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羊の寄生虫感染症に対し、RNA干渉を用いた防除技術で一定成果(豪州)

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 豪州クイーンズランド大学の研究チームは2024年6月7日、羊のフライストライク(Flystrike)(注1)を引き起こすクロバエ属のルシリア・キュプリナ(Lucilia cuprina)に対し、特異的に作用するRNA干渉(RNAi:RNA interference)(注2)を用いた防除技術の研究・開発に一定の成果が得られたとして、業界誌に論文を掲載し、注目を集めている。
 
(注1)ハエの幼虫(うじ)が生きた哺乳類の体内に侵入することによって発生する寄生虫感染症。蝿蛆症とも呼ぶ。豪州では羊での被害が多く確認されており、クロバエ属のルシリア・キュプリナが主な原因とされている。
(注2)二本鎖のリボ核酸(RNA)を持つ二本鎖RNA(dsRNA)が細胞内に導入された際に、その配列に対応するmRNAが特異的に分解されることにより遺伝子発現が抑制される現象。近年、この現象を利用したRNA農薬の開発などが行われている。

 
 この論文によると、ルシリア・キュプリナの発育を遅らせ、死滅させる可能性のある3つの二本鎖RNA(GART,SPCNC,FL)を同定したとされている(表)。ルシリア・キュプリナの幼虫に対する二本鎖RNAの摂食試験では、いずれも遺伝子抑制の誘導により、死亡率の上昇、さなぎ化率の低下、成長性能の低下を観測しており、今後は同定された3つの二本鎖RNAを複合利用した際の遺伝子抑制効果の検証などを進めるとされている。
表 ルシリア・キュプリナの幼虫摂食試験で同定された二本鎖RNAの名称と略号
 また、本研究では、RNA干渉を用いた技術開発で大きな課題となっている「二本鎖RNAの効率的な同定および安定的な輸送」を解決するため、細胞を用いた二本鎖RNAのターゲット・スクリーニング(注3)を試行している。
 具体的には、ホモジナイズ処理(注4)したルシリア・キュプリナの卵を専用培地で継代し、継代した細胞に複数のレポーター遺伝子(注5)をトランスフェクション(注6)することで、トランスフェクション効率の最適化が図られた。その上で、いくつかの二本鎖RNAをトランスフェクションしたところ、上述した幼虫への二本鎖RNAの摂食試験より程度は低いものの、同様に遺伝子抑制の誘導が認められたとされている。
 
(注3)特定の生物学的標的に対して有効な物質(たんぱく質、酵素、受容体、遺伝子など)を同定するためのプロセス。生物学分野以外でも「条件に合うものを選別する」という意味で使用される。
(注4)液体や固体の中の異なる粒子を均一化すること。
(注5)トランスフェクション後の遺伝子産物の分析を容易にするための遺伝子。導入した細胞の選別や遺伝子発現調節の研究のためのマーカーとして、あるいはトランスフェクション効率の標準化のためのコントロールとして使用される。
(注6)ウイルス感染以外の方法で核酸(DNAまたはRNA)を人工的に細胞に導入する技術。遺伝子発現の研究や特定のたんぱく質の機能解析などに利用される。

 
 論文の著者であるモディ博士は、RNA干渉の活用によって、化学薬品に頼らず害虫の制御が可能であることを証明することができたとし、本研究の成果を説明している。そして、二本鎖RNAが細胞レベルと生体レベル(幼虫)の両方でRNA干渉を誘導したという結果は、関連する研究のモデルケースとなるものであり、牛のマダニやバッファローフライ(注7)など、その他の害虫問題への対応にも応用できる可能性があるとしている。
 今後は、細胞レベルの二本鎖RNAストリーミング技術(注8)の向上を図るとともに、二本鎖RNAが分解されやすい性質であることに対応するため、発現箇所までの安定的な輸送技術(粒子ベース)の開発を並行して進めるとしている。
 
(注7)イエバエ科に属するハエ。正式名称はヘマトビア・エクシグア(Haematobia exigua)と呼ぶ。牛や水牛に吸血行動をとり、健康被害を引き起こすことが知られている。
(注8)対象の標的遺伝子に作用する二本鎖RNAを同定するプロセス。ここでは、二本鎖RNAのインフェクション技術なども含め、ストリーミング技術と表現している。
【渡部卓人 令和6年7月23日発】
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