アイルランド政府、バイオメタン国家戦略を公表(EU)
アイルランド政府は2024年5月28日、今後30年までに最大5700ギガワット時の発電に使用できるバイオメタンを国内で生産するためのバイオメタン国家戦略を公表した。現在のアイルランドは、ガス消費量の約75%を英国経由で輸入し、残りを国内のコリブガス田で生産しているが、35年には同ガス田の枯渇が見込まれている。5700ギガワット時のバイオメタンは同国のガス需要の10%に相当し、同戦略により、ガス供給源の多様化やエネルギー安全保障の向上、また、国際エネルギー市場の不確実性への備えになるとしている。バイオメタンの主な原料には、農業部門からの家畜排せつ物や牧草サイレージ(注1)が想定されており、同戦略は農業部門における30年までの温室効果ガス(GHG)排出量の25%削減目標を達成するための一助となると期待されている。
発表に際して農業・食糧・海洋省(DAFM)のマッコナローグ大臣は、「農家は、この再生可能なエネルギー生産の中心的存在となり、持続可能なバイオメタン産業の発展を通じて、脱炭素化の担い手となる」と期待感を表わした。また、「エネルギー源となる牧草生産といった代替的な土地利用の選択肢や、副収入、消化液の利用による化学肥料コストの削減は、農業上の明確な利点である」と述べている。
(注1)家畜排せつ物や牧草サイレージが嫌気性消化されることで、主要生成物としてバイオガスが生産される。バイオガスは通常、60%のメタンと40%のCO2で構成され、このバイオガスを純度97%以上に精製することでバイオメタンとなる。
1 概要
原則
バイオメタン国家戦略はバイオメタン産業の成功・発展に欠かせないものとして、表1の5項目を原則としている。
上記の原則を基に、2030年までに5700ギガワット時に相当するバイオメタンを供給するための施策が決定され、持続可能な農業を中心としたバイオメタン産業の実現が目標とされている。
バイオメタンプラント
同戦略では、主に家畜排せつ物や牧草サイレージを原料にバイオメタンプラントの建設が進められるが、農家や地域社会の関与を促進するため、10ギガワット時程度の小規模な普及型プラントと民間の参入による規模の経済を活かすため、40ギガワット時程度の大規模な経済型プラントを農村部にそれぞれ並行して建設するとされている。これらバイオメタン産業の発展により、3000人以上の雇用創出も見込まれている。ただし、普及型プラントで生産されるバイオメタンは、経済型プラントに比べてコスト高になるため、特別な財政支援がなければ同戦略の見直しが必要となるとも言われている。
農業部門のメリット
農業部門では、(1)生産した農作物に加えてバイオメタンの販売による農業経営の多角化、(2)家畜排せつ物の農地散布の削減、(3)バイオメタン生産の副産物である消化液の肥料利用による化学肥料の削減、(4)原料用牧草地の増加によるGHGの削減−などが期待されている。また、アイルランドでは現在、硝酸塩指令による家畜排せつ物由来の窒素施用量の上限が他国に比べ緩和されているが、家畜排せつ物がバイオメタン原料として使用され農地への散布量が減ることで、窒素施用量の削減が期待されている。
2 政府による支援と施策
バイオメタン国家戦略を実現させるために、アイルランド政府は表2の支援や施策を検討している。
3 再生可能エネルギー業界の反応
アイルランド政府の公表に対し、ローカル・パワー社(注2)のスミス社長は、バイオメタン国家戦略は農業部門が硝酸塩指令に対処する一助になるとしつつ、DAFMは、農家が家畜排せつ物をバイオメタンプラントに出荷し、副産物である有機肥料となる消化液を確実に農家に戻すこととした。このため、農家は、家畜排せつ物や消化液由来の有機肥料の貯蔵施設を増設するための支援も必要としている。4000万ユーロ(68億5120万円)の予算の確保を歓迎しつつも、2030年までに5700ギガワット時のバイオメタン供給目標の達成には十分でなく、多額の追加資金が必要になるとしている。
(注2)太陽光発電をはじめ再生可能エネルギー全般を手掛けるアイルランドの法人。スミス社長は、元アイルランド農民協会(IFA)事務局長。
【渡辺 淳一 令和6年6月18日発】
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:調査情報部国際調査グループ)
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