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畜産ふん尿用バイオガスプラントによるでん粉製造排液の嫌気発酵処理

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最終更新日:2011年7月8日

畜産ふん尿用バイオガスプラントによるでん粉製造排液の嫌気発酵処理

2011年7月

地方独立行政法人 北海道立総合研究機構 農業研究本部 根釧農業試験場 関口 建二
 

【要約】

 畜産ふん尿用のバイオガスプラントにおけるでん粉製造排液の処理は、畜産ふん尿への混合比を調整することによって可能となり、処理によって排液中のそうか病菌数や臭気強度は低減されます。

はじめに

 ばれいしょでん粉の製造工程では、原料の10倍とも言われる大量の水を使用し、それらの多くは排水となります。でん粉製造工場の排水は「いも」の流送・洗浄工程で生じる排水と、でん粉の分離精製工程で生じるデカンタ排液やセパレータ排液に大別されますが、前者に含まれる成分の多くは土砂のため、比較的取り扱いは容易です。これに対し後者は水溶性の有機質・無機質成分を多量に含むため、排出直後から腐敗による悪臭が発生し、排水基準を満たすための浄化処理には高度な技術と多額の費用を必要とします。

 畜産ふん尿の処理・利用の場面でも臭気の発生は課題となっており、バイオガスプラントによる処理は解決策のひとつです。バイオガスプラントによる嫌気発酵は畜産ふん尿の取り扱い性を改善してほ場への散布を容易にし、発生するメタンガスの利用も可能となります。 でん粉製造排液についても同様の処理効果が期待されますが、排液中に含まれるタンパク質が分解して生成するアンモニアの嫌気発酵阻害作用や、排液のほ場還元によりばれいしょの難防除土壌病害であるそうか病菌が拡散するなどの問題について解決が求められています。

 本研究はばれいしょでん粉の分離精製工程で生じる排液をほ場還元するため、畜産ふん尿用のバイオガスプラントを用いた嫌気発酵処理を想定し、処理過程で生じる発酵阻害の要因解明と、その回避策として乳牛ふん尿スラリーへの排液添加量の関係を整理すること、さらに嫌気発酵処理によるそうか病菌の殺菌効果および臭気の低減効果を明らかにすることを目的としました。

1.でん粉製造排液の性状

 道内各地のばれいしょでん粉製造工場から採取したでん粉製造排液の固形分濃度はおよそ4〜5%、有機物濃度は3〜4%でした。また、アンモニアは微量なものの、全窒素は0.27〜0.49%とばらつきがあり、平均で0.37%を含有しています。根釧農試の個別利用型バイオガスプラントで原料としている乳牛ふん尿スラリーの固形分濃度は6.7%、有機物濃度は5.5%と、でん粉製造排液より高濃度ですが、全窒素含有量は0.26%であり、でん粉製造排液に比べ低濃度でした。

 排液中のそうか病菌数は検出限界菌数の3×102 MPN/ml以下から、4.3×103MPN/mlを含むものまで認められ、排液が産出される工程や原料であるばれいしょの産地の違いなどが影響していると考えられます。
 
 

2.でん粉製造排液の嫌気発酵特性

(1)試験用嫌気発酵槽による処理条件の解明

 でん粉製造排液を嫌気発酵処理する際の条件を検討するため、試験用嫌気発酵槽(発酵温度38℃、容積16L)を用い、水理学的滞留日数を20日(HRT:1日の原料投入量が発酵槽容積の1/20)として、排液投入によるバイオガス生成量と発酵槽内溶液のアンモニア濃度を調査しました。試験では、でん粉製造排液100%を投入原料とした試験区(以下、排液100%区)、および乳牛ふん尿スラリーに対して50%混合した試験区(以下、排液50%区)を設定しました。両区とも原料投入開始後2週間は順調にバイオガスを生成し、排液100%区は排液50%区より20%以上多いバイオガスを生成しています。ところが原料投入開始後16日目から排液100%区のバイオガス生成量に低下の兆候が認められ、その後もバイオガス生成量の回復は認められませんでした。これに対し、排液50%区では試験期間中安定したバイオガス生成を継続していたため、排液100%区において発酵阻害が生じたものと判断しました。
 
 
 嫌気発酵阻害の要因には高濃度のアンモニアや硫化水素、重金属などの含有、施設の能力を超える過剰な原料投入など、多くの要因が考えられます。この試験の場合、硫化水素濃度については発酵阻害が生じるレベルに達せず、過剰な原料投入による発酵槽内のpH低下現象は発酵阻害が生じたと推察される時期の後に観察されていることから、主な要因はアンモニア濃度の上昇と考えられました。

 発酵槽内のアンモニア濃度はどちらの試験区も増加傾向を示しましたが、排液50%区では試験開始17日目以降、増加傾向は緩やかになりました。これに対し排液100%区では試験終了時まで増加しており、バイオガス生成量低下の兆候が認められた時期にはアンモニア濃度が約3,000 mgNH4/Lに達していました。この値は発酵阻害の要因としてはやや低濃度ですが、発酵槽内のpHが高い値で推移したことなどの要因と複合して発酵阻害が生じたものと考えられました。

 発酵阻害の要因と考えられたアンモニア濃度は投入原料中に含まれる全窒素とアンモニアの量、および発酵槽内のアンモニア生成量の総和です。乳牛ふん尿スラリーに比べ全窒素含量の多いでん粉製造排液を、本試験で発酵阻害が生じたと考えられるアンモニア濃度3000mgNH4/Lにならないように処理するには、でん粉製造排液の平均全窒素濃度0.37%の場合、乳牛ふん尿スラリーの51%まで混合可能と試算されました。

 でん粉製造排液は産出工場や時期、貯溜状況などによって成分が変動するため、排液中の全窒素含量が増加すれば混合可能割合の減少が予想されます。従って安定した嫌気発酵のためには原料投入前に含有成分の濃度を測定することが重要になります。

(2)実規模プラントによる嫌気発酵処理の検証

 実規模プラントにおけるでん粉製造排液の処理を根釧農試の個別利用型バイオガスプラント(日処理量3m3)で検証しました。その結果、でん粉製造排液を投入原料の50%相当量で投入することにより、乳牛ふん尿スラリー単独時に比べてバイオガス生成量の増加、メタン濃度上昇が確認され、発酵阻害現象は認められませんでした。発酵槽内のアンモニア濃度も同様に上昇しましたが、発酵阻害が危惧されるアンモニア濃度までには達せず、試験用嫌気発酵槽と同様の傾向が確認できました。

 その一方で、試験期間中に発酵槽内温度やバイオガス生成量の変動など、発酵槽内のやや不安定な状況が認められました。その要因としては発酵槽液面のスカム(浮き滓)形成や乳牛ふん尿スラリーとでん粉製造排液の不完全な混合が考えられました。でん粉製造排液は一般的な乳牛ふん尿スラリーに比べ低粘度で固形分が少なく、原料として投入するとスカム形成の可能性があります。このためでん粉製造排液の利用時には発酵槽内の撹拌に注意が必要です。
 
 
 
 

3.発酵によるそうか病菌の消長と臭気強度

(1)そうか病菌の消長

 供試した未処理のでん粉製造排液にはそうか病菌が1500MPN/mlの濃度で検出されていましたが、この排液を原料として嫌気発酵処理を行った結果、処理液には検出限界以上のそうか病菌は検出されませんでした。また確認のために38℃および42℃の嫌気状態で5日間培養した条件でもそうか病菌は検出されませんでした。そうか病菌は温度上昇やpHなどの条件によって死滅させることが可能とされています。バイオガスプラントによる嫌気発酵処理においても温度上昇や、発酵過程で生成する多くの物質の作用によってそうか病菌が死滅したものと考えられます。

 ただし、ばれいしょ生産圃場ではそうか病以外に、塊茎褐色輪紋病の病原であるジャガイモモップトップウイルスを媒介する粉状そうか病も警戒されています。粉状そうか病菌についてはでん粉粕やでん粉製造排液を利活用する場面における消毒技術が確立されていないため、でん粉製造排液の嫌気発酵処理液は当面、畑地での利用は避け、草地に散布することとなっています。
 
 

(2)臭気低減程度

 未処理のでん粉製造排液の臭気強度は、未処理の乳牛ふん尿スラリーと同等でした。乳牛ふん尿スラリーにでん粉製造排液を50%混合し嫌気発酵させた消化液の臭気強度は乳牛ふん尿スラリー100%の嫌気発酵消化液に比較してやや強くなりましたが、未処理のでん粉製造排液に比べると1/20に低下しました。一般的に、嫌気発酵処理によって悪臭原因物質のひとつである揮発性低級脂肪酸は分解・減少し、臭気強度が低減します。しかし、今回の試験ではでん粉製造排液の嫌気発酵処理によるアンモニア生成割合が乳牛ふん尿スラリーのそれより高く、乳牛ふん尿の嫌気発酵消化液との差が生じたものと考えられます。
 
 

さいごに

 でん粉製造排液を畜産ふん尿用バイオガスプラントの原料として利用する場合、排液の成分分析、投入量とガス発生量の確認、発酵槽内溶液のpHの定期的な計測による発酵槽内の状況把握が前提となりますが、乳牛ふん尿との混合割合を調整することによって安定した嫌気発酵が可能で、未処理排液に比べそうか病菌数や臭気強度が低減することを確認できました。

 これまで廃棄物として扱われてきたでん粉製造排液でも、含有する肥料成分やメタン生産原料としての特性を活用できれば立派な資源になります。この報告が未利用資源の有効活用に繋がり、循環型農業実現のための一助となれば幸いです。
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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