JA甘しょでん粉工場の再編と合理化推進について
最終更新日:2012年7月10日
JA甘しょでん粉工場の再編と合理化推進について
2012年7月
1.鹿児島県におけるさつまいもの位置付け(はじめに)
さつまいもは、鹿児島県にとって無くてはならない作物である。
でん粉工場のことを述べる前に鹿児島におけるさつまいもの重要性についてまず初めに触れておきたい。
さつまいもが琉球から鹿児島へ伝来して300年以上の歴史があるが、今でも鹿児島県の生産量は全国1位を誇り、全ての用途を含めて40万トン以上のさつまいもが生産されている。それは、火山性土壌であるシラス台地が広く分布し、決して肥沃とは言えない鹿児島の大地において、台風常襲地帯としての“防災営農作物”という面でも、夏場に作付して安定した収入を農家にもたらす重要な作物であることを意味しており、これにとって代わる作物は無いものである。
本稿では、その鹿児島におけるさつまいも作付の重要性をバックグラウンドとして、県内さつまいも消費量の約4割を占めるでん粉原料用さつまいもの利用拠点、でん粉工場の再編・合理化推進に取り組んだJAグループ鹿児島での、2つの新工場建設に至ったその背景・動機や議論の経過を述べてみたいと思う。
2.拠点工場整備の発端・背景
≪工場の実態≫
鹿児島県内JA甘しょでん粉工場では、最盛期(昭和38年)に90工場が稼働していたが、原料さつまいもの生産量減少や排水水質規制強化により減少し、平成15年には13工場が稼働するのみとなっていた。
また、一方では工場設備の老朽化も進み、30年以上前に建設された工場が辛うじて当時の形態を維持し操業をしている状況で、設備としての改善はなかなか図られず、工場建設当時の農産加工工場の製品品質水準の域を脱していなかった。
そこへさらに、急速に拡大した焼酎用原料との競合激化によるでん粉原料用さつまいも減少が追い打ちをかける。JAでん粉工場では原料の確保が難しくなり、さらに工場が減少して平成19年には7工場にまで減少し、今後のでん粉工場の必要性・あり方を検討せざるを得ない状況に追い込まれることとなっていた。
≪でん粉工場の必要性≫
鹿児島県内におけるさつまいも作付の重要性は冒頭で述べたとおりである。
さらに、さつまいもは手のかからない、収入の安定した土地利用型作物として輪作・複合営農体系には欠かせない品目であり、農家数減少が続く中残った担い手農家を中心にさつまいもの作付を一定程度維持し続けることは耕作放棄地を大きく増やさないために非常に重要である。
こういった重要性を踏まえ、農家に安心して甘しょを作付してもらうためには、長期に安定して原料の買い取り先が確保される必要がある。そのための選択肢の中で、JAとしてかなりの努力を要するが最も確実性が高いものは、でん粉事業の継続により自ら農家の原料甘しょ買い取り先となることであった。そういった必要性の再認識を経て、でん粉工場を存続させていくための合理化について議論が本格化することになる。
≪でん粉工場はどうあるべきか≫
将来にわたってでん粉工場が安定して存続するためには、でん粉工場はどうあるべきか。その答えは原料を無駄なく、価値を最大化した製品を製造し、経営を安定させることにある。そのためには“売れるでん粉づくり”が最大のテーマであるとして議論を進めた。
しかし、当時の工場は老朽化により設備を維持していくのがやっとの状況にあり、時間が経過すればそれすらも危うくなる可能性が高かった。でん粉工場を集約して薩摩半島・大隅半島に1つずつという拠点化を図ることを前提に、部分的改善による投資額抑制案と、新工場建設案の2通りの検討を進めることとなった。
両案の施設内容とそれに伴う収支試算を検討した結果、長期安定的に投資効果を最大限とするには、新工場建設による全面的な設備刷新がベストとの結論に至り、その実現に向けて大きく舵を切ることとなった。
≪販売面・品質面では≫
平成19年以前の国産いもでん粉とコーンスターチの抱き合わせ方式による調整販売措置下では甘しょでん粉製品の販売は全てが糖化用頼みであった。
そのような中でも、JA製造のでん粉を取り扱うJA鹿児島県経済連と全農では、糖化用途向け需要のミスマッチ部分をその他用途へ斡旋を行ってきた。平成16年以降はこの数量を拡大させつつ、平成19年からの品目別経営安定対策への制度変更を見据えて、全面的な糖化用頼みの販売からの脱却を目指し工場と協力して取り組んできた。平成16年から抱き合わせ方式による調整販売措置が廃止され、経営安定対策の対象用途であれば糖化用以外へ直接販売が可能となり、販売の自由度が高くなったことを受け、JA甘しょでん粉工場はそれまでの販売の取り組みを強化しつつ、新工場の建設に向けた準備段階に入ることとしたのである。
当時の販売先からの甘しょでん粉に対する評価は、品質管理の仕組みが不十分なことによる品質の不安定さや、特有の“におい”の存在などが問題点として挙げられ、“安かろう悪かろう”の従来からの甘しょでん粉に対するイメージが続いていた。
これらの意見は、当時の甘しょでん粉の高付加価値販売の限界を示しており、新工場建設による全面的な設備刷新への動機を強化するもので、それらへの対応策を建設のコンセプトへ反映させることとした。
3.拠点工場建設コンセプト
甘しょでん粉の大規模高度化工場は国内外でも例がなく、工場の建設はまさに手さぐりの状態からのスタートであったことに加え、短期間での計画の立案と建設を余儀なくされ、難しい事業となった。
基本的には、北海道のばれいしょでん粉工場をお手本とし、従来の問題点解消を図ることを目的として理想像を描きつつ、甘しょの特性に合わせた工場とするため、既存の工場を再度検証する作業を経て改善点を少しずつ具体化していった。
具体的な項目としては、下記(1)〜(4)の通りである。
(1) 密閉性の高い製造工程
(2) 安心の異物除去工程
(3) 精度の高い工程管理
(4) 同時乾燥方式の導入
中でも、(4)の同時乾燥方式の導入については、長年の課題であった。従来の製造方式では10〜11月の原料収穫期は摩砕〜精製のでん粉を取り出すところまで行い、屋外の“生粉溜め”に沈殿・一時貯留し、12月以降にその生粉を水で溶かしなおして再精製・脱水乾燥するといった工程が一般的であり、その生粉状態での一時貯留期間が長期化するほど製品特有の“におい”が強くなる傾向があった。生粉溜め方式による年間の電力費圧縮等メリットは大きかったが、食品用として広く使用してもらうために“におい”や“異物混入リスク”の削減は必須であり、根本的な解決策として全量同時乾燥で貯留期間を置かない製品製造への転換を図ることにこだわった。
こうして進めてきた計画の立案策定であったが、時間も限られた中で多くの部分を推測で補いながら進めつつ、30年前から進歩の止まっていたJAでん粉工場を、なんとか現在の食品メーカーにも使って頂ける品質水準まで引き上げることを念頭に施設の計画を行った。
4.新工場と製品
建設は8〜9カ月の間に工場を完成させなければならないという、前例がないタイトなスケジュールで進められたが、平成21年秋に大隅半島の拠点工場として新西南澱粉工場の稼働を開始することが出来た。この年の操業は、事前に予想していた工場内での事象と現実との差異に苦しみながら、待ったなしの原料処理を余儀なくされるという厳しい操業となり、工場を稼働させることに関係者一同必死となった。
1年目の操業を踏まえ、新西南工場の2年目へ向けた改善検討とそれを実践する操業を行いながら、同時並行で南薩拠点工場の建設準備を進めるというスケジュールを何とかこなし、2工場目の南薩拠点工場は平成23年9月に無事デビューを迎え、現在に至っている。
≪新工場の製品≫
新工場の製品について、これまでの甘しょでん粉製品のイメージを一新するため、工場別で銘柄名を設定した。新西南工場製品は「甘藷の精」、南薩工場製品は「薩摩甘伝」とし、販売を行っている。また、主な包装形態は紙袋となるため、袋デザインを変更し、よりさつまいものイメージを全面に出したものとしている。
5.最後に
2工場の建設はJAグループ鹿児島として多額の投資による大きなリスクも伴ったものの、関係者のさつまいもに懸ける強い思いがそれを実現させたと考えている。まだ工場は歩み始めたばかりで、甘しょでん粉製品を使っていただけるユーザーの声に真摯に耳を傾けながら、地に足を付け地道な努力を続ける必要がある。
鹿児島の甘しょでん粉は、食品向け一般販売の歴史が浅く北海道のばれいしょでん粉とはまだ大きな差があるが、同じ国内産でん粉として共に歩んでいけるよう、甘しょでん粉工場も進歩の歩みを止めてはならないと考えている。
JAグループ鹿児島は、平成19年度からの制度変更や原料生産の状況、製品品質問題など、甘しょでん粉が存続を懸けた大きな岐路に立たされているとの認識で今回の合理化に取り組んできた。甘しょでん粉工場はまだまだ製造コストが高く政策支援に頼らざるを得ない状況にあるが、県内の甘しょでん粉工場と一体となって売れる製品作りと製造コスト削減などに取り組みたいと考えている。
本稿では、甘しょでん粉の製造を担う一端として、工場建設が様々な困難を抱えながら、大勢の人々の努力によりそれを実現できたという、いわば“奇跡の結晶”として新工場が出来たことを知って頂き、そういう裏側を知ることでもっと多くの人達に愛される素材として甘しょでん粉が飛躍してほしいとの願いを寄せるものである。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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