北海道畑作の動向
−てん菜とばれいしょを中心に新基本法時代を振り返る−
最終更新日:2015年2月10日
北海道畑作の動向
−てん菜とばれいしょを中心に新基本法時代を振り返る−
2015年2月
東京大学大学院農学生命科学研究科 教授 中嶋 康博
【要約】
2000年以降、北海道の畑作に変化が表れ、小麦、てん菜、ばれいしょ、豆類などによるバランスのとれたこれまでの輪作が崩れてきている。経営成果の作物間の格差がそのような状況を引き起こしたが、さらにその背景には制度的な要因が存在している。バランスのとれた畑作体系を再び構築するには、技術的・組織的な地域での取り組みが必要である。
1. 作付動向
1999年に食料・農業・農村基本法(以下「新基本法」という)が制定され、新たな農業政策がスタートした。新基本法の下で2000年に食料・農業・農村基本計画が定められて以来、5年置きに基本計画が見直されてきた。現在、4度目の基本計画の策定に向けて、検討が行われている。以下では新基本法期間における北海道畑作の推移を確認し、今後の課題について論点を整理したい。
図1は、1990年から2013年にかけた北海道内の普通畑の耕地面積と畑作物の作付面積の推移である。いわゆる畑作4品と言われる小麦、てん菜、ばれいしょ、豆類(大豆、小豆、いんげん(金時など))および青刈りとうもろこし、そして普通畑に作付けされている牧草の推計面積(牧草の総作付面積−牧草地面積)の推移をグラフに示した。普通畑面積と作付面積の合計との差は、野菜などの作付面積となる。グラフには、新基本法以前の10年間の結果も含まれている。
普通畑は、1990年に43万8700ヘクタール(2000年を100とする指数は106)、2000年に41万3700ヘクタール(100)、2013年に41万4400ヘクタール(100)であり、1990年から2000年にかけて大きく面積を減らし、その後の新基本法の時代には面積をほぼ維持していた。
小麦の作付面積の指数は、1990年、2000年、2013年の順に、117 →100→118となり、いったん減少するものの、新基本法時代に以前の水準に戻すことになった。
同じくてん菜とばれいしょで3時点の比較をすると、てん菜については104→100→84、ばれいしょについては114→100→89となり、この2品目では新基本法以前から作付面積が減少し続けている。
一方、豆類は品目によって異なった動きを示した。大豆は、78→100→165と増加し続けている。小豆は135→100→87、いんげんは180→100→74と、対照的に減少し続けている。なお、これら豆類の作付面積は小麦などと比べて値が小さいこともあり、変化率で見ると年によって相当に大きく変動している。
このように作付けが変化した結果、普通畑に占める面積の割合の3時点の推移は、小麦が27.6%→24.9%→29.4%、てん菜が16.4%→16.7%→14.0%、ばれいしょが15.4%→14.3%→12.6%、大豆が2.9%→3.9%→6.5%、小豆が9.2%→7.3%→6.3%、いんげんが4.6%→2.7%→2.0%となっている。
北海道の畑作は十勝地域では畑作4品(小麦、てん菜、ばれいしょ、豆類)、オホーツク地域では畑作3品(豆類を除く)で均等な面積での輪作が実施されていると言われてきた。しかし、特に十勝地域においてこのバランスが崩れ始めていて、その結果、全道でも作付割合の変化が起こっているのである。
十勝地域で農家の聞き取りを行ったところ、さまざまな取り組みが観察された。畑の状態によって適宜対応を変えていて、現地調査では以下のパターンが観察された。
A氏(JA帯広大正管内)
てん菜→食用ばれいしょ→小麦→豆類→スイートコーン(加工用)
B氏(JAめむろ管内)
ばれいしょ→てん菜→スイートコーン→小麦→小麦
C氏(JAめむろ管内)
てん菜→ばれいしょ(大豆、小豆)→スイートコーン(大根)→小麦→小麦
D氏(JAめむろ管内)
てん菜→ばれいしょ→スイートコーン(さやいんげん)→小麦
E氏(JA本別管内)
小麦→てん菜→大豆→ばれいしょ(金時)
F氏(JA本別管内)
小麦→小麦→大豆→デントコーン→てん菜→スイートコーン(小豆、ばれいしょ)
G氏(JA本別管内)
小麦→小麦→てん菜→小豆(大豆)→スイートコーン(金時)
いずれの調査農家でも小麦の面積は拡大しているという意見であった。小麦は秋に播種をして収穫が翌年の夏となり、他作物へ切り替えるときは半年以上土地を空けることになる。そのため、小麦を連作するパターンもあったり、別の作物を作るまでに堆肥や緑肥によって地力回復を図っていたりする例もある。小麦の前には、できるだけスイートコーンや野菜などを栽培するという意見の農家が多かった。
2. 生産動向
図2において、1990年から2013年にかけた北海道内の畑作4品の収穫量の推移を、2000年を100とする指数で確認する。それぞれの収穫量の水準は大きく異なっていて、2013年の数値は、小麦が53万1900トン、てん菜が343万5000トン、ばれいしょが187万6000トン、大豆が6万1400トン、小豆が6万3700トン、いんげんが1万4600トンである。
小麦生産は、過去20年強の間に大きな変化を見せている。1990年と2013年のそれぞれの生産水準を比較すると、大きな違いはないのだが、その途中で90年代半ばに半減する時期を経験し、生産が低迷した。新基本法が始まると、生産は回復して1990年の実績を超えることになる。その後、2007年をピークに再び減少が始まって、2010年に新基本法が開始した当時の水準にまで落ち込むが、そこから再び収穫量は上昇している。
てん菜生産は、上下変動を繰り返しながら徐々に減少して、1990年から2013年までに15ポイントの低下となっている。新基本法の当初は、90年代の水準を上回るようになるが、2005年ごろから再び減少を始めた。
ばれいしょ生産は減少の一途である。20年強の間に30ポイントも低下することになった。一方、大豆生産は増加して、2012年には1990年の2倍以上を記録している。
小豆といんげんの生産は、全体的に減少傾向を示しており、しかも以上の品目に比べると、ことのほか変動が大きいという特徴が見られる。
これらの生産の変化は、先に見た作付面積の変化をベースに、面積当たり収量の変化が増幅して引き起こされた結果である。そこで、品目別に単収の推移を確認したものが図3である。
小麦、てん菜、ばれいしょの単収は、1990年代においては上下動しながら、ほぼ同水準で推移していた。2000年を越えて新基本法の時代になると、それらいずれの単収も上がり始める。小麦とてん菜は、前者が勝りながら、2000年代半ばまで上昇傾向にあった。ばれいしょも数年ほど上昇したけれども、2003年を境にあまり伸びなくなった。
これら3品目の単収の伸びは、2007年にブレーキがかかり、2010年まで低下していく。その後、上昇し始めて、2013年には再度単収は落ちるという動きを見せている。このような動きが総収穫量の変動につながっている。
3. 制度的背景
新基本法時代になり、小麦については麦作経営安定資金、大豆については大豆交付金制度が開始して、生産振興につながっていた。またてん菜については最低生産者価格制度、でん粉原料用ばれいしょについては原料基準価格(最低生産者価格)制度によって価格が維持され、これも生産振興につながっていたと言える。
第2回の基本計画の決定後、2007年産(秋まき小麦は2006年播種から対象)から始まった水田・畑作経営所得安定対策(品目横断的経営安定対策)によって、これまでの支援策は大きく制度改正された。その内容は、過去の生産実績に基づく固定支払(緑ゲタ)と当年産の収量によって左右される成績支払(黄ゲタ)からなる交付金体系への変更である。固定支払の割合を高くすることで、生産意欲に大きなブレーキがかかることになった。
てん菜とでん粉原料用ばれいしょについても、糖価調整制度と水田・畑作経営所得安定対策を組み合わせた制度へ移行することになった。すなわち、砂糖及びでん粉の価格調整に関する法律(価格調整法)に基づき、独立行政法人農畜産業振興機構が精製糖企業やコーンスターチ企業などから調整金を徴収し、甘味資源作物およびでん粉原料用いも生産者と国内産糖および国内産いもでん粉製造事業者の支援を行うというものである。てん菜およびでん粉原料用ばれいしょの生産者に対する支援については、同機構が徴収した調整金の一部を食料供給安定特別会計(農業経営安定勘定)に国庫納付し、その資金が国の水田・畑作経営所得安定対策を通じて交付されることになった。
2001年産から2005年産で5年連続の豊作となり、てん菜原料糖の需給や調整金収支が悪化したことから、てん菜糖については2005年産から交付金対象の産糖量を67.46万トンに設定し、その後引き下げて64万トンとしている。てん菜の生産にも制限がかかり、生産者団体により作付指標面積が6万8000ヘクタールに設定されていた。2012年産からは6万6000ヘクタールとなっている。作付実面積はこの作付指標面積を超えることはなく、最近は大幅に下回っている。
水田・畑作経営所得安定対策は、その後に農業者戸別所得補償制度、そして現在は経営所得安定対策へと制度変更されていった。農業者戸別所得補償制度においては、2011年産から畑作の戸別所得補償を実施するに当たり、固定支払を営農継続支払、成績支払を数量支払と変更し、その上で交付金の支払いは数量支払を基本にするように体系を改めた。営農継続支払は前年産の生産面積に対して10アール当たりの単価を2万円に統一し、数量支払の単価を引き上げた。これらの一連の措置によって増産のインセンティブが与えられることになったのであろう。単収の向上にはこれらが影響している可能性がある。
なお、農業者戸別所得補償制度は経営所得安定対策に制度改正されたが、2014年産から、てん菜とでん粉原料用ばれいしょに関する交付金単価をさらに引き上げ、基準糖度、基準でん粉含有率(品質インセンティブの閾値)を引き下げて、支援措置を充実させることになった。
4. 経営状況
上記に示した通り、北海道畑作において、小麦の作付けの拡大、てん菜とばれいしょの作付けの縮小が顕著である。現地の農家からも、それを裏付ける意見を聞くことができた。このことについて、以下の通り、農林水産省「生産費調査」を利用して状況の確認をする。
図4は、作物別の10アール当たりの所得額である(所得額=粗収益−費用合計)。補助金(交付金)を含めた所得額と含めない所得額の両方が示されている。2006年産までは、麦については麦作経営安定資金による補助金、2011年産、2012年産は戸別所得補償制度の交付金が経営の収入となっている。てん菜とでん粉原料用ばれいしょについては、2006年産までは最低生産者価格が保証されていて、図には「補助金なし」の所得のみが示されている。なお、2007年産から2010年産の「生産費調査」には、補助金、交付金の収入が記載されていないため、残念ながら補助金を含めた所得額を確認できない。
どの作物についても2006年産までは所得はプラスであったが、2007年産からは補助金を除いた所得はいずれもマイナスとなった。2006年産まではてん菜の所得が小麦(補助金込み)、でん粉原料用ばれいしょを上回っていた。2007年産以降の補助金を除いた所得は、でん粉原料用ばれいしょ>てん菜>小麦となっている。2012年産の交付金を含めた所得はいずれもプラスとなり、3者を比較すると、でん粉原料用ばれいしょ>小麦>てん菜の順である。小麦の所得は補助金で大きく支えられていることが分かる。ただし、この数値からは小麦が他の作物を抑えて近年増えていった理由が必ずしも説明できないと思われる。
図5は、労働時間当たりの所得を示していて、この図も同じ統計を用いている。
補助金を含めた1時間当たりの所得については、小麦がてん菜やでん粉原料用ばれいしょを大きく上回っている。これは小麦の労働時間が少ないことが作用した結果である。てん菜は3品目の中で最も労働時間が多く、労働時間当たりの所得が非常に低くなっている。この作物間で見られる大きな格差が、小麦の拡大した背景にあると考えられる。
表は作物別の作業別労働時間を表している。てん菜の労働時間が多いのは、育苗作業に手間がかかっているからである。技術的には直播だと3分の1程度にまで時間が減少することが分かっている。
しかし現時点では移植型栽培がほとんどである。2013年産では、全道の移植率は86%、十勝地域は87%であった。現地調査した北海道糖業株式会社は直播を積極的に振興していて、同社本別製糖所管内での移植率は76%まで下がっている。ただ、直播は単収が低くなる傾向があり、10アール当たり収量は2013年産で全道5.9トン、十勝地域6.4トン、本別製糖所管内5.8トンとなっている。ただしこの値については、同管内の気候条件が平均単収を左右していることも考慮すべきである(以上のデータは北海道糖業本別製糖所の提供)。
ただし、平均単収の低い地区はなおさら、コストを下げるため直播が望ましい。直播が合理的な選択かどうかは、コストの低下と単収の低下がどのようにバランスがとれるかにかかっている。
一方、小麦は労働時間がかからないのだが、さらに収穫作業を外部委託して「労働費」を掛けないようにしている。図6は費用構成を示した図である。小麦は極端に「労働費」が少なくなっているが、その分、「賃借料及び料金」が30%超となっている。てん菜では「労働費」が25%を占めている。これはてん菜が依然として移植型の生産が中心だからである。
作業の外部化は、北海道において、すべての作物にとって検討すべき課題となっている。小麦は「時間当たりの所得」において相当な優位性を持つことが確認されたが、これはコントラクターの規模の経済性が発揮されているからであろう。ハーベスタのような高価で使用機会が限られる機械については、稼働率を上げてコストを節約できるコントラクターに任せるべきだと言える。2011年の調査(北海道農政部調べ)によると、北海道内のコントラクター組織数は、麦類95、てん菜27、豆類70、ばれいしょ20、牧草137である。
てん菜では、肥料費や農業薬剤費がかなりの割合を占めている。現地での農家からの聞き取りによれば、天候不順と病害虫の発生などが重なり、近年、農業資材の費用が増えてきているという。図7に、面積当たりで見た肥料費と農業薬剤費の変化を2003年産を100として示した。
肥料に関しては増投する動きが見られ、小麦、てん菜、でん粉原料用ばれいしょともに、投入傾向が驚くほど似通っている。一方で、農業薬剤については、小麦は減らす傾向にあるのだが、てん菜とでん粉原料用ばれいしょは増やす傾向にあり、特に2008年産以降は両者ともに急速に伸びている。このことは現地での農家の意見を裏付けている。このような経費の負担増も、経営面で、てん菜やでん粉原料用ばれいしょを不利にする要因となっている。
おわりに
農業薬剤費の負担が増えていることを指摘したが、病害虫は生産条件を不利にするもう一つの要因として作用している。例えば、てん菜では、夏場の高温・多雨が褐斑病や黒根病の発生を引き起こす。2010年産はそれに加えて春先の低温・多雨による作業の遅れなども重なって、収量が激減した。夏場の高温は、てん菜やばれいしょなどの地下部で生育する作物にとって悪影響を与え、一方で小麦や大豆などの地上部で生育する作物には好条件となるのではないかと見られている。気候変動が中長期的に影響することを現場では懸念している。
ばれいしょについては、ジャガイモシストセンチュウへの対策が最重要課題である。すでに51市町村の1万ヘクタールで発生が確認されている。ばれいしょの根に寄生して大幅な減収をもたらし、土壌中に長期生存して農薬も効かないことから、一度発生するとほ場を隔離しなければならない。ただし、すでにシストセンチュウ抵抗性品種が開発されていて、この品種を導入して地道な取り組みを行うことでまん延防止、根絶へ向けた対策をとることができるという。しかし2013年産で約20%しか普及していない。品種によっては、でん粉品質、でん粉重、早堀収穫などの面で見劣りするからだと言われる。
てん菜やばれいしょにおいても、コントラクターの拡大が期待されている。生産者団体、異業種(輸送、造園業者など)が参入を試みている。しかし、その際にこのシストセンチュウの汚染には注意をしなければならない。汚染したほ場でばれいしょ以外の作業を請け負って、そこの土を他のほ場へ持ち込んでしまうことがあるかもしれないのである。
さまざまな要因によって、てん菜の作付面積が減少している。しかし現場では、連作障害対策として輪作体系を維持するためにも、てん菜は必要だという意識は強い。また、てん菜生産の減少は製糖工場の稼働率を低下させて、工場の存続を危うくする。このことはでん粉原料用ばれいしょとでん粉工場との関係にも言えることである。てん菜、ばれいしょの生産をいかに元の水準に戻すかが問われている。そのための経営成果の改善が求められる。
十勝地域は農業構造の改善が先行し、規模の大きな農家に農地が集約していった。今後しばらくの間、畑作については、個人的な要因による場合は別にして、農地を手放す事例は限られるために、これ以上の規模拡大は難しいだろう。ある種の「構造改革の罠(わな)」に陥っている。これらの経営はすでに交付金に支えられていて、これ以上の所得面での支援は困難である。従って課題を解決するには、栽培技術や経営力を向上させるしかない。当面のところ収量を安定・向上させるため技術を磨き上げることと、コントラクターの利活用を進めて、経営外での規模の経済性を取り込むことが重要となるであろう。
付記
本稿を執筆するに当たり、2014年9月3日から5日にわたり、札幌および十勝支庁において現地調査を行った。北海道庁、ホクレン、JA帯広大正、JAめむろ、JA本別町、芽室町役場、ホクレン清水製糖工場、北海道糖業本別製糖所を訪問して、担当の方々や現地農家の皆さまからお話しを聞き、資料の提供を受けた。現地を訪問するに当たっては、国土交通省北海道局、北海道開発局、帯広開発建設部、農畜産業振興機構札幌事務所の支援を受けた。ご協力いただいた皆さまに心より感謝申し上げます。
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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