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オランダ金融機関、欧州委員会の持続可能目標設定に懐疑的な姿勢(EU)

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 オランダに本社を置く国際金融機関であるING(注1)は4月6日、欧州の有機酪農に関する分析を公表した。これによると、欧州委員会が3月に公表した中期見通しでは2030年までに乳製品の供給量は増加すると見込んでいるが(注2)、有機酪農が進展すると生乳生産に影響が及び、供給量が抑制され、乳業工場の処理能力を十分に活用できない可能性があるとしている。また、有機酪農は、結果として生産コストの上昇にもつながるとしている。
(注1)オランダのアムステルダムに本社を置く国際金融機関。欧州、北米、中南米、アジア、オーストラリアなど世界40カ国以上で、個人、法人などに対し、銀行、資産運用、生命保険及び年金事業などを展開。
(注2)畜産の情報 2021年4月号「「次世代」に向かうEU農畜産業の2030年展望〜EU農業アウトルック会議から〜(後編)」


 欧州委員会は、「Farm to Fork(農場から食卓まで)」戦略(注3)の一貫としてEU域内の有機農業の取組面積を全農地の25%以上にするという目標を掲げているが、INGはこの目標が特に酪農部門に影響を及ぼすとしている。この目標は全農地を対象としており、現時点では部門ごとの具体的な目標値は示されていない。INGでは、酪農部門が放牧などで多くの農地を利用しつつも、2019年の有機酪農は乳用牛飼養頭数の約4%にとどまっており、酪農部門が目標達成に貢献するためには、供給チェーン全体での対応が必要であるとしている。また、有機酪農に関しては、EU加盟国でも状況が異なり、オーストリアは乳用牛飼養頭数の約22%が有機で生産されている一方で、主要乳製品生産国であるドイツ、フランス、オランダなどでは、同2.5〜5.5%にとどまっているとしている。なお、INGの試算によると、同戦略の目標を達成するためには、有機で飼養される乳用牛頭数を現在の6倍となる400万頭超にする必要があり、これには10万戸以上の酪農家が有機農業に転換しなければならないとしている。
(注3)alicセミナー(2020年12月14日開催)「EUの『Farm to Fork(農場から食卓まで)』戦略について〜2030 年に向けて、持続可能性(サステナビリティ)を最優先課題とするEU農業・食品部門〜」

 また、INGは、有機農業の取組面積を拡大するためには、有機生産に取り組む生産者、それを加工し付加価値を生み出す乳業会社、有機乳製品を販売する小売業者、そして、有機生産に係るコスト上昇分を支払う消費者が存在して、初めて成功するとしている。しかし、欧州委員会の戦略は、生産者側に重点を置きすぎており、将来的な有機乳製品への需要喚起は乳業会社や小売業者側に委ねていると批判している。また、酪農部門の課題は「有機生乳の供給を需要に見合ったものにすることにある」とし、酪農・乳業関係者が一体となって需要を喚起し、有機によるコスト上昇分を消費者に転嫁することが出来れば、結果として、より収益性の高いビジネスモデルを構築することになるとしている。さらに、欧州の消費者に対する小売業者の卓越した存在を考えると、小売業者の持続可能性戦略にこれらの目標が組み込まれるならば、欧州委員会の戦略の目標達成を後押しすることになると思われるが、より政策的な誘導がないと実現するかどうかはわからないとしている。
 現地報道によると、同戦略には、有機農産品の需要を喚起するため措置がいくつか講じられている。一例では、学校や公共機関での有機製品を含む健康的かつ持続可能な食生活の促進のため、食品調達のための最低必須基準を設定する計画があり、約820億ユーロ(10兆7420億円、1ユーロ=131円)の価値を生み出す可能性があるとしている。また、EU域内外にEUの有機農産品をプロモーションするために、4900万ユーロ(64億1900万円)の予算も確保されており、これは、2021〜22年の農産品プロモーションプログラムに係る予算の4分の1以上に相当するとしている(注4)
 INGは、有機生乳はプレミアム価格で取引されるため、現時点では有機生産に取り組む酪農家にとっては収入面で魅力的であるとしながらも、EU域内外でこの価格を高水準で維持させるための政策が不十分とみている。また、多くの乳業会社はチーズや粉乳類などの原料乳製品の生産や輸出を収益確保の柱としており、これら製品の輸出に有機をアピールしにくい状況にあるため、有機生産にかかるコストの掛かり増し分はEU域内の需要者で負担する意識を醸成する必要があるとしている。

(注4)海外情報「欧州委員会、持続可能性に焦点をおいた2021年農産品プロモーションプログラムに1.8億ユーロ措置も、業界団体らは反発(EU)」
【小林 智也 令和3年4月19日発】
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:国際調査グループ)
Tel:03-3583-8527