NSW州で、バーチャルフェンス導入に向けた議論を開始（豪州）

　豪州ニューサウスウェールズ（NSW）州議会の投資・産業・地域開発委員会は2024年7月5日、肉牛の放牧などについて、従来の電気柵に代わりGPS付きの首輪を用いるバーチャルフェンスシステム（写真）（以下「VFシステム」という）^（注1）を家畜への電気機器使用禁止の例外に位置付ける同州の動物虐待防止法改正案^（注2）について公聴会を開催した。
　公聴会では、有識者（獣医師や家畜行動学の研究者）や業界団体から、VFシステムは訓練期間に肉牛などへの適切なサポートがあれば、生産性向上だけではなく動物福祉の面でもプラスの効果があるなど、おおむね肯定的な意見が示された。NSW州農民連盟動物福祉委員会のロバート委員長は、「放牧の効率化だけではなく、自然災害時に家畜を安全に移動させることができる」と、導入のメリットを強調している。
　一方、動物福祉団体からは、VFシステムが肉牛などの動物福祉にどのように影響するかは不明確な部分が多く、規制の緩和は容認できないと反対を表明している。
 
（注1）GPS付きの首輪を用いて、実際のフェンスを使用せずに家畜の収容・移動を行うシステム。首輪から音と電気的刺激を発することで家畜の移動を促し、訓練により適切に家畜を制御することができるとされている。
（注2）1979年に制定された動物虐待防止について規定したNSW州法の改正案。動物への電気機器の使用に関する第16条を改正し、例外規定を設ける内容となっている。

　豪州では、動物福祉に対する立法責任は州政府および準州政府にあり、それぞれの州・準州で動物福祉または動物虐待の防止に関する法律が規定されている。このことから、VFシステムの使用の可否については、各州・準州の判断となっており、現時点では、クイーンズランド州、タスマニア州、西オーストラリア州および北部準州での商業利用が可能となっている（表1）。

　豪州連邦政府は、各州・準州と連携し、全豪で統一された家畜の動物福祉に係る豪州動物福祉基準・ガイドライン（AAWSG：Australian Animal Welfare Standards and Guidelines）^（注3）の開発・導入を進めているが、その中でVFシステムに関する言及はない。一方で、豪州連邦産業科学研究機構（CSIRO）などを通じて、研究開発およびその利活用に向け、継続して資金を提供している。
　2020年には、「VFシステムによる畜産の収益性と生産性の向上」と題した大型の研究プロジェクトが完了しており、4年間で約240万豪ドル（2億6160万円：1豪ドル＝109.00円^（注4））が拠出されたとしている。
 
（注3）「各畜種」および「家畜の陸上輸送」、「と畜場」の項目毎に基準・ガイドラインが定められている。「基準」は各州・準州の法律で施行される動物福祉の要件であり、「ガイドライン」は望ましい動物福祉を達成するために推奨される任意の取り組みとなっている。
（注4）三菱UFJリサーチ＆コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の2024年6月末TTS相場。
 
　また、22年には、AAWSGの開発を担う動物福祉タスクグループ（AWTG）^（注5）が主導し、各州・準州の科学的根拠に基づいた政策立案を支援するため、VFシステムによる動物福祉への影響について、包括的な文献レビュー・分析を行っている。その中では、VFシステムによる動物福祉への影響に対する理解はこの10年で大きく進展したと結論づけている。また、想定され得るリスク評価・分析（表2）を行っており、適切な対応を取ることでリスクマネジメントができるとしている。

（注5）各州・準州、AWを所管する豪州農林水産省（DAFF）およびニュージーランド第一次産業省の代表（オブザーバー）から構成される。動物福祉規制の全豪での一貫性を確保することを目的として、家畜の動物福祉基準・ガイドラインの開発などを行っている。

　このような豪州連邦政府の動きもあり、今般のNSW州におけるVFシステム導入に向けた規制緩和の議論が進展したとみられる。同州の投資・産業・地域開発委員会は、本年10月までに調査報告書を提出する予定としている。