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最終更新日:2016年6月10日
サゴヤシの特長は、第1に一樹当たり最大約200kg(乾物)のでん粉が生産され、単位面積当たりのでん粉生産量が水稲やキャッサバに比べて約1.5〜5.0倍であること、第2に他の生産物が生育できないような低湿地や酸性土壌でも、また河川からの天然養分だけでも生育できること、第3に一度吸枝を植えると地下茎が発達して新しい吸枝を出し続けるため、持続的農業が可能であることである。このため、サゴヤシおよびサゴでん粉は、今後懸念されている地球温暖化などの気候変動や熱帯林の無謀伐採による環境破壊、世界的人口増加や開発途上国における飢餓問題による食糧危機を乗り切るための貴重な食料資源の一つとして期待され、21世紀の環境保全型植物資源として注目されている3)。
ここでは、これまでの研究から、サゴでん粉の特性と調理・加工適性について述べる。
なお、サゴでん粉の理化学的性質および調理適性についての実験は、マレーシア連邦サラワク州産(島田化学工業梶jのサゴでん粉をさらして乾燥したものを用いた。
イ.透光度
フォトペーストグラフィー(平間理化製ART-3)により求めた透光度(図4)は、でん粉が糊化する際の透明度の変化を示すが、一旦低下してから上昇する。この低下はでん粉粒が膨潤しはじめた温度と考えられ、ばれいしょは56℃、サゴは58℃、トウモロコシは64℃、緑豆は65℃であった4)。95℃におけるサゴでん粉の透光度はかんしょやエンセットのでん粉に近い10)11)。
でん粉粒が膨潤し始めると、でん粉粒の偏光十字は徐々に消失しはじめる(図5)が、フォトペーストグラムにおけるサゴでん粉の変曲点72℃の時には、ほぼ完全に全粒子が偏光を消失したことが観察された12)。
ウ.β−アミラーゼ・プルラナーゼ法(BAP法)による糊化度と熱分析(DSC)
BAP法による糊化度の測定において、サゴでん粉は70℃付近で糊化度の急上昇が認められ、その後はトウモロコシや緑豆のでん粉に近似した緩慢な糊化過程を示した13)。
試料濃度30%の各種でん粉におけるDSCの結果より、サゴでん粉の糊化開始温度は60.4℃とトウモロコシや米のでん粉に近く、糊化終了温度および吸熱エネルギー量はばれいしょ、クズおよびワラビのでん粉に近似した値であった6)。
エ.でん粉ゲルの物性
でん粉濃度7.5%でRVAにより調製した糊液を25℃30分間(調製直後)、5℃2時間、5℃で24時間保存した後室温に戻し、テンシプレッサー(タケトモ電機製TTP-50BX)を用いて硬さ、凝集性、付着性、粘さの測定を行った。
図6に示すように、調製直後のサゴでん粉ゲルの硬さは小さいが、5℃で2時間冷却した硬さが大となった。粘さの値は逆の傾向を示し、調製直後は大きな値であったが、冷却により急激に減少した。付着性は5℃で冷却することにより0に近く最も小さい値となり、粘さの減少と相関していると考えられた。一方、内部結合力の程度を示すといわれる凝集性は、調製直後から冷却24時間まで値が変化せず、いずれも大きな値を示した。サゴでん粉の凝集性は、米、タピオカ、かんしょ、クズ、ワラビのでん粉の値に近かった9)。動的粘弾性測定より試料内部の粘性要素の強いゲルであるという結果も得られた8)が、これは凝集性の大きさからもいうことができた。サゴでん粉ゲルの物性は、ばれいしょでん粉の結果と近似したものであった。
オ.でん粉ゲルの白度の変化と離水量
でん粉の老化の指標の一つに、白度の変化と離水量がある。図7に各種でん粉の白度の変化を示した。ばれいしょでん粉の白度は小さく調製直後より4時間まではほとんど変化せず、サゴでん粉はばれいしょでん粉に次いで透明で白度の変化が少ないでん粉であった。一方トウモロコシでん粉は調製直後より白度が高く、調製後1時間までの変化が大きかった10)。でん粉濃度7.5%の糊液を調製直後から2時間後まで変化させたところ、タピオカ、ばれいしょ、米、かんしょ、ワラビのでん粉の変化に近かった9)。
図8に示すように、アミロース含量の高い緑豆およびトウモロコシでん粉ゲルは離水量が多かった。しかし、サゴでん粉ゲルはばれいしょでん粉ゲルに次いで離水しにくかった4)。
以上のように、サゴでん粉は透明感があり、軟らかく、しなやかで付着性がないゲルを形成し、そのゲルは離水が少ないなどの利点を持つ。
また、サゴでん粉のアミロース含量はトウモロコシでん粉などの種実でん粉に近似し、理化学的特性値、ゲルの物性値はばれいしょでん粉だけでなく、一部はかんしょやクズ、ワラビ、タピオカなどの根茎でん粉にも近似したことから、これらのでん粉を使う食品に広く利用できると考えられる。
(1)わらび餅
わらび餅は透明で滑らかな舌触りやのど越しの良さを持つ和菓子である。本来はワラビでん粉を用いるが年間採取量が少なく、高値で取引されているため、現在はかんしょでん粉を主成分としたわらび粉が市販されている。そこで、サゴでん粉を用いて「サゴ餅」を調製したところ、わらび餅に比べて色、切れ味の良さ、硬さ、歯切れが良く好まれる傾向を示した(図10)。透明度を必要とする調理ではかんしょでん粉よりむしろサゴでん粉が有効であり、特有のピンク色がきな粉と調和して見た目にも良い。サゴ餅は家庭で手軽に作れるが、高温で撹拌加熱を継続することがポイントで、これにより十分に糊化が進み、粘弾性があり食感が良く、老化しにくい製品が得られる14)16)。
(2)くず桜
くず桜は透明感がある初夏の和菓子であり、でん粉衣の作りやすさと餡の包みやすさがポイントである。一般にはクズでん粉を用いるが、クズとばれいしょでん粉を3:1の割合に混合すると作業性に優れると報告されている17)ので、このくず桜を対照とし、サゴでん粉を用いたくず桜について、作業性と官能評価から検討した。その結果、サゴでん粉を用いたくず桜は作業性、成形性、保型性に優れるなどの利点が示された。官能評価では対照に比べてなめらかで弾力性があり、透明度、色、切れ味などで高い嗜好性が得られた(図11)。サゴでん粉の流れにくい性質や粘弾性に富み透明で離水が少ないことなどが、くず桜の作業性や保型性に適した特性と一致したといえる。サゴでん粉は軟らかさのあるゲルで、衣と餡の硬さの調和も良いなどの効果があった14)。
(3)粉皮(フェンピー)、くず切り
中国料理に用いられる粉皮は緑豆でん粉を原料として作られ、 生または乾燥品が市販されている。日本では「くず切り」または「水繊」の名前で知られ、クズやばれいしょでん粉が原料として用いられ、歯ごたえの良さ、和え衣になじみやすいなどの性質が要求される(図12)。そこで、ゲル化しやすく内部結合力が高いサゴでん粉の特性を利用し粉皮を調製した。
サゴでん粉を用いた粉皮の硬さは、ばれいしょと近似し、クズより硬く、緑豆の約2分の1の値であり、伸びやすさや粘着性、総合評価の項目で好まれる傾向を示した18)。
(4)胡麻豆腐
胡麻豆腐はクズでん粉にすり胡麻を加えて加熱糊化したもので、精進料理には欠かせない料理の一つである。サゴでん粉またはクズでん粉にすり胡麻の代わりにきな粉を30%加えて胡麻豆腐の作り方に準じて調製したところ、胡麻豆腐においてもクズでん粉への代替として利用できると考えられた14)。
(5)ブラマンジェ
トウモロコシでん粉に砂糖・牛乳を加えて加熱糊化させたでん粉プディングを英国風ブラマンジェという。トウモロコシでん粉の代わりにサゴでん粉を用いたブラマンジェは、離水が少なく、べたつきのないすっきりした舌触りの食感が得られた。図13に示すように、調製直後は付着性の少ない、軟らかく、しなやかなゲルであるが、5℃で24時間冷却することにより、保型性の良いゲルとなった19)。ココアや抹茶添加によりさらに保型性が増し、味、硬さ、滑らかさおよび総合評価の点で好まれた20)。
(6)パイフィリング
パイフィリングとは焼いたパイ皮に流し入れる中身をいい、切り口の美しさや保型性が必要とされる。一般にはトウモロコシでん粉、あるいは小麦粉が用いられているが、低温保存時に老化しやすく、離水が多い難点があり、サゴでん粉での代替を検討した。サゴでん粉に卵黄粉末を20%添加したフィリングは無添加と同様に離水が少なく(図14)、保型性が良いだけではなく、トウモロコシでん粉を用いたものに比べて硬さ、弾力性、総合評価の項目において好まれ、パイのフィリングとしても活用できることが明らかとなった21)。
(7)蒸しようかん
クズ粉または小麦粉に小豆あんを混ぜて作る蒸しようかんは、ねっとりした食感が好まれる。サゴでん粉を用いた蒸しようかんはクズでん粉を用いたものに比べ、軟らかく、付着性が少ない物性で、色、甘さ、味、弾力性、総合評価の項目でクズ蒸しようかんと同様に好まれた22)。
(8)パン・マフィン
サゴでん粉の膨化調理への利用として、パン、マフィンを取り上げた。サゴでん粉で調製したマフィンはトウモロコシやばれいしょのでん粉に比べて膨化が良く、きめの均一な弾力のある製品が得られたことから、サゴでん粉は膨化調理食品に利用できることが明らかとなった23)。
また強力粉の30%をサゴでん粉に置換し、活性グルテン10%を加えたパンを検討した結果、サゴパンの膨化は対照に比べて1.3〜1.5倍の値を示し、官能評価からも他のでん粉のものに比べて弾力があり、すだちの良いパンが得られた23)。
(9)ビスケット・クッキー
ビスケットは小麦粉、バター、砂糖、卵を基本材料として作る焼菓子であるが、英国風のアロールートビスケットは小麦粉の一部をでん粉で置換したものである。
小麦粉の25または50%をサゴでん粉に置換したサゴビスケットは、ばれいしょ、トウモロコシのでん粉に比べて、膨化がよく軟らかくもろさのある製品が得られた。またサゴでん粉の置換量が多いほど、これらの特性が増した。官能評価では、サゴでん粉を置換したビスケットは小麦粉のみに比べてもろさがあり、嗜好において形状、味、硬さ、もろさ、口触り、総合評価の項目で有意に好まれ、特に50%置換は嗜好性が高かった(図15)24)。
また、サゴでん粉の置換量が多くなるほどバターの使用量が少なくてももろいビスケットが得られ、バターを半量まで減量できる効果があった(図16)。
ビスケットの牛乳の代わりに卵を使用したサゴクッキーでは、硬さはビスケットとほぼ同じであったが、もろさが3〜4倍大となった24)。
(10)春雨
サゴでん粉の理化学的性質より優れた製麺適性を持つと考えられたことから、加圧押出式による春雨の調製を試みた25)。サゴでん粉を用いた春雨は透明でこしのある、べたつきのない製品が得られ、春雨として好ましい性状を示した。また市販の日本産押出式春雨と比較して外観、食感、総合評価においてより好まれる傾向を示し、サゴでん粉は春雨の原料として有用なでん粉と考えられた。一方、分離大豆タンパク質の添加効果も認められ、分離大豆タンパク質5%添加により溶解度が抑制され、市販の中国産春雨に近似の物性を示す製品が得られた14)。