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2020年の米国酪農乳業をめぐる情勢と課題 〜IDFA年次会合から〜(米国)

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1.はじめに
 2020年1月26日(日)から29日(水)にかけて、アリゾナ州スコッツデールにおいて、米国の乳業企業などから構成される国際乳食品協会(IDFA:International Dairy Foods Association(注))の年次総会「Dairy Forum 2020」が開催された。このうち、業界の最新動向、今後の予測等に関する講演について報告する。

(注)IDFAは、全米の乳業メーカーおよび乳製品販売業者などを代表する組織であり、本部をワシントンDCに構えている。全米で生産され、流通している飲用乳、チーズ、アイスクリームなどの乳製品の約90%がIDFAの会員企業によるものとされている。
 
2.マイケル・ダイクス会長の講演
 私の実家では酪農を営んでいたが、その頃と比べると酪農業界は大きく変化している。昨年の当フォーラムでも酪農業界の「破壊的な変化」について講演したが、直近の数カ月の間に大手乳業企業の破産が報じられ、次の5年間に起きる変化は、過去15年間で起きた変化を上回る(参考1)と個人的には予想している。

(1)最近の貿易
  米国―メキシコ―カナダ協定(USMCA)の批准(参考2)、第1段階の日米貿易協定の締結、第1段階の米中経済貿易協定の締結(参考3)という、米国の貿易相手国の上位5カ国の内の4カ国との貿易協定が成果として挙げられる(参考4)。中国との関係が友好なものになれば、今後の10年間で中国向けの米国産乳製品の輸出は230億ドルに上る可能性がある。乳価が変動しても、今後も生乳生産量は増加し続けると考えられるため、輸出は重要になってくる。上記のUSMCA、日本、中国の他に、マレーシア、ベトナム、インドネシアなどの東南アジアの国々と貿易協定を締結し、競合他国と同水準の競争条件を獲得することが重要である。

(2)消費志向
1975年から2018年までの期間、米国での1人当たりの乳製品消費量は22%増加している。同期間において、液状乳製品の消費量は41%減少する一方、非液状乳製品消費量は71%増加しており、大きな変化が見られている。消費者は我々のボスであり、消費者は乳製品に対して、健康、栄養、個人の価値観、購入しやすさ、安全性、アニマルウェルフェアや環境への影響、酪農従事者の労働者問題などを含むサステナビリティ(持続可能性)を求めるようになっているため、これらの要求に応えなければならない。

このような消費者志向の変化に伴い、高たんぱく質、低糖質、保存期間の長い商品、付加価値の高い商品の売り上げが伸びている。そのため、ホエイを利用したプロテインバー、植物および動物由来のたんぱく質を利用した乳製品、商品にカロリーとたんぱく質の含有量が掲載された乳製品を見かけるようになった。また、米国のローグ・クリーマリー社のチーズが2019年の世界チーズ賞を受賞したことから、米国はチーズの主要な輸出国であるだけでなく、世界のチーズ産業をけん引している。

(3)生産現場の変化
酪農家も昔と比べて大きく変化しており、労働者問題を解決するために、搾乳ロボットの導入が進み、ゲノム編集によって除角が不要になり、生産性を上げるために2産目までしか搾乳をしないところもある。このような影響により、50年前と比べて、乳用牛頭数は300万頭減少し、現在は約950万頭であるが、生乳生産量は2200億ポンド(9979万トン)とほぼ倍増している。ウィスコンシン州には、年間7万8170ポンド(3万5457キロ)という、世界一の乳量を誇る乳用牛もいる。一方、30年前と比べれば、生乳生産量は約50%増加しているにもかかわらず、温室効果ガスの排出量は9%減少しており、環境負荷軽減への取り組みも行っている。
講演するマイケル・ダイクス会長
講演するマイケル・ダイクス会長
3.中国との貿易について
  米国乳製品輸出協議会(USDEC)の初代会長であるトム・スーバー氏が司会を務め、3名の関係者とともに酪農業界における中国市場の可能性について議論が行われた。

中国向け乳製品の主な輸出国・地域として豪州、ニュージーランド、EUが挙げられ、米国は後塵(こうじん)を拝している。しかし、第1段階の米中経済貿易協定の締結、中国全土に広がる新型コロナウイルスの影響により、中国の食品流通が変わる可能性があることや、中国の乳製品に対する需要が増加し続ける傾向等により、米国産乳製品の中国向け輸出は楽観視されている。

 中国の消費者は、食品の品質を重視する層と価格を重視する層に大別される。主要な都市では品質を重視する消費者が増えており、付加価値のある牛乳や乳児用ミルク、ヨーグルトの消費が増加している。そして、両方の消費者層で最も重視されるのが食品の安全性である。
 現状として中国市場について懸念される点は、報復関税そのものよりも市場に多く存在する不確定要素であるため、第1段階の米中経済貿易協定が締結したことは米中貿易の安定性につながると想定される。

4.酪農貿易政策について
 IDFAの国際政策担当のべス・ヒューズ シニアディレクターが司会を務め、米国通商代表部(USTR)のグレッグ・ダウド首席農業交渉官、カナダ農務・農産食品省のフレデリック・セピー市場・産業サービス次官補、英国環境・食料・農村地域省のケリー・モーガン氏の3名で、酪農業界における政策について議論が行われた。

 第1段階の米中経済貿易協定に関する質問が多く寄せられたグレッグ氏は、「第1段階の米中経済貿易協定によって多くの内容を勝ち取った。これまで、中国は非関税障壁が多く、輸出ができない乳製品や手続きが進まないものがあったが、多くの案件が前進すると考えている。米中経済貿易協定に関する内容については、実効性を疑問視する声があることをよく耳にするが、貿易協定の記載は順守される必要がある。協定が発効してから、実際に効果が表れるまではしばらく時間がかかると考えている。」と述べていた。また、2020年6月にカザフスタンで開催される第12回WTO閣僚会議(MC12)でWTO改革に取り組むことがUSTRの主要事項であることも述べていた。

 英国のケリー氏には、バイオテクノロジーや地理的表示(GI)、EU離脱などに関して質問が寄せられており、「GIは農産物の価値を高め、透明性を確保する素晴らしい制度である」とし、EU離脱に関しては、個人的な見解と前置きをした上で、英国民は食料などに関するアクセスが制限されることは望んでおらず、今の状況から大きく変わらないようにすることが望ましい旨を述べていた。
 カナダのフレデリック氏に関しては、カナダの乳製品への関税割当の撤廃を求める意見があったが、「米国についても砂糖、ピーナッツ、コメ、綿花等のセンシティブな品目に関しては、カナダと同様に関税割当の設定や、さまざまな国内産業保護プログラムを実施している。実際に、米国とは双方のセンシティブな案件について多くの時間を費やし議論している。お互いの立場があるので、なかなか結論が出ないが、今もこうして一緒に笑っていられる関係は変わっていない。そこは理解して欲しい。」と述べ、会場は和やかな雰囲気に包まれた。

5.おわりに
 当年次総会では、消費者志向の変化への対応と第1段階の米中経済貿易協定に関して焦点が当てられていたように感じられた。消費者志向の変化に対応するため、消費者が望む付加価値の高い商品の開発が重要になるだけでなく、業界全体で消費者が求めるサステナビリティを追求し、酪農業界は環境に優しく、乳製品は機能性に優れた食品であるということを発信することの必要性が感じられた。また、これまで不透明だった米中貿易関係が、第1段階の経済貿易協定が締結されたことにより、一定程度は不安定性が解消されるという期待感と、米国での乳製品の消費量と米国産乳製品の輸出量が増加傾向にあるという事実から、米国産乳製品の将来の見通しは明るいということが繰り返し述べられていた。
【調査情報部 令和2年2月13日発】
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:国際調査グループ)
Tel:03-3583-4397