かんしょでん粉廃液の有効利用
最終更新日:2013年1月10日
かんしょでん粉廃液の有効利用〜サツマイモペプチドの機能性〜
2013年1月
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
北海道農業研究センター 畑作研究領域 石黒 浩二
(前九州沖縄農業研究センター 九州バイオマス利用研究チーム)
【要約】
かんしょのでん粉工場から排出されるでん粉滓や廃液について、処理費や環境負荷の軽減に寄与する有効利用方法が求められている。そこで、でん粉廃液の有効利用として、廃液に含まれるタンパク質から機能性ペプチドの調製を試みた。でん粉廃液を限外ろ過膜で濃縮後、等電点沈殿によりタンパク質成分を沈降させ、これを3種の酵素(プロテアーゼ)で分解し、ペプチド含有物(サツマイモペプチド)を調製した。このサツマイモペプチドはアンジオテンシン変換酵素(ACE)を強く阻害し、高血圧自然発症ラット(SHR)による単回経口投与試験において血圧を下げる作用を示した。また、高脂肪食を与えたマウスにおいて、中性脂肪やLDLコレステロールの上昇を抑制する作用も認められた。
1.はじめに
かんしょでん粉を製造する鹿児島県では、かんしょ生産の約4割がでん粉原料用途向けに作付けされている。かんしょでん粉製造時には、約3万トンのでん粉滓および多量の廃液が生じている。でん粉滓はクエン酸原料、畜産飼料、堆肥原料などとして利用されているが、かんしょ由来のタンパク質やポリフェノールなどの有用成分が含まれる廃液については、有効に利用されていない。本稿では、でん粉廃液からの生理活性ペプチド(注1)含有物(サツマイモペプチド)の調製方法、および、その血圧降下作用と脂質代謝改善作用について紹介する。
2.でん粉廃液からのサツマイモペプチドの調製
現状のでん粉製造工程では大量の加水が行われるため、廃液中に含まれる原料由来の有用成分を利用するには相当の濃縮工程が必要となる。そこで、でん粉の磨砕工程で加水を行わない無水磨砕方式(農林水産バイオリサイクル研究、平成15〜18年度、でん粉情報2008年2月)あるいは低加水磨砕方式を採用し、廃液の有効利用を検討した。磨砕液は遠心分離により、でん粉を分離し、廃液に相当する遠心分離上清(分離液)は限外ろ過(注2)で濃縮した。そして、濃縮液のpHを調整することにより、タンパク質を沈殿させた(等電点沈殿)(図1)。ここで、沈殿せずに上澄みに残るβ−アミラーゼは酵素製剤、あるいはでん粉質食品の老化防止剤や食感改善剤として利用できる。沈殿したタンパク質(以降タンパク質残渣)はアミノ酸スコアが高く(表1)、そのままでも栄養補助剤や飼料として利用できるが、さらに酵素処理を行って生理活性効果が期待できるペプチド含有物を調製した。
生理活性を有するペプチド含有物を調製するにあたり、食品添加物である16種類のタンパク質分解酵素を検討した。タンパク質残渣の酵素消化率と血圧上昇に関連するアンジオテンシン変換酵素(ACE)(注3)の阻害活性を評価し、タンパク質残渣の消化率が高く、かつACE阻害活性も高い4種の酵素を見出した。次に、それらの酵素を組合せ、さらに検討を行った結果、3種の酵素(プロテアーゼ)でタンパク質残渣を処理することにより、高いACE阻害活性を有するタンパク質消化物を得た。この消化物をろ過や活性炭により精製し、これをサツマイモペプチドとした。サツマイモペプチドは、乾燥物当たりタンパク質が45.3%含まれており(表2)、高いACE阻害活性を有した(表3)。
3.サツマイモペプチドの高血圧降下作用(動物実験)
サツマイモペプチドは高いACE阻害活性を有したので、動物実験により高血圧降下作用を検証した。高血圧自然発症ラット(SHR)にサツマイモペプチドを摂取させると、ペプチドを摂取しない対照群と比較して収縮期血圧(最大血圧)が有意に降下し、拡張期血圧(最小血圧)についても降下する傾向を示した(図2)。このことから、サツマイモペプチドは、動物実験において高血圧を緩和することが確認された。この高血圧降下作用には、アンジオテンシン変換酵素の阻害作用が寄与していると思われる。
4.ACE阻害ペプチドの単離
高血圧降下作用に関連すると思われるACE阻害ペプチドをタンパク質消化物から単離した。単離した4つのペプチドのうち、構成アミノ酸配列がイソロイシン-トレオニン-プロリン(I-T-P)であるペプチドは、比較的強いACE阻害活性を示した(表4)。このペプチドは、そのアミノ酸配列より判断すると、かんしょの貯蔵タンパク質(スポラミン)に由来していると思われた(データ省略)。I-T-Pはこれまで報告のない新規のACE阻害ペプチドであった。
5.サツマイモペプチドの脂質代謝改善作用(動物実験)
ペプチドには、高血圧降下作用の他にも様々な生理活性作用が期待できる。そこで、サツマイモペプチドの脂質代謝改善作用を動物実験で検証した。高脂肪食にサツマイモペプチドを添加した飼料を28日間摂取したマウスは、中性脂肪およびLDLコレステロール(注4)が高脂肪食のみを摂取した対照群よりも有意に低かった(図3、4)。また、餌摂取量は変わらないが、体重、肝臓重量、腸間膜脂肪重量および精巣上体周囲脂肪重量が対照群より有意に低く、脂肪肝の程度もペプチド摂取量が多いほど軽減された(表5)。これらの脂質代謝改善作用には、サツマイモペプチドによるレプチンやアディポネクチンといった脂肪細胞から分泌されるホルモンの発現調節作用が関与していることが示唆されている(データ省略)。
6.おわりに
サツマイモペプチドは、かんしょ原料50kgから、廃液の濃縮、タンパク質変性沈殿、酵素処理および精製の工程を経て約0.6kg得られた。今後実用化に向けて、サツマイモペプチドを大量生産するためには、プラントレベルへのスケールアップ研究や、無加水あるいは低加水方式の採用等でん粉製造工程の改良が必要とされるかもしれない。また、今回紹介した機能性作用は動物実験で検証したものであり、今後ヒトにおいてもこれらの効果が証明される必要がある。サツマイモペプチドは、様々な食品や飲料にも利用可能であり、メタボリックシンドローム等の疾患予防や改善のために寄与されることを希望したい。
7.謝辞
本研究は、農林水産省「農林水産バイオリサイクル研究(H15-18)」および「地域活性化のためのバイオマス利用技術の開発(バイオマス利用モデルの構築・実証・評価(H19-H23)」において遂行されたものである。関係者各位に謝意を表する。
(注1)ペプチド:複数のアミノ酸が結合した化合物。生体内にはインスリンのようなペプチドホルモンが存在する。食品や動物のタンパク質を分解して、血圧降下、抗酸化、抗ストレスなどの生理活性を持つペプチドが見出されており、一部は食品や化粧品等に利用されている。
(注2)限外ろ過:分子量に応じて物質を分離できる限外ろ過膜を使用するろ過の方法。物質の濃縮や精製に利用され、目的物質によって、限外ろ過膜の分画分子量サイズを選択する。
(注3)アンジオテンシン変換酵素(ACE):血圧調節に関わるレニン−アンジオテンシン系に属するホルモンの一つで、アンジオテンシンIをアンジオテンシンIIに変換し、血圧を調節する酵素。アンジオテンシンIIは血管収縮作用により血圧を上げる働きがあるため、アンジオテンシン変換酵素阻害剤は、高血圧治療薬として利用されている。
(注4)LDLコレステロール:低密度リポタンパク質(LDL)に含まれるコレステロール。LDLコレステロールは、過剰になると動脈硬化の原因となるので、悪玉コレステロールと呼ばれている。
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