スペインなど、牛の電子耳標を義務化(EU・英国)
スペイン政府は、2025年7月1日以降に生まれた子牛に対し、電子耳標を装着することを義務化した。同義務化は23年11月3日、スペイン勅令787/2023で定められ、左耳に電子耳標、右耳に従来の耳標を装着することとしている。同義務化は、24年7月1日の施行が予定されていたが、電子耳標の供給に時間を要したことで1年間延期されていた。
現地報道によると、小規模農業畜産業者連合(UPA)エストレマドゥーラ州の事務局長は、電子耳標は汚れや損傷で文字を識別できなくとも、電子リーダーで識別可能なため、家畜の追跡能力が向上し、生産者の負担の軽減が期待できるとされている。同国政府によると、同義務化の目的は、家畜管理の近代化を推進し、データ収集の精度向上と、飼養管理など現場の作業負荷の軽減、経営効率の改善などとされている。
業界団体の反応
農畜産生産者調整委員会(COAG)の牛肉担当部長は「同義務化に要する政府の支援はなく、生産者に導入費用の負担を課している。従来の耳標で家畜の追跡は可能であり、同義務化は我々の合意が無い中で進められた。政府は生産者の主張を無視し、サプライチェーンの他の段階の要求を優先した」と批判している。さらに、「規則(EU)2019/2035は、電子耳標の義務化を求めておらず、EU規則に準拠し、畜産業界への不要な負担は避けるべき」とし、「生産者の負担の増加に加え、義務化されていない他国からの生体輸入牛に対し競争上の不利益ともなる」と指摘し、スペイン勅令787/2023の撤回を要求している。
他国の電子耳標の義務化の状況
1 アイルランド
アイルランドでは2021年8月9日、農業・食料・海洋省大臣により電子耳標の義務化が提案され、牛個体識別規則2022(行政委任立法(S.I.)591/2022)により、22年8月23日以降に生まれた子牛の片耳への電子耳標の装着が義務化された。同国政府によると、電子耳標の義務化は、1)消費者への正確な情報の提供 2)家畜の取り扱い効率の向上−により、同国のトレーサビリティシステムの信頼性の強化につながるとされている。また、生産者や家畜市場、獣医師など関係者の作業を大幅に軽減し、従来の耳標で発生する誤った情報の修正事務も削減できるとされている。
2 英国
(1)イングランド
英国環境・食糧・農村地域省(DEFRA)は2025年6月2日、イングランドにおける27年以降に生まれた子牛への電子耳標の装着の義務化を公表した。個体識別情報の正確性の向上により、家畜疾病の拡散防止などバイオセキュリティの強化につながるとしている。また、DEFRAは同義務化の公表に先立ち、イングランドの生産者が家畜疾病の検査や飼養環境に関し獣医師に無料で相談できる支援や、2億ポンド(405億1200万円:1英ポンド=202.56円(注))の家畜疾病の強化対策を公表した。
DEFRAは同日付で、国際獣疫事務局(WOAH)により英国のBSEリスクが無視できるレベルに引き下げられたことを公表した。この引き下げにより、英国の食肉処理場など食肉加工業界は、牛肉の管理負担が軽減し、経済的利益を確保できるとしている。また、環境・食糧・農村大臣は「英国の牛肉と関連製品に対する衛生基準とバイオセキュリティが大きな評価を受けた。今後、他国への輸出はこれまで以上の販路の充実が期待される」と期待感を表わした。
イングランドで義務化される電子耳標は低周波数のもの(LF)であり、現在羊に使用されている耳標と同規格になる。また、現地報道によると、EUで用いられる電子耳標も主にLFであり、同一規格を用いることで輸出上の円滑化が期待されるとされている。
(注)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の2025年6月末TTS相場。
(2)スコットランド
スコットランド政府はDEFRAに先立ち2025年2月7日、全英農業者組合スコットランド(NFUS)の会議の場で、同国が超高周波数の電子耳標(UHF)を26年末までに導入することを発表した。NFUSは6月25日、DEFRAによるLFの義務化に対し、UHFの技術的な優位性や個体識別情報の読み取り精度の高さを訴えた一方、LFが複数の国際基準に準拠しており貿易上の懸念が緩和されることにも言及し、DEFRAとスコットランド政府に対し、将来を見据えた技術の適切な導入を求めている。
【渡辺 淳一 令和7年7月16日発】
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