馬鈴しょでん粉の安定供給に向けた取り組み
〜安定供給体制確立に向けた検討プロジェクト〜
最終更新日:2014年3月10日
馬鈴しょでん粉の安定供給に向けた取り組み
〜安定供給体制確立に向けた検討プロジェクト〜
2014年3月
ホクレン農業協同組合連合会
農産事業本部農産部でん粉課
課長 山本 淳一
【要約】
北海道の馬鈴しょでん粉生産量は、平成21(2009)年産から5年連続で20万トンを下回り、供給量不足に伴う需要減少を引き起こしている。産地・消費地双方から安定供給が求められる状況の中、産地JAグループでは検討プロジェクトを設置して、馬鈴しょでん粉の安定供給体制確立に向けた課題に対する対応策の協議・検討を進めている。
はじめに
北海道の馬鈴しょでん粉は、昭和50(1975)年以降、生産量が20万トンを下回ったのは昭和56(1981)年の19万7000トンの1度だけで、長らく安定生産・安定供給を続けてきた。しかしここ数年は、でん粉原料用馬鈴しょの作付面積減少に馬鈴しょの作柄不良が重なったため、平成21(2009)年産から5年連続で20万トンを下回り、国が定める計画生産数量24万トンに対して大きく未達の状況に陥っている。このため、一部のユーザーは原料調達を外国産へ代替するなど、産地の安定供給力に対する信頼が大きく揺らいでおり、産地・消費地双方から馬鈴しょでん粉の安定供給が強く求められる状況となっている。
1.安定供給に向けた検討プロジェクト
馬鈴しょでん粉の安定供給に向けては、これまで、畑作物作付指標面積の設定による需要規模の提示のほか、販売価格の維持や政策支援の拡大による収益性の改善、また、生産者に対する啓発などにより、作付面積の確保に向けて取り組んできたが、農家戸数の減少と経営規模の拡大が進行する中で、労働過重の大きい馬鈴しょは1戸当たりの作付面積が増加しない上、生食・加工用との収益性格差などにより、馬鈴しょでん粉の短期的な生産拡大は難しい状況にある。
このような状況を受け、馬鈴しょでん粉の安定供給体制確立のために、中長期的な観点から産地が取り組むべき事項を検討すべく、平成24(2012)年3月23日の北海道農協畑作・青果対策本部委員会で、「馬鈴しょでん粉の安定供給体制確立に向けたプロジェクト」(以下「プロジェクト」という)の設置が決定された。
プロジェクトメンバーは、十勝管内3JA、オホーツク管内3JAの部課長、JA北海道中央会、ホクレンで構成している。
プロジェクトの設置に当たり、事前に産地巡回を実施し、課題の洗い出しと整理を行い、以下の4項目の課題に絞って解決に向けた対策を検討することとした
- 種子馬鈴しょの安定確保
- ジャガイモシストセンチュウまん延防止対策
- 新たな栽培技術体系の構築
- 労働支援体制の構築
この4項目の現状と課題では、
- 高齢化・離農によりでん粉原料用馬鈴しょ(種子生産においては原採種ほ)の作付面積が減少している。
- 労働過重のため、担い手の育成・確保が(特に種子において)進んでいない。
- ジャガイモシストセンチュウ発生地域が全道的に拡大しており、一部地域では、原採種ほの設置が困難なレベルに達している。
- 生産者の高齢化・労働人口の減少に伴う規模拡大も限界に近づいている。
- 他作物に比べ、防除・一時保管の労力がかかる上に省力化・機械化が遅れている。
等々の共通認識がされた。
2.ジャガイモシストセンチュウとは
課題の中で出てくる「ジャガイモシストセンチュウ」(以下「シストセンチュウ」という)は、北海道内では昭和47(1972)年に初めて発見され、一度発生すると根絶が困難と言われる馬鈴しょの重要害虫である。シストセンチュウは、耐久態である「シスト」(球状に膨れた雌成虫の身体(写真))を形成して数百もの卵を内包し、乾燥・低温・農薬に高い耐性を持ち、卵の状態で土壌中で10年以上生存するといわれる、線虫の一種である。
寄主作物である馬鈴しょが栽培されると、根から出るふ化促進物質に反応してふ化し、動く幼虫となって根に入り、成長して養分を吸収し、馬鈴しょの生育を停滞させ、収量低下という被害をもたらす。シストの中の卵は、寄主作物のない状態ではふ化せず、毎年前年の70パーセント程度が生き残るため、一度侵入したほ場から根絶させることが困難で厄介な害虫である。発生地域では、種子馬鈴しょ生産が制限され、防除対策に大きな労力とコストを要する。
ふ化した幼虫は根への侵入のための移動はするが、それ以上に動き回ることはないため、直径0.6ミリメートル程度の小さなシストが風や流水によって移動する自然分散の他は、種苗や農機具・機械車両・衣服などに付着した土壌に含まれて移動し、発生地域が拡大したものと考えられている。
未発生ほ場では、土壌の移動に伴うシストの持ち込みを防ぐ対策と早期発見のための検診が必要だが、発生ほ場での対策は、 1)土壌施用粒剤や土壌消毒剤を用いた薬剤防除 2)ふ化促進物質を用いて土壌中で餓死させる 3)センチュウ密度を低下させる対抗植物を栽培して根で捕獲する−のいずれかの方法である。現在のところ、 1)では根絶が難しく、 2)は開発途上で高コストであるため、 3)のうち、幼虫が根内に侵入しても養分を吸収できず死滅するシストセンチュウ抵抗性を有する馬鈴しょの栽培が、最も低コストで効果的とされている。通常、シスト内の卵は馬鈴しょ以外を栽培した年には30パーセントずつ減少するが、抵抗性品種を栽培すると80〜90パーセント減少すると言われている。
昭和61(1986)年に育成されたでん粉原料用品種「トヨアカリ」以降、国内の育種機関では、抵抗性品種の育成に最優先に取り組み、現在は北海道優良品種候補の要件にもなっている。しかしながら、生食用の「男爵薯」「メークイン」、業務加工用の「トヨシロ」「ホッカイコガネ」、でん粉原料用の「コナフブキ」など各用途の主力品種は感受性(抵抗性を有していない)品種であり、既存の抵抗性品種では、加工適性や貯蔵性、収量性、種子供給量、収穫時期や作業性などの点で十分でないことが、面積拡大に結び付いていない(作付面積の20%弱)理由と言われている。特に、でん粉原料用については、シストセンチュウ抵抗性の付与とでん粉品質の改善を育種の重点目標としてきたため、収量性の改良が遅れてきた経過にある。供給量不足に陥っているでん粉原料用としては、「コナフブキ」並みの安定したでん粉収量が確保される抵抗性品種があれば、他の用途よりも普及しやすい環境にある。
3.安定生産への課題〜検討経過〜
プロジェクトにおいて、前述の4項目の課題に対し、現状と課題を踏まえた、課題解決に向けた主な意見は下記のとおりである。
(1)種子馬鈴しょの安定確保
シストセンチュウが拡大している地域では、種子ほの確保が困難となっていることから、
- 土壌検診によるシストセンチュウが複数年発見されていないこと
- 作付品種は抵抗性品種であること
- 生産された種子は地域内流通に限ること
などの条件を前提にして、種子ほの復活が必要との意見が出されたものの、拡大防止に努力している地域があることや、生塊茎の輸入緩和にもつながりかねないとの意見もあり、シストセンチュウが拡大している地域ではまず、現状以上のまん延防止対策を講じることが必要との意見が出された。
また、種子ほを守るためにも抵抗性品種の導入が不可欠であること、種子生産者の法人化・共同化、機械更新に対する支援などが必要との意見が出された。
(2)シストセンチュウまん延防止対策
まん延防止にはまず、実効力のある体制が必要であり、地域ごとに有効な対策と土壌検診・植物検診の徹底による実態把握が必要であること、また、車両・農業機械・施設などの洗浄施設の充実、抵抗性品種の普及拡大と品種開発のスピードアップが必要との意見が出された。
(3)新たな栽培技術体系の構築
高温多雨など、最近の気象変動に対応した栽培技術の確立、排水対策などの土地改良、高収量+シストセンチュウ抵抗性の他に、防除回数低減につながる疫病抵抗性および秋小麦前作適性としての早掘り適性品種の開発が必要との意見が出された。
また、家族労働の限界から、高性能ハーベスターなどの省力化につながる機械の導入が必要とされた。
(4)労働支援体制の構築
コントラクターの導入、収穫機械リースなどの対策が必要とされ、種子生産については共同施設による種子の選別・保管、種子生産に特化した労働支援・機械導入支援が必要とされた。また、掘り置きストックポイントの整備も必要とされた。
これら4項目の課題に対する解決策について検討を進めるなかで、「優良品種の開発・普及」が各課題の解決に共通する事項として浮き彫りになり、これを加えた5項目の課題について検討を行った。
4.課題解決への推進状況
シストセンチュウまん延防止対策については、抵抗性品種への切り替え推進が必須との検討結果から、でん粉原料用の作付けについて、10年後の平成34年度に100パーセント抵抗性品種にする目標を設定した。併せて、抵抗性品種への切り替えには種子増殖体制の整備、品種開発のスピードアップ、早期現地栽培試験の実施が必要であることから、それらの事項を農業試験場など研究機関を含め検討を始めた。
また、シストセンチュウまん延防止対策は行政が主体となり取り組むことが必要との検討結果から、行政主体のまん延防止対策を策定した。
「シストセンチュウ抵抗性品種作付け100パーセント目標」は平成24年9月に、行政主体のシストセンチュウまん延防止対策は同年12月に、それぞれ北海道庁へ提出した。
北海道庁も、生産から消費までの関係機関が参画する「北海道産馬鈴しょの安定供給に関する検討会」を同年に立ち上げ、その中で生食・業務加工用を含むすべての馬鈴しょの安定供給に向け、協議・検討を継続している。同検討会も、10年後の平成34(2022)年度の抵抗性品種の普及率目標を馬鈴しょ全体では50パーセント、でん粉原料用においては100パーセントと設定しており、抵抗性品種の早期普及は、北海道全体の目標となっている。
5.今後の取り組み
プロジェクトにおいては、現在有望とされている育成系統で、平成29〜30年産で一般ほでの作付けを予定している以下の3系統について、早期の種子増殖や普及推進に向けた栽培試験の実施などについて、協議検討を重ねている。
- 北育20号(地方独立行政法人北海道立総合研究機構北見農業試験場)
- HP07(ホクレン農業総合研究所)
- 北海105号(独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター)
このうち、 1.北育20号は、平成26年1月に北海道の優良品種に認定され、平成26年産より原原種生産を開始、平成29年産からの一般ほ作付けに向かって進んでいる。
また、 2.HP07および北海105号は、現在、奨励品種決定現地調査中ではあるが、前者は平成26年1月に馬鈴しょ地域在来品種などの増殖申請を行い、3月の検討会議で受け入れられれば、 1.同様に原原種生産が始まり、平成29年産からの一般ほ作付けを目指して進んでいくこととなる。
しかしながら、馬鈴しょは種子増殖率が低く、栽培面積は数年先まで見据えて計画しなければならないため、早期の普及に向けては、将来の需要動向予測が肝要となる。また、でん粉原料用品種については、安定多収に向けた効果的な栽培技術がほとんど確立されていない現状にあることから、栽培上の特性把握や多収栽培技術確立に向けた各種の栽培試験を実施し、その情報の共有化を図るべく取り組んでいる。
併せて、新たな馬鈴しょ品種の開発には、有用な遺伝資源の導入と、でん粉原料用育種体制の強化を進めることが必要であり、これらの諸課題についてもプロジェクトで継続的に協議・検討し、関係機関の協力を得ながら、課題解決に向けて着実に歩を進めていきたい。
おわりに
大規模化が進んでいる北海道の畑作農業では、作物の連作障害と気象災害に伴う不作リスクを軽減するため、土地利用型作物4品(麦・豆類・馬鈴しょ・てん菜)を栽培する畑作輪作体系をとっている。
基幹作物の一つである馬鈴しょの収穫量の半分近くがでん粉原料に仕向けられ、生産されたでん粉はさまざまな用途で幅広く利用されている。馬鈴しょでん粉は、副原料として「つなぎ」の役割を果たすことが多く、目立たないものの、重要な役割を担っている。馬鈴しょおよび馬鈴しょでん粉の安定供給体制の確立は、北海道農業にとって必要不可欠であり、産地と消費地を未来へつなぐ重要な取り組みであると言える。持続可能な北海道農業の確立に向けて、関係機関と一体となって、課題解決に取り組んでいきたい。
参考文献
ニューカントリー(北海道協同組合通信社)2013年5月号
- 「畑にいれず畑から出さず発生状況に応じて適切に−被害を抑え広げない生産対応−」地方独立行政法人北海道立総合研究機構農業研究本部北見農業試験場 古川 勝弘
- 「感受性の主力品種超える育種の進展が各用途に必要−抵抗性品種の活用と普及の課題−」地方独立行政法人北海道立総合研究機構農業研究本部北見農業試験場 江部 成彦
- 「開発途上だが期待できる対抗植物とふ化促進物質−新たな防除技術の現状と可能性−」独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター 奈良部 孝
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