世界のトウモロコシ需給を逼迫させ、高値を生み出している最大の原因は、米国のエタノール政策にある。この政策はブッシュ政権下で2005年8月に「エネルギー政策法」として成立し、2006年(暦年)に施行された。それから2年後の07年12月に「改正エネルギー政策法」に改められ、2008年(暦年)から実施された。この2つの法律の相違点は、目標に掲げるエタノールの生産量にある。
改正エネルギー法はエタノールの生産量をエネルギー政策法で定められた義務量の2倍に引き上げた。この法律の下では、08年のトウモロコシ由来のエタノールの生産量は90億ガロン、そこから段階的に生産量を引き上げ15年には目標の150億ガロンに達する。その後は150億ガロンで据え置かれることが決まっている(*2)。
米国では10/11年度のエタノール向け需要は49億ブッシェルである。しかしエタノール優遇税制が導入されていなかったら、その需要はトウモロコシ生産量の12パーセント程度であり、10/11年度は15億ブッシェルもあれば足りたはずである。それが49億ブッシェルに膨らんでいる。これは本来のエタノール向け需要(すなわち15億ブッシェル)の3倍以上である。これを現在の在庫に上乗せすれば、期末在庫は40億ブッシェルを超える。そうなればトウモロコシ相場は2.50ドルを下回っていたかもしれない。
だからといって、米国政府を非難することはむずかしい。なぜなら、(1)エタノール向けというトウモロコシの新しい販路を開き、農家の収入を増やした、(2)エタノール工場の新・増設は建設業界の仕事を増やしている、(3)エタノール工場では新規の雇用が生み出されているからである。つまり、エタノール政策は米国の地域経済の活性化に貢献している。
米農務省がトウモロコシの需要項目に正式にエタノール向け需要を加えたのは02/03年度からである。その時の需要は9億9600万ブッシェルで、(生産量89億6700万ブッシェルの11.1パーセント)であった。それがガソリンにエタノールを混和して乗用車の燃料として使用することが法律で義務付けられた06 年(穀物年度は05/06年に相当する)には16億0300万ブッシェル(生産量111億1300万ブッシェルの14.4パーセント)へ増加した。その後、法律が改正されて使用義務量が引き上げられた08年(同、07/08年度)には30億4900万ブッシェル(生産量130億3800万ブッシェルの23.4パーセント)へ上昇した。そして10年(同、10/11年度)には49億ブッシェル(生産量124億4700万ブッシェルの39.4パーセント)へ伸びている。
08年の改正エネルギー法によって、米国は15年に150億ガロンのエタノールを生産することが義務付けられた。1ブッシェルのトウモロコシからは平均2.75ガロンのエタノールが製造できるから、150億ガロンのエタノールを製造するには54億5454万ブッシェルが必要である。この場合、需要項目を全部足し合わせると146億5000万ブッシェルを上回る。トウモロコシの総需要が147億ブッシェルに近付くことは、今後の需給を議論するときは、当然、考慮しなければならない。
米国ではすでにトウモロコシ生産の4割近くがエタノール製造に振り向けられている。これに対して、エタノール向けを除いた、食品・種子・工業用の需要は02/03 年度が13億5900万ブッシェル、05/06年度が14億1600万ブッシェル、10/11年度が13億8000万ブッシェルである。10/11年度は、インドの不作をきっかけに砂糖が値上がりしたため、砂糖から異性化糖への代替需要が発生すると見られるが、その分を加味しても14億ブッシェルの需要を見込んでおけばよいだろう。
今後、エタノールの優遇税制が縮小されるか、それともエタノールの輸入関税が大幅に引き下げられるか、あるいは撤廃されるようなら(そんなことはありそうもないが)、エタノール向けトウモロコシの需要増大の速度は鈍化するはずである(*3)。また中国が米国のトウモロコシ市場を刺激することを避けるため、たとえばアルゼンチンやウクライナからトウモロコシを輸入すれば、輸出は減少する。
それでも5年後の需要予測は増加することを中心とした見方をしておいたほうがよい。なぜなら、最低限これだけは次年度へ繰り越せるという期末在庫を残しておかねばならないからだ。期末在庫を確認するのに、農務省の担当官が全米の倉庫を見て回ることは不可能である。とすれば統計の専門家として、「生産は少なめに、需要は多めに」予測するのは当然である。
もう一つのカギを握るのは中国の輸入である。中国のトウモロコシ輸入が、昨年のように200万トン以内に収まれば、総需要はそれほど大きく変化しない。しかし、輸入が前述した通り1000万トン(4億ブッシェル)を超えれば、輸出はおそらく23億5000万ブッシェルに達する。これは過去最高の輸出量であった07/08年度の24億3700万ブッシェルに 匹敵する。
こうして見ると、世界のトウモロコシ需要は今後も米国のエタノール生産と中国の輸入に左右される。かりにエタノールの優遇税制が撤廃されたり、輸出が減少したりすれば、その分だけ総需要が減るから、結果として、需給は緩和し相場は値下がりするだろうが、現在の状況をみるとトウモロコシ価格は、当面、高値が続くことになりそうである。
(*2)拙稿(2009)「米国のエタノール政策と穀物メジャーの戦略」『國學院経済学第57巻第2号』216ページ。
(* 3)拙稿、同書、217ページ。混和業者に対する連邦税の減免措置は1ガロン当たり0.45ドルに引き下げられ、2010年12月31日まで適用された。 2010年12月に、2011年1月1日から12月31日まで適用期間が延長されていた。