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農産物生産工程管理のためのウェブアプリ「apras」

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最終更新日:2014年10月10日

農産物生産工程管理のためのウェブアプリ「apras」

2014年10月

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
北海道農業研究センター 畑作研究領域
研究員 伊藤 淳士

【要約】

 北海道農業研究センターは、農産物生産工程管理のためのクラウド型のウェブアプリ「apras」を開発し、本年4月より本格運用を開始した。「apras」は、インターネットにつながる環境であればどこからでも利用することができ、作物生産に関わるさまざまな情報を簡単かつ高度に収集、管理することを可能にする。

はじめに

 安心・安全な農産物生産のためには、その生産工程を厳格に管理する必要がある。近年は、各生産工程における作業や資材・農薬の使用などに関する情報を生産履歴という形で記録することが一般化してきた。生産履歴情報は、生産工程を通じて随時記録される必要があり、複数の作目や品種を扱う場合はそれぞれ別々に記録を残す必要があるため、それらの業務は生産者にとって大きな負担となる。さらに、生産工程が適切であるかを常に判断することが生産者には求められる。例えば、肥料や農薬の使用に際しては、使用量や使用回数を作物ごとに定められた基準に合致させる必要があるが、使用方法の決定のために煩雑な計算を伴うこともあるため、それらは生産現場での厄介な業務となっている。

 これらの問題を解決するために、北海道農業研究センターは北海道日興通信株式会社と共同研究を行い、農産物生産工程管理のためのウェブアプリ「apras」(agricultural product assist system)を開発した。「apras」は、インターネット上で農産物の生産工程管理業務を支援するクラウド型のウェブアプリである。最近では、パソコンなどに加えてスマートフォンやタブレットといった新しい情報端末が普及し始めており、多くの人が簡単にクラウドサービスなどを利用できるようになった。総務省発行の「平成25年版情報通信白書」によると、日本のインターネットの人口普及率は79.5%であり、インターネットが広く普及していることが分かる。ただし、60歳を超えると年齢と共にインターネット普及率は急激に低下しており、農業就業人口の平均年齢が65歳台後半になっていることを考えると、農業分野においては情報機器に不慣れな人も多いのが現状である。そのため、「apras」は、クラウド型のウェブアプリとしての利用の他に、専用の手書き帳票での記帳とそれを電子化する機能を備えることで、農業現場においても誰でも使えるシステムとなるようにした。

1. 「apras」開発の背景

 食品の事故は健康被害に直結することから、あってはならないことではあるが、世界中でたびたび何らかの食品事故が起きているのが現状である。日本においては、平成14年に無登録農薬を使用した農産物が流通したことが大きな社会問題となり、そのころから農産物における安心・安全への関心が急速に高まった。その頃、JAグループが「生産工程管理・記帳運動」を開始しており、そういった社会的背景が「apras」の開発のきっかけとなった。その後、農薬取締法の改正、残留農薬などに関するポジティブリスト制の導入など、農薬を中心とした農産物生産の管理の厳格化が進んだことにより、生産工程管理の重要性が広く認知されるようになった。

 JAグループの記帳運動が始まったころから、JAなどの生産者団体が生産者に対して生産履歴などの記帳および提出を義務付ける例が増えてきた。多くの場合、JAが帳票を生産者に配布し生産者がそれに記帳し提出、その後JAにおいて提出された帳票の内容を検査し、収集した帳票の管理を行うといった方式がとられていた。これらの業務はJA、生産者共に大きな負担となっていたため、その負担をITの活用により軽減し、さらに高度な管理を可能とすることを目指して「apras」は開発された。「apras」は、平成17年4月より北海道内の複数のJAにて実証試験を繰り返し行い、平成26年4月から本格稼働(商用利用)を開始した。

2. 「apras」の機能

(1)利用環境
  「apras」は、前述の通りJAなどの生産者団体での利用を想定している。「apras」を利用することで、生産工程管理情報を簡便に電子化でき、生産者団体において生産履歴情報を簡単に共有することができる(図1)。「apras」はクラウド型のシステムであるため、ウェブブラウザさえあればどこからでも利用することができ、アプリケーションの新たなインストールなどは一切必要ない。また、データはセキュリティ管理がなされたクラウド上のストレージに格納され、バックアップなどもシステムによって行われるため、ユーザ自身によるデータの保全などの作業は不要である。
 
(2)利用方法
 最も基本的な利用方法は、パソコンのウェブブラウザ上で日々の生産履歴情報を記帳することである。ウェブブラウザを用いて「apras」にアクセスすると、各個人の専用ページを利用することができる(図2)。「apras」は、「耕種概要」「作業記録」「生育記録」「収穫記録」「資材使用記録」を標準的な記帳項目として用意している。また、その他の項目の追加も簡単なカスタマイズで行うことができる。「apras」は、スマートフォンとタブレット端末もサポートしている。それぞれの端末の特徴に合わせたユーザインタフェースと操作方法を提供することで、どの端末でもストレスなく利用できるように工夫されている(図3)。
 
 
 従来の紙ベースでの生産履歴管理においては、生産者は帳票をJAなどに提出する必要があったが、「apras」においては生産者、JA双方から同一の情報にインターネット経由でアクセスできるため、特に提出といった手間もなく情報の共有が可能である。また、生産者によって入力された情報はサーバ上に半永久的に蓄積され、いつでもすべての記録を閲覧することが可能である。このことにより、生産者は特に管理することなく長年のデータを蓄積することができ、JAは栽培期間中のデータあるいは過去のデータを参照し営農指導などに活用できる。なお、JA側の担当者は、所属するすべての生産者のデータが閲覧可能である。

(3)手書き帳票への対応
 「apras」は、IT機器の使用を望まないユーザに対しては、専用の手書き帳票を用意している。この方式では、生産者は従来通り手書きによって自身の生産履歴帳票を作成しJAに提出する。この手書き帳票は、「apras」の機能により簡単に電子化することができる。電子化は、手持ちのスキャナなどで帳票をTIFF画像化した後、画像ファイルをサーバにアップロードすると、帳票に書き込まれた手書き文字がサーバ上のOCR(光学文字認識)プログラムによって自動的に電子データに変換される。文字認識は非常に高い精度で行われるが、読み取り誤りがないか確認し、必要に応じて訂正する作業は人間が行う必要がある。この確認作業も、すべてウェブブラウザ上で元データ(画像)と読み取り結果(電子データ)を参照しながら行うことができる。また、サーバ上にはFax画像の歪みや汚れなどを補正する機能があるため、スキャナ読み取りによるTIFF画像の代わりにFaxサーバやFaxモデムが生成するTIFF画像を用いることもできる。つまり、JAにFaxサーバなどの設備がある場合、帳票の提出はFax送信で行うことが可能である。

(4)資材管理データ
 「apras」には各種のデータベースが整備されているが、とりわけ重要なのが農薬と肥料のデータベースである。農薬と肥料は、生産工程を通じて随時使用され、その使用方法が作物の収量や品質を大きく左右する可能性がある。また、特に農薬は、使用方法を誤れば食品事故に直結するため、使用に際しては厳格な管理が求められる。

 「apras」は、農薬のデータベースとして、一般社団法人日本植物防疫協会(JPP−NET)が提供する農薬データベースをカスタマイズして使用している。このデータベースは、すべての農薬データが格納されており、また随時更新が行われるため、常に最新のデータを参照することが可能である。ユーザは、「apras」の提供する検索機能によって、作物や対象病害虫などの条件を設定して農薬データを検索することができる。さらに、自身の農薬の使用履歴が適切であるかの判断も「apras」の機能を用いて行うことができる。「apras」は、「農薬の使用回数」「使用時期」「使用方法」などが農薬取締法の基準内であるかの診断を行う機能があるほか、特別栽培などの独自に定められた基準についても対応している。この機能を用いることで、農薬の使用方法を随時確認することで事故を未然に防ぐことができる。また、万一使用に誤りがあった場合でも、JAの担当者が出荷前に「apras」で検査を行うことで、不適切な作物の流通を阻止することができる。

 肥料は、農薬と異なり地域や作物の特性を考慮した独自配合の資材が多くあり、地域によって使用される肥料が大きく異なることから、共通のデータベースはシステムとしては整備していない。ただし、JAごとに独自のデータベースを構築する機能を備えているので、JAの担当者が地域のデータを入力することで独自データベースを運用することが可能である。肥料データについても、農薬同様に検索機能が備わっており、肥料成分や作物などの条件を設定した検索ができる。また、肥料成分ごとの総投入量を自動的に計算する機能もあり、営農指導などの場面において活用することができる。

3. システムの導入について

 「apras」は、平成26年4月より北海道日興通信株式会社が運用しており、すでに北海道内の8つのJAが利用を開始し、今後は全国展開も予定している。なお、システム利用に掛かる必要経費は、初期導入費用200万円、年間保守費用60万円を基本としている。現在のところJA単位での導入が行われているが、今後は法人や個人といった小規模な運用にも対応することを予定している。必要経費は、運用規模や形態によって変動するため、導入を検討される場合は、北海道日興通信株式会社または北海道農業研究センターにご相談いただきたい。

おわりに

 情報機器やセンサ類が安価に入手できるようになり、かつては考えられないほどの膨大な情報が日々生成される時代になった。そうした膨大な情報はビッグデータと呼ばれ、各方面でビッグデータの活用を模索する動きが広がっている。農業は、生産現場が異なれば気象、土壌、生育、病害虫などが全く違ったものになり、これらのデータを上手くセンシングし蓄積すれば、あっという間にビッグデータとなる。少し前までは情報分野とは程遠いと考えられていた農業は、今やビッグデータの事例としてよく紹介されるようになった。今後、農業における情報の扱われ方が大きく変わっていくのは間違いない。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-8713