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でん粉糖の新規用途開発の現状

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最終更新日:2010年6月2日

でん粉糖の新規用途開発の現状

2010年6月

静岡大学 客員教授 中久喜 輝夫

1.新しいでん粉糖の生産

 近年、微生物起源の新しいアミラーゼが相次いで発見され、でん粉を原料とする新しい糖質が工業的に生産されるようになった。1970年代以降、マルトトリオース(ぶどう糖が3個つながったという意味でG3と略す)およびマルトテトラオース(G4)などを特異的に生産するアミラーゼやニゲロオリゴ糖生成酵素、ゲンチオオリゴ糖生成酵素、さらにトレハロース生成酵素などが見出された他、酵素の有効利用技術や糖の分画技術の進展もあり、種々様々なオリゴ糖が世界に先駆けて生産されるようになり、新しい利用開拓も進んだ(*1,*2)。
 
 砂糖(ショ糖)とでん粉を原料とするグリコシルスクロースの生産に始まり、G3やG4などを主成分とするマルトオリゴ糖、イソマルトースやパノースを主成分とする分岐オリゴ糖および酵素の縮合・糖転移反応を有効に利用して製造されたゲンチオオリゴ糖、ニゲロオリゴ糖、環状四糖、および分岐シクロデキストリン、さらに酵素の分子内糖転移反応を利用して生産されたトレハロースなどが市販されるようになった(*3,*4)。
 
 また、ぶどう糖、ソルビトールおよびクエン酸を原料として溶解後、減圧下高温で加熱処理して製造されたポリデキストロースや、ぶどう糖を原料として酵母を用いる発酵法により4炭糖であるエリスリトールが開発された(*5)。
 
 さらに、最近では、特殊な異性化酵素であるエピメラーゼを利用して、果糖(フラクトース)を原料としてプシコースを生産する方法が研究されている。その他、高分子デキストリンの分野では、ブランチング酵素(枝付け酵素)を利用してワキシーコーンスターチから生産される高分岐環状デキストリン、シクロデキストリンの分野では、シクロデキストリンの空洞にポリエチレングリコールを通した後、架橋処理を施して調製した高分子ポリマー「ポリロタキサン」(スライドリングゲル)が開発されている(*6)。現在研究中のでん粉糖も含めて、1970年代後半以降に開発された、でん粉糖の種類と製法を表1に示す。
 
 
 
 

2.でん粉糖の諸性質と新規用途開発の現状

(1)でん粉糖の諸性質(*1,*2)

(1)−1 機能特性による分類
 
 でん粉糖を機能特性に従って分類すると、表2のようになる。一次機能(栄養機能特性)はでん粉糖のカロリーに関与する分野であり、栄養表示基準制度(平成8年5月24日施行)で糖質のエネルギー換算係数が定められている。二次機能(嗜好機能特性、物理化学的特性)としては、糖質の甘味度、味質、粘度・ボディ感、保湿・吸湿性、水分活性、浸透圧、包接能、着色性、熱やpHに対する安定性、皮膜性、タンパク質の保護・安定化(変性防止)作用およびでん粉利用食品の老化防止効果などがある。でん粉糖を食品に利用する場合には、この二次機能がもっとも重要な機能でもある。
 
 また、三次機能(生体調節機能)としては、現在様々な動物試験やヒト介入試験が進められているが、期待される機能としては、整腸作用、う蝕予防作用、血糖あるいはコレステロールの上昇抑制作用、ミネラル吸収促進作用、さらに最近注目されている免疫賦活作用などがある。
 
 
 
 
(1)−2 機能特性を保つでん粉糖の例
 
 でん粉糖の場合、一般にぶどう糖重合度が大きくなるにつれて相対甘味度は低下し、糖液の粘度は上昇する。また、同濃度の糖液の場合、ぶどう糖の重合度が小さいほど浸透圧は大きくなる。相対甘味度は砂糖(ショ糖)を100とした場合の甘味度であるが、食品に利用した場合は、味質に影響を与える。粘度は食品のコク味などの味質に密接に関係する重要な特性である。
 
 また、ぶどう糖の重合度が増加するにつれて、食品に利用した場合、皮膜形成能や艶出し効果を発現するようになる。ぶどう糖とぶどう糖の結合状態の変化は様々な機能特性の発現に関係し、α-1,6-グルコシド結合を有するイソマルトースやパノースなどはヒト腸内ビフィズス菌の選択的増殖効果、すなわちプレバイオティクス(腸内環境の改善を促進する物質)としての生理機能や、砂糖と併用した状態で虫歯の発症を抑制する機能(抗う蝕作用)を有するようになる。また、β-1,6-グルコシド結合からなるゲンチオオリゴ糖は苦味を呈する他、低カロリーであり、ミネラル吸収促進作用やビフィズス菌の増殖効果を有する。
 
 ぶどう糖が環状につながった構造を有するシクロデキストリンや分岐シクロデキストリンなどの非還元性オリゴ糖は、環状の構造部分に揮発性物質やフレーバーを包接して安定化する機能を有する。ぶどう糖がα-1,3-グルコシド結合でつながった構造を持つニゲロオリゴ糖や環状四糖には免疫賦活効果が見出されている他、ニゲロオリゴ糖にはアントシアニン系の色素の退色抑制効果が見出されている(*7)。さらに、ぶどう糖が2個、α、α-1,1-グルコシド結合でつながったトレハロースには水分活性低下作用やタンパク質の安定化作用があることが知られている(*3)。
 
 エリスリトールは非う蝕性で、糖質の中では唯一ゼロカロリーの素材であり、結晶品は水に溶解する時に高い吸熱作用を示す。ポリデキストロースも低カロリーの素材であり、食品に食物繊維的な効果をもたらす。また、現在開発中のプシコースは非う蝕性で、食後の血糖低下作用を有することが報告されている。さらに、ポリロタキサンはゴムのように伸び縮みし、グラムあたり2万4千倍の水を吸収することが明らかにされている(*6)。
 

(2)でん粉糖の新規用途

(2)−1 食品用途
 
 でん粉糖の利用に関しては、一般に目的とする食品に付与したい機能特性と食品に用いる場合の加工適性の観点から評価されて用いられる。
 
(ア) マルトオリゴ糖、分岐オリゴ糖
 
 マルトオリゴ糖はぶどう糖や異性化液糖に比較して低甘味であること、水分の吸湿・放湿に対する安定性が高いこと、加熱加工に対して低着色性であること、皮膜形成能が高いこと、消化吸収性が高いこと、およびでん粉の老化防止やタンパク質の変性防止効果などを有しており、それらの諸性質を利用して種々の食品に利用されている(*1,*2)。
 
 イソマルトースやパノースを含む分岐オリゴ糖は、分岐オリゴ糖の特徴である食品の味質改善効果、水分保持効果、整腸作用などを生かした食品に利用されている。
 
(イ) ニゲロオリゴ糖
 
 また、ニゲロオリゴ糖は日本の伝統的な食品である味醂や日本酒に含まれる味覚物質のひとつであることが明らかにされ、飲料のコク味付けや味質改善用糖質として清涼飲料、アルコール飲料をはじめ、種々の飲食品に利用される。ニゲロオリゴ糖の特異的な利用としてはニゲロオリゴ糖がアントシアニン系の天然色素の安定化作用が明らかにされ、健康飲料の味質改良と退色抑制効果を目的として利用されている。また、動物試験の結果、ニゲロオリゴ糖には免疫賦活作用があることが明らかになり、ヒト介入試験でニゲロオリゴ糖を含む食品を摂取することにより、健常高齢者の健康関連QOL(Quality of Life:生活の質)の増進が図られることが報告されている(*7)。
 
(ウ) トレハロース
 
 最近でん粉糖の中でとみに大きな市場を形成するようになったトレハロースの場合、非還元性の化学構造(図1)を有しており(*8)、糖アルコールと同じように熱や酸に対して安定であり、食品加工の加熱工程における分解・着色がほとんどないという特徴をもっている。また、結晶トレハロースは結晶水を2分子有するとともに、水に溶解した状態で水の構造を安定化することが知られている。その結果、食品に添加することにより、食品の水分活性を低下させる特異な機能をもつことになる。そのため、食品の保湿性の維持、保存・日持ち効果の向上が図られる他、冷凍・冷蔵による離水の防止効果を示す。
 
 その他、でん粉の老化防止効果や脂質変敗抑制効果、さらにタンパク質の安定化作用を示すことなどが明らかにされている。これらの諸特性を利用してパン類、麺類、練り製品、冷凍米飯他種々の冷凍食品、および飲料など種々様々な飲食品に利用されている(*3)。また、トレハロース生成酵素をマルトテトラオースに作用させて製造されたマルトシルトレハロース(マルトースとトレハロースがつながった4糖類)は、オリゴ糖アルコールと同じような分野で利用されている。
 
 
 
(エ) シクロデキストリン
 
 シクロデキストリン(CD)の新規食品用途としては、コレステロールの包接・除去などの分野での利用の他、ナスの紫の色素であるナスニンの溶出を抑制することが明らかにされた結果、ナスの浅漬けの分野で利用されている(*7)。また、分岐CDは包接化合物の溶解性も上昇させることから難溶解性の物質の可溶化や乳性飲料の安定化に利用される。以上のような特性を利用して、CDおよびCD誘導体はワサビ、ニンニクなどの香辛料の安定化、天然色素の安定化、調味料や茶あるいはアルコールの粉末化基材、さらに茶の苦味や食品の異臭のマスキングや除去の分野および種々の化粧品の分野で利用されている。
 
(オ) エリスリトール、ポリデキストロース
 
 エリスリトールやポリデキストロースは低カロリーや食物繊維的な効果を生かした飲食品分野で利用されている(*5)。
 
(カ) プシコースほか
 
 開発中のプシコースは低カロリーや血糖値低下作用などを生かした健康食品分野での利用が期待される。最近開発された環状四糖には動物試験の結果、体脂肪低減作用、ミネラル吸収促進作用および大腸がん抑制作用があることが見出されている(*4)。また、ゲンチオビオースはトマトの熟成に関与することが報告されている(*9)。
 
(2)−2 工業用途
 
 ぶどう糖は生分解性プラスチックの分野で乳酸やヒドロキシ酪酸生産用の原料として利用される。また、ぶどう糖やマルトース水あめは発泡酒や新ジャンルビールの原料に使用されている。さらに、アメリカではトウモロコシ総生産量の約3割がバイオエタノール生産用の原料として利用されている。トウモロコシの主成分はでん粉(約70%)であり、でん粉をエネルギー生産の原料として利用する例としてあげられる。この問題は食料用途とエネルギー用途の競合という形で穀物貿易に大きな影響を与えている(*10)。
 
 ポリロタキサンの利用に関しては、生体に対する安全性・適合性が高いため、コンタクトレンズ、眼内レンズ、人工関節などの生体適合材料・医療材料分野への応用が期待される他、自動車の塗装用途や化粧品への用途開発が進められている(*6)。
 

3.でん粉糖の将来

 日本におけるでん粉糖質産業は甘味・栄養機能を対象とした開発から、美味しさなどの嗜好性を対象とする方向へ、さらに美味しさの付与と同時に健康の維持・増進に貢献する高機能性糖質の開発へと進展してきた。美味しさと健康志向の分野で貢献する高機能性糖質の市場は拡大しており、将来ともに発展し続けるものと予測される。

参考文献

(*1) 中久喜輝夫:オリゴ糖が果たす食品産業における役割、月刊フードケミカル、8月号、pp.51-56, 2009年
(*2) 中久喜輝夫:酵素を用いた新しい糖質の生成、FFIジャーナル、No.178,19-28(1998)
(*3) 福田恵温:トレハロースの開発と応用、糖鎖化学の最先端技術、pp.291-299(2005)、シーエムシー出版
(*4) 奥和之、渡邊光:環状ニゲロシルニゲロースの酵素的生成とその機構、FFIジャーナルVol.211,No.10,854-862(2006)
(*5) 健康志向型食品新素材ガイドブック、平成14年、3月、(社)菓子総合技術センター
(*6) 伊藤耕三:スライドリング(環動)ゲル:シクロデキストリンの高機能材料化、第2回多糖の未来シンポジウム−多糖の資源活用と機能探求に向けて−要旨集、pp.10-14,2007年
(*7) 山本健、藤本佳則、中久喜輝夫:ニゲロオリゴ糖の生産および新しい機能特性と利用、FFIジャーナル、Vol.211, No.10,847-853(2006)
(*8) T.Taga,M.Senma and K.Osaki.,The Crystal and Molecular Structure of Trehalose Dihydrate.Acta Cryst.,B28,3258-3263(1972)
(*9) J.C.Dumville and S.C.Fry., Gentiobiose: a novel oligosaccharin in ripening tomato fruits.,Planta.,216,484-495(2003)
(*10) 貝沼圭二・中久喜輝夫・大坪研一編、トウモロコシの科学、pp.193-196(2009),朝倉書店
 
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