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病虫害抵抗性ばれいしょ品種育成のためのDNAマーカーの開発と利用

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最終更新日:2011年11月9日

病虫害抵抗性ばれいしょ品種育成のためのDNAマーカーの開発と利用

2011年11月

長崎県農林技術開発センター農産園芸研究部門 花き・生物工学研究室
主任研究員 大林 憲吾

はじめに

 長崎県農林技術開発センターでは、ジャガイモ疫病、ジャガイモシストセンチュウ、ウイルス病など複数の病害虫に抵抗性を有する西南暖地向けばれいしょ品種を早期に育成するため、DNAマーカーによる病虫害抵抗性個体の選抜法を開発した。現在、この手法を用いて新品種育成を進めているところであり、その取り組みについて紹介したい。

1.DNAマーカー選抜法開発の経緯

 長崎県のばれいしょ生産量は全国第2位であり、栽培技術を駆使してほぼ1年中供給されている。特に4月下旬から6月下旬にかけての市場流通量は全国的に大きなシェアを占めている。栽培されている品種は、暖地春・秋作栽培用の「ニシユタカ」と「デジマ」、全国的に栽培されている「メークイン」の3品種で作付面積の98%を占めている。これらの品種は収量や品質の低下を招くジャガイモ疫病、ジャガイモシストセンチュウやウイルス病などに弱いため、防除対策がとられている。

 現在、疫病の抵抗性検定は、無防除ほ場に選抜系統を栽培して判定している。この方法では、一度に検定できる数が限られる上、判定までに約3カ月の期間を要するなどの問題がある。また、気象条件などの環境要因が検定結果に影響を及ぼす。ジャガイモシストセンチュウやウイルス病の抵抗性検定も同様の問題がある。 こうした病虫害抵抗性を迅速に判定し品種育成を効率化するため、当センターはDNAマーカーによる新しい選抜法を開発した(図1)。

2.DNAマーカー選抜法の概要

1)DNAマーカー選抜法

 生命の設計図である遺伝子はDNAという物質でできている。DNAはアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類の塩基が並んだものであり、病害虫に対する抵抗性の有無は塩基の並び方で決まっている。例えば、疫病に抵抗性を持つばれいしょだけに存在する遺伝子の塩基の並び方を見つけ出し、その並び方を目印(マーカー)に選抜を行うことによって、抵抗性のある個体だけが選抜できるようになる。実際は、DNAを抽出してマーカー配列があるかどうかをPCR(注)という方法で確認する。この方法はDNAマーカー選抜法と呼ばれ、2日間で判定が可能であり、所要時間が従来の50分の1に短縮されるうえ、DNAは生育中の葉や収穫した塊茎(いも)からも採取できるので、随時検定できるメリットもある(図1)。

 このように、DNAマーカー選抜法は、従来から行われてきた交配育種の効率を上げようとするものであり、病虫害に対する抵抗性を高めることなどに加えて、収量や食味など、複数の遺伝子によってもたらされる、より複雑な性質の改良にも威力を発揮する。

(注)PCR法:DNAの特定部位をDNAポリメラーゼと呼ばれる酵素を利用して増幅させ、遺伝子配列(塩基の並び方)の決定や遺伝子の定量などを行うための実験手法。  


2)遺伝子組換えによる育種との違い

 DNAマーカー選抜法は、元来ばれいしょや交配可能な野生種が持つ遺伝子を利用して、交配による品種育成を効率良く行う育種法である。これに対して、遺伝子組換えによる品種改良は、ある生物の遺伝子を種の壁を越えて他の生物に人工的に導入する育種技術である。

3.開発したDNAマーカーの特性

 現在、ジャガイモシストセンチュウ、ジャガイモXウイルスおよび一部の疫病抵抗性についてDNAマーカーによる選抜法を確立している。

1)ジャガイモシストセンチュウ抵抗性遺伝子H1

 日本で発生しているジャガイモシストセンチュウはRo1というタイプであり、Ro1に対し抵抗性を示す遺伝子はH1である。H1は南米高地で栽培されている系統「CPC1673」に由来し、国内で育成されている全てのジャガイモシストセンチュウ抵抗性品種はこのH1遺伝子を持っている。

2)ジャガイモXウイルス抵抗性遺伝子Rx1

 国内で発生が認められているジャガイモXウイルスには、普通系統(PVX-o)と強系統(PVX-b)がある。ジャガイモXウイルス抵抗性遺伝子Rx1は両系統に対して抵抗性を示す。Rx1は南米高地で栽培されている系統「CPC1673」に由来し、「アトランチック」「アイユタカ」「さやか」「とうや」などがRx1遺伝子を持っている。  

3)疫病抵抗性遺伝子

 ばれいしょの疫病抵抗性は、真性抵抗性とほ場抵抗性とに大別される。

 疫病菌には、レース1やレース2、レース3など病原性が異なるレース(系統)があり、これらの特定のレースにのみ抵抗性を示すものを真性抵抗性と言う。真性抵抗性遺伝子としてR1〜R11が知られている。これに対して、特定のレースに対する抵抗性はないものの甚大な被害には至らないものをほ場抵抗性と言う。

 長崎県では、レース1、3、4の疫病菌の割合が増加している。R2遺伝子を持つばれいしょはこの疫病菌に対して強い抵抗性を示す。

 かつてR3遺伝子を持つばれいしょが疫病抵抗性を示していたが、疫病菌のレースが他のレースに置き換わったりして発病するようになった。今後、疫病菌レースが置き換わることでR2遺伝子を持つばれいしょが発病したり、R3遺伝子を持つばれいしょが抵抗性を示す可能性もあり、置き換わった疫病菌レースに対応するためにもR1R2R3遺伝子など抵抗性遺伝子を併せ持つ抵抗性品種の育成が必要である。

 (1)疫病真性抵抗性遺伝子R2stoR2adg
 R2遺伝子にはR2sto遺伝子とR2adg遺伝子などが知られており、育種利用されている。

 疫病真性抵抗性遺伝子R2stoは、ばれいしょの近縁野生種に由来し、でん粉原料用系統「北海56号」がR2sto遺伝子を持っている。

 疫病真性抵抗性遺伝子R2adgは、南米高地で栽培されている系統「W553-4」に由来し、生食用品種「さやあかね」や「花標津」がR2adg遺伝子を持っている。

 (2)疫病真性抵抗性遺伝子R3
 疫病真性抵抗性遺伝子R3は、ばれいしょの近縁野生種に由来し、でん粉原料用品種「コナフブキ」がR3遺伝子を持っている。

 4)DNAマーカーの検定精度

 筆者らは、これら5つの抵抗性遺伝子(H1Rx1R2stoR2adgR3)を持つばれいしょ個体を選抜するためのDNAマーカーをそれぞれ開発しており、その検定精度は、H1が92.6%、Rx1が98.7%、R2stoが91.1%、R2adgが80.0%、R3が83.5%である。

4.開発したDNAマーカーの利用状況

 当センターの馬鈴薯研究室では、ばれいしょの新品種育成のためDNAマーカーを用いて選抜を行っている。DNAマーカー選抜は、系統選抜の段階で行っており(図1)、一作当たり500系統で、年間約1000系統を供試している。同研究室では、技術の簡素化やコストダウンが可能なマルチプレックスPCR法の開発に取り組み、これまでに5種類(ジャガイモシストセンチュウ、ジャガイモXウイルス、Yウイルス、疫病(R1、R2adg))の病虫害抵抗性を対象にDNAマーカーを使って同時に検出できるマルチプレックスPCR法を開発している(図2)。この技術を使って、病虫害抵抗性の交配母本を使った交配育種と併せて、複数の病虫害抵抗性を持つ有望系統の効率的な育成に取り組んでいる。

 また、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター畑作研究領域においても、近年、北海道向けの抵抗性品種育成のため、同センター開発のDNAマーカーを使った選抜が一部で行われ始めたが、本格的にDNAマーカー選抜を行うためには予算の確保が課題である。

 一方、地方独立行政法人北海道立総合研究機構農業研究本部では、同機構中央農業試験場で開発したDNAマーカーを用いた選抜が行われており、今後、北海道向け抵抗性品種の育成が期待される。
 
 
 
 

5.おわりに

 近い将来、複数の病害虫に抵抗性を示すばれいしょ品種が育成され、それが普及することにより農家段階における生産の安定と農薬使用量の低減が可能になると考える。

 また、暖地のばれいしょ生産現場では、そうか病や青枯病などの土壌病害も問題となっており、これらの病害抵抗性品種の育成が求められている。今後、これらの病害に抵抗性を示すばれいしょを効率的に選抜するDNAマーカーの開発に取り組んで行く予定である。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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