最終更新日:2017年3月15日
サゴヤシとサゴでん粉の話 〜インドネシアの調査を通じて〜 |
[2009年10月]
【話題】
東京農業大学 国際食料情報学部 国際農業開発学科
教授 板垣 啓四郎
インドネシアは、マレーシアと並んで世界におけるサゴでん粉の産地として有名である。サゴでん粉は、ヤシ科の仲間であるサゴヤシの幹中に蓄積されるでん粉のことである1)。サゴヤシは生育に10〜15年を要するが、単位面積および年当たりのでん粉換算生産高は稲の3〜4倍に相当するほど生産性が高く、高さ約10メートルに達したサゴヤシの幹中には200〜250キログラムのサゴでん粉が蓄積される2)。サゴヤシは赤道を挟んで南北±10°(緯度)の熱帯泥炭地の低湿地多雨林地帯に繁殖するが、その分布はインドネシア・スマトラ島からパプア・ニューギニアまでの間に限られているとされており3)、この範囲で主として自生林のサゴヤシからサゴでん粉を原始的な方法で採取して住民の食用に供せられている。わが国では比較的安価な糖質源として工業原料に使用されているが、その特性を活かした用途の開発は遅れているとされている4)。
このように、生育分布が限られている地域で自生林のサゴヤシから大量のサゴでん粉が採取されるが、サゴヤシの生育、サゴでん粉の採取方法、その栄養特性と用途および副産物の処理と利用などについて、わが国ではあまり知られていないようである。
筆者は、昨年夏にインドネシア・南東スラウェシ州の農村調査に出かけ、そこで見聞した内容を写真付きの紀行文として記し、サゴヤシとサゴでん粉について述べた5)。
本稿では、その内容をベースとしながら上述した点を明らかにするとともに、サゴ
ヤシが地域の環境と景観に果たす役割、サゴでん粉の多面的用途の可能性および輸入を通じたわが国との関係などについても論じていくことにする。
(1)サゴヤシの生育
サゴヤシは、冒頭でも述べたようにインドネシアおよびマレーシアの低地森林や低湿地に自生し、広範な土壌条件のもとで生育するとされている(図1)。
図1 サゴヤシ農園(南東スラウェシ州)(筆者撮影、2008.8) |
従って、もともと作物生産に不適な土地でも生育する6)。サゴヤシの生育はきわめて速く、1年間に幹が1.5メートルも伸長し、高さが30メートルに達するものもあるという7)。樹齢にして7年から15年の間に花芽が出てその後枯死するが、それまでの間サゴヤシの幹の内部に大量のでん粉が蓄えられる。サゴヤシは多年生なので、そのでん粉は植栽されている中から随時採取することができる。でん粉を採取するために倒木されたサゴヤシの根からは、新芽が肥大して新しいサゴヤシが生長していく。
(2)サゴでん粉の採取方法
サゴでん粉は次のような作業手順で採取される。①サゴヤシを倒木する②幹を1メートル程度の長さに裁断し、幹中から髄を取り除く③髄を粉砕した後、それをでん粉と木くずに分離する④でん粉を水槽に浸漬する⑤水槽の底に沈殿したでん粉をすくい上げる⑥でん粉を乾燥させ、その後パッキングする。このように、サゴヤシからでん粉を採取する方法は至って簡単である8)。
(3)サゴでん粉の栄養特性と用途
サゴでん粉は、そのほとんどがでん粉質で、タンパク質、各種のビタミンやミネラルはほとんど含まれていないといわれている。乾燥したサゴでん粉100グラム(355Cal)のうち、平均して炭水化物94グラム、タンパク質0.2グラム、可消化繊維0.5グラム、カルシウム10ミリグラム、鉄分1.2ミリグラム、脂肪、カロチン、チアミン、アスコルビン酸などはごく微量にしか含まれていないとされている9)。サゴでん粉は、焼いてパンケーキにしたり、また熱湯で溶かしてペースト状にし、麺やパンにして食する。またビスケットにしたものが店頭においてある10)。
(4)副産物としてのサゴヤシの処理と利用
サゴでん粉を採取したあとの残滓物はさまざまな形に処理し利用されている。筆者が南東スラウェシ州の調査村で見たケースでは、でん粉を取り出したサゴヤシの幹の樹皮を裁断して板状にし、それを乾燥させて燃料にしたり、でん粉を採取した後の木くずやでん粉かすをたい積し、発酵させたあと、有機質肥料の原料や土壌改良剤として用いていた。このほかにサゴヤシの葉や枝は建築用材や屋根葺きの材料に用いられ、またその硬い繊維はロープにもなる。
(1)サゴヤシの多面的機能
サゴヤシはそこからでん粉を採取するだけでなく、環境や景観の維持と保全といった多面的機能も果たしている。サゴヤシは自生地が限定されているが、限定されている地域にあって栽培適性がきわめて広く、海水が混じる汽水域あるいは作物栽培が困難な肥よく度に乏しい痩薄な土地や湿地にもよく適応する。また多年生作物なので気象変動の影響や病虫害の被害を受けにくく、農薬の散布を必要とせず、生態系や人に対して安全である。また樹高が20メートルにもなるので、二酸化炭素の吸収量が多く、温暖化防止に貢献するといわれている11)。
サゴヤシが自生しているところでは、樹木の容姿が水面に投影され、独特の美しい景観を醸し出している。その意味でサゴヤシはまた優れた景観作物といえよう(図2)。
図2 水辺に自生するサゴヤシ(筆者撮影、2008.8) |
(2)サゴでん粉の多面的用途
サゴヤシ1本でおよそ200キログラムから250キログラムのでん粉が採取できるほどの生産性の高さから、食用や食品製造用だけでなく、エタノールや生分解プラスティックの原料としても利用できる可能性がある12)。しかしながら、現在のところ食品利用以外にこれといった用途がなく、サゴでん粉の品質が一定しないため、安価な糖質源としての工業原料に使用されているにすぎない。また、加熱した場合の膨潤度、溶解度がかんしょでん粉、タピオカでん粉に近い、などのサゴでん粉の特性を活かしていないという指摘もある13)。近年、サゴでん粉は小児アレルギーによい(アレルギーを起こしにくい)食品ともいわれ、評価され始めている14)。
サゴヤシは、遺伝的特性や生理的特徴などについて不明な点が多く15)、このことがサゴでん粉の多面的用途の進展にとって大きな制約になっていると考えられる。
世界におけるサゴでん粉の生産量がどれほどあるかは不明であるが、その主要な生産・輸出国はマレーシアならびにインドネシアであることに相違はないであろう。
表1は、2004年から2008年にかけての過去5年間にわが国へ輸入されるサゴでん粉(関税割当および関税割当外の総量)の数量と単価について示したものである。これによると、この間の関税割当分の輸入数量は、年ごとの変動はあるものの1万5000トンから1万7000トン余りの間であり、その大部分はマレーシアから輸入されている(2008年で93%)。残りはインドネシアからの輸入である。この間の単価(円/kg)の動きを見ると、マレーシアは2004年の27円から2008年には50円へ、またインドネシアは27円から45円へとそれぞれ上昇したが、マレーシアのほうがいくらか上昇率が高い。この上昇率が両国で異なる理由は不明である。なお、関税割当外の分については、2005年に韓国から540キログラム、また2008年にマレーシアから792キログラムほど輸入されたが、ごく少ない数量にとどまっている。
表1 わが国へのサゴでん粉およびマニオカでん粉の輸入量と輸入単価の推移(2004年−2008年) |
資料:独立行政法人農畜産業振興機構『でん粉情報 統計資料海外編』No.2、2009.6.原資料は財務省「通関統計」 |
輸入総量(関税割当分のみ)と平均単価(関税割当分のみ)をサゴでん粉とマニオカでん粉で比較すると、2008年では、サゴでん粉が1713.3トンおよび49円、一方マニオカでん粉は1万1884.3トンおよび42円であった(主要な輸入先国はタイとベトナム)。マニオカでん粉のほうが単価がいくらか低く、輸入総量が圧倒的に多いことが分かる。マニオカでん粉は関税割当外の分が3148.7トンもある。サゴでん粉とマニオカでん粉は、輸入とうもろこしでん粉や輸入ばれいしょでん粉に比較してかなり安価であり、でん粉の輸入全体(2008年)からみれば、マニオカでん粉だけで、関税割当・関税割当外の総計で約88%を占めている。これに比べてサゴでん粉は10%でしかない。
現在のところ、サゴでん粉の輸入量はマニオカでん粉に比べてかなり少なく、用途も広くはないが、サゴヤシのでん粉生産性は高いことから、わが国への輸入量など、今後の動向に注目したい。
1) | (独)農畜産業振興機構の「でん粉用語集」から引用(http://www.alic.go.jp/term/starch.html) |
2) | 不破英次・小巻利章・檜作進・貝沼圭二編(2003)『澱粉科学の事典』朝倉書店,pp.379―387. |
3) | 引用文献は2)と同じ |
4) | 引用文献は2)と同じ |
5) | 板垣啓四郎(2009)「インドネシア・南東スラウェシのサゴ椰子」『輸入食糧協議會報』輸入食糧協議會事務局,699号,巻頭pp.1〜8 |
6) | Sago―Wikipedia,the free encyclopedia,en.wikipedia.org/wiki/Sago(アクセス日:2009年7月28日) |
7) | 引用文献は6)と同じ |
8) | 引用文献は5)と同じ |
9) | 引用文献は6)と同じ | 10) | インドネシア・南東スラウェシ州の州都クンダリのローカルマーケットには、乾燥したサゴでん粉が袋状に詰めてあったものを見かけたが、スーパーではサゴでん粉で製品化されたいくつかの種類のビスケットが店頭に並べてあった。 日本では、めん類の内粉などに使われているようだが、いまのところ積極的な利用法はないようである(引用文献2)。 |
11) | 江原宏「特集:環境『21世紀の環境保全型植物“サゴヤシ”』」、http://www.bio.mie-u.ac.jp/x/002-006/(アクセス日:2009年8月1日) |
12) | 引用文献は11)と同じ |
13) | 引用文献は2)と同じ |
14) | 辻安全食品 http://www.tsuji-a.com/tuji/(アクセス日:2009年8月1日) |
15) | 引用文献は11)と同じ。サゴヤシの遺伝的特性や生理的特徴が不明なことから、サゴでん粉の増収方法や品質の固定化がむずかしいようである。 |