主要な畜産業界団体の反応を中心に報告する。なお、為替換算に当たっては1米ドル=112円(2018年8月末時点)とした。

3つのプログラムの概要

1 市場活性プログラム(Market Facilitation Program)

 商品金融公社(CCC)(注1)の法的権限の下、米国農務省の農業サービス局(FSA)が主管となり、大豆をはじめとする農畜産物の生産者に対し、各々の生産量に指定の単価を掛け合わせることによって算出される金額を直接支払う。支払いは2回に分けて実施される予定であり、登録申請は9月4日から開始される。1回目では2018年の生産量の50%を対象とし、残りの50%については2回目で対象とされる予定である。
 
(注1)農務省内に存在する公社。農業所得の維持や農産物の供給調整などを担う。
 
 初回支払いにおける品目別の単価および支払い見込み総額は下表の通りである。総額は47億米ドルに達すると見込まれており、中でも中国による追加関税などの影響が大きい大豆は総額の77%を占める(表)。
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 本プログラムに参加するためには、2014〜2015年の調整済み粗収益(Average Gross Income)が90万米ドル(1億80万円)未満であることのほか、「著しく侵食を受けやすい土地および湿地の保全」に係る規則を遵守していることが必須となる。また、申請時に収穫を終えており、2018年の生産量が確定していることも条件の一つだが、この点は品目によって異なる。例えば、作物の場合は上述の通り2018年の生産量がそのまま反映される一方、酪農の場合は酪農マージン保護プログラム(MPP)において報告される「生産履歴」(注2)、養豚の場合は2018年8月1日時点での豚飼養頭数が対象となる。
 
(注2)2014年農業法で新設された任意加入型の酪農家向けリスク管理プログラム(MPP)において、保障対象となる生乳量を決定するのに用いられる基礎数量。既に酪農を営んでいる酪農生産者については、2011〜2013年のうち最も多かった年の年間生乳出荷量が「生産履歴」として認定される。なお、MPPの詳細については「米国の酪農マージン保護プログラム(MPP)の現状と今後の課題(畜産の情報 2016年3月号掲載)」を参照されたい。
 なお、1経営体に対する支払い額の上限は12万5000米ドル(1400万円)である。ただし、この上限は畜産(養豚または酪農)と作物(大豆、綿花、ソルガム、小麦またはトウモロコシ)でそれぞれ別々に設定されるため、例えばトウモロコシ生産と酪農を複合的に行っている経営体に対する上限額は総額25万米ドル(2800万円)となる。

2 食品買上げ配賦プログラム(Food Purchase and Distribution Program)

 「不当な報復」の対象となった農畜産物を、米国農務省農業マーケティング局(USDA/AMS)が主管となって最大約12億米ドル分を買い上げ、食品栄養局(USDA/FNS)によりTEFAP(緊急食料援助事業)(注3)などの栄養補助プログラムを通じて提供する。対象品目は多岐にわたるが、買い上げ目標金額の内訳をみると豚肉は5億5880万米ドルと総額の45%を占め、最大となっている(図)。なお、買い上げは、対象品目の生育状況や市況、または貿易交渉の状況などに応じて、4段階に分けて実施される。
 
(注3)連邦政府が州政府に食品を供給し、州政府が関係団体を通じて低所得者にこれを供給する事業。
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3 貿易促進プログラム(Agricultural Trade Promotion Program)

 米国農務省海外農業局(USDA/FAS)の主管の下、米国産農畜産物の海外市場開拓に2億米ドル(224億円)を投入し、適格な組織が米国産農畜産物のPR活動を行ったり、展示会に参加したりする際の経費を補助する。申請期限は2018年11月2日、または資金が尽きるまでであり、予算配分は2019年の初頭に行われる。主に非営利の全国団体や地域団体の支援を通じて、魚や林産物を含む全ての農畜産物生産者を支えることを目的とする。

主要な畜産業界団体の反応

 本件に対する畜産業界の反応は畜種によって異なっている。全米豚肉生産者協会(NPPC)は、トランプ政権に感謝の旨を表明するとともに貿易紛争を早期に終わらせることを求め、並行して議員らに対しては引き続き口蹄疫ワクチンバンクの創設などを要請していくとした。

 一方、全米生乳生産者連盟(NMPF)は、トランプ政権の追加関税措置に端を発する貿易紛争によって被っている損失に対し一連のプログラムによる補償は少なすぎるとして、不満をあらわにした。NMPFによれば、市場活性プログラムのもとで酪農生産者に支払われると見込まれる1億2740万米ドルは、メキシコと中国の報復関税によって米国の酪農生産者が被った損失の10%にも満たないという。米国乳製品輸出協会(USDEC)が8月27日に公表した委託調査の結果によれば、メキシコと中国の報復関税が2018年末まで続いた場合、米国の酪農生産者の収入には単年で15億米ドルの損失が生じるとされる。NMPFはこの結果にも触れながら、酪農生産者が特に市場活性プログラムの内容に対して大いに落胆している旨を述べた。

2回目の直接支払いについて

 今回公表された3プログラムの支出予定額をまとめると、市場活性プログラムは約47億米ドル、食品買上げ配賦プログラムは約14億米ドル(注4)、貿易促進プログラムは2億米ドルであり、合計すると約63億米ドルに過ぎない。したがって、仮に2回目の直接支払いにて1回目と同額の約47億米ドルが投入される場合、年間支出総額は約110億米ドルとなり、これはUSDAが当初より示している総額の120億米ドルを下回っている。この点について、米国最大の農業生産者団体であるファーム・ビューローは、USDAが状況の変化に対応できるよう約10億米ドル分を留保しているとみている。
 報道などによれば2回目の直接支払いの詳細については12月に発表されるとみられている。米国産農畜産物をめぐる貿易環境が変化し続ける中、生産者に対しどのような支援策を講じていくのか、今後のUSDAの舵取りに大きな注目が集まっている。
 
(注4)詳細が未確定のアーモンド(6330万米ドル)およびチェリー(1億1150万米ドル)を含む。
【野田 圭介 平成30年9月5日発】
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:国際調査グループ)
Tel:03-3583-9533