世界貿易機関(WTO)紛争処理委員会(パネル)は2021年12月14日、ブラジル・豪州・グアテマラの3カ国から提訴されていた、インド政府の砂糖政策に関する報告書を公表した。パネルは3カ国の要請を受けて19年8月に設置されたが、新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大を受けて審議が中断し、関係各国が参加した1回目の会合は、当初の予定から7カ月延期された20年12月に開催された。
同報告書は、インド政府や同国州政府が定めるサトウキビの最低買い取り価格や砂糖の輸出補助金
(注1)などは、WTOの「農業に関する協定」や「補助金及び相殺措置に関する協定」に反していると結論付け、インド政府に対し、それらの国内産業への支援政策をWTO協定に適合させ、輸出補助金を速やかに撤廃するよう勧告している。
今回の公表に対し、ブラジルさとうきび産業協会(UNICA)は、インドの砂糖政策が引き起こした歪みは報告書で明示されたとしつつも、インドとブラジルはサトウキビ由来のエタノールの利用といった課題について共に取り組んでおり、今回の貿易問題についても両国が共同の解決策を見出すことができると信じていると述べている。
豪州砂糖製造業者協議会(ASMC)と同国クイーンズランド州のサトウキビ生産者団体CANEGROWERSは、パネルの判断に歓迎の意を示すとともに、WTO協定や国際的な貿易ルールを遵守するために誠実な交渉を開始し、共に協力するようインド政府や同国の砂糖産業に呼びかけるとしている。
グアテマラ砂糖協会(ASAZGUA)は「不平等な条件のもと、国際市場で競争することは非常に複雑であるため、WTOの裁定を肯定的にとらえている」と回答したという。
一方、インド商工省は報告書が公表された同日にプレスリリースを発出し、WTOの結論は間違っており、同国の政策に影響を与えるものではないとの見解を示した
(注2)。また、インド政府は自国の農家の利益を守るため、WTOに不服申し立てを行うためのあらゆる手続きを開始したとしている。
22年1月2日付の現地報道は、政府関係者の話として、インド政府はWTOに不服申し立てを行ったと報じており、今後は裁判の二審に当たるWTOの上級委員会で4カ国が争うことになるとみられる。しかし、上級委員会は19年12月以降、米国が委員の選任手続きを阻んでいるため定足数が満たされず、事実上、その機能は停止している状況にある。また、現在20を超える紛争が上級委員会の段階で滞留しているため、今後、上級委員会が直ちに再開されたとしても、本件申立が審議されるまでに1年以上かかるだろうと報じている。
(注1)インド政府は、製糖工場に出荷されるサトウキビを対象に、買い取り価格の下限である公正収益価格(FRP:Fair and Remunerative Price)を毎年度定めているほか、ウッタル・プラデーシュ州など一部の州では、州独自の最低買い取り価格である州勧告価格(SAP:State Advised Price)を設定している。サトウキビの最低買い取り価格や砂糖の輸出補助金の概要については、『砂糖類・でん粉情報』2020年5月号「インドにおける砂糖の生産動向および余剰在庫解消への取り組み」(https://www.alic.go.jp/joho-s/joho07_002197.html)を参照されたい。
(注2)なお現時点において、インド政府は、2021/22年度(10月〜翌9月)の輸出補助金政策を実施していない。
【塩原 百合子 令和4年1月13日】