北海道におけるばれいしょ栽培技術の新展開
最終更新日:2011年8月5日
北海道におけるばれいしょ栽培技術の新展開
2011年8月
1.はじめに
3月11日の東日本大震災における津波と原発施設の引きおこした被害をみて、科学者として国民に事実を知らせることの重要性にあらためて気がついた。私の関わる作物学の分野では国民が食料不足に苦しむことのないように常日頃から気をつける必要がある。日本は飽食の時代といわれて久しいが、基幹食料の多くを外国からの輸入にたよっている。地球温暖化が世界全体の作物生産に及ぼす影響を予測しながら、今後の作物生産を考えていく必要がある。
過去50年間における日本と欧米主要国のばれいしょ収量の推移を10年平均値として表1に示した。まず現在の収量をみると、オランダを筆頭にして欧米諸国が4.2トン/10アール程度であるのに対して、日本は3.3トン/10アール程度である。収量は気象条件によって大きく影響されるので、日本と欧米諸国との気象条件の差異が収量差の原因と考える方もおられるかもしれない。しかし、1980年代の収量をみると、オランダ以外の欧米諸国と日本との差は今ほど大きくない。
1990年以降、日本においても収量は順次増加したが、欧米諸国での収量増加はさらに大きく、現在の収量差が生じたといえる。過去20年間に日本と欧米諸国の気象条件が大きく変化したとの事実はないので、現在の収量差は欧米諸国に比べて日本での栽培技術や品種の開発が遅れたことが原因であると考えている。しかし、この数年間に従来の停滞を打ち破る可能性のある栽培技術の開発が試みられている。本稿ではその試みの一部を紹介する。
2.種いも生産での胎動
日本では無病種いもが、原原種(種苗管理センター)、原種(道県管轄ほほ場)、種いも(種いも生産農家)の体制で生産されており、その無病率は世界的にもトップレベルにある。日本と類似した高い無病率の種いもを生産できる国は限られていて、私の知る限りではオランダ、フランス、ドイツ、イギリス、アイルランド、フィンランド、米国、カナダなど10カ国に満たない。ヨーロッパでもスペイン、イタリアなどの南欧や東欧諸国では種いも増殖ほ場でもかなりのウイルス罹病株が育っており、生産農家が利用できる種いもの品質は、日本を初めとした上述の国々に比べて劣るといえる。日本ではこのような高い水準の無病種いも生産体制が1960年頃には完成し、それ以降1980年頃までの収量増加は農家栽培における種いも更新率の増加と軌を一にしている。
現在、中国を初めとするアジア諸国でも無病種いも生産体制の整備が図られている。生長点培養から出発する原原種の段階では多くの国で高い無病率を達成している。しかし、その後のほ場での増殖において無病率を高く維持するためには、生育途中に罹病株を判別して抜き取る作業が必須となる。ばれいしょは増殖率(植え付けるいもの重さに対する生産されるいもの重さの割合)が低いので種いも生産のために広いほ場が必要であり、罹病株の抜き取り作業には病害を判別する知識と経験を有する多数の技術者が必要になる。このような高い水準の技術者がアジア諸国の多くでは不足しており、原種と種いも生産の過程で罹病株が増加してしまう。
このような状況を打破する試みが韓国で1990年代に始まった。これは原種生産をガラス室内の気耕(ミスト)栽培で行い、得られたミニチューバー(直径2cm程度の小塊茎)を生産農家に直接販売し、生産農家はミニチューバーを1作増殖して種いもとして利用するという体系である。ほ場での増殖が1回なので、たとえ罹病してもほ場での増殖を繰り返す従来の増殖体制に比べると罹病率が低い。現在、2期作を行う済州島を中心にして、ミスト栽培を大規模に展開した種いも増殖体制が整備されている。ミスト栽培の技術はほぼ完成しており、今後は中国を初めとするアジア諸国でも利用が増加すると予測される。
上述したように日本ではほ場を利用した種いも生産体制が完成していた関係もあり、ミスト栽培を利用した生産体制は種苗管理センターの嬬恋農場で試験的には行われていたものの、大規模には利用されていなかった。しかし、昨年、北海道中央農場に大規模なミスト栽培ハウスが設置され、ミニチューバーの大規模生産が開始された(図1)。生産されたミニチューバーを原種栽培に直接利用するか否かは検討中であるが、原原種生産の効率が高まることは期待できる。
ミニチューバーを種いも増殖に使用する利点は他にもある。一般栽培農家では利用目的に適合する大きさ(一個重)のいもを効率的に生産することが収益を高めるために重要である。しかし、いもの大きさは使用する品種の特性、栽培方法および気象条件など多くの要因によって影響される。まず、使用する種いもの齢(休眠が終わって芽が伸長を開始する時期からの期間)、品種の特性および栽植密度によって萌芽茎数が決定される。一般的に萌芽茎数が多いといも数が多くなる。その後、いもが形成される時期(萌芽後2週目頃)までの気象条件が1茎あたりのいも数に影響する。たとえば、土壌が乾燥すると形成されるいも数が減少する。開花はじめ頃にいも数がもっとも多くなるが、その後の気象条件によっていもがどこまで大きくなるかが影響される。このようにいもの大きさには様々な要因が複合的に影響するので、目的とする規格に適合するいもを一定以上の割合で生産することはこれまで大変難しかった。
しかし、数年前から北海道の芽室農協が中心になっていもの大きさを制御する試みが開始されている。すなわち、萌芽茎数に影響する種いもの齢は浴光催芽時(低温下で貯蔵したいもをビニールハウスに移し、弱光下で芽の徒長を防ぎながら20度程度に加温して育芽する方法、浴光育芽ともいう)の期間中の積算気温によってある程度は制御できるので、品種ごとに適正な積算気温を選定して、浴光催芽を行っている。また、同一齢の種いもでみると、大きな種いもは小さな種いもに比べて萌芽茎数が多い。そこで、種いもを大きさで選別して、大きさに応じた栽培密度(具体的には株間)で植え付けている。種いもの齢は休眠の深さに影響する前年の栽培期間中の気温や貯蔵開始前と貯蔵中の温度にも影響されるので、現在試みられている方法で萌芽茎数を完全に制御できるわけではないが、種いもの大きさや浴光催芽の積算温度を考慮しない従来の方法に比べると、目的とする規格に適合した大きさのいもを生産する割合は確実に高まっている。
この栽培技術を効率化するためには、種いも栽培農家が生産するいもの大きさを制御することが重要である。ミスト栽培ではミニチューバーのみが生産されるので、これを原原種あるいは原種の生産に利用すると、適正な栽植密度を設定することによって、従来に比べて大きさが均一な種いもを生産できると考えられる。この結果、種いも栽培農家の利用する種いもの大きさが均一化し、最終的に一般栽培農家の利用する種いもの均一化につながると期待できる。
なお、ミスト栽培では塊茎の増殖効率が高い。災害等によってほ場での種いも生産が大きな打撃を受けた時、ミスト栽培は翌年の種いもを確保する上でも重要と考える。現在、種苗管理センターでは嬬恋農場と北海道中央農場に大規模なミスト栽培ハウスが設置されているが、今後はその他の地域の農場にも設置して、緊急時にはミニチューバー種いもの大量増殖を可能にすることが、国民の食料を確保する上で重要である。
3.栽培技術での進展
(1)浴光催芽
前述した種いもの浴光催芽は初期生育を促進するので、北海道などの寒冷地では一般栽培でも必須の栽培技術として知られている。すなわち、休眠開け後の塊茎をビニールハウス内で光を浴びせながら加温することによって芽を徒長させることなく成長させる。この結果として植え付けから萌芽までの期間が短縮され、また萌芽後の初期生育が促進されるので、いもの肥大が早まり、男爵いもなどの青果用早生品種の栽培では高値の早い時期に出荷が可能になる。また、有機栽培では疫病で地上部が枯れる前に収穫を行うことができる。なお、晩生品種でもいもの肥大開始が早まり、肥大期間が長くなるので、収量が増加する。
しかし、この技術の欠点として、雪解け後に降雨が多いなどの理由で土壌の乾燥が遅く、植え付け期が予定よりも遅くなった場合には、種いもの齢が進みすぎたり、種いもからの水分蒸発が過度になったりすることがある。この結果、萌芽茎数が増加したり、初期生育が悪くなったりする。また、一戸あたりの栽培面積が増加しているので、使用する種いも量が多くなり、多くのハウスが必要になるとともに、いもの温度ムラや光ムラをなくすために、いもを入れたコンテナを移し替える労力が負担になっている。
これらの問題を解消する方法として、イギリスでは種いもを貯蔵庫内に入れたままで、蛍光灯による浴光を長期間にわたって行う技術が広まっている(図2左)。貯蔵庫内の温度は従来のビニールハウスに比べて低いので、芽の伸長が遅く、2ヶ月程度の長期間行なうことによって芽の揃いが増すと考えられる。またオランダでは、貯蔵庫から出した種いもを編み目状の袋(図2右)に入れ、戸外で風に当てながら浴光催芽を行う技術が開発され、有機栽培農家を中心に広まっている。これらの方法を日本で適用する場合には、電気料金との関係や、また春先の気温が欧米に比べて低いなどの問題について検討する必要がある。しかし、これらの方法を試験的に試みている北海道の農家もある(図2)。従来のプラスチックコンテナを利用した方法に比べて、大量の種いもを小労力で処理できるとの話である。
さらに、植え付ける種いもの大きさも変化している。大きな種いもを用いた場合、収穫量が多くはなるが、種いも使用量との差し引きで考えると必ずしも得とはいえないため、日本では浴光催芽の前後に種いもを一片40g程度に切断して、種いもの使用量を少なくする。種いもの大きさが40g以下では、種いもが大きいほど初期生育が促進され、また収量も増加するが、40g以上ではより大きな種いもを用いても初期生育の促進と収量増加の程度が少ないことによっている。しかし種いもを切断する時には、黒脚病などに罹病した種いもからの伝搬を防ぐために切断刀の消毒が必須であり、従来は人手での切断であったため、労力負担が大きかった。最近は労力軽減のために切断の機械化が進んでいるが、切断刀の消毒が不完全なために罹病種いもからの病気の伝搬が懸念されている。また、ポテトプランターでの植え付けの際に切断面の上下が反転し、植え付け後の土壌条件が悪い場合には萌芽不良が生じることもある。
一方、オランダ、ドイツ、イギリスでは、種いもの切断はほとんど行われなくなり、一個60〜100g程度の比較的大きな種いもを植え付ける。種いもの使用量が増加するが、株間を広くすることによって使用量の増加を抑えている。種いも費用と労力費用、あるいは罹病株の減少との釣り合いから考えて、大きな損はないと考えているようだ。なお、1970年代にイギリスで行われた多収栽培試験ではヘクタールあたり100トンの記録が報告されているが、栽培方法をみると一個100gほどの種いもを用いたと記載されている。私の経験でも100g程度の種いもを利用すると初期生育が促進され、収量の安定性が増す。表1に示したようにこれらの国では収量が高いが、その理由の一つに種いもの大きさが関係している可能性がある。
(2)培土
ばれいしょ栽培において培土は、いもの肥大に伴いいもが土壌表面に露出していも表面が緑化(光が当たることによる葉緑素の生成、緑化部分はソラニンを多く含む)することを防ぐために必須の技術である。中耕では防除の難しい株間の雑草防除の効果もある。培土時期としては、いもの形成開始時期である萌芽後2週間目を目処に行ってきた。あまり早く培土すると、地上部が土で埋まって光合成が抑制され、また種いもに残されている養分は少なくなっているので、成長が一時的に中断する。また、培土時期が遅いと、畦間に伸長している根を切断して、成長が抑制される。萌芽後2週間目頃ならば、地上部も充分に大きくなっているので、培土によって葉が埋まることも少なくなる。畦間に伸長する根を培土によって切断する被害も少ない。
これに対して、ヨーロッパ諸国では植え付けと同時に培土する方法が一般的になっている。1990年代以降に急速に普及したと思われる。理由としては、トラクターが大型化したため、植え付け-施肥-培土を一工程でこなせるだけの馬力が可能になったこと、トラクターの稼働回数が減少するので労力と経費の軽減になること、さらに除草剤を利用することによって培土による除草効果を代換えできたことが考えられる。
この培土方法を知った当初は、種いもと土壌表面の距離が増加する(約15〜20cm)ので萌芽期間が延び、萌芽率の減少などの欠点が予想された。しかし、試験場での試験結果を見ると、萌芽期間の延長は数日にとどまり、また萌芽率への影響も認められなかった。収量も従来の培土時期と比べて有意な差異は生じていない。このため北海道では、植え付け同時培土、あるいは萌芽期前に培土する早期培土が増加しつつある。植え付けと同時に培土すると、培土側面に日射があたるので、春先の低温下では地温の上昇効果を期待できる。萌芽期間は積算地温に影響されるので、植え付け同時培土では通常の培土に比べて地温が高く、このため萌芽期間の延長が想定されたよりも少ないのかもしれない。なお、地温の上昇は萌芽後の初期生育に対する促進効果もある。また、植え付け同時培土では、畦間に伸長する根を切断する恐れが全くない。ばれいしょは他作物に比べて根量が少なく、根量の減少は収量の低下につながることが多いので、根の伸長に対する効果も期待できる。
さらにイギリスでは植え付け同時培土と組み合わせて、ソイルコンデショニングが専用の装置を用いて行われている(図3)。これは、植え付け前の土壌を篩に通して、砂礫や土塊を除去し、土壌を膨軟にする技術である。除去した砂礫や土塊はほ場外に搬出されることもあるが、畦間に配置されることもある。この技術の利点として、土壌が膨軟になるので、これに引き続いて行う植え付け同時培土が容易になることがまず考えられる。しかし一番の目的は、ポテトハーベスターによる収穫の効率化である。ポテトハーベスターを用いた収穫では、いもと一緒に砂礫や土塊も掘り取られて、機上にあがってくる。従来の方法では、砂礫や土塊の選別と除去を行うために、数人を機上に配置する必要がある。しかし、植え付け前にソイルコンデショニングを行うと、ポテトハーベスターの運転者と収穫した塊茎をほ場から搬出するトラックの運転者の2名のみで収穫を行うことができる。北海道ではばれいしょの収穫は、早生品種では後作のコムギ等の播種前に終了しなければならない。晩生品種ではマメ類やビートの収穫と競合する。このため、収穫期における労力の軽減は、一戸当たりの栽培面積が増加している現状では、農家にとって非常に魅力的である。このため、ソイルコンデショニングを利用した植え付け同時培土は道北と道東の畑作地帯で拡大している。
4.おわりに
ばれいしょ生産の約80%を占める北海道では、無病種いもの生産体制が1970年頃までに完成し、農家での種いも更新率が増加した。また、現在行われている大型機械を利用した栽培体系が1980年頃までに完成した。このような栽培技術の変化に伴い、収量は確実に増加してきた。しかし、欧米の先進国では収量増加がさらに大きく、日本の収量はこれら先進国に比べて劣ってしまった。しかし、日本でもこの10年間に種いもの生産体制が効率化するとともに、大型機械を利用した栽培技術が進展した。残念ながら栽培品種では更新が進んでいないのが現状である。明治時代から栽培されている男爵いもが青果用品種として、また1978年に育成されたトヨシロが加工用品種として最大の栽培面積を占めている。でん粉原料用品種では戦前から栽培されてきた紅丸が1981年に育成されたコナフブキに1990年頃にほぼ100%置き換わった。しかしそれ以降、コナフブキに変わる品種はいまだ現れていない。今後は種いも生産体制の効率化を利用しながら新品種の利用拡大を図る必要がある。これによって、現在の収量水準を一段とレベルアップして、10年先には欧米先進国の収量水準に追いつくことを期待している。
謝 辞
本稿に述べた知見を得るにあたって、(独)種苗管理センター北海道中央農場の皆様、また農林水産省委託研究プロジェクト「担い手の育成に資するIT等を活用した新しい生産システムの開発-超低コスト土地利用型作物生産技術の開発」に関わった(独)農研機構北海道農研センター、(独)北海道総合研究機構十勝農業試験場および北見農業試験場並びに芽室農協の皆様、さらに同プロジェクト実証農家の常山浩伸氏にお世話になりました。これら皆様に厚くお礼申し上げます。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-8713