2020年 全米肉用牛生産者・牛肉協会年次会合より(2) 2020年の米国肉用牛・牛肉産業の重点課題(米国)
1 重点課題の概要
2月5日、全米肉用牛生産者・牛肉協会(NCBA)の執行委員会は2020年の重点課題を決定した(表1)。牛肉輸出アクセスの改善やフェイクミート(食肉代替品)に対する規制強化など、例年同様の課題(参考)が並ぶ中、本年は気候変動対策など新たな課題も掲げられた。
ジェニファー・ヒューストン会長は、同日発表されたプレスリリースの中で「2019年には幾つもの成果が得られたことから、今年はそれを着実に履行し、保持していくとともに、米国の生産者が米国内そして世界中に美味しくて栄養に富んだ牛肉を届けられるよう、新たな領域での進展を希求することを優先事項に掲げている」と述べている。
(注1)米国肉用牛産業の環境問題への取り組みは、「畜産の情報」2020年2月号『米国の肉用牛・牛肉産業における持続可能性(サステナビリティ)〜持続可能な牛肉のための円卓会議(USRSB)における取組状況〜』を、他の畜産関係団体による環境問題に対する主張は、海外情報「全米生乳生産者連盟(NMPF)年次会合の概要(米国)」を参照されたい。なお、NCBAは、2019年2月に米国民主党の議員が提案した、温室効果ガス排出削減策を含む「グリーン・ニューディール」に反対している。
2 政策動向分科会の概要
上述の重点課題が公表された2月5日には、年次会合の場で最近の肉用牛・牛肉業界をめぐる政策動向を報告する分科会も開催された。分科会での報告は多岐にわたったが、このうち多くの時間が割かれたフェイクミート対策および貿易政策動向関連の報告を中心に、下記の通り概要を報告する。
(1)フェイクミート(食肉代替品)対策
- リベラルなメディアは、“2020年はVegan Year”と報じているが、牛肉産業を脅かす「フェイクミート」に対してNCBAはこれまで通り断固たる姿勢で臨む所存(注2)。
- 2019年秋、「The Real Marketing Edible Artificials Truthfully Act(通称:Real “Meat” Act of 2019)」という法案が提出された。同法案は牛肉の定義を成文化することに加え、フェイクミート製品に「模造(imitation)」との表示を義務付けることや、米国農務省(USDA)にさらなる権限を与えることで本件における連邦政府の能力を強化することを目的としている。
- 一方で、消費者の植物由来の「フェイクミート」に対する誤解は根強いものがあると判明している(表2)。2019年9月、NCBAは1800名以上の消費者を対象に、植物由来の「フェイクミート」に関するオンライン調査を実施したが、結果は下記の通りであった。NCBAとしては引き続き消費者にこのような誤解を解消させるべく、情報発信を継続していきたい。
(注2)と畜することによって得られる食肉の摂取だけでなく、鶏卵や乳製品、はちみつなどの家畜による生産物の摂取も望まない人々。
(2)貿易関係
日米貿易協定や米中経済貿易協定など、2019年には貿易関係だけで「4つの勝利」を獲得した。それぞれのポイントは次に述べる通りであり、NCBAとしては、これらの協定等における合意内容の着実な履行を求めるとともに、さらなる市場アクセスの獲得に向けて取り組んでいきたい。
ア 日米貿易協定の発効
- 米国産牛肉に対する関税はもはや38.5%ではなくなり、今後15年かけて9%にまで下がる予定だ。同協定によって、日本市場において米国産牛肉はカナダ産、豪州産、ニュージーランド産、メキシコ産と同じ条件で輸入されるようになった。加えて、同協定によって牛肉等調製品の関税は段階的に撤廃されることとなった。
- 牛肉セーフガードの発動基準数量は、1年目は24万2000トンで、今後増加することとなっているが、発動した場合には基準数量について再協議することが定められている。近年、日本市場において米国産牛肉はめざましい進展を遂げ、昨年も日本向け牛肉輸出量は約30万トンであったことから、おそらくセーフガードの発動はさけられないだろう。
イ EU向け牛肉輸出枠拡大(注3)
かつてEUとはホルモン牛肉をめぐる紛争が生じたが、昨年6月、ようやく米国産専用の無関税枠を獲得することができた。無関税米国産牛肉枠(ホルモンフリー牛肉:肥育ホルモン剤を投与していない牛由来の牛肉)の予定数量は下記の通りである。ホルモンの使用に関する科学的知見についてはEUと米国の間で異なる見解があるようだが、我々は今回の輸出枠拡大を一つの契機として今後ともEUと対話を続けていく所存だ。しかし、それはきっと、難易度の高い交渉となるだろう。
(注3)詳細は、
海外情報「欧州委員会、米国との牛肉無関税割当枠について合意」を参照されたい。
ウ USMCAの批准(注4)
先日トランプ大統領が署名したばかりだが、USMCAについては下院で385対41、上院で89対10と、いずれの議会においても賛成票が反対票を大幅に上回って可決された。これは、これまで我々が行ってきた情報発信活動が奏功した結果といえる。すでにメキシコも批准しているので、あとはカナダ次第だが、おそらく同国も夏頃までには署名をするものと予想される。
(注4)詳細は、
海外情報「米国がUSMCA実施法案に署名(米国)」を参照されたい。
エ 米中経済貿易協定第1段階合意により非関税障壁の多くが撤廃(注5)
米中経済貿易協定では下表の通り、これまで米国産牛肉の中国向け輸出を阻んできた非関税障壁の多くが撤廃された。中でも月齢規制の撤廃やホルモンの残留基準値の設定は大きな成果だ。これは、中国が米国産牛肉の安全性や品質を信頼した証しである。加えて、本件は、われわれが科学的知見に基づいて生産された安全な牛肉を輸出しているとの強力なメッセージを他の牛肉輸入先国に対して発信することにもつながっている。
(注5)海外情報「米中経済貿易協定の第1段階の合意と農業団体の声明(米国)」に関連情報を記載。
オ 今後の展望
- BREXITを経て英国はもはやEUの一部ではなくなったことから、米国は英国と貿易に関する交渉を行う機会を得た。英国はEUとの貿易協定交渉が最優先であるだろうが、同国もまた、これまでにない機会を模索しているだろう。ただし、英国がこの先、牛肉生産における肥育ホルモンの使用に関してどのような科学的スタンスを採用するかという点について注目していきたい。
- 環境問題は幅広い分野にまたがる問題だが、牛肉貿易が森林火災や森林破壊といった環境問題の遠因となっているとする主張もあることから、我々としては今後とも貿易関係の課題の一つとして捉えていきたい。この点において、我々は米国における牛肉生産に関する正確な情報の発信を継続していきたい。
(3)その他の主な報告
ア 2018年農業法で策定された内容の履行に向けて
口蹄疫ワクチンバンクなど、2018年農業法で策定された内容が全て履行されるよう働きかける予定。すでに、米国農務省動植物検疫局(USDA/APHIS)は2020年末までに口蹄疫ワクチンバンクに1500万〜3000万米ドル(16億5000万円〜33億円:1米ドル=110円)を投じることを予定している。同局はまた、全米レベルでの家畜疾病予防のため、2018年農業法で導入されたNational Animal Disease Preparedness and Response Programにも520万米ドル(5億7200万円)を投じており、National Animal Health Laboratory Networkにも500万米ドル(5億5000万円)を投じている。
イ 家畜運送業者に対する電子的ログ記録装置(ELD)使用義務付けに関して
家畜運送業者に対する電子的ログ記録装置(ELD)の使用義務付けは、2020年9月30日まで猶予が決まったが、今後とも2021年まで猶予期間を延長できるよう主張していく予定。
ウ 2020年食生活指針
USDAと米国保健福祉省が5年に一度見直す「米国人のための食生活指針」の2020年版は、2018年2月から審議が開始されている。食生活指針は全米の食卓に影響を及ぼすものであるため非常に重要だ。NCBAは全てのステップに関与している。
【野田 圭介 令和2年2月21日発】
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:国際調査グループ)
Tel:03-3583-9533